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第二章:戦争 -陰謀の王国-

第49話「決行」

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 遅めの夕食を取り、解散したのが二十時。
 アミノとマグリアはいつも通りの冒険者宿へと向かったが、俺はいつもより少し良いワインとロウリーを引き連れ、ギルド宿舎へと入った。
 当然のように、宿舎のコンシェルジュに見とがめられる。
 俺は「今日はロウリーが部屋に泊まる」ことを告げ、意味ありげな含み笑いをする男に銀貨を数枚握らせた。

「なんだあいつ。ニヤニヤしやがって」

「……ギルド宿舎は基本的に登録者以外の宿泊はできないからな。コンシェルジュは俺が女を連れ込んだと思ってるのさ。気にするな」

「なっ?!」

 顔を赤くして俺を見上げるロウリーに、部屋のドアを開けてやる。
 一瞬躊躇ちゅうちょしたが、ロウリーはさも涼しげな表情を取り繕って、部屋に入った。
 かんぬきを下ろし、鍵をかける。
 いつも通り、空気の流れすら遮るぴったりとした分厚いドアは、部屋と外を遮断した。

「慣れた感じだったけどさ、兄ちゃんもよくやんのか?」

「何の話だ?」

「その……女の人を連れ込んだりってことだよ」

「バカを言うな。この部屋に女性が入ったことなんか――」

 言いかけて、以前アミノと打ち合わせのためにこの部屋を使ったこと、つい最近も、マグリアも含めた三人が部屋に入ったことを思い出す。
 パーティメンバーであろうと女性の中にカウントしなかったのは申し訳なかった。
 ムッとした表情で腕を組むロウリーの、胸までの高さしかない金色の髪に手を乗せて、俺は慌てて取り繕った。

「――いやすまん、アミノもロウリーもマグリアもれっきとした女性だったな。なんというか、そういう女性は入れたことがない。そう言いたかったんだ」

「あぁそうかよっ!」

 俺の手を振り払い、すねを蹴飛ばしたロウリーは、どっかとベッドに座る。
 突然の攻撃に何が何だかわからないまま俺は鎧を外し、部屋着に着替えた。
 ロウリーは元々鎧と呼べるようなものを身に着けていないため、そのままベッドに転がってシーツの端を持ち上げる。
 八重歯を見せてにっと笑うと、反対の手で俺を招いた。

「来なよ兄ちゃん。ほら、あたしがかどうか教えてやるから」

 思わず天井を見上げ、そこから一部始終をのぞいているであろう監視に向かってため息をつく。
 気は進まないが仕方がない。
 俺はロウリーの待つベッドの中へ、彼女のきゃしゃな体を押し込むようにして滑り込んだ。

 ◇ ◇

「んっ……はっ……兄ちゃ……んんぅっ!」

「どうだ、ロウリー……大人の男は?」

「た……たいしたことねぇ……ひゃうっんっ! うそうそ?! 兄ちゃん! そんなとこっ……」

「よし、これで最後だ」

「ひゃああっ! うっ……もうっ……はうぅぅぅっ!」

 一時間以上もシーツの中で激しくを続けていた俺たちは、息も荒く、汗だくの体を横たえた。
 腕枕で、涙目のロウリーが泣き声のように深呼吸をする。
 俺は上半身だけ起き上がって、置いておいたワインをビンごと飲んだ。

 21時30分。

 行動開始の時間まであと1時間。
 俺たちは順番にシャワーを浴び、もう一度ベッドに入る。
 やがてロウリーの規則正しい寝息が聞こえ始めたころ、俺はそっとベッドから抜け出し、いつも通りの軽装に着替えた。
 作戦のため、かなりいっぱいになっているリュックを背負う。
 ここ数ヶ月で、かなり限界を伸ばした俺のギフトのおかげで、リュックはロウリーを背負った時よりも軽かった。
 そっと閂を外し、鍵を開けて外に出る。
 窓もなく、明かりをつけなければ真っ暗な部屋の中とは違い、廊下にはいくつかのランタンが輝いていた。
 暗い部屋に慣れた目には、かなりまぶしい。
 顔をしかめ、光に目が慣れるまでそのまま待った後、ゆっくりとドアを閉めて、鍵をかけた。

 22時30分。

 通路の先、宿舎の入り口付近では、先ほどの男とは違うコンシェルジュが俺を見ていた。

「……申し送りは受けてるか?」

「はい。お連れ様は?」

「寝てる。俺はちょっと出かけてくるから、部屋には入らないように」

「もちろんです。行ってらっしゃいませ」

 宿舎を出て、向かった先はアミノたちが逗留している宿。
 明かりのともる店先で、美しい少女が俺を見つけ、元気に手を振っていた。

「待たせたか?」

「いいえ、ベアさん。時間どおりです」

「そうか……マグリアは?」

「夜中にしか開いていない魔法触媒の店に行くと言って、少し前に出かけました。今日は朝まで帰ってこないと」

「ちょうどよかったな。じゃあ行こうか」

「はい」

 うなずいて、アミノは俺の左腕を抱きしめる。
 彼女の速度に合わせ、ゆっくりと歩き始めた俺は、つま先をにぎやかな飲み屋街へと向けた。
 物珍しそうに派手な看板を見て歩くアミノを連れて、小さな小料理屋に入る。
 一番奥の影になる角の席へ座ると、適当に食べ物を注文した。

「ところでロウリーは?」

「あぁ、……もう寝てるだろう」

「そうですか」

 何気ない会話をしながら、目だけで周囲を見回すと、この狭い店内に監視らしき人間が二人居た。
 俺は専門家じゃないからわからないが、たぶんもっといるだろう。
 アミノは楽しそうに会話を続け、俺も楽しく話を聞く。
 普段から優等生なアミノは、こんな時間に酒を出すような店にいるだけで本当に楽しそうだった。
 できることなら、このまま楽しい時間を続けてやりたい。
 しかし、時間はだれにでも平等に流れ、非情なものだった。

「……さて、そろそろ帰るか」

「あ、もうそんな時間ですか?」

 ポケットから銀貨を何枚か取り出し、テーブルに置く。
 店を出た俺は、左腕に収まったアミノと一緒に、あまり治安のよくない安宿街へと向かった。

 23時30分。

 ゆっくり歩けば2350フタサンゴーマルには街の外だ。
 この時間は、本来なら門は閉まっているはずだが、そこは【静謐せいひつ】が用意してくれている。
 すべては予定通り。
 そう思ってほっとしたその瞬間だった。

「兄ちゃん! アミノ! 後ろ!」

 耳元でロウリーの緊迫した声が響く。
 俺とアミノは左右へ飛び、俺はリュックからアミノの武器パイルバンカーを引きずりだした。
 暗闇の中、一瞬前まで俺たちのいた場所を、真っ黒な剣が両断している。
 空間が切られたような闇より黒い切り口から、真っ黒いフルプレートの右足が、ゆっくりと歩みを進めるのが見えた。
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