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第五章:眷属たちとの本格的な戦いが始まる
第57話「旅立ちとようじょ」
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控えめなノックの音が僕の部屋のドアを叩いたのは、ルーチェたち冒険者への任務の依頼を終えたその日の、夜遅くの事だった。
今日はマリアステラはルーチェと一緒に過ごすと言っていたし、またエドアルドかな?
僕は「開いてるよ。どうぞ」と声をかけて、暖炉に薪をくべた。
「夜遅くに失礼します」
僕はパチッと爆ぜた暖炉から目を離し、ドアの方へと目を向ける。
そこには、予想もしていなかった来客の姿があった。
「……珍しいねルカ。こんな時間まで起きてちゃだめじゃない」
「……はい。ごめんなさい」
「うん、でもまぁたまにはいいか。……座って」
軽く頭を下げてソファに腰かけるルカの固い表情を見て、僕の頭はフル回転を始める。
どうしたんだろう?
ルカが、こんな時間に起きているなんて。
何か心配事だろうか?
怪我の事かな?
いや、もう治癒魔法も要らないくらい回復したと言ってた。
もしかしたらアンジェリカへの恋の相談かも知れない。
だとしたら何とかして説得しないと。
それとも何か欲しい物でもあるのかな?
今まで我がままなんて言わなかったけど、まだ7歳だし、本当なら言ってもいい。
むしろ我がままを言ってもらえるなら、それはそれで嬉しいことだ。
あ、でもまてよ……もしかして……。
僕はハタと気づいた。
「……ルーチェのこと?」
棚から夜食用の固くて甘いパンを取り出しながら、僕はそう聞いてみた。
ルカの体がぴくっと動く。
やっぱりそうか。
ルーチェはルカが僕の家に来てからずっと一番近くで寄り添ってきた。
その彼女が数日のうちに命を懸けた旅に出ようと言うのだ、心細くならない訳がない。
僕はアルコール分の無いぶどうジュースをコップに注いで、彼の前に置いた。
「心配なのは分かるけど、ルーチェはプロだから大丈夫だよ。それに、危険があったら回避を優先する偵察任務だからね。ほら、ルカはもう杖なしでも歩けるくらいに回復したんだ、たくさん勉強して、ルーチェが帰ってきたときにびっくりさせてあげなくちゃ」
僕の言葉はルカに届いているだろうか?
身動き一つしない彼を安心させるように、僕は言葉をつづけた。
「ルカは知らないだろうけど、ポルデローネでは彼女たちは新進気鋭の……新進気鋭ってわかる? うん、とにかく有名な冒険者だったんだ。戦士のトリスターノは剣術の達人だし、盗賊のオルコは探索のプロ中のプロなんだよ。そこに治癒魔法を使えるルーチェが加われば、負ける事なんて考えられないよ。それに、ルーチェのウォーハンマー捌き、すごいんだ。見たらきっとルカも安心するよ。いつだったか、3人で100個以上の魔宝珠を狩ったって言ってたよ。ほんと、すごいんだから」
ちょっと話を盛りすぎた感はあるけど、それでルカが安心してくれれば問題ない。
僕は自分がこんなに流暢に話が出来るのかと驚くくらい、ルーチェが如何に強いかを滔々と話して聞かせた。
ずっとその話を聞いていたルカが、意を決したように顔を上げる。
僕は話を止めて、彼が口を開くのを待った。
「あっくん、ルーチェとその仲間の人たちが強いのは分かりました。あっくんがそこまで言うのですから、チートを持たない人間としてはかなり強いのでしょう」
「うん、強いよ」
「そこで、お願いがあります」
「な……なに? かな?」
膝をずいっと前に詰めて身を乗り出し、ルカが僕に迫る。
その妙な迫力に押されて、僕はちょっと仰け反った。
「ぼくも、ルーチェたちのパーティに参加させてください」
「え? ダメだよ」
予想外のお願いだったけど、僕の返事は即答だった。
ダメに決まってる。だってルカはまだ7歳で、しかもやっと怪我が癒えて人並みの生活が送れるようになったばかりなんだ。
そんなの当然だ。
「どうしてですか? ルーチェたちは探索のプロて、行くのは危険があったら回避を優先する偵察任務で、みんなチートを持たない人間の中ではかなりの強さなんですよ? あっくんがそう言ったじゃないですか」
「そういう問題じゃないよ。ルカはまだ怪我が癒えたばっかりで、しかもまだ7歳で……」
「7歳なら普通はもう冒険者の荷物持ちや野営の手伝いを生業にしている人も居る歳です」
「だから、僕に言わせれば、それが普通じゃないの」
2人とも、少しずつ声が大きくなってきていた。
夜なんだ。また騒いでたらみんな集まってきちゃう。
それでも僕は、ここで引く気はみじんも無かった。
「ぼくが言うのも何ですが、あっくんは過保護すぎます!」
「いいの! 僕は自分の子供を酷使したくない!」
「それじゃあぼくは、いつになったらあっくんに恩を返せるんですか!!!」
どーん!
