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裏切られた勇者は、魔王に拾われる《前編》
しおりを挟む世界三大魔術師の一人、エルフィン・バレンティーヌにより記された、この世界の未来を予言した“予言の書”。
そこには、“聖剣により選ばれし一人の勇者が降り立つとき、人々は魔物の脅威から救われる”と記されていた。
予言通り一人の勇者が現れた。
勇者は聖剣を引き抜き、魔物と戦い、多くの人々を救った。
だが予言には記されていなかった。
勇者が、旅半ばで自分の仲間達に裏切られるなどということは――
「何故、こんなことを……」
口から血を流して崖に追い詰められた勇者ユーリに剣を向けるのは、かつて彼と共に旅をしてきた仲間達。
親友だと思っていた魔法使い、旅の途中で傷を癒してくれた姫君、そして共に戦おうと誓い合った騎士達だ。
騎士の一人が真顔で答える。
「貴方の名声は高くなりすぎた。このままでは国王陛下の立場を危うくしかねない」
「予言の書には、『勇者が降り立つとき』と書かれている。別に勇者が国を救うとは書かれていない。なのに君は何を勘違いしたのか、自分が国を救うのだと息巻いて……全く。これだから立場のわかっていない輩は……」
やれやれとにやけた顔をしたかつての親友、魔術師テオは、横にいるエリザ姫の腰を自分の方に引き寄せる。
エリザ姫がそれに答える様に、テオに寄り添った。
「厄介事の芽はそろそろ積まないとね。悪いけど、僕達の未来の為にも、君には消えて貰うよ。大丈夫、僕の方が強いし。国民には、勇者は偽物だったって伝えておくからぁ!」
テオや、テオの後ろに居た魔術師達から、風の刃の魔法が放たれる。
ユーリは、風の刃を避けきれず、かつての友が放った魔法に貫かれて崖から押し出された。
「ゴフッ‼︎」
口から血を吐いて、ユーリが崖下へと落ちる。
百メートルは下らない崖から落ち、勇者の姿は霧の中へと見えなくなった。
崖の上から落ちる勇者を見下ろしていたテオが、踵を返す。
「ここは魔族領だ。まず助からないさ」
そう言い残し、騎士達と共に姿を消した。
落下する直前に地面に向かって風を発生させ、衝撃を幾らか和らげて、ユーリはなんとか生き残っていた。
それでもテオや騎士に付けられた傷は深く、立って歩けないユーリは、崖に寄りかかって回復魔法を使う。
血のにおいを嗅ぎつけた魔物に食われて死ぬか、何とか生き残るか……
こんなときだがユーリは冷静だった。
伊達に勇者をやって来ている訳では無い。
手負いで、しかも魔力を殆ど使い果たした人間が、魔物の森で生き残る事の難しさをよく知っている。
どちらにしろ、ここを離れなければ……
ユーリが立ち上がろうとすると――
「ウ”ゥゥ……」
匂いを嗅ぎつけて来たのだろう。数頭のブラックハウンドが霧の向こうから現れた。
立ち上がろうとしても、崖から落ちた衝撃で折れている脚が動かない。
魔力は零に等しい。
状況は絶望的だった。
「こんなところで会うとはな……」
追い討ちをかける様に、霧の向こう側から現れた影。
羊の様な大きな角、長い黒髪に、無駄に良い容貌、人間の物ではない大きな手。
それは忘れもしない、何度も何度も自分達の冒険を邪魔して来た最悪の敵。
「魔王……かはっっ‼︎」
口から血を吐き出して、折れた脚を踏みしめ、霞む視界の中、ユーリは、魔王を睨みながら立ち上がる。
気配に気圧されたブラックハウンド達が後ろに下がり、魔王が前へと進んだ。
「しかも、都合の良いことに、満身創痍と見える」
「お前などに、負けてたまるもの――」
「ふむ、立場を弁えるんだな」
素早く飛び込んで来た魔王が、ユーリの首に手をかける。
衝撃で壁に打ち付けられ、魔王の手によって首を絞められたユーリが、苦悶の表情をした。
「立っているのがやっとではないか。聖剣はどうした」
「教えてやる義理はないっ」
悔しい事に、聖剣を持たないユーリ自身がそこまで強い方ではないというのは事実であり、聖剣は今、自分を裏切った仲間の元にある。
聖剣は向こうだ、ザマァ見やがれ……。
