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34話 『地の魔獣』

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 月の光が一人と一匹を照らしていく……。腰に剣を差した妖艶な女性と見たことのない大きな獣だ。すでにアリスは走り出しており俺たちはすぐに後を追いかける。


「……お姉さま、もうやめてください!」

「あなたがアリスのお姉さんか、危ないことはやめるんだ」

「人間め……一度ならず二度までも邪魔をする気か」

「お姉さま、あのことはもう話し合ったはずでしょう!」

「あなたにはまだわからないわ…………いいえ、わからないほうがいい」


 獣は撫でられると、まるで犬とも猫ともとれるしぐさで大人しくしていた。


「まだ間に合います! 早くその子をかえして!」

「……アリス、ここから逃げなさい。今ならまだ助かる可能性はあるわ」


 止めようとするアリスの言葉に静かに答える……話を聞く気はないようだ。


「仕方ない、力ずくで止めさせてもらうぞ」

「人間ごときが私を止められるかしら?」

「すごい自信だな、だが残念ながら俺にもこいつがいる。ちょうど二対二だな」

「グルルルルル……」

「あら、人間にしてはなかなかやるのね」


 よほど余裕なのかアリスのお姉さんはわざとらしく驚いてみせる。いや、わかっている……ルークは獣を見てからというもの落ち着きがない。たぶんこいつは……この獣はルークと同じか、それ以上に強い。そしてそれを召喚できるこの人もきっと……だがここで引くわけにはいかない。

 目の前の獣は撫でられて満足したのか、目をこすると大きな欠伸をしゆっくりと目をつむった。寝るほど余裕があるとはな……とんでもなく強いのか肝が据わっているのか……。


「そのドラゴンがもっと成長していたら危なかったわ。だけど相手をするのはこの子じゃない」

「レニさん、その子は子供です。危険なのはその」

「来たか、思ったよりも早かったわね」


 アリスの言葉をさえぎるように宙をみると、そこには巨大な魔法陣が展開されていた。それをみたアリスは膝から崩れ落ちた。


「そんな……間に合わなかった…………」

「あれはいったい……あの獣が相手じゃないってどういう意味だ」

「もはや人間は過去すらも忘れたか。まぁいい、今度はあのときのような邪魔者もいない! この地もろとも滅びろ!!」


 その声と共に完成した魔法陣が光を放つ――――現れたのはこの世の生物とは思えない大きな獣だった。禍々しい角に異常な存在感……そしてあの眼……あれはあいつドラゴンと同じ絶対的強者の眼だ。

【ものまねし:状態(ベヒーモス)】


「……はっ? ベヒーモス?」

「レニさんすぐに逃げてください! ベヒーモスはとても絆が強い生物、あの子が強制召喚されたので追って来たんです! その強さは……あの伝説と言われた守護竜に匹敵する力を持っています!」


 ベヒーモスなんて神話やゲームでしか聞いたことがない。それに子供を追ってくる親とはなんとも厄介な…………って待てよ。


「伝説?」

「えっ? あ、そうです! 伝説と言われるくらい強く危険なんです!」

「……燃えてくるじゃないか」

「はい?」

「伝説の守護竜ってヤツと同じくらい強いんだろ? ならもう足掻いたところでどうしようもない。腹くくって戦おう!」

「ど、どうしてそうなるんですか!?」


 ま、逃げようとしてもこんな怪物相手に逃げられるわけないしな。何より伝説と言われる守護竜に匹敵するというその力……見てみたい!!


「ルーク、アリスを連れてここから離れろ」

「グゥ……」

「こいつはお前じゃ無理だ。今はアリスを守ってくれ」

「グウゥ……クゥー」


 アリスを乗せルークが走り出す。それをベヒーモスは静かに見ていた。


「待っててくれたのか、ありがとな」

「今から殺される相手に礼をいうなんて愚かね……さぁ終わりにしましょう」

「グウオオオオオオ!!」


 ベヒーモスの口から光弾が発射される。辛うじて避けることができたが爆風で辺り一帯は砂埃が舞い上がった。
 これなら姿も見えにくいだろう、今のうちに――。


「あっはっはっはっは! 人間などしょせんこんなもの、今こそ雪辱を果たすときがきた!」

「そうは……させるかああああああああ!!」


 舞い上がっている砂埃を走り抜け跳ぶとそのままベヒーモスの顔を殴った。巨体は少しだけ後ろへと下がったが、手ごたえをまったく感じない……なんて反応の速さだ。


「な、なぜ生きている!?」

「俺はちょっとだけ特殊なんだよ!」


 とにかくこいつを止めなければいけない。ベヒーモスは俺を見ると唸り声をあげている。


『ほう、面白い人間だ』

「これには事情があるんだ、話し合いで解決しないか」

『ふむ……あやつのいうことは本当だったか。ならば試さねばな』

「何っ?」

「貴様、いったい誰と喋って」


 ベヒーモスは跳躍し距離をとると角が徐々に光る――さっきとは魔力の色が違う。

≪ミールストーム≫


 いくつもの竜巻が発生し土煙を巻き上げていく。視界もまともに見えなくなり竜巻に巻き込まれないように動き回る。そのとき、一瞬だけ風が揺らぐ。


「ッ! おい避けろ!!」

「えっ」


 俺がギリギリ躱す横を高速で巨体が通り過ぎ――アリスのお姉さんはそのまま避けきれず吹き飛ばされる。地面を転がり倒れると、そのまま起きる気配はない。


『案ずるな。あの程度で死ぬ者ではない』

「……まだ生きてるってことか? なぜ生かした」

『我に勝てば答えよう』


 そしてすぐさまベヒーモスは竜巻の中に消えていく。視界が悪すぎてこちらからは仕掛けられない。
 何度か繰り返される猛攻を避け、俺は頭に浮かんでいる一つの魔法を使った。

≪アースクエイク≫


 魔法を使った瞬間、地面が割れるように揺れ隆起し風の通りを塞ぐ。
 辺り一面、凄まじいことになっている……やりすぎた気もするが竜巻は一応消えたな。


「よし、見つけたぞ!」

『ならば次だ』


 俺が追い込もうとすると足場の悪くなった地面をいとも簡単に跳びまわる。角が光だすと先ほどとはまた魔力の色が変わり、黒い雲が空を覆い尽くす。

≪ヘイルロック≫


 ぱらぱらと雹が降り注ぎ、それは徐々に大きくなると空から巨大な雹の塊が降り注いだ。あんなのが落ちてきたら……! 考える間もなく俺は即座に魔法を唱える。

≪ジャッジメントレイ≫


 パリパリと電気が走ると雷撃の雨が降り注ぐ。まるで世界の終りのような光景……。雷撃は巨大な雹の塊を次々に粉砕していくと黒い雲は霧散し月の光が戻ってきた。


「さ、さすがに今のはヤバかった……」

『これも凌ぐか』

「いい加減こちらからもいかせてもらうぞ!」

≪ホーリー≫


 ベヒーモスの足元が光り光弾が打ち上げられるが、すでにベヒーモスは横に跳び避けていた……だが、予想していた俺はすでに走りだし着地に合わせ跳び蹴りを放った。


「くらええええええ!!」

『攻めは及第点か、だが読みが甘い』


 ベヒーモスは着地と同時に身を低くすると滑るように動く。目標物のいなくなった宙を蹴った俺は、間抜けにも空中で身動きができず格好の的になり……ベヒーモスの腕が振り下ろされた。

 きたる衝撃に備え身を固める。しかしベヒーモスの腕は俺ではなく、横から飛んできていた炎の玉を振り消した。
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