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0.プロローグ

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「なぁ、満里。そろそろ出てこいよ。友達も心配してんだろ?」

期待はしていなかったがやはり今日も返事がない。
部屋の中にいるというのに物音の一つも聞こえない。俺の妹、満里の部屋。
満里が塞ぎ込んでしまってもう1週間が経つ。最初は一日二日でけろっと吹っ切れた様子で顔を出すと思っていたが今までにない最高記録で流石に放任主義な俺でも心配している。食事は毎日三食残さず食べて食器をドアの前に置いているから身体は至って健康であろう。両親は海外出張で長く帰ってこない為、家事は分担していたのにこんなにも引きこもりを続けられてはこっちばかり疲労がたまる。それに妹が引きこもり生活をしているなんて学校の友人、誰にも知られたくない。
しかもその理由ときたら呆れるほどくだらない事だ。

遡る事、1週間前ー

「お、お兄ちゃん…うっ、ううっ…、ぐすん…」

「なんだ?着替えもしないで、男に振られでもしたか?」

学校から帰宅すると今日は早く帰っていたのか制服を着たまま俺の2つ下の妹、満里が目を赤くして泣いていた。昔から泣き虫だからもう慌てることはない。俺は靴を脱ぎながら聞いてみた。

「違う!違うけど…、…ろしちゃった。」

満里は俺をきつく睨むもまた気を落としてボロボロとその場に泣き崩れた。最後は消え入りそうな声だったがなんとか聞こえてしまい。俺の思考は停止する。

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!ねえ!私はどうすれば…」

満里が俺の肩をがっしりと掴んで強く揺さぶるお陰でハッと我に帰った。

「え、えぇっと、満里。ごめんもう一回はっきりと言って?兄ちゃんもしかしたら聞き間違えたのかも」

「だから!」

乾いた声で苦笑しながら頭をかく。満里は奥歯を噛み締めると俺に掴みかかりながら口を大きく開いた。

「殺しちゃっむぐぅっ!」

俺はとっさに手を伸ばして満里の口を塞いだ。塞ぐ手がガチガチと震えている。やはり聞き間違いではなかったか。大声で言えなんて言っていないし、近所の人に聞かれたら相当まずいぞ。

「お前のことずっとバカだと思っていたが、まさかここまでだったとはっ…、一体誰を殺めた?!何がお前をそうさせた?!」

ボロボロと涙を流す満里を見てそれは嘘ではなく、誰かが死んでしまった、という事実が理解ができた。だが実の妹が人殺しに走るなんて…いやまず満里がそんなことができる玉ではないし…頭の中の考えがグルグルと回り気分が悪くなってくる。が、そんな事は御構い無しに妹はまた口を開く。

「わかんないっ!あの時は手が止まらなくて感情も高ぶってて…気がついたら、、私の愛おしい人を…!!」

妹は地面に膝をつき両手で頭を抱えている。その後に続き俺も身体の力が抜けストンと地面に膝をついた。まさか恋とはこんなにも人を狂わすものなのか…。

「振られた腹いせか…」

一体これからどうすればいいんだ…。兄として妹になんと言ってあげればいいのだ。

「だから違うって!!まず告白なんて出来ないしアリーナ様は魅力的な女性で、結婚してるんだから!!」

「人妻ぁあ?!しかも外人だと?!?!」

これは予想を遥かに超えたものでもう思考も追いついていかない。妹にそんな趣味があったとは、いやいやそれは人の自由だ。ってんな事を考えている場合じゃない。
満里は片思いの相手の女性に想いを気づいてもらえず殺めたということか?

