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〈第三話〉

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 ※

 ナイトハルトが去った後のカルデラ家では――

 先程の賑やかさとは打って変わって、すっかり静かになった庭を眺めながら、リリー夫人が夜のテラスで紅茶を嗜む。
 淡い金髪を三つ編みをして、優しい目で星空を見上げるリリー夫人の後ろに、ゲオルグ公爵が何処からとも無く現れ、音もなく歩み寄る。

「優しいお兄ちゃんの様な人だったわね」

 リリー夫人はいつものことと特別気にする様子もなく、又、気付かないという事もなく、星空を眺めたままゲオルグ公爵に語りかける。

「普段他人と話すことのない氷雪の貴公子などと聞いた時は、一体どんな冷たい奴が現れるか思ったが……」

 ゲオルグ公爵も、別段それを気にする事も無くリジー夫人に語りかける。

 実は、ゲオルグ公爵は現王アダム・セフィラスとはリリー夫人を取りあった仲であり、今回の縁談も思惑云々というよりは、王が半ば悔し紛れに無理矢理漕ぎ付けた縁談であった。
 王の思惑により、縁談を断り切れなかったゲオルグ公爵は、断腸の思いでナイトハルトと対面することとなったのだが……

 リジーが、ほんのりと頰を紅くし、何処を見るとも無く、空を眺める。

「リジー……」

 リリー夫人が声を掛けるが、リジーからの反応は無い。

「やぁねぇ。貴方、恋煩いかしら……」

 リリー夫人が、そうゲオルグ公爵にそう言った途端、リジーがハッと我に帰って振り向き、顔を真っ赤にして否定する。

「ちちちち違いましてよ!」

 何処からどう見ても、「違う」などということの無いリジーの反応に、ゲオルグ公爵とリリー夫人はほくそ笑む。

「もう! 違うって言ってますのよ!」

 リジーがぷんすかと頰を丸くし、足早にその場を去る。
 リジーの姿が見えなくなった後、リリー夫人は、ふと、心の何処かに引っかかっていたことを話し始めた。

「確かに、優しいお兄さんの様だったけれど、年の割に子供らしさがあまり見えなかった気がするわ……」

「君もそうだったじゃないか」

 ゲオルグ公爵は、遠くを見る様に、リリー夫人と出会ったときのことを思い出す。

「まだ密偵として半人前だった私が、君に見惚れて手を滑らせ、木の上から君の上に落ちたとき、君は慌てるでも悲鳴を上げるでも無く、ただ一言、「お怪我はありませんか?」と言ったのを覚えているかい?」

 リリー夫人が「まぁっ」と言って、楽しそうに笑い、ゲオルグ公爵は空を見つめたままそっとリリー夫人の手に自分の手を重ねる。

「きっと大丈夫だよ」

 その日の夜空を、流れ星が一筋駆けていった。







 ※

 ナイトハルトが、郊外から三時間半の馬車に揺られて帰って来る頃には、もう大分遅い時間帯になっていた。
 ナイトハルトはカイオンと別れ、自室に戻り、深く椅子に腰掛けて、今日のことを振り返る。

 そして旧ナイトハルト、ゲーム内でのナイトハルトと、今の自分について比較する。

 “氷雪の貴公子”
 そのあだ名は、ゲーム内のナイトハルトにも適応されていた物だった。
 ナイトハルトは、物心付く前に自分の母親を失い、今の正妃に酷く敬遠されていた。
 次期国王に、自身の息子である第二王子を付けたい今の正妃は、第一王子に負けない様に必死に教育マ……第二王子に付きっ切りで勉強を教え、色々な家庭教師を付けて鍛えていた。
 ナイトハルトは、そんな第二王子、継母から自分の地位を守る為、ほぼ一人でここまで戦って来なくてはならなかった。
 加えて、信頼していたナイトハルト付きのメイドに裏切られ、完全に心を閉ざす様になったナイトハルトは、”氷雪の貴公子“と呼ばれる様になっていったのだ。

 実はこの下り、ナイトハルトの継母とメイドの話を、藤堂麗は知らなかった。
 彼女は、そこまでゲームを攻略してはいなかったのだ。
 ただ、時代背景を知り、元々そこまで他人に依存するスタイルを取らない藤堂麗、現ナイトハルトは、継母や第二王子に関しては「誰が負けるか‼︎ フハハハハ! これが真の転生チートじゃあ!」メイドに関しては「うわ、びびった! あのメイドさんなんかきな臭いと思ってたけど、まじか。めっちゃ怖かったわぁ……」くらいにしか思っておらず、そこまでダメージを受けていない。

 確かに、今のナイトハルトもあまり喋る方では無い。
 だがそれは、元々藤堂麗がプライベートで人とよく話す性格ではなかったことと、うっかり普段通りに話して万が一にも前世の記憶を語ってしまうと危険だと感じたこと、そして何をしても神童神童と褒めそやされ、調子に乗り、課題をこなすことにそれなりに夢中になってしまったことが原因であった。

 そうやって冷静に考えていくと、旧ナイトハルトにも多少の同情の余地があるなと、現ナイトハルトは思う。

 そして、色んな物を一人で背負って、誰も当てにすることが出来なかった旧ナイトハルト、”氷雪の貴公子“が少しだけ切ない人間に思えた。

 父上を頼りにする訳にも行かなかっただろうしな……

 そんなことを考えていると、ナイトハルトの部屋のドアがノックされる。
  
「殿下、国王陛下がいらっしゃいました」

 王は、本日二回目の訪問に、相変わらず仰々しく重そうな服を着て部屋に入り、おもむろに人払いをすると、ナイトハルトに話しかけた。

「して、どうだった」

「父上グッジョ……とても可愛らしい女性だと思いました」

 おっと、既にボロが出そうである。
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