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第一章:大迷宮の探索 -第六層への道程-
第25話「幸運」
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「話はわかった。たしかに荷物を運ぶということなら俺が適任だろう」
「では――」
「――だが、いくつか問題がある」
俺はイソニアを見、ギルド長を見、そして背後で心配そうにこちらを伺っているアミノ、ロウリー、マグリアを見た。
「まず、俺の【運び屋】のギフトは無限に荷物を運べるわけじゃない。重さも体積も小さくすることは出来るが、ゼロになるわけじゃないんだ。その日の体調にもよるし、最近は少し能力が上がっているようにも思えるが、それでもだいたい三十分の一程度の重さにしかならない」
「……それでは、どの程度運べるものなのでしょうか?」
「だいたい装備品含めて百キロほどの男が鉄になったとして、単純計算で七百五十キロ。俺の能力で二十五キロにまで軽くすることが出来る。だが、復路で第五層のモンスターから逃げる、あるいは戦うとなると、一度に運べるのは三人が限界だ」
二十五キロまで軽くなったとしても、三人背負えば七十五キロ。
戦闘員ではないとは言え、七十五キロの重りを背負ってのダンジョンアタックなど、頭のおかしいやつのやることだ。
「単純に、七往復はする必要がある……ということですね」
「そうだ。それから、俺は今第五層の探索許可を持っていない。だから昇降カゴを使うには、第五層レベルの冒険者について貰う必要がある」
「そのことなら心配ありません、私が同行します」
「俺もだ、【運び屋】。これでも第五層ではちったぁ名の通ったアタッカーだぜ。安心しろ」
イソニアとエゼルリックが同行を申し出てくれる。ギルド長へ目を向けると深くうなずいていたので、これは問題ないのだろう。
こちらもうなずき返して視線を戻すと、すがるような目で俺を見つめているアミノと目があった。
言いたいことはわかっている。俺もアミノの望みは叶えてやりたい。
不謹慎ではあったが、この千載一遇のチャンスを逃す気はまったくなかった。
「そして最後に、これが一番の問題だが、俺には今自分のパーティがある。戦闘の訓練はパーティ内でしかしていない。このパーティで第六層へ潜る許可をもらいたい」
今まで気つけ薬代わりにブランデーを飲んでいたギルド長が、弾かれたように立ち上がる。
気管に入ったのだろう、盛大にむせた後、俺の腕を握って首を横に振った。
「それはごほっ……むりだよキミ! 特例中の特例で冒険者に登録をしたばかりの子供じゃないか! ごほっ……まだ第一層レベルのものを第六層へなどと、ギルドが後で市民から何と言われるか!」
「なにも第六層レベルと認定しろって言ってるわけじゃないんです。今回のアタックだけの話です。そうでないと俺も安心して作業できない」
「いやしかし、しかしだねぇ」
「アミノとロウリーは第六層へ向かう扉のガーディアンを倒した精鋭ですよ。心配はいりません。マグリアだって、鬼や洞窟豹の細胞が一部同化していて、魔力も身体能力も何倍にもなっている。一時的なものであればなんの問題もありませんよ」
渋るギルド長を何度もなだめすかし、時には強硬に打って出て、ついに俺は信任を得ることに成功する。
明日早朝に第六層へ向かうことになり、俺にも仮に『指輪』が渡された。
第五層への昇降カゴを使えるだけではない、第六層の扉を開く鍵にもなる新しい指輪だ。
指につけてみると、そんなに長い間外していたわけではないはずなのだが、懐かしい感覚が指に伝わる。
思わず頬が緩んだ。
「嬉しそうですね」
「ん? いや……まぁ、な。やっぱりこの指輪は俺の憧れた『冒険者』の象徴だから」
「ベアさんなら、すぐにでも指輪を返してもらえますよ」
「そうだといいが……、まぁとにかく明日はよろしく頼む」
「いえ、こちらこそ。よろしくおねがいします」
頭を下げるイソニアや、軽く手を上げて別れを告げるエゼルリックと別れ、俺たちは足りない細々した冒険の道具を買いに、ギルドショップへと向かった。
「兄ちゃん、よく言いくるめたな、さすがじゃん!」
「言いくるめたって……人聞きが悪いな。うまく交渉できたとは思うが」
「いやいや、あれは見事な言いくるめでしたにゃー。ベアにゃんは交渉事得意じゃないと思ってたので、にゃーはびっくりしてしまったにゃん」
道中、ロウリーは常に上機嫌だった。マグリアも楽しげに話に乗る。
一番はしゃぎそうだったアミノは、そっと俺の袖の端をつまみ、黙ってついてきていた。
その瞳を見ても、いつもどおり美しく、落ち着いて見える。
俺は少し腰をかがめて、アミノの耳元へ囁きかけた。
「……心の準備、できてなかったか?」
「え? ……いいえ」
「こわいか?」
「いいえ……ん……はい」
「そうか」
「はい。それより何より、嬉しいんです。まさかこんなに早く第六層の地を踏むことが出来るなんて」
「なぁアミノ、俺はお前と会ってから思うようになったんだが、運のいい人ってのは存在するんだよ。お前には幸運がある。これからも、お前はどんな困難だって乗り越えていけるだろう。俺はそう思うよ」
美しい瞳が俺を見上げる。唇には微笑みが浮かび、その美しさを際立たせていた。俺の袖口を掴んでいた指がはずれ、少しの間宙を彷徨う。
その白くつややかな手は、やがて俺の手を探り当て、きゅっと握った。
「……はい。わたくしも、自分は運がいいと思っています。だって、ロウリーさんやマグリアさんと仲間になれて……何よりベアさんに出会えたんですもの」
