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49皿目
しおりを挟むそれは一枚の招待状だった。
内容は簡潔かつシンプル。
「食事に招待したい、かぁ」
「胡散臭えな?」
「え、そう?」
「そりゃそうだろ?それとも響子はこの『土屋 柊』って奴に心当たりあんのか?」
「・・・・・」
そう晴明に言われて考え込んでしまった。
私の知る限り、『土屋 柊』と名の付く人は1人だけ。
他にも、お食事に誘っていただけそうな人脈がない、という訳では無いが、この名前は見覚えがあった。
「誰だよ?」
真剣な目で問う晴明。
彼なりに私を心配してくれているんだと思う。
・・・・・いやいきなり招待状っぽいものが来たら心配もするか。
「こないだの、ディナーの人」
「はあ?・・・・・あの男か?」
「ええ。あの人だと思うわ。予約の名前、一緒だもの」
「なんだって食事に招待なんだ?」
「ん~~~、でもあの時お帰りになる時、今度お礼したいって言ってたし」
「・・・・・あのな、響子」
「何?」
「そりゃ間違いなく口説き文句だろ・・・・・」
「えっ、違うわよ多分」
「違わねえだろ」
呆れた、とでも言いたげな晴明の口調。
そ、そりゃ普通の出会いとかならそうかもしれないけど?
今回のこれはきっと違う。
そんな気がする。
「行ってみようかな」
「行くのか!?」
「だって、どういうお店なのかも知りたいし。
あの人の料理を食べられるチャンスよね?」
「・・・・・俺も行く」
「残念、お1人様のご招待」
□ ■ □
結局、私は1人で招待されたレストランへ。
結構名の通った所のようだけれど、意外にもあまりお客さんがいなかった。
まあ、こういう日もあるものよね?
私は入口で『予約した土屋です』と名乗って入った。
案内されたのは4人掛けのお席。
・・・・・もったいなくない?
「ご注文はすでに頂いておりますが、何か追加の注文はございますか?」
「あ、いえ。大丈夫です」
ボーイさんがそう聞いてくれるけれど、私はお断りした。
ていうか、またも注文はされているとは・・・・・。
あの土屋さん、て人がしてくれたんだろうなぁ。
前菜から始まり、スープにパン。
メインがくる頃にはすでにお腹いっぱいだったり←ダメな感じ
ふと、回りから漏れ聞こえる会話が耳に届く。
「なんか客少なくない?」
「しょーがないでしょ、ここもうすぐ閉店らしいよ」
「えっ?そうなの?だって美味しいのに」
「料理の美味しさとは関係ないんじゃない、経営とかって」
「え~~~、駅からも近いし、雰囲気も好きだったのに。
いつ潰れちゃうの?知ってる?」
「なんか、来月いっぱいって噂」
「噂なの?」
「でも有名だよ?回りに同じような店多いし。
ここって美味しいけどちょっと他に比べたら高いじゃん、単価」
「そう?こんなもんじゃない?」
「でも他のとこはもっと安いんだって。
味より金額を選ぶ客が多いって事でしょ」
「あ~成程ね。多少なりともお金払って美味しいもの食べようってなんない訳だ」
「ソーユー事」
成程。道理でお客さんの数がまばらな訳だ。
結構客が入るような作りなのに。
お料理も美味しいし、言う事ないのにね。
ちょっとデートとかに使ったら素敵だと思うけどなあ。
そんな事を思いつつも、ぱんぱんのお腹にメインを一口。
苦しいけど、美味しいお料理なだけにあと一口、って思ってしまう。
・・・・・こういうのが太るモト・・・・・。
「・・・・・口に合うだろうか」
「ふぁっ!!!」
「す、すまない。驚かせたか」
「あ、あー。ごめんなさい、ぼうっとしていたからつい」
「いや、こっちもいきなり声を掛けたからな」
いつのまにやらテーブルの傍には、この間のお客様が。
今日はきちんとシェフの格好をしている。一瞬誰かと思いました。
「味はどうだろうか」
「ええ、とても美味しい。このムニエルのソースとか凄く」
「・・・・・よかった。それはあんたの店に食べに行って思いついたソースだ」
「え?」
「本来は違うソースを使っている。
だが、今日はあんたにこっちの味を試してみて欲しかった」
「そうなの?・・・・・凄く美味しいわよ。こういう料理だと思ってた」
「そのソースは俺のオリジナルだ。
あまりこういう事をしてはならないのだが、つい、な」
「つい?」
「・・・・・いや、なんでもない」
なんだかもう少し喋りそうだったのだけど。
彼は急に口を噤んでしまった。
そうして、彼は申し訳無さそうに告げる。
「悪いんだが、この後時間をもらえないか」
「え?・・・・・ナンパ?」
「ち、違う! ・・・・・話したい事があるんだが、ここでは・・・・・」
どうやら色恋の話じゃないらしい。
晴明にあれだけ言われるとなんだか勘ぐってしまうけど。
彼は私に何か相談事でもあるのかもしれない。アカの他人である私に。
「構わないけれど。私はもうお腹いっぱいよ?」
「大丈夫だ。食事に付き合ってもらう訳ではない」
じゃあすぐに来る、と言い置いて彼はまたキッチンの方へ。
私はナプキンを畳みつつ、彼が来てもいいように少し身支度を整える。
何かしら?料理の感想を、とかかな?