……と、テーブルに手を突き、ルカは涙目で僕を見つめる。
ああ、こんなに強くテーブルを叩けるほど回復したんだな。
感慨深く、僕はその手に手を伸ばした。
テーブルの上とルカの手の甲に、少しこぼれたぶどうジュースをハンカチで拭きながら、僕はちょっとだけ笑う。
ルカの手は、小さくて、やわらかくて、とても頼りなさげに見えたけど、実際にこうして触れてみれば、力強く、自分の未来を切り開こうとする手だった。
でも。
「ダメだよ。まだ」
「……どうしてですか……?」
僕に手を握られたまま、ルカは震える声でつぶやく。
どうしてかって?
決まってるじゃないか。
「……これから僕は自分勝手なことを言うよ。ルカはそれで僕を嫌いになってしまうかもしれない。でも、僕は家族に嘘をつきたくないんだ。だから、聞いて」
「……はい」
ちょっとだけ力を込めてルカの手を握って、手を放す。
ローブのフードを深くかぶって顔を隠し、僕はソファに深く腰掛けなおした。
「ルカ。僕はね、まだ君に独り立ちしてほしくない。まだまだ、僕ら家族と一緒に暮らして欲しい。僕を頼って、甘えてほしい。一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒に笑って、一緒に泣いて、そして眠って、また朝を迎えたい。だからルカ。僕は君がずっと恩を返さないでくれればいいなって、そう思ってるんだ」
「でも――」
「分かってる。だから言ったよ? これは僕の自分勝手な思いだって。ルカはすごい。計算も剣術も料理も掃除も馬車の運転も、絶対にその辺の怪我もしていない元気な子より全然上手にできる。だからもう、ルカが僕に恩を返すために冒険に出たいって言うのなら、本当は僕に止める権利なんてないんだ」
ルカは下を向き、僕の言葉を静かに聞いていた。
この子はいつもこうだ。
聞き分けが良い。
物わかりもいい。
頭もいい。
ほんとにいい子。
「それにね、本当はもう僕はルカに十分恩を返してもらってるんだよ。ルカが居てくれるだけで、僕は毎日嬉しい。僕だけじゃない、りんちゃんもチコラも他のみんなだって、ルカが居て元気にしているだけで幸せなんだよ。子供ってね、そう言うものなんだ。少なくとも、僕の知っている7歳の子供はそう」
「それは……そのあっくんの言う『子供』は、周りの優しさに甘えて、ただ寄生しているだけの、負担になる人間のことを言っているのではないですか?」
厳しい。
ルカが特別に清冽な考え方を持っているのかと聞かれれば、たぶんそれは違う。彼の言葉はこの世界の代弁だ。
それでも、たとえ僕の考え方が彼らの……この世界の考え方から大きくズレていようとも、僕は自信を持って「それは違う」と断言できる。
その違いを理解できるのもルカが居てくれたおかげだけど、僕の考えが正しいと理解させてくれたのもまた、ルカが居てくれたからだった。
「全然違うよ、ルカ。人が他人を幸せにするって言うのは、誰にでも出来るような簡単な仕事じゃないんだ。そしてその仕事が生み出す『幸せ』と言う対価は、信じられないくらいに大きい。子供って言うのはね、生まれながらにその『人を幸せにする』って言う能力を持っていて、大人がどんなに頑張ったって、それにはかなわないものなんだよ。だからね、ルカ。一番効率よく僕に恩を返そうと思うのなら……どうか……もうしばらく子供で居てほしい……お願いだよ」
