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第六章:決戦の火蓋が斬って落とされる
第69話「鬼神の過去とようじょ」
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「その子はね、ヴェルディアナ。その子は、僕たちの子供じゃない」
死神の鎌を持つ手に、じっとりと汗が滲む。
呼吸が浅くなり、足りなくなった酸素を求めて僕は喘いだ。
衣擦れの音をかすかに響かせ、真っ赤な着物を揺らしたヴェルディアナは、ゆっくりとお腹を撫でている。いつも通りの薄ら寒くなるような笑顔を浮かべながら彼女が吐くため息には、諦めのようなものが滲んでいた。
「……あい、あっくんのお気持ちは分かりんした。……それでもわっちは、この子を1人ででも育てとうありんす」
彼女は何を言っているのだろう?
僕の気持ちは分かったと言ってくれたはずの真っ赤な唇を見ながら、僕は彼女が何をわかったのか、彼女が何を言っているのかを理解できずに頭を悩ませた。
僕とヴェルディアナの子じゃないと、僕は断言したはずだ。
でも彼女は、まるで僕が彼女との子を望まないから産んでほしくないと言っているかのように答えている。
これじゃあなんか僕が責任を取りたくないだけのダメ男みたいな雰囲気じゃないか。
事態を収めようと考えに考えたセリフを無視された形になり、困惑する僕に代わって、チコラはふわふわと前に出ると口を開いた。
「いやいや、あかんて。産んだらあかん言うとるやんか」
「どうか心配せんでくんなまし。あっくんにご迷惑はおかけしんせん」
「せやから産む事自体が迷惑やっちゅうの!」
「……ぬしさんには聞いておりんせん。わっちはあっくんに言っているのでありんすえ」
ヴェルディアナに睨まれて、チコラは口を閉ざす。
やっぱりもう一度説得しなくちゃいけない雰囲気になったので、僕はチコラの影からズレて彼女を真っ直ぐに見つめた。
でも、なんと言って良いかよくわからない。
口を開きかけてもう一度考え直すと言う、はたから見ればただ口をパクパクさせているだけの間抜けな姿を晒した末に、僕はやっぱりもう一度同じことを説明するしか無いという結論に達した。
「ねぇ、ヴェルディアナ」
「あい」
「その子は、僕たちの子供じゃないんだよ」
「あい」
「その子はチートでキミのお腹の中に転生した『災厄の魔王』なんだ。だから、産んじゃいけないんだよ」
「あい、あっくんのお気持ちは分かりんした。それでもわっちは、この子を1人ででも育てとうありんす」
ダメだ。
全く話が通じていない。
どう説明したら分かってもらえるんだろう。頭を抱える僕に向かって意外なことにヴェルディアナは言葉を続け、この世界『転移世界ジオニア・カルミナーティ』での永遠にも等しい彼女の今までを語り始めた。
「……わっちの何度か前の現身の時にも、同じようにおっしゃるいい人がおりんした……」
彼女の持つ『鬼神』と言う能力は『神』の名を持つチートの常として、ヴェルディアナを永遠不滅の存在足らしめている。
しかし、それはマリアステラの『不老不死』とも違う。正義のラメドの『無限再生』とも違う。もちろん災厄の魔王の『輪廻転生』とも違うもので、『再誕』と言う繰り返しの副次効果だった。
彼女の生命活動が停止すると、チートにより肉体の再構成が行われ、ヴェルディアナはこの世界に転移した時の姿であろう赤ん坊として再生する。
赤ん坊という状態を一度通過することによって、彼女の過去の記憶は少しずつ失われて行き、やがてこの世界に転移した目的も、それ以前に彼女がどこからやって来たのかも忘れ去り、今の彼女が形作られていったと言うのだ。
「それでも、覚えて居る事はありんす」
何度かの再誕で経験した、恋人のことや、死の苦しみがそれだ。
その狂おしく心に刻まれた記憶の中には、幼くして子を身ごもり、それを期に捨てられそうになり、追いすがったために腹の子ごと切り裂かれた自分の姿もある。
