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151話 『奇跡の日常』

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 大きく展開された野営地に着くと俺たちは離れにあるテントへと急ぐ。ここは王都と俺たちの村の中間に位置するところらしいが、思ってる以上に状況は深刻だった。


「三人は外で警戒、リリアだけ念のためついて来てくれ」

「ほ、本当に大丈夫なのか?」

「みないことにはわかりませんが……とにかく急ぎましょう」


 中に入ると腕と顔、恐らく半身がアビスに取り憑かれている女性がベッドの上に横たわっていた。真っ黒なアビスはときおり獲物を探すように蠢いている。


「みての通り触れることすらできん。回復薬を垂らしてみたが効果も一切なし、お手上げの状態だ」

「酷い……」


 なぜ精霊でもない人間に取り憑いている……本来なら人に取り憑くのは影だけのはずでは……。斬ってみるか? いや、人体にどう影響がでるかもわからないんだ、試す訳にもいかない。


「落ち着け、何か方法があるはずだ」


 自分自身に言い聞かせるように言葉がでる。リリアも色々と考えているようだが何も思いつくはずがなく時間だけが過ぎていった。
 女性は俺たちに気づいたのか視線をこちらへ向けた。


「あらぁ……あなた、どこかで…………」

「ソフィアさん、聞こえますか? レニです。わかる限りでいいので体の状態を教えてください」

「…………見ての通りよ……魔力もまともに練れない……わ……」


 そこまでいうとソフィアさんはまた苦しみだした。本来であれば俺の質問にここが痛いとか苦しいと訴えるはず。しかし、なぜかソフィアさんは苦しそうにしつつも魔力が練れないといった。

 この状況下でも魔力を感じ取れるソフィアさんもすごいが、練れないということは試したということ……何かヒントになることを伝えようとしているんだ。


「リリア、クマを出して魔力の動きをみてくれ」


 リリアは頷くとすぐに魔法陣を描き出す。

≪サポートベアー≫


「クマー!」

「クマ、久しぶりのところ悪いがソフィアさんの魔力をみてくれないか」

「クマ? クマー」


 出てきたばかりでポーズを取っていたクマは、すぐにソフィアさんに気づくと身体を見渡した。そしてリリアに何かを説明する。


「クマー、クマ、クマクマー」

「レニ君、クマが言うには魔力の中にアビスが入り込んでるって……そんなことあるのかな」


 いったいどういうことだ、そもそもアビスは魔法か魔力を持った武器でしか干渉できない――――


「そうか……そういうことか、わかったぞ! リリア、シャルを呼んできてくれ!」


 リリアが外へと出ていくと、邪魔をしないようにジッとしていたタイラーさんがやってくる。


「何かわかったのか?」

「はい、うまくいけばソフィアさんを助けられるかもしれません。ただし下手をすれば魔欠損症に、つまり……」


 魔欠損症になれば弱った状態のソフィアさんはそのまま死ぬ可能性が高い。だけど今の俺にはこれしか方法は思いつかない。


「俺たちはやれることがない……ソフィアも、お前らに診てもらえるなら――」

「パパーなぁにー?」


 シャルに言葉を遮られたタイラーさんは、長年の経験からこの状況を覆すことは不可能だろうと察したのか、覚悟を決めた表情をしていた。
 シャルと交代で後ろに下がるタイラーさんに俺は言葉をなげた。


「最後にはさせません、そのために――俺たちがいる」


 さぁここからが本番だ、絶対に失敗は許されない。
 まずは安全面の確保が必要なためタイラーさんには外に出てもらう。そして万が一に備えリリアとシャルは出口側に立たせる。
 リリアには魔力の動きをクマに見てもらい、俺のやろうとすることがうまくいってるかをみてもらう。もし違ってた場合はすぐに中止するしかない。


「シャル、この人の魔力をアクアさんのときと同じように吸い取ることはできる?」

「やってみるー」


 そういってシャルは手を動かすとソフィアさんの上に魔法陣が出来上がり魔力を吸い取り始める。しばらくするとクマが反応を示す。


「レニ君! 一部の魔力が逆に動き始めたって……!」


 リリアがいうように吸い取られていく魔力とは別にアビスは身体に張り付いていた。しかしそこからがなかなか離れない。


「ソフィアさん、聞こえますか!? 体に張り付こうとしている魔力があるはずです! そいつを切り離してください!!」

「うううううぅぅぅ…………」


 リリアが声をかけるとなんとなくだがアビスがちょっとずつ動き始めている。


「シャル、もっと強くだ!」

「わかったー!」


 シャルは返事をすると今ある魔法陣の上にさらに大きな魔法陣を展開した。急激に魔力を吸い取り始めると、あまりに勢いが強いためソフィアさんも相当苦しそうに声をあげる。
 常人ならとっくに魔力は尽きているだろう……だが、アビスも徐々にはがれ始め薄っすらとだが肌が見え始めている。

 しかしどう考えてもこのペースでは魔力が尽きる方が早い、なんとか自発的に魔力を離してもらうしかない。何度も声をかけるがあまり大きな変化が起きない。


「ソフィアさん……その程度ですか! 根性みせてください!!」


 挑発? 激励? なんともわからないリリアの励ましにソフィアさんは一瞬反応したかと思うと苦し紛れに声をあげた。


「……い……いってくれるわねえええええええええ!!」


 その瞬間、あっという間にアビスが魔法に吸い込まれていく。ソフィアさんの体からは黒い影は一切見えなくなっていた。


「シャルストップだ!」


 魔法を止めると黒い塊となったアビスが地面に落ちる。何かを探すように蠢きだしたがすぐさま剣を突き刺すと霧散して消えていった。


「よし……ソフィアさん、大丈夫ですか!?」


 声をかけるが一目見てわかった……ソフィアさんの顔色は悪く魔力欠損を疑わせていた。まずい、回復薬で間に合うか? いや、それよりもタイラーさんに相談すべきか?


「お姉ちゃんの魔力どうするー?」

「ど、どういうことだ?」

「シャルはいっぱいだからいらなーい」

「ま、待て、ソフィアさんの魔力が残っているのか?」


 シャルがさも当然というように頷く。すぐさま戻すようにいうと、魔法陣からジョウロのようなものが現れ、そこからキラキラとした魔力の雨がソフィアさんへと降り注いだ。


「まさかこんなことまで……」

「……やった、ソフィアさんに魔力が戻ってる!」


 クマと一緒にみていたリリアが声をあげるとソフィアさんの顔色は徐々によくなっていく。


「夢かしら……懐かしい顔ね…………」

「夢じゃないですよ……リリアです。覚えてますか」


 リリアがソフィアさんの手を握る。呼吸も安定してきている……どうやらうまくいったようだな。


「俺は外にでてる、何かあればすぐに知らせてくれ」

「クマッ!」

「クマちゃんまたねー」


 手を振るシャルを連れ外へ出るとタイラーさんに無事を告げ中に入ってもらう。ソフィアさんの命を握ってたからか、どっと疲れがでてきた俺はルークの元で座り込んだ。


「お疲れ様、君ならやると思ってたよ」

「いや、今回はシャルに助けられた……ありがとな」


 もちろんリリアだって活躍してくれたが、シャルがいなければ何もできなかっただろう。シャルはにっこりと笑顔になり抱き着いてくる。
 俺は頭を撫でながらすでに暗くなってきている空を眺めゆっくりとため息をついた。


「パパもお疲れ様ー」

「ふふ、ありがとう」


 やはりこの子の力は偉大で……危険だ……。
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