僕はそこまで言って鼻をすする。
フードで頬を拭いて涙を隠す。
子供にカッコ悪いところ見せちゃったな。でもまぁたまにはいいか。
それがこんな夜なら尚更だ。
「……あっくんのお考えは分かりました。もう一度考えてみます」
「うん」
「では、今日は遅くにすみませんでした。おやすみなさい」
「……おやすみ」
ルカは行儀よく頭を下げて部屋を出る。
僕はフードの上から両目を押さえて、ソファにもたれながら、遅くまで一人でお酒を飲んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
次の日から、ルーチェとアンジェリカに僕やマリアステラも加わって冒険の準備と連日の作戦会議が始まった。
3日目からはポルデローネからやってきたトリスターノとオルコも加わって、会議は深夜にまで及ぶ。
そして、馬車の準備が整い、最初の目的地が太古の街を飲み込んだ溶岩の山「ラヴァフィンマ火山」だと決まった時には、もう年は明けていた。
壮行会と言う名のニューイヤーパーティーをこじんまりと終え、満を持して1月3日の早朝に、僕らはその頑丈そうな2頭引きの馬車の前に集まった。
「ルーチェ、まずはキミたちの命が一番なんだ、危険があったらまずは逃げることを第一の選択肢にして」
「ふふ、あっくんは心配性ですね。大丈夫です。こう見えても元冒険者ですよ」
そう言いながらも、ルーチェは僕の懐に飛び込む。
僕の真っ黒なローブに顔をうずめて大きく深呼吸した彼女は、端っこの方で不機嫌な顔をしているエドアルドに駆け寄り、彼の事も抱きしめた。
「ルーチェ、俺様はあっくんみたいにしみったれたことは言わねェ。……頑張ってこい」
「当たり前です」
ちょっと笑って、突き放すようにエドアルドから離れる。
次にりんちゃんを抱っこして「あっくんたちの言うことを聞いて、いい子にしててね」と頬ずりすると、りんちゃんは「うん、ルーチェちゃん、おみやげね!」と笑った。
りんちゃんを下したルーチェが周囲を見回したけど、見える範囲の中に探す人はおらず、彼女は僕に向かって首をかしげた。
「ごめん、部屋に籠ってるみたい」
「あはは、ルカくんはねぇ、お母さんが居なくなっちゃうから拗ねてるのよー」
「そうですか……。仕方ないですね」
ルーチェはチコラやファンテ、アンジェリカたちとも抱擁を交わし、馬車に乗り込む。
僕は思い出したように彼女に駆け寄って、大きな旅行カバンくらいのケースを手渡した。
「これは?」
「うーん、そう聞かれると困るんだけど……お守り……かな。何か困ったことがあったら開けてみてよ」
「……はい。ありがとうございます。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
馬車のドアが閉まるのを待って、オルコは馬に鞭を入れ、馬車は走り出す。
「ルーチェちゃ~ん! トリく~ん! オルコく~ん! お仕事がんばってね~!」
『街』の門をくぐり、一路ラヴァフィンマ火山へと向かう馬車へりんちゃんは笑顔で手を振り続け……そして、馬車の最後の影が朝霧の中に消えるのを見届けると、僕の胸に飛び込んで大声で泣いた。
今日はマリアステラはルーチェと一緒に過ごすと言っていたし、またエドアルドかな?