自分のチートの記憶すら無くした何回かの『再誕』では、人としての尊厳すら保ち得ないほどの陵辱の限りを尽くされたと、彼女は淡々と語った。
毎回状況は違っていたが、それでもただ一つ、決まっていることがある。
下賤な身分でただ美しいだけの彼女は、その美しさを商品として取引され、子供を身ごもれば商品価値のないものとして捨てられ、そして追いすがれば疎まれて殺される。
それでもヴェルディアナは、僕との子供――僕の細胞を取り込んだ災厄の魔王――を産むという幸せを諦められず、僕たちから逃げて1人で子供を育てようと決意していたのだ。
「それに、いつかとは違いんす。わっちは魔王さまの眷属に選ばれ、鬼の力の使い方を教えてもらいんした。何百年もの間、何十万もの男衆を客にとらされてきた末に、ようやっと手にした……わっちと赤子を守る大事な力でありんす」
ゆっくりと立ち上がり、彼女は朱の乗せられた目尻にシワを寄せて、凄まじい笑顔を覗かせた。
「……それがたとえあっくんだとしても、今のわっちは止めること叶いんせんえ!」
子犬の首でも撫でるように、上に向けられた手のひらの先で、細い指がひらひらと動く。
その指一本一本に呼応して、1メートル四方程もある分厚い岩で出来た床板が、恐ろしい速さで次々と僕らを襲った。
僕は死神の鎌を振るい、岩を吹き飛ばす。
僕の周囲でも、チートを持つ転移者である仲間たちは、それぞれにその攻撃を弾き返した。
誰もかすり傷一つ負っては居なかったが、ヴェルディアナにしてみればそれで十分だったのだろう、攻撃を避けた僕らが視線を彼女へ向けると、もうすでにそこには誰も居なかった。
「あかん、逃げに徹せられたら厄介やで」
「ちっ。ウダウダ言ってる暇はねぇ。追うぜ」
追うとは言っても、そもそもヴェルディアナがどちらの方向へ行ったのかすら僕らには分からない。当のエドアルドも追うとは宣言したものの、何処に向かって走り出せばいいか分からずにキョロキョロと周りを見渡した。
「……現在高速で移動する目標点Pは世界絶対座標n:4096、x:256、y:192、z:16を北北西へ向かっています」
唐突に、背後から世界のタヴがそう告げる。
彼女自信は理解できているのだろうけど、僕らのうち誰一人として、その座標が何処を示しているのかを理解出来ているのもは居なかった。
「それって、どこ?」
「現在は世界絶対座標n:4096、x:258、y:188、z:16です」
タヴはさっきと微妙に違う数字を繰り返す。
彼女にとってはその世界絶対座標とやらが自明な説明であり、それ以上の砕いた説明は不可能であるらしかった。
「アクナレート、今こそキミの水晶球を使うところだと私は思うがね」
クリスティアーノに促され、僕は袂から水晶球を取り出す。
彼に言われて試してみると、情報系チートアイテムである水晶球には、この名前もない遺跡の三次元透過地図が存在していた。
地図を空中に投影し、タヴのチート『思念検索』をリンクすると、黄色く輝く「P」と書かれた光点がマップ上を移動し始める。
僕らの位置が赤い光点で表示されたのを確認して、チコラは「こっちやな?!」と叫んで奥の扉へと飛んだ。
地図上で、赤い光の塊から小さな点が一つ、点Pとは逆方向へ移動し始める。
「バァカ! チコラ! ちげぇよ! こっちだ!」
叫んだエドアルドが移動した方向は、これも点Pとは90度ズレていた。
いちいちツッコんでいる暇もない僕は、水晶の映像をしっかり確認しながら別の扉へと向かう。
ぞろぞろと付いて来る皆の中から「プリヒール! グローイングハート!」と言うりんちゃんの声が響いた。
「え? なに?」
「きらめく瞳は乙女のあかし! ヒール・ブレイズ!」
水晶球のマップから目を離して振り返った僕の前を、虹色の輝きを放ちながらスカートを翻して、りんちゃんが跳躍する。
――ダンッ! ダンッ! ダンッ!
