あなたが一番嫌いなものは存じておりますのでそれをたくさんあなたにお届けいたしましょう

asami

文字の大きさ
上 下
37 / 98

第三十六話

しおりを挟む
 私が事故物件に住んでいたのは、ほんの二週間ほどのことでした。

理由は簡単です。

私の両親が離婚することになったからです。

原因は父親の浮気でした。

母親はそれに愛想を尽かし、実家のある北海道へと帰っていきました。

残された私は母方に引き取られることになり、転校を余儀なくされました。当然、新しい住居を探すことになりましたが、とても困ったことになりました。

なぜなら、私が住んでいるアパートの部屋は二年前に亡くなった人のものだったからです。

その部屋を借りた時からすでに半年が経過していました。

つまり、契約違反ということで違約金が発生することになったのです。

そのため、すぐに代わりの住まいを見つける必要がありました。ところが、不動産屋さんに行っても条件に見合うものはなく、途方に暮れているところでした。

そんな時に紹介されたのが、今のマンションだったわけです。

築十年の中古物件でしたが、間取りは1LDKでお風呂とトイレも別々だし、何より家賃が格安だったので即決しました。

そして、引っ越してから一ヶ月ほど経った頃でした。

仕事を終えて家に帰ると、部屋の明かりが点いていました。消し忘れて出てしまったのかと思い、確認するとやはり消えていて、ドアを開けるとそこには……

「おかえりなさい。ご飯にする?それとも先にする?」

エプロン姿の女性が立っていて、笑顔で出迎えてくれました。

一瞬、幻覚でも見ているのではないかと思ったほどでした。

ただ、よく見ると彼女が身に着けているのは本物のようで、しかも見覚えがありました。それは私が今通っている高校の制服だったからです。

そこでようやく気付きました。

ああ、これは夢なんだな……って。

だって、死んだはずの人がこんなところにいるはずがないじゃないですか。

きっと疲れていたせいでしょう。

だから、つい魔が差してしまったんです。

「じゃあ、あなたを……」

なんて言ってみたら、彼女もまた嬉しそうに笑って、

「うん!」

と言ってくれたので、そのままベッドへ直行しました。そして、翌朝目が覚めた時、隣には誰もいなかったのでやっぱり現実ではなかったんだと悟りました。

それでも不思議と寂しいとは感じませんでした。

なぜかというと、昨晩はとても満たされた気分で眠りにつくことができたからです。

結局、それから一度も彼女の姿を目にすることはありませんでした。ただ、時折どこかから視線を感じることがありました。それは私に向けられたものなのか、それとも別の何かに向けられたものだったのか、それはわかりません。

だけど、もしもまた彼女に会える日が来るとしたなら、今度はちゃんとお話ししたいと思います。

それが叶うかどうかはわかりませんけどね。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

6回目のさようなら

音爽(ネソウ)
恋愛
恋人ごっこのその先は……

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話

ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。 完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

死神令嬢は年上幼馴染からの淫らな手解きに甘く溶かされる

鈴屋埜猫
恋愛
男爵令嬢でありながら、時に寝食も忘れ日々、研究に没頭するレイネシア。そんな彼女にも婚約者がいたが、ある事件により白紙となる。 そんな中、訪ねてきた兄の親友ジルベールについ漏らした悩みを克服するため、彼に手解きを受けることに。 「ちゃんと教えて、君が嫌ならすぐ止める」 優しい声音と指先が、レイネシアの心を溶かしていくーーー

処理中です...