□ ■ □
その後、彼は意外と早く来た。
連れ立って店を後にして、入ったのは駅近くの小さなバー。
どうやら彼の行きつけのようで、奥の席をすぐ案内してくれた。
「すまない。連れ出してしまって」
「いいえ。それよりご馳走してもらっちゃってありがとう」
「いや。・・・・・そうしたかったからな」
・・・・・この人、普通に聞いてたら相手の女性が勘違いしちゃうんじゃないかしら?
なんか、あまり計算で喋ってる感じじゃないし・・・・・。
でも下心みたいのがないのはわかる。
わかるんだけど・・・・・
「・・・・・? 何か俺の顔についているだろうか」
「え、あ、そういう訳じゃないんだけれど。
つかぬ事をお伺いするけれど、こうやって女性と出かけるのはよくあるの?」
「??? いや、ないが・・・・・」
「あ、そうですか・・・・・なら、お誘いは?」
「ある事にはあるが、俺にそんな暇はない」
「・・・・・」
大亮さんや康太君が聞いたら発狂しそうな返事。
浩一朗や晴明辺りならありそうだけど、あの2人は殺人フェロモン発してるから除外よね。
総悟君も言いそうだけど・・・・・笑顔で瞬殺かしらね・・・・・。
山崎君?・・・・・彼の好みが全く掴めないわ・・・・・。
「どうかしただろうか」
「あ、いえ、ごめんなさいね」
「・・・・・気分を害してないのなら、いいのだが」
「全然大丈夫。気にしないで?」
「そうか。・・・・・実は、あんたにちゃんと礼を言っておきたかった」
「・・・・・礼?」
と、言われても私は彼に何かした覚えはない。
料理を作ったのは浩一朗だし、ゲストの世話をしたのはスタッフ達だ。
私がしたこと・・・・・出迎えくらい?
彼は頭を下げ、私を再度見る。
「・・・・・以前から食べ歩きをするのは好きだった。
その途中、あんたのあの店に行き着いた。
こんな住宅地に近いところで、立派な店があるものだ、と驚いた」
「あ、そうなの。立地は少し辺鄙かも」
「中に入れば、都心にあるような料理店のようで。
佇まいも内装も申し分なかった。スタッフも丁寧ではきはきして好感が持てる」
「ありがとう。嬉しいわ」
「驚いたのはパスタの味だ。
こんな所で三ツ星レストランにひけを取らない物が出てくるとは思ってなかった」
「それはよく言われるわ」
「普通のパスタに見えるが、隠し味を使っている。
食べる者にはわかるかもしれないがな」
「え。そうなの?」
「・・・・・あんたが指示したんじゃないのか」
「ごめんなさい、ウチはキッチンはメインシェフに任せっきりなの」
「・・・・・」
「私、素人だし。料理上手くないし」
「驚いたな。・・・・・と言う事は、全てあのシェフが取り仕切っているのか?