数十メートル先の大きな扉まで3歩でたどり着くと、りんちゃんは「ゴゴゴ……」とそれを軋ませながら、僕らを振り返った。
「ヴェルちゃんが待ってるのです。ブレイズは先に行くのです」
「ちょっ!? 待っ――!」
僕が止めるよりも早く、りんちゃんは扉の隙間に体を滑り込ませる。
ヴェルディアナと「ケンカ」した時のりんちゃんの姿が頭をかすめて、僕は咄嗟に後を追った。
「ごめんみんな! 僕もりんちゃんと行く!」
りんちゃんの『魔法少女』と、僕の『神の化身』と言う肉体チートの出すスピードは、それこそ冗談みたいに速い。
いくらチート持ちの転移者揃いであるとは言え、全員がついて行けるスピードではないのだ。
だとしたら、追いつける僕だけでも行くしか無い。
僕は暗闇の中を突き進むジェットコースターのように、水晶球に輝く光点を求めて石畳の通路を飛んだ。
大きな赤い光の塊から2つだけ離れた光点が、もう少しで重なる。
僕がここだと目星をつけた角を曲がった時、地図上には赤い光と同時に「P」と表示された黄色い光点が表示されていた。
地図に目を奪われ、僕は角を曲がった途端に現れた石壁に激突する。
青白い岩に赤い染料で怪しげな模様の描かれた石壁は、思わず目をつぶってしまった僕に激突の衝撃を与えず、まるでオイルの中に突っ込んだような感覚で僕の皮膚を流れた。
「……おいでなんし」
「……おかいり」
壁を突き抜けると、2人の落ち着いた言葉とともに僕の体を太陽の光と穏やかな風が撫でる。
地下深くへ入ってきたはずなのに、そこに広がる光景はなだらかな起伏を見せる平原と清らかな水の流れる小川だった。
いつの間にか台地を下り切り、地上へとでたのだろう。魔法で隠された出入り口は、ちらりと振り返ってみるとそそり立つ岩壁にしか見えなかった。
僕の正面に、背中を見せたりんちゃんが構えも取らずに立ち、更にその向こうにヴェルディアナが立っている。
ヴェルディアナが逃げようと思えばいつでも逃げ出せそうに見えるこの状況で、2人は両手をぶらりと垂らして、力を抜いている様子だった。
最高のタイミング。今ならヴェルディアナをもう一度説得することが出来るかもしれない。
「ヴェルディアナ! 逃げないで少し話を――」
突然の僕の声に反応するように、ヴェルディアナの右足が1センチほど後ろに引かれる。同時にりんちゃんの体が少し屈められ、左手が前に伸ばされる。まるでドミノが次々と倒れて行くように、2人とも相手の動きに合わせて少しずつ体を動かし、もとに戻し、相手を観察した。
思わず息を飲んで、僕は言葉を失う。
2人はただ力を抜いて立っていたわけではなかった。
相手の動きに即座に反応できる体勢でお互いを牽制し合い、その実力が拮抗しているからこそ、ギリギリの間合いで身動きが取れなくなっていたのだ。
これじゃあ僕も迂闊に手を出せない。
でも、このままじゃ前の戦いと同じじゃないか。
もう、りんちゃんもヴェルディアナも傷つけたくない。
僕は両手で構えていたデスサイズをゆっくりと肩に載せると、彼女たちと同じように四肢から力を抜き、細く長く息を吐いて彼女たちへと近づいた。
死神の鎌を持つ手に、じっとりと汗が滲む。
呼吸が浅くなり、足りなくなった酸素を求めて僕は喘いだ。
衣擦れの音をかすかに響かせ、真っ赤な着物を揺らしたヴェルディアナは、ゆっくりとお腹を撫でている。いつも通りの薄ら寒くなるような笑顔を浮かべながら彼女が吐くため息には、諦めのようなものが滲んでいた。
「……あい、あっくんのお気持ちは分かりんした。……それでもわっちは、この子を1人ででも育てとうありんす」
彼女は何を言っているのだろう?
僕の気持ちは分かったと言ってくれたはずの真っ赤な唇を見ながら、僕は彼女が何をわかったのか、彼女が何を言っているのかを理解できずに頭を悩ませた。
僕とヴェルディアナの子じゃないと、僕は断言したはずだ。
でも彼女は、まるで僕が彼女との子を望まないから産んでほしくないと言っているかのように答えている。
これじゃあなんか僕が責任を取りたくないだけのダメ男みたいな雰囲気じゃないか。
事態を収めようと考えに考えたセリフを無視された形になり、困惑する僕に代わって、チコラはふわふわと前に出ると口を開いた。
「いやいや、あかんて。産んだらあかん言うとるやんか」
「どうか心配せんでくんなまし。あっくんにご迷惑はおかけしんせん」
「せやから産む事自体が迷惑やっちゅうの!」
「……ぬしさんには聞いておりんせん。わっちはあっくんに言っているのでありんすえ」
ヴェルディアナに睨まれて、チコラは口を閉ざす。
やっぱりもう一度説得しなくちゃいけない雰囲気になったので、僕はチコラの影からズレて彼女を真っ直ぐに見つめた。
でも、なんと言って良いかよくわからない。
口を開きかけてもう一度考え直すと言う、はたから見ればただ口をパクパクさせているだけの間抜けな姿を晒した末に、僕はやっぱりもう一度同じことを説明するしか無いという結論に達した。
「ねぇ、ヴェルディアナ」
「あい」
「その子は、僕たちの子供じゃないんだよ」
「あい」
「その子はチートでキミのお腹の中に転生した『災厄の魔王』なんだ。だから、産んじゃいけないんだよ」
「あい、あっくんのお気持ちは分かりんした。それでもわっちは、この子を1人ででも育てとうありんす」