明日には第六層へと進むことが出来る。
希望に満ちたアミノの瞳と、彼女の小さな手のぬくもりに、俺は大きな幸せを感じ、星空を見上げた。
「では――」
「――だが、いくつか問題がある」
俺はイソニアを見、ギルド長を見、そして背後で心配そうにこちらを伺っているアミノ、ロウリー、マグリアを見た。
「まず、俺の【運び屋】のギフトは無限に荷物を運べるわけじゃない。重さも体積も小さくすることは出来るが、ゼロになるわけじゃないんだ。その日の体調にもよるし、最近は少し能力が上がっているようにも思えるが、それでもだいたい三十分の一程度の重さにしかならない」
「……それでは、どの程度運べるものなのでしょうか?」
「だいたい装備品含めて百キロほどの男が鉄になったとして、単純計算で七百五十キロ。俺の能力で二十五キロにまで軽くすることが出来る。だが、復路で第五層のモンスターから逃げる、あるいは戦うとなると、一度に運べるのは三人が限界だ」
二十五キロまで軽くなったとしても、三人背負えば七十五キロ。
戦闘員ではないとは言え、七十五キロの重りを背負ってのダンジョンアタックなど、頭のおかしいやつのやることだ。
「単純に、七往復はする必要がある……ということですね」
「そうだ。それから、俺は今第五層の探索許可を持っていない。だから昇降カゴを使うには、第五層レベルの冒険者について貰う必要がある」
「そのことなら心配ありません、私が同行します」
「俺もだ、【運び屋】。これでも第五層ではちったぁ名の通ったアタッカーだぜ。安心しろ」
イソニアとエゼルリックが同行を申し出てくれる。ギルド長へ目を向けると深くうなずいていたので、これは問題ないのだろう。
こちらもうなずき返して視線を戻すと、すがるような目で俺を見つめているアミノと目があった。
言いたいことはわかっている。俺もアミノの望みは叶えてやりたい。
不謹慎ではあったが、この千載一遇のチャンスを逃す気はまったくなかった。
「そして最後に、これが一番の問題だが、俺には今自分のパーティがある。戦闘の訓練はパーティ内でしかしていない。このパーティで第六層へ潜る許可をもらいたい」
今まで気つけ薬代わりにブランデーを飲んでいたギルド長が、弾かれたように立ち上がる。
気管に入ったのだろう、盛大にむせた後、俺の腕を握って首を横に振った。
「それはごほっ……むりだよキミ! 特例中の特例で冒険者に登録をしたばかりの子供じゃないか! ごほっ……まだ第一層レベルのものを第六層へなどと、ギルドが後で市民から何と言われるか!」
「なにも第六層レベルと認定しろって言ってるわけじゃないんです。今回のアタックだけの話です。そうでないと俺も安心して作業できない」
「いやしかし、しかしだねぇ」
「アミノとロウリーは第六層へ向かう扉のガーディアンを倒した精鋭ですよ。心配はいりません。マグリアだって、鬼や洞窟豹の細胞が一部同化していて、魔力も身体能力も何倍にもなっている。一時的なものであればなんの問題もありませんよ」
渋るギルド長を何度もなだめすかし、時には強硬に打って出て、ついに俺は信任を得ることに成功する。
明日早朝に第六層へ向かうことになり、俺にも仮に『指輪』が渡された。
第五層への昇降カゴを使えるだけではない、第六層の扉を開く鍵にもなる新しい指輪だ。
指につけてみると、そんなに長い間外していたわけではないはずなのだが、懐かしい感覚が指に伝わる。
思わず頬が緩んだ。
「嬉しそうですね」
「ん? いや……まぁ、な。やっぱりこの指輪は俺の憧れた『冒険者』の象徴だから」
「ベアさんなら、すぐにでも指輪を返してもらえますよ」
「そうだといいが……、まぁとにかく明日はよろしく頼む」
「いえ、こちらこそ。よろしくおねがいします」
頭を下げるイソニアや、軽く手を上げて別れを告げるエゼルリックと別れ、俺たちは足りない細々した冒険の道具を買いに、ギルドショップへと向かった。
「兄ちゃん、よく言いくるめたな、さすがじゃん!」
「言いくるめたって……人聞きが悪いな。うまく交渉できたとは思うが」
「いやいや、あれは見事な言いくるめでしたにゃー。ベアにゃんは交渉事得意じゃないと思ってたので、にゃーはびっくりしてしまったにゃん」
道中、ロウリーは常に上機嫌だった。マグリアも楽しげに話に乗る。
一番はしゃぎそうだったアミノは、そっと俺の袖の端をつまみ、黙ってついてきていた。
その瞳を見ても、いつもどおり美しく、落ち着いて見える。
俺は少し腰をかがめて、アミノの耳元へ囁きかけた。
「……心の準備、できてなかったか?」
「え? ……いいえ」
「こわいか?」
「いいえ……ん……はい」
「そうか」
「はい。それより何より、嬉しいんです。まさかこんなに早く第六層の地を踏むことが出来るなんて」
「なぁアミノ、俺はお前と会ってから思うようになったんだが、運のいい人ってのは存在するんだよ。お前には幸運がある。これからも、お前はどんな困難だって乗り越えていけるだろう。俺はそう思うよ」
美しい瞳が俺を見上げる。唇には微笑みが浮かび、その美しさを際立たせていた。俺の袖口を掴んでいた指がはずれ、少しの間宙を彷徨う。
その白くつややかな手は、やがて俺の手を探り当て、きゅっと握った。
「……はい。わたくしも、自分は運がいいと思っています。だって、ロウリーさんやマグリアさんと仲間になれて……何よりベアさんに出会えたんですもの」
明日には第六層へと進むことが出来る。
希望に満ちたアミノの瞳と、彼女の小さな手のぬくもりに、俺は大きな幸せを感じ、星空を見上げた。
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