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第五章:眷属たちとの本格的な戦いが始まる

第56話「冒険者のお仕事とようじょ」

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 魔法の力は偉大だ。
 あんなに傷だらけになった『街』は、1か月を少し超える程度の期間で、ほぼ元の街並みを取り戻していた。

 もちろん、それは現代的な都市計画に基づいた、カリスマ性のある指導者の力が大きい。

 そのカリスマ性のあるこの街の指導者、幻のように美しい10歳の少女アンジェリカが僕らの家をおとなったのは、夜半から降り始めた雪が、ニューイヤーパーティーへ向けてのそわそわした空気で浮足立つ街を白く覆ったある日の事だった。

「アクナレート、マリアステラ、エドアルド、りんちゃん、チコラ、ご無沙汰いたしておりましたですわ。……それから、ルーチェもルカも、お元気でしたかしら?」

 悪意があってのことで無いのは分かっているけど、アンジェリカはまず転移者を一人一人確認するように見回して挨拶し、それから間を置いて現地の人間に挨拶をする。
 全員が等しく僕の家族であると言う認識を持っている僕にとっては、その小さな間が、なんだか悲しかった。

「珍しいね、今日はどうしたの?」

「ええ、そろそろくだん千年王国ミレナリオ側の転移者の体調も戻った頃かと思うのですけど、どうでしたかしら?」

 ミレナリオ側の転移者。それはクリスティアーノ以外にありえない。
 確かに先週の定期連絡で、クリスティアーノは復調したと言っていた。
 しかしその情報はアンジェリカには伝えていないし、それが彼女の訪問に何の関係があるのかも想像がつかない僕は、曖昧に「うん」と頷くしかなかった。

「それはよかったのですわ。ではそろそろ『災厄の魔王』に、こちらからアプローチをかけても良い頃合いですわね」

 アンジェリカのその言葉に、僕ら家族全員がざわめく。
 いつもなら落ち着いた佇まいを見せているはずのファンテでさえ、驚きを隠せずにピクリと眉を動かしたほどだ。

 それを見てアンジェリカは満足げに笑い、彼女の後ろに控えていたジョゼフは、僕らがうろたえるのを見てアンジェリカ以上に満足げに笑った。

「災厄の魔王の……居場所が分かったの?」

 りんちゃんに手をさし伸ばし、それに答えた彼女を抱き上げる。
 思わずいつもより強く抱きしめ、僕はアンジェリカにそう聞いた。

 りんちゃんのクラスは『英雄』だ。
 この世界、ジオニア・カルミナーティに666年ごとに現れる『災厄の魔王』、その出現時期に合わせて転移が行われ、そんなクラス名を持っているりんちゃんの使命は、たぶん魔王の討伐だ。
 同様に、『勇者』のクラスであるクリスティアーノもエドアルドも、魔王の討伐を行えば元の世界へ戻る権利……もしくは何らかの報奨が手に入るだろう。
 りんちゃんのクラスだけ『英雄』で、『勇者』ではない事が少し気になるけど、神へ恩を売ると言う目的よりも、今となっては魔王の討伐の方が現実的なような気がした。

 何しろ今はあの時と違って、チート持ちが僕、チコラ、エドアルド、クリスティアーノ、マリアステラ、アンジェリカ、りんちゃんの7人――敵のヴェルディアナを含めれば8人――も居るのだ。
 戦闘に向かないマリアステラ、アンジェリカや、戦闘させたくないりんちゃんを除いても4人。

 僕とチコラだけで魔王を倒さなければいけないと思っていたあの頃とは状況が変わっている。
 僕は少しの不安と大きな期待を込めて、アンジェリカを見つめた。

「気が早いのですわ、アクナレート」

 行儀よく両手を揃えて立ち、そう答えたアンジェリカの後ろで、ジョゼフが小さく咳払いをする。
 お客さんであり、街のおさである彼女を立たせっぱなしだったことに気づいて僕が頭を下げる前に、ファンテが深く頭を下げて応接室の方を手のひらで指し示した。

「失礼いたしました。お茶をご用意させていただきますので、よろしければこちらへ」

「あ、うん、そうだね。ありがとうファンテ。じゃあアンジェ、落ち着いて話をしようか」

 僕を先頭に、僕らはそれぞれに不安と希望がぜになった表情を浮かべながら、ぞろぞろと応接室へと向かう。

「おもしれぇ事になってきやがったな」
「大変な事にならんとええけどな」

 ほぼ同時につぶやかれたエドアルドとチコラの声に、僕はりんちゃんを抱きしめ直し、心を引き締めた。


  ◇  ◇  ◇  ◇


「わぁ、アンジェちゃん! キレー!」

 りんちゃんが大きな声を上げる。
 アンジェリカがテーブルの上に取り出した、まるで10インチくらいのタブレットにも見える半透明のガラス板は、全体がまばゆく輝いていた。