僕は「開いてるよ。どうぞ」と声をかけて、暖炉に薪をくべた。
「夜遅くに失礼します」
僕はパチッと爆ぜた暖炉から目を離し、ドアの方へと目を向ける。
そこには、予想もしていなかった来客の姿があった。
「……珍しいねルカ。こんな時間まで起きてちゃだめじゃない」
「……はい。ごめんなさい」
「うん、でもまぁたまにはいいか。……座って」
軽く頭を下げてソファに腰かけるルカの固い表情を見て、僕の頭はフル回転を始める。
どうしたんだろう?
ルカが、こんな時間に起きているなんて。
何か心配事だろうか?
怪我の事かな?
いや、もう治癒魔法も要らないくらい回復したと言ってた。
もしかしたらアンジェリカへの恋の相談かも知れない。
だとしたら何とかして説得しないと。
それとも何か欲しい物でもあるのかな?
今まで我がままなんて言わなかったけど、まだ7歳だし、本当なら言ってもいい。
むしろ我がままを言ってもらえるなら、それはそれで嬉しいことだ。
あ、でもまてよ……もしかして……。
僕はハタと気づいた。
「……ルーチェのこと?」
棚から夜食用の固くて甘いパンを取り出しながら、僕はそう聞いてみた。
ルカの体がぴくっと動く。
やっぱりそうか。
ルーチェはルカが僕の家に来てからずっと一番近くで寄り添ってきた。
その彼女が数日のうちに命を懸けた旅に出ようと言うのだ、心細くならない訳がない。
僕はアルコール分の無いぶどうジュースをコップに注いで、彼の前に置いた。
「心配なのは分かるけど、ルーチェはプロだから大丈夫だよ。それに、危険があったら回避を優先する偵察任務だからね。ほら、ルカはもう杖なしでも歩けるくらいに回復したんだ、たくさん勉強して、ルーチェが帰ってきたときにびっくりさせてあげなくちゃ」
僕の言葉はルカに届いているだろうか?
身動き一つしない彼を安心させるように、僕は言葉をつづけた。
「ルカは知らないだろうけど、ポルデローネでは彼女たちは新進気鋭の……新進気鋭ってわかる? うん、とにかく有名な冒険者だったんだ。戦士のトリスターノは剣術の達人だし、盗賊のオルコは探索のプロ中のプロなんだよ。そこに治癒魔法を使えるルーチェが加われば、負ける事なんて考えられないよ。それに、ルーチェのウォーハンマー捌き、すごいんだ。見たらきっとルカも安心するよ。いつだったか、3人で100個以上の魔宝珠を狩ったって言ってたよ。ほんと、すごいんだから」
ちょっと話を盛りすぎた感はあるけど、それでルカが安心してくれれば問題ない。
僕は自分がこんなに流暢に話が出来るのかと驚くくらい、ルーチェが如何に強いかを滔々と話して聞かせた。
ずっとその話を聞いていたルカが、意を決したように顔を上げる。
僕は話を止めて、彼が口を開くのを待った。
「あっくん、ルーチェとその仲間の人たちが強いのは分かりました。あっくんがそこまで言うのですから、チートを持たない人間としてはかなり強いのでしょう」
「うん、強いよ」
「そこで、お願いがあります」
「な……なに? かな?」
膝をずいっと前に詰めて身を乗り出し、ルカが僕に迫る。
その妙な迫力に押されて、僕はちょっと仰け反った。
「ぼくも、ルーチェたちのパーティに参加させてください」
「え? ダメだよ」
予想外のお願いだったけど、僕の返事は即答だった。
ダメに決まってる。だってルカはまだ7歳で、しかもやっと怪我が癒えて人並みの生活が送れるようになったばかりなんだ。
そんなの当然だ。
「どうしてですか? ルーチェたちは探索のプロて、行くのは危険があったら回避を優先する偵察任務で、みんなチートを持たない人間の中ではかなりの強さなんですよ? あっくんがそう言ったじゃないですか」
「そういう問題じゃないよ。ルカはまだ怪我が癒えたばっかりで、しかもまだ7歳で……」
「7歳なら普通はもう冒険者の荷物持ちや野営の手伝いを生業にしている人も居る歳です」
「だから、僕に言わせれば、それが普通じゃないの」
2人とも、少しずつ声が大きくなってきていた。
夜なんだ。また騒いでたらみんな集まってきちゃう。
それでも僕は、ここで引く気はみじんも無かった。
「ぼくが言うのも何ですが、あっくんは過保護すぎます!」
「いいの! 僕は自分の子供を酷使したくない!」
「それじゃあぼくは、いつになったらあっくんに恩を返せるんですか!!!」
どーん!
