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〈第十話〉

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 黒いタキシードに身を包み、赤い薔薇を携える…………似合わないなぁー!

 ナイトハルトが鏡の前で自分の姿を確認し、これはないだろうと口の端をヒクつかせていると、服屋の主人が声を掛ける。

「とてもお似合いですよ?」

 奴の目は腐っている、腐海のようだ。

 ナイトハルトは、即答する。

「ないっ」





 ※

 ーーと、言う訳で、魔王復活事件から何事もなく一週間が経ったこの日、ナイトハルトはリジーの10歳の誕生日パーティーに、他の招待客より早くカルデラ家へとおもむいていた。

 勿論、黒のタキシードなど着ていない、国の礼服である。

「あれだけ見比べて、結局一着も買わないって……似合ってましたよ?黒いタキシード」

「それ本気で言ってるのか?」

「いえ、まさか」

 カイオンも即答する。

「だよなぁ……」

 若干肩を落としたナイトハルトが、溜息をつきつつ、丁寧に包装されたプレゼントを確認する。

「これがカルデラ家の人達へ、これがリジーに……こんな感じでよかっただろうか?」

「充分ですよ。むしろ、丁寧過ぎる位。リジー様へのプレゼントだけで良かったのでは?」

「まぁ、日頃お世話になってるからな」

 ナイトハルトは、リジーの誕生日に硝子製の桜のかんざし、カルデラ家の人達へは、優しい風味、穏やかな香りがする金木犀のお茶を用意していた。
 とはいえ、いまいちはっきりとした趣味のないナイトハルトは、婚約者へ自分の特徴の出る、所謂いわゆる自分でしか渡せないプレゼントがないことにやきもきする。

 まさか、BでLな本を持っていく訳には……

 あらぬ疑いを掛けられてしまう、そう思いながら、カリデラ邸宅内へと足を踏み入れるとーー

「ナイトハルト殿下!」

 鈴が転がる様な、楽し気な声に反射的に振り返ると、恐らく初めて化粧をしたのだろう、顔面を幽鬼の様に真っ白にしたリジーが立っていた。

 ワァオコレハナイ……

 そう思いつつも実はそんなちょっと抜けてているところさえ可愛いと思っているナイトハルトは、一瞬クラっとした頭をスッと切り替え、すたすたと歩みより、リジーの手を取る。

「リジー、ちょっと……」

 そう言って、きょとんとしたリジーを洗面台まで引っ張り、説得されてしょぼんとしたリジーに顔を洗って貰い、やんわりと励ましつつドレッサーと化粧品の置いてあるリジーの部屋へと向かった。






 ※

 リジーの部屋は、どちらかといえばシックで落ち着いた雰囲気のある、整理された部屋であった。
 女の子らしいピンクの部屋を想像していたナイトハルトは、少し面食らいつつも、真っ白なファンデーションを再びがっつり塗りたくろうとするリジーにストップをかける。

「ちょっと待って、私がやってもいい?」

「ナイトハルト殿下が……ですか?」

 きょとんと首を傾げるリジーに、ナイトハルトは言葉に詰まる。

 うーん確かに、そうなるよなぁ……

 男が何故化粧など出来るのか、どう言い訳したらいいものかと頭を悩ますナイトハルトに、リジーがニコッと笑いかける。

「お願いしますわ」

 目を瞑ってそっと化粧されるのを待つリジーに、何の試練だと思考停止するナイトハルト。

 リジーが、可愛い過ぎて尊い……

 ナイトハルトは、ハッとする。
 宇宙の彼方かなたに意識を飛ばしている間にも、誕生日パーティーの時間は刻一刻とせまっているのだ。
 手際良くリジーの手持ちの化粧品を並べ、大凡おおよそ道具がそろっていることを確認すると、大体のイメージを思い浮かべ、化粧に取り掛かる。

 ファンデーションを塗り、濃淡を付け、頬に薄っすら赤を入れ、血色を良くする。
 それは手慣れた物であった。
 そして昔の記憶というのは、ふとした瞬間に、鮮やかに蘇るのだ。

『よし、今日も美人っ!』

 毎朝出社する前に化粧して、“今日も美人”って鏡の前でいうのを習慣にしてたよなぁ……

 ふと、出社間際の時刻になって、付き合いの長いドレッサーの前で、着回し式のスーツを着て、笑顔を作る女性が頭を過ぎる。

 あれをいうと、なんか一日頑張れたっけ……

 ナイトハルトが化粧を終え手を離すと、リジーが目を開けて自分の顔を鏡で確認する。

「凄い! 別人みたいですわ‼︎」

 リジーがはしゃぐのを見て、ナイトハルトがホロリと涙を流す。

「ナイトハルト……殿下?」

 ナイトハルトハッとする。
 身近な人が亡くなった後すぐというのは、意外と泣けない。
 葬式の準備やら、環境の変化やらが激しくて、泣いてなどいられないからだ。
 ただそれは、ふとした瞬間に、その人がいつもいる場所に居ないかったり、あぁ、この人はもういないのだと感じるまでの間である。

 だってそうじゃないか、自分が死んだなんて、そう簡単に実感出来る訳ないじゃないか……

 婚約者を目の前にして、涙が止まらなくなったナイトハルトは、目を抑えながら、それでも、にこりと笑ってーー

「ごめん、リジー、目にゴミが入ったみた……」

 ふわりと、暖かい、人の感触。
 誰かに抱きしめられている感触がした。

「なんか、よくわからないのですが、でもこうしていた方がいいと思ったのですわ」

 リジーが、ゆっくりとナイトハルトから手を離す。

「ナイトハルト殿下は、不思議な雰囲気のあるお方なのですわ。なにか……こう。まるで、誰か別の人の人生を一度生きてきた様な、切ない雰囲気が、時々あるのです。でもそれは、みんな私の物なのですわよ?」

 リジーが、ニコッと笑い、そっとナイトハルトの頬に手を当てる。

「私だけの物なんですのよ?」

 その顔があまりにも可愛くて、愛しくて、ギュッと抱きしめた時の体温が暖かくて、優しく抱きしめ返す手が、愛し過ぎて――

「恋人を持つって、素敵なことだなって」

「婚約者ですのよっ」

 リジーが、ムッとする。
 ナイトハルトは、そっと手を伸ばしーー

「今だけ、このままで」

 思えばいい人生だった。
 美味しいとこだけかじったような人生だった。
 思い残すことも無い人生だった。

 そう思うナイトハルトの目に、もう涙は残っていない。
 そしてむーっと何故か頭を捻るリジーが、次に発した言葉は……

「なるほど……ナイトハルト殿下もお化粧をしてみたかったのですね‼︎」

 え“っ‼︎

「その、両と……そうですわね、ちょっと変わったご趣味があるとはお聞きしておりますもの……」

 違うよ⁈ 全然違うよっっ‼︎

「わかりましたわっ‼︎ ナイトハルト殿下のお化粧は、代わりに私がやってあげますわっ‼︎」

 っっ! 嫌な予感しかしないっ‼︎

「リジー、誤解だ! 私に男色家の趣味はないからーー」

「えっ! わわわわたくしそんな事言ってませんわ!」

 リジーが顔を真っ赤にして逸らす。

 ……気持ちはわからんでもないがね?

 そう思ったナイトハルトは、あの手この手でリジーを説得し、なんとか難を逃れるのであった。







 ※

 流れる様なブロンドに、桜の簪を刺し、白磁の手をそっと手に重ねるリジーが、パーティー会場のドアを開ける。
 会場の客が息を飲む――

「誕生日、おめでとう」

 リジーの手の甲に、ナイトハルトがキスをした。
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