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第二章:アータイン魔術研究所

23 僕は転生系小説の主人公じゃない

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 自分では身体が動かせないので、とにかくベッドで横になるしかなかった。
 だけど、何も食べていないのにお腹は空かないし、トイレに行ってないのに漏らして辺りが大惨事になることもない。

 たまに白髪の人――魔術士と思われる人が僕のそばに来て、その度に身体が温かくなっているなと思っていたけれど、魔法の力でその辺のことをどうにかしてくれているらしい。
 あとは、看護士さんが数時間おきに様子を見に来て、身体の向きを変えてくれる。


 首元に違和感を感じたので看護士さんに聞いてみると、魔術研究所にいる魔術士と職員は全員、細い首輪型の魔道具をつけることになっているそうだ。
 その看護士さんが襟元を少し緩めて、首輪を見せてくれた。
 首輪には色々な機能が付いていて、そのうちの一つに大まかな居場所が分かる、というのがあるらしい。

 ……つまり、頑張って壁を乗り越えて研究所の外に出ても、逃げきれないというわけだ。



 数日経ってわかったことは、医務室には十人以上の看護士と、世界魔術士協会に所属する医療を専門とした魔術士が一人がいて、魔術研究所で暮らしている魔術士や職員の健康を管理しているようだ。

 看護士の皆は穏やかで何かと親切にしてくれるんだけど、年下の僕を様付けで呼んで敬語で話しかけてくるから、仕事で接しているだけという感じがして、壁を感じてしまう。
 知らない場所の、知らない人ばかり……寂しい。



 少しずつ身体が動くようになったので、看護士さんが用意してくれた部屋着を着て、自分で食事をしたり、トイレに行ったり、湯浴みをすることが出来るようになった。

 だけど、病室から一人で出ることはまだ許されていないので、僕はベッドの上で座って、看護士さんから貸してもらった本――研究所にいる魔術士の間で流行っているという娯楽小説を読むことが増えたのだった。


 この国には、僕の他に二十九人の魔術士がいる。
 いずれ他の魔術士たちと関わることになるだろうから、共通の話題作りに良いのでは、とのことだ。

 何冊か読んでみたんだけれど、事故や病気で死んでしまった主人公が神様の力で他の世界に転生して、凄い力で大活躍して皆から称賛される、というようなものばかりだった。
 「異世界転生系」という様式らしい。

 こういうのが流行っているってことは、魔術士の皆は研究所での生活に嫌気がさしていて、他の世界に転生したいと考えているのだろうか?
 

 突然今までいたところとは全く違う世界に送られて、知らない人ばかりで、不思議な力を手に入れて……考えてみれば、魔術研究所に来た僕も異世界転生したようなものじゃないか?

 だけど僕は、小説の主人公のように、すぐに割り切って前向きになることが出来そうにない。
 転生系小説の主人公は、転生前は不幸な状況だったことから前の世界に未練が無いことが多いけれど、僕はそうじゃない。

 父さんは亡くなって、母さんはちょっとおかしいけれど、友人や町の人との関係は良好だったし、戻れるなら戻りたい……。

 どうしようもないというのは、分かっている。
 けれど、二度と行くことのできない場所、二度と会うことができない人たちを思い浮かべる度に、涙が溢れてくる。



 もしかして研究所の人は、異世界転生系の小説を僕に読ませることで、以前の生活を忘れて前向きになれと、遠回しに伝えようとしているんだろうか?
 いつまでもグズグズされても鬱陶しいからと。


 ……そんなことを言われても、僕は小説の主人公じゃない。
 作り話の登場人物の様に、パっと気持ちを切り替えられるわけないだろう。

 もう嫌だ。
 研究所にいる人は誰も、僕の気持ちなんて分かってくれないんだ。

 僕は本を床に投げ捨てて、布団の中に潜り込んだ。
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