「これは……少し感度を下げなければなりませんね。アンジェリカ様、少しお待ちを」

 ジョゼフが板に近づき、何やら表面に指を滑らせる。
 まばゆい輝きは少しずつ輝度を落とし、最終的に大小6つの光点が光る星図のようになった。

 バカみたいに大きな点が2つ。それより少し小さい点が3つ。小さな点が1つ……いや2つ。

 その並び方を見たルカが小さく「あっ」と声を上げ、部屋の中をぐるりと見回した。

「カンが良いですわね。そうですわ」

 アンジェリカがルカに向かってにっこりと微笑む。
 ルカはその自分に向けられた微笑みを受けて、顔を赤くして目を潤ませた。

 ルカ、僕は心配だよ。キミの恋い慕っているその少女の正体は、僕よりずっと年上のアラフォーおっさんなんだ。

「なんだよ、おいルカ、俺様にもわかるように説明しろ」

 エドアルドに脇腹をつつかれ、ルカはびくんっと背筋を伸ばす。
 自分が話をしてしまっていいものかと、僕とアンジェリカへ視線を向ける彼に向かって、僕もアンジェリカもうんうんと頷いた。
 小さくのどの調子を確かめ、ルカは板に手を伸ばす。

「これは……転移者の位置を……表示する魔法の板だと思います」

 部屋に居る僕たちを見回し、その光点を指差す。

「この一番大きい光が、あっくん。同じくらいの大きさのがりんちゃん。そして、次に大きいエドくん、チコラ、マリアステラ……そして、この小さ……あの、可愛らしい点が……アンジェリカ様とファンテさん……です」

「その通りですわ。よく気が付きましたわね。これは転移者のチート能力を感知するタブレットなのですわ」

 自慢げに語ったアンジェの話はこうだ。

 元々これはモンスターを倒すと手に入り、放置するとモンスターを生み、大量に集めると転移者を呼ぶ『魔宝珠まほうじゅ』と、更には魔王の眷属を倒すと手に入る『屍宝珠しほうじゅ』を感知する魔法のタブレットの研究により出来上がったものだった。
 長年の研究から魔宝珠の感知が行える基礎理論は出来上がっていたのだが、いざ作り上げてみると、感知できる距離が短かすぎて実用的ではない。
 しかし、研究の成果を確かめに研究室に立ち寄ったアンジェリカがタブレットを起動させると、そこには眩い輝きが表示されていたのだ。

 転移者のチートは魔宝珠が……つまりモンスターと同じものが力の源になっている。
 その日を境に研究は魔宝珠ではなく、そこから出力されている『力』そのものを感知する方向へと方針を変え、やがて転移者のチート能力やモンスター、眷属を感知し、その強さと距離方向を画面に表示するタブレットが出来上がったのだった。
 その後も魔法技術者たちの研鑽けんさんにより、ある程度の拡大縮小、感度の調整などが出来る様になり、ついに今日、僕たちへのお披露目に至った。
 どうしても解決できない問題は、選択性がないために、僕たちのような強いチートを持つ転移者が近くに居ると画面がハレーションを起こして使い物にならなくなることと、表示範囲の最大値を超えた場所に居る場合、近くに居る弱い転移者と、遠くにいる強い転移者の区別がつかない事だ。
 それにしても、これを使用すればある程度こちらから敵の強さや数を把握して戦いを仕掛けることが出来る。

 今までのように、街が襲われて初めて敵を知るような事はもう無くなるだろうとの事だった。

「今、もう一枚同じものを作らせているのですわ。出来上がり次第千年王国ミレナリオの転移者に送って差し上げて下さいですわ」

「アンジェリカ様、やはりそれは……」

 ジョゼフが珍しくアンジェリカを諌める。
 確かに、これをクリスティアーノに……ミレナリオに渡してしまうと、僕らやアンジェリカの居場所が筒抜けになってしまう。
 まぁ実際の所、聖杯サントグラールのネットワークによってだいたいの場所は知られているんだけど、こういうマジックアイテムはクリスティアーノ以外