メニューも、材料も全て?」
「ええ、そう。飲み物は給仕長とソムリエに任せてるの」
「・・・・・デザートは?」
「それはパティシエの人に」
「・・・・・あんたは何してるんだ」
「それを言われちゃうと痛いんだけど。
・・・・・経営だけ?」
「・・・・・」
黙られてしまった。沈黙が痛い。
でも、こういうものじゃないのかしら、経営って。
わかる人に仕事を振っただけなんだけど。
ウチの店はそれぞれ役割がある。
もちろん、大亮さんや康太君にも。
それはフロアスタッフが皆で話し合って決めた事で。
オーナーは私だけど、あの店は皆で作り上げるものだと思っているから了承した。
こういう店は珍しいのかもしれない。
でも他の店にある『歴史』や『守るべき伝統』がないからこそ、ともいえるかも。
そう土屋さんに話せば、成程、と頷かれた。
「・・・・・個々の裁量に任せる、か」
「まだ何もないに等しいもの。ウチの店は。
土屋さんが働いているようなお店なら、そういう訳にもいかないだろうけど」
「確かにそうだな。守るべき伝統の味。
それを受け継ぎ、伝えるのがシェフの役目だと思っていた。
だが、あんたの店に行ってから、気付いた」
「何を?」
「『料理』とはそれだけでは終わらないという事を、だ。
俺は今まで創作料理というものが好きではなかった。
好き勝手に作っているようなものだと思っていたからだ。
伝統の味には足元にも及ばないのだろうと」
「・・・・・」
「だが、あんたの店にはそれがなかった。
新しい味だが、どこか知っているような。
・・・・・あのシェフの腕なんだろうがな」
そして思い出す。
浩一朗が働いていた、昔の店のオーナーさんの言葉。
『古いものはいつか廃れる。新しいものがいいとは言わない。
だが、古いものを受け継ぎ、また新しい味を生み出す事も必要だと思っているよ』
あの人が言っていたこと。
浩一朗が頑として譲らない、自分だけの味。
今、土屋さんが言っているのもつまりそういう事なのかもしれない。
私は決心して、彼に一枚の名刺を差し出す。
「・・・・・店の、名刺か」
「土屋 柊さん。これはお願いでも引き抜きでもありません。
ただの世間話です」
「?」
「今、私達のお店はディナータイムを始めようとしています。
でも、それには彼・・・・・メインシェフを支えるサブシェフが足りない」
「・・・・・」
「知り合いの方を頼り、人手を探している最中です。
けれど・・・・・私は、できればウチの店に魅力を感じてくれた人にお願いしたい」
「・・・・・俺に、と言いたいのか」
「いいえ。貴方にも貴方の事情があるはず。
だから、これは単なる世間話です」
「・・・・・そうか」
「ウチの店はさっきも言ったとおり。
キッチンの中は、シェフ達の世界。オーナーだろうと私は関与しません。
作るメニューや味、全てはお任せしています」
「・・・・・そんなに・・・・・」
「決まったメニューはほとんどありません。
全て、キッチン内で考え、メニューとして出しています。
だから、形にこだわらず柔軟に対応できる人が望ましい。
・・・・・こういう求人って、そうとう難易度が高いと思うの」
「その通りだな」
「だから、・・・・・この話はここでおしまい。
もし、土屋さんが私達と働いてみたい、と思ってもらえるならそこに電話を下さい」
「・・・・・」
「強制はしません。・・・・・でもあまり長くは待たない。
ウチとしても経営がかかっているから。
・・・・・今日はありがとう。ご馳走様でした」
そう締めくくり、私は静かに席を立った。
彼は私を見て、名刺を見て・・・・・・そのまま動こうとしなかった。
□ ■ □
店を出て、家路を歩く。
彼が来てくれるとは思ってない。
来たらいいな、とは思うけど、強制はしたくない。
でも、ああやって考えてくれるシェフ。
そうそう出会えないと思ったから、私は彼を勧誘してみた。
・・・・・もし、浩一朗と彼がタッグを組んだら、最高のキッチンになりそう。
そうすれば、ディナーも心配することなく始められるだろう。
ほんのり期待しながらも、私は帰り道を急ぐのだった。
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