ダメだ。
全く話が通じていない。
どう説明したら分かってもらえるんだろう。頭を抱える僕に向かって意外なことにヴェルディアナは言葉を続け、この世界『転移世界ジオニア・カルミナーティ』での永遠にも等しい彼女の今までを語り始めた。
「……わっちの何度か前の現身の時にも、同じようにおっしゃるいい人がおりんした……」
彼女の持つ『鬼神』と言う能力は『神』の名を持つチートの常として、ヴェルディアナを永遠不滅の存在足らしめている。
しかし、それはマリアステラの『不老不死』とも違う。正義のラメドの『無限再生』とも違う。もちろん災厄の魔王の『輪廻転生』とも違うもので、『再誕』と言う繰り返しの副次効果だった。
彼女の生命活動が停止すると、チートにより肉体の再構成が行われ、ヴェルディアナはこの世界に転移した時の姿であろう赤ん坊として再生する。
赤ん坊という状態を一度通過することによって、彼女の過去の記憶は少しずつ失われて行き、やがてこの世界に転移した目的も、それ以前に彼女がどこからやって来たのかも忘れ去り、今の彼女が形作られていったと言うのだ。
「それでも、覚えて居る事はありんす」
何度かの再誕で経験した、恋人のことや、死の苦しみがそれだ。
その狂おしく心に刻まれた記憶の中には、幼くして子を身ごもり、それを期に捨てられそうになり、追いすがったために腹の子ごと切り裂かれた自分の姿もある。
自分のチートの記憶すら無くした何回かの『再誕』では、人としての尊厳すら保ち得ないほどの陵辱の限りを尽くされたと、彼女は淡々と語った。
毎回状況は違っていたが、それでもただ一つ、決まっていることがある。
下賤な身分でただ美しいだけの彼女は、その美しさを商品として取引され、子供を身ごもれば商品価値のないものとして捨てられ、そして追いすがれば疎まれて殺される。
それでもヴェルディアナは、僕との子供――僕の細胞を取り込んだ災厄の魔王――を産むという幸せを諦められず、僕たちから逃げて1人で子供を育てようと決意していたのだ。
「それに、いつかとは違いんす。わっちは魔王さまの眷属に選ばれ、鬼の力の使い方を教えてもらいんした。何百年もの間、何十万もの男衆を客にとらされてきた末に、ようやっと手にした……わっちと赤子を守る大事な力でありんす」
ゆっくりと立ち上がり、彼女は朱の乗せられた目尻にシワを寄せて、凄まじい笑顔を覗かせた。
「……それがたとえあっくんだとしても、今のわっちは止めること叶いんせんえ!」
子犬の首でも撫でるように、上に向けられた手のひらの先で、細い指がひらひらと動く。
その指一本一本に呼応して、1メートル四方程もある分厚い岩で出来た床板が、恐ろしい速さで次々と僕らを襲った。
僕は死神の鎌を振るい、岩を吹き飛ばす。
僕の周囲でも、チートを持つ転移者である仲間たちは、それぞれにその攻撃を弾き返した。
誰もかすり傷一つ負っては居なかったが、ヴェルディアナにしてみればそれで十分だったのだろう、攻撃を避けた僕らが視線を彼女へ向けると、もうすでにそこには誰も居なかった。
「あかん、逃げに徹せられたら厄介やで」
「ちっ。ウダウダ言ってる暇はねぇ。追うぜ」
追うとは言っても、そもそもヴェルディアナがどちらの方向へ行ったのかすら僕らには分からない。当のエドアルドも追うとは宣言したものの、何処に向かって走り出せばいいか分からずにキョロキョロと周りを見渡した。
「……現在高速で移動する目標点Pは世界絶対座標n:4096、x:256、y:192、z:16を北北西へ向かっています」
唐突に、背後から世界のタヴがそう告げる。
彼女自信は理解できているのだろうけど、僕らのうち誰一人として、その座標が何処を示しているのかを理解出来ているのもは居なかった。
「それって、どこ?」
「現在は世界絶対座標n:4096、x:258、y:188、z:16です」
タヴはさっきと微妙に違う数字を繰り返す。
彼女にとってはその世界絶対座標とやらが自明な説明であり、それ以上の砕いた説明は不可能であるらしかった。
「アクナレート、今こそキミの水晶球を使うところだと私は思うがね」
クリスティアーノに促され、僕は袂から水晶球を取り出す。
彼に言われて試してみると、情報系チートアイテムである水晶球には、この名前もない遺跡の三次元透過地図が存在していた。
地図を空中に投影し、タヴのチート『思念検索』をリンクすると、黄色く輝く「P」と書かれた光点がマップ上を移動し始める。
僕らの位置が赤い光点で表示されたのを確認して、チコラは「こっちやな?!」と叫んで奥の扉へと飛んだ。
地図上で、赤い光の塊から小さな点が一つ、点Pとは逆方向へ移動し始める。
「バァカ! チコラ! ちげぇよ! こっちだ!」
叫んだエドアルドが移動した方向は、これも点Pとは90度ズレていた。
いちいちツッコんでいる暇もない僕は、水晶の映像をしっかり確認しながら別の扉へと向かう。
ぞろぞろと付いて来る皆の中から「プリヒール! グローイングハート!」と言うりんちゃんの声が響いた。
「え? なに?」
「きらめく瞳は乙女のあかし! ヒール・ブレイズ!」
水晶球のマップから目を離して振り返った僕の前を、虹色の輝きを放ちながらスカートを翻して、りんちゃんが跳躍する。
――ダンッ! ダンッ! ダンッ!
