上 下
179 / 201

179話 『未来の英雄②』

しおりを挟む
 ドラゴンという存在はこれまで捕食する側から逸れたことがない。あるとすれば同じ種族や強者同士による食うか喰われるかの摂理だったが、その立ち位置が揺らぐことは一度たりともなかった。

 醜悪な巨体が触手を無数に伸ばしている――その先には、絶対的強者であり、一度は世界を危機に陥れた黒竜だった。


 縦横無尽に空を飛び回り触手を避ける。爪で切り裂くと悲鳴をあげながら落下し本体に取り込まれていく。
 ニッグの心は怒りに満ち溢れていた。これまで己の生命を脅かしたのは強者のみ……それが今、訳の分からない捕食者相手に狙われ何もできずにいる。


『……おい貴様ら、話はまだ終わらんのか!』

「――なるほど……ちょっと試してみよう。おーい、触手を一本落としてよ!」


 獣人の話ではある条件のときだけアビスを倒すができるということだった。攻撃すればするほど成長する相手に何もできず手を焼いていた僕たちにとって、少しでも可能性があることなら何であろうと試してみる価値はあった。

 無造作に切り裂かれた触手がこちらへ吹き飛んでくる。ニッグも随分おかんむりのようだし、あとで交代してあげるか。ヒュノスが蠢く触手を二つへ切り分ける。


「さて、それじゃ試しにやってみるから、二人はどうなるかみていてくれ」

≪アイスヘル≫


 一方の触手を凍てついた鋭い氷の茨が埋め尽くす。傷つけられた触手は凍りつくとヒビが入り、割れると同時に霧散して消えていった。


「それじゃ今度はこっちね」

≪ウィンドストーム≫


 残った触手の周りを嵐が吹き荒れる。スパスパと切りつけられていく触手は叫び声をあげてたが、しばらくすると奇妙な笑い声をあげ嵐を徐々に喰い始めた。

≪ロックニードル≫

 巨大で鋭利な岩が降り注ぎ触手を貫くと、すぐに笑い声は消え霧散し消えていった。


「どうやら間違いないようだな。問題はあの巨体をどうするかだが」

「今のように細かく分離させ倒してはどうでしょうか? あなたたちの魔力と強さがあれば――」

「それは無理みたいだね。見てごらん、さっきよりも成長するスピードが増している。こんなちまちまやっていたらそれこそ手が付けられなくなっちゃうよ」


 倒す方法はわかったが早急にこいつを仕留めなければ詰みか。さぁて、あいつがこの場にいたらなんていうかな。多分だが――――


「僕に考えがある。ニッグに伝えてくるから君たちは待ってて」



 * * * * *



 この作戦がうまくいけばきっと倒せるだろう。だがもし、僕らの誰か一人でも力が足りなかった場合、その瞬間負けが決まる。
 随分と大きくなったアビスを前に三人で並ぶ。


「それじゃあ勝っても負けても、たぶんこれで最後・・だから、みんなによろしくね」

『これほど勇敢な妖精がおったとはな。我が死するその日まで、決して忘れはせぬぞ』

「まったくだ。決していい作戦とはいえないが、それ以外に何も思いつかないのが悔やまれるよ」


 死んで世界を救えるなら僕としても大手を振って自慢できる。過去が変わったら自分がどうなっているのかわからないが、新しい未来でもみんなと一緒に旅をしたいというのはわがままだろうか。

 とにかく決心が揺らいでしまう前にさっさと作戦を始めよう。そう思い動こうとした瞬間、ヒュノスが咄嗟に手を出した。


「そうだ、一つ言い忘れてたわ。俺は切るのは得意だが魔法は苦手なんだよ。だから――後は頼んだ」

「あっ、おい!?」


 ヒュノスはアビス目掛け走り出すと巨体を片っ端から切り始める。それは僕の役目――そう言おうとした僕に対しニッグは驚きもせず口を開いた。


『さぁいくぞ、あいつの覚悟を無駄にするな』

「ちょ、ちょっと!?」


 後を追うとニッグの身体から溢れんばかりの魔力が凝縮されていく。必死に止めるよう呼びかけるがニッグは静かにヒュノスを見つめていた。


『あやつはとうの昔に死んだはずだった……ここまで生きてこられて十分ということだろう。さぁ、早くしないと手遅れになるぞ! 覚悟を決めろ!!』

「くっ…………あぁもうわかったよ!! 全開だッ!!」


 大急ぎで反対側へ回ると先に動いたのはニッグだった。凝縮された魔力が黒い炎となり全身から溢れ出すと、まるで日食のような黒点ができあがる。

≪インフェルノ・ノヴァ≫


 熱源から発せられる炎はその場にあるすべてを焼き尽くしていった。地は溶け草木は炭すら残さず塵となって消え、それはアビスも例外ではなかった。
 ヒュノスによって切られたアビスが霧散していく。しかし、その巨体すべてを焼き切るにはあと一手が遠い。


 本来であればあの熱源の中、アビスを削るのは僕の役目だった。だが、肉体を燃やし続け暴れているのは歴史に消された英雄。


「英雄というのはそういう運命にあるということだろうか……ならば、尚更負けるわけにはいかないね」



 僕が修行で気づいた成長へのきっかけは背中の羽だった。今までは特に考えたことなどなかったがラーティアの強さの秘密がヒントをくれた。

 小さければ魔力が高いという常識は半分正解であり半分間違いで、正確には如何に魔力を身体に取り入れることができたかが重要だった。
 身体が小さいということは即ち、何をするにも肉体より魔力を使った方が単純に楽だということ。

 ちょっとした段差から短い距離、小さい妖精はすべてに魔法を使う必要がある。だとすれば小さければ魔力が高いのは必然、そして、そんな僕らの成長を止めるきっかけというのがこの羽だ。


 冷静に考えてみれば本来、この体では魔力を十分に受け入れることなどできない。だからこそ器を作り、魔力を十分に取り入れられるようにしたのがこの羽なのだが、同時にそれは器という限界を示すことになっていた。

 だから僕は己の器を壊し、新しい魔力を取り入れ、それが入りきる器を身体に創らせる必要があった。今思えば短くも地獄のような修行。

 普通だったら絶対にやらない。やりたくない。やる必要・・がない。……でも、僕にはそれが必要だった。


「これで少しは僕もみんなと戦えるはずだ。いくよ――」

≪ガンマレイ≫
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

誰も要らないなら僕が貰いますが、よろしいでしょうか?

伊東 丘多
ファンタジー
ジャストキルでしか、手に入らないレアな石を取るために冒険します 小さな少年が、独自の方法でスキルアップをして強くなっていく。 そして、田舎の町から王都へ向かいます 登場人物の名前と色 グラン デディーリエ(義母の名字) 8才 若草色の髪 ブルーグリーンの目 アルフ 実父 アダマス 母 エンジュ ミライト 13才 グランの義理姉 桃色の髪 ブルーの瞳 ユーディア ミライト 17才 グランの義理姉 濃い赤紫の髪 ブルーの瞳 コンティ ミライト 7才 グランの義理の弟 フォンシル コンドーラル ベージュ 11才皇太子 ピーター サイマルト 近衛兵 皇太子付き アダマゼイン 魔王 目が透明 ガーゼル 魔王の側近 女の子 ジャスパー フロー  食堂宿の人 宝石の名前関係をもじってます。 色とかもあわせて。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

処理中です...