こんな時でもユーリは、自分が守りたかった隣人、自分を助けてくれた人々の事を思い浮かべていた。
ユーリは勇者になって名声を得たかったのではない。
ただ平和な世界が欲しかっただけなのだ。
魔王のユーリの首にかける力が強くなる。
「っっ……」
「持っていない……。そうらしいな。しかし……大分ボロボロだな勇者よ。仲間はどうした」
「答えてやる……義理はないっ……」
「ふふっ。まぁいいだろう好都合だ」
スッと、首にかかっていた力が抜ける。
「かはっ」と呼吸をしたのも束の間、両腕が持ち上げられ、魔王の手から放たれた蜘蛛の巣によって頭上の一点に繋ぎ止められた。
「さぁて、勇者よ」
魔王が、にたっと笑って魔剣を引き抜く。
自分に向かって剣先を向けられた、魔剣に、ユーリはぎゅっと目を閉じた。
魔王の魔剣に貫かれて、自分の人生は終わる。
ただ、聖剣は抜けた。
誰かが自分の代わりを務めてくれるだろう。
そう覚悟したユーリの耳に聴こえてきたのは、魔剣が自分を貫く音ではない。
魔剣が、自分の上着を引き裂く音だった。
「……えっ?」
「それにしても、良くこれで立っていられたものだな。勇者よ。無理し過ぎると、体だけで無く、心も壊れるぞ?」
テオに付けられた腹部の傷に触れない様に、傷の具合を見る。
魔王は、血がまだ流れ出している部分に回復魔法をかけ、一応の応急処置をすると、勇者の目に手を当てた。
「何を……」
「ふむ、少し眠っていろ」
眠りの魔法を、魔王の手によって直接かけられたユーリが膝から崩れて落ちる。
それを支える様に、ユーリを抱き抱えた魔王が、そのまま勇者を横抱きにした。
テオとエリザ姫、騎士達が、自分がボロボロになったのを見て笑っている。
テオが時々、悔しそうな目で自分のことを見ているの、ユーリは知っていた。
騎士や、一部の傭兵達が、自分を見下しているのをユーリは知っていた。
何故、お前が勇者に選ばれたのだ。
大してこれといった特徴もない、お前が。
そんな嫉妬や、妬みに、嘲笑、アリもしもしない悪い噂が流れていた事も、勇者は知っていた。
だがそれも、少しずつ変わると信じていた。
自分は成長出来る。
魔王が討伐されれ、魔物達の活発さがなりを納めれば、世界は平和になる。
村や人々の生活が穏やかになり、もう、魔物に怯えて暮らすことも無いのだと。
そう、信じて疑わなかった。
勇者が眼を覚ます。
目の前で寝そべる魔王にぎょっとした勇者が、後ろへと後退る。
「ま、魔王っ!」
「逃げるな、勇者」
腕を掴まれて、前へと倒されるユーリは、自然と魔王の胸の中へと収まる。
魔法で攻撃しようとする勇者の手には、魔力が集まらず、何故か力が入らない。
「何をしたっ」
「うむ。城の防衛使われている魔力を半分程使って、お前の魔力と力を抑え込んでいる。流石勇者、覚醒していないとはいえ、持っている力は強大だな」
「は?」
いつの間にか傷の癒えているユーリには、何の話をされているのか分からない。
魔王が、ユーリを無理矢理後ろ向きにして、膝の上に乗せた。
「いい子だ勇者。そのままじっとしていろ」
「何を……くっ」
魔王とユーリには身長差がある。
魔王は、ユーリのお腹に片手を回し、もう一方の手で目を塞ぐ。
抵抗しようとするが、魔力が使えず、力の出ないユーリには、成す術が無かった。
「私を食うつもりか……」
「まぁ、あながち間違ってはいないな。勇者の血肉ともなれば、それなりの力を得る事が出来よう。魔物であれば、魔王クラスの力を手に入れる事だって不可能では無い」
魔王が、勇者の首筋をなぞる様に舐める。
噛み付く様に歯を当てた魔王が勇者に言った。
「怖いのか、震えているぞ」
「っっ!」
勇者が、ありったけの力を振り絞って魔王の手を自分の目の位置から下に引き下げて噛み付く。
痛いであろう魔王が、痛みなど感じていないかの様ににやりと笑った。
「威勢が良いのはいい事だ。ふふっ……すまんな。少し意地悪をし過ぎてしまった。好きな相手が目の前に居ると、どうしてもいじめたくなってしまうのだ」
「……は?」
ユーリは、困惑していた。
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