数十メートル先の大きな扉まで3歩でたどり着くと、りんちゃんは「ゴゴゴ……」とそれを軋ませながら、僕らを振り返った。
「ヴェルちゃんが待ってるのです。ブレイズは先に行くのです」
「ちょっ!? 待っ――!」
僕が止めるよりも早く、りんちゃんは扉の隙間に体を滑り込ませる。
ヴェルディアナと「ケンカ」した時のりんちゃんの姿が頭をかすめて、僕は咄嗟に後を追った。
「ごめんみんな! 僕もりんちゃんと行く!」
りんちゃんの『魔法少女』と、僕の『神の化身』と言う肉体チートの出すスピードは、それこそ冗談みたいに速い。
いくらチート持ちの転移者揃いであるとは言え、全員がついて行けるスピードではないのだ。
だとしたら、追いつける僕だけでも行くしか無い。
僕は暗闇の中を突き進むジェットコースターのように、水晶球に輝く光点を求めて石畳の通路を飛んだ。
大きな赤い光の塊から2つだけ離れた光点が、もう少しで重なる。
僕がここだと目星をつけた角を曲がった時、地図上には赤い光と同時に「P」と表示された黄色い光点が表示されていた。
地図に目を奪われ、僕は角を曲がった途端に現れた石壁に激突する。
青白い岩に赤い染料で怪しげな模様の描かれた石壁は、思わず目をつぶってしまった僕に激突の衝撃を与えず、まるでオイルの中に突っ込んだような感覚で僕の皮膚を流れた。
「……おいでなんし」
「……おかいり」
壁を突き抜けると、2人の落ち着いた言葉とともに僕の体を太陽の光と穏やかな風が撫でる。
地下深くへ入ってきたはずなのに、そこに広がる光景はなだらかな起伏を見せる平原と清らかな水の流れる小川だった。
いつの間にか台地を下り切り、地上へとでたのだろう。魔法で隠された出入り口は、ちらりと振り返ってみるとそそり立つ岩壁にしか見えなかった。
僕の正面に、背中を見せたりんちゃんが構えも取らずに立ち、更にその向こうにヴェルディアナが立っている。
ヴェルディアナが逃げようと思えばいつでも逃げ出せそうに見えるこの状況で、2人は両手をぶらりと垂らして、力を抜いている様子だった。
最高のタイミング。今ならヴェルディアナをもう一度説得することが出来るかもしれない。
「ヴェルディアナ! 逃げないで少し話を――」
突然の僕の声に反応するように、ヴェルディアナの右足が1センチほど後ろに引かれる。同時にりんちゃんの体が少し屈められ、左手が前に伸ばされる。まるでドミノが次々と倒れて行くように、2人とも相手の動きに合わせて少しずつ体を動かし、もとに戻し、相手を観察した。
思わず息を飲んで、僕は言葉を失う。
2人はただ力を抜いて立っていたわけではなかった。
相手の動きに即座に反応できる体勢でお互いを牽制し合い、その実力が拮抗しているからこそ、ギリギリの間合いで身動きが取れなくなっていたのだ。
これじゃあ僕も迂闊に手を出せない。
でも、このままじゃ前の戦いと同じじゃないか。
もう、りんちゃんもヴェルディアナも傷つけたくない。
僕は両手で構えていたデスサイズをゆっくりと肩に載せると、彼女たちと同じように四肢から力を抜き、細く長く息を吐いて彼女たちへと近づいた。
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