「警察、自首、相手の家族、その人子供もいるんじゃ…」

「お兄ちゃん」

ボソボソと呟くと満里の耳がピクリと動き俺の顔を覗き込むように睨みつける。

「お兄ちゃん…まさか、私が生身の人間を殺したとか思ってなよね」

「…は?違うのか」

「ばかっっ!!私のことどんな風に思ってるわけ?!んなことするわけないでしょうが!!」

涙はどこへいったのやら満里は信じられないという顔でものすごく怒り始める。
それなら今までの流れは一体何だったのか。なぜ泣いていたのか疑問に思うが、まず人殺しではなかったことに安心して深い息を吐いた。やっと普通に呼吸ができる。

「で何を殺したって?」

落ち着いて満里に質問をすると満里は口を尖らせてそっぽを向いた。

「その言い方やめてよ。アリーナ様は物じゃないの」

(コイツ…)
泣き止んだらと思ったら酷く態度が悪い。
段々とイライラしてきた俺は今度は強めに問い詰めた。

「その、さっきから言ってるアリーナ様って誰なんだよ」

「~っ!もうわかった!お兄ちゃんが私の書いてる小説を読んでくれてないっていうことがよーくわかった!!」

(…ああ、そういうことか)
その言葉でようやく整理がついてきた。そういえば俺にはあまり内容が理解できない小説を満里が書いているのを思い出した。

「じゃあお前は自分で作ったキャラクターを自分で殺したってことか?」

「そうよ!!いや!殺したのは私じゃない!私が作ったキャラよ!最初は悪役設定にしてたけど、この方の生い立ちを想像して書いていたら勇敢で愛おしくなってしまったの!!けどまさか殺されてしまうなんて」

ベラベラと喋り続ける満里になかなか追いつけないが…正直言って心底どうでもいい。
驚いて縮んだ寿命を返してほしいと、満里の力説は上の空で冷静に考えていた。

「ちょっと聞いてるの?!お兄ちゃん!!」

「あーはいはい。小説ね小説。」

もう付き合ってられず、満里の言葉に適当に答えて着替えるべく部屋に行こうとするも俺の服を満里がぎゅっと掴む。

「これは一大事なのよ?!」

「~っ、ああもう!うるさいな!だったら生き返らせりゃいいだろ!お前の物語なんだから融通効くだろうが」

眉間に皺を寄せていい加減にしろと満里の腕を払いのけた。そして階段を登る。

「……そっか…、そうよ!できるじゃない!」

何やら満里が1人で騒いでいたがこの時の俺にはどうでもよくて、まさかこのまま引きこもりになるなんて思いもしなかった。


そして現在。

満里の部屋をノックしても返ってこない返事に今日もダメかと溜息をついて学校に行こうとすると満里の部屋から奇声が聞こえた。

「きゃーー!出来たわ!!やったぁ!!」

満里の声と共にドスンドスンという音が聞こえる。飛び跳ねているのだろうか。落ち込んで塞ぎ込んでいたようにはとても思えない。
一体何をしているのかともう一度ノックをしようとしたらガチャリと勢いよく扉が開いた。

「あ!お兄ちゃんおはよう!!この前はありがとう!お兄ちゃんのお陰で見事生還できたわ!!」

何を話しているのかわからないが表情は太陽がさしたかのように明るく、いつも通りぺらぺらと話す満里にこんなにも心配していた自分がバカらしく思えてきた。

「いいから早くシャワー浴びて学校に行け。俺は先に行ってるからな」

「うん!!」

満里の元気な顔に拍子抜けして階段を降りようとした時ーーー

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!

大きな地震が押し寄せ俺も満里もバランスを崩しその場で倒れる。

「なっっ!?!?  満里!!」
「お兄ちゃん!!」

満里の手を掴もうとするも届かない。収まらない激しい地震に満里は涙目で必死に俺に手を伸ばす。

「満里!!」
(掴めた!!)

「っ!!なにっ?!」

満里の手を掴んだ瞬間俺たちがいる床が抜け落ちた。

「っ!!!うわぁああああ!!」
「きゃあああああああああ!!」

一瞬宙に浮くとすぐさま俺と満里は床が抜けた穴に引きずり込まれるように落ちる。

『ーー希望を…』

「っ?!?!」

一瞬だけ俺の頭の中に知らない女の姿が浮かんできた。暗くて顔がよく見えない。今落ちているというのに…、隣で満里が叫んでいるのに…、酷く冷静にさっきのは誰なのかと考えている。
(ああ、そろそろ地面に落ちる)

俺は満里を抱きしめてぎゅっと目を閉じた。
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