……と、テーブルに手を突き、ルカは涙目で僕を見つめる。
ああ、こんなに強くテーブルを叩けるほど回復したんだな。
感慨深く、僕はその手に手を伸ばした。
テーブルの上とルカの手の甲に、少しこぼれたぶどうジュースをハンカチで拭きながら、僕はちょっとだけ笑う。
ルカの手は、小さくて、やわらかくて、とても頼りなさげに見えたけど、実際にこうして触れてみれば、力強く、自分の未来を切り開こうとする手だった。
でも。
「ダメだよ。まだ」
「……どうしてですか……?」
僕に手を握られたまま、ルカは震える声でつぶやく。
どうしてかって?
決まってるじゃないか。
「……これから僕は自分勝手なことを言うよ。ルカはそれで僕を嫌いになってしまうかもしれない。でも、僕は家族に嘘をつきたくないんだ。だから、聞いて」
「……はい」
ちょっとだけ力を込めてルカの手を握って、手を放す。
ローブのフードを深くかぶって顔を隠し、僕はソファに深く腰掛けなおした。
「ルカ。僕はね、まだ君に独り立ちしてほしくない。まだまだ、僕ら家族と一緒に暮らして欲しい。僕を頼って、甘えてほしい。一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒に笑って、一緒に泣いて、そして眠って、また朝を迎えたい。だからルカ。僕は君がずっと恩を返さないでくれればいいなって、そう思ってるんだ」
「でも――」
「分かってる。だから言ったよ? これは僕の自分勝手な思いだって。ルカはすごい。計算も剣術も料理も掃除も馬車の運転も、絶対にその辺の怪我もしていない元気な子より全然上手にできる。だからもう、ルカが僕に恩を返すために冒険に出たいって言うのなら、本当は僕に止める権利なんてないんだ」
ルカは下を向き、僕の言葉を静かに聞いていた。
この子はいつもこうだ。
聞き分けが良い。
物わかりもいい。
頭もいい。
ほんとにいい子。
「それにね、本当はもう僕はルカに十分恩を返してもらってるんだよ。ルカが居てくれるだけで、僕は毎日嬉しい。僕だけじゃない、りんちゃんもチコラも他のみんなだって、ルカが居て元気にしているだけで幸せなんだよ。子供ってね、そう言うものなんだ。少なくとも、僕の知っている7歳の子供はそう」
「それは……そのあっくんの言う『子供』は、周りの優しさに甘えて、ただ寄生しているだけの、負担になる人間のことを言っているのではないですか?」
厳しい。
ルカが特別に清冽な考え方を持っているのかと聞かれれば、たぶんそれは違う。彼の言葉はこの世界の代弁だ。
それでも、たとえ僕の考え方が彼らの……この世界の考え方から大きくズレていようとも、僕は自信を持って「それは違う」と断言できる。
その違いを理解できるのもルカが居てくれたおかげだけど、僕の考えが正しいと理解させてくれたのもまた、ルカが居てくれたからだった。
「全然違うよ、ルカ。人が他人を幸せにするって言うのは、誰にでも出来るような簡単な仕事じゃないんだ。そしてその仕事が生み出す『幸せ』と言う対価は、信じられないくらいに大きい。子供って言うのはね、生まれながらにその『人を幸せにする』って言う能力を持っていて、大人がどんなに頑張ったって、それにはかなわないものなんだよ。だからね、ルカ。一番効率よく僕に恩を返そうと思うのなら……どうか……もうしばらく子供で居てほしい……お願いだよ」
僕はそこまで言って鼻をすする。
フードで頬を拭いて涙を隠す。
子供にカッコ悪いところ見せちゃったな。でもまぁたまにはいいか。
それがこんな夜なら尚更だ。
「……あっくんのお考えは分かりました。もう一度考えてみます」
「うん」
「では、今日は遅くにすみませんでした。おやすみなさい」
「……おやすみ」
ルカは行儀よく頭を下げて部屋を出る。
僕はフードの上から両目を押さえて、ソファにもたれながら、遅くまで一人でお酒を飲んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
次の日から、ルーチェとアンジェリカに僕やマリアステラも加わって冒険の準備と連日の作戦会議が始まった。
3日目からはポルデローネからやってきたトリスターノとオルコも加わって、会議は深夜にまで及ぶ。
そして、馬車の準備が整い、最初の目的地が太古の街を飲み込んだ溶岩の山「ラヴァフィンマ火山」だと決まった時には、もう年は明けていた。
壮行会と言う名のニューイヤーパーティーをこじんまりと終え、満を持して1月3日の早朝に、僕らはその頑丈そうな2頭引きの馬車の前に集まった。
「ルーチェ、まずはキミたちの命が一番なんだ、危険があったらまずは逃げることを第一の選択肢にして」
「ふふ、あっくんは心配性ですね。大丈夫です。こう見えても元冒険者ですよ」
そう言いながらも、ルーチェは僕の懐に飛び込む。
僕の真っ黒なローブに顔をうずめて大きく深呼吸した彼女は、端っこの方で不機嫌な顔をしているエドアルドに駆け寄り、彼の事も抱きしめた。
「ルーチェ、俺様はあっくんみたいにしみったれたことは言わねェ。……頑張ってこい」
「当たり前です」
ちょっと笑って、突き放すようにエドアルドから離れる。
次にりんちゃんを抱っこして「あっくんたちの言うことを聞いて、いい子にしててね」と頬ずりすると、りんちゃんは「うん、ルーチェちゃん、おみやげね!」と笑った。
りんちゃんを下したルーチェが周囲を見回したけど、見える範囲の中に探す人はおらず、彼女は僕に向かって首をかしげた。
「ごめん、部屋に籠ってるみたい」
「あはは、ルカくんはねぇ、お母さんが居なくなっちゃうから拗ねてるのよー」
「そうですか……。仕方ないですね」
ルーチェはチコラやファンテ、アンジェリカたちとも抱擁を交わし、馬車に乗り込む。
僕は思い出したように彼女に駆け寄って、大きな旅行カバンくらいのケースを手渡した。
「これは?」
「うーん、そう聞かれると困るんだけど……お守り……かな。何か困ったことがあったら開けてみてよ」
「……はい。ありがとうございます。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
馬車のドアが閉まるのを待って、オルコは馬に鞭を入れ、馬車は走り出す。
「ルーチェちゃ~ん! トリく~ん! オルコく~ん! お仕事がんばってね~!」
『街』の門をくぐり、一路ラヴァフィンマ火山へと向かう馬車へりんちゃんは笑顔で手を振り続け……そして、馬車の最後の影が朝霧の中に消えるのを見届けると、僕の胸に飛び込んで大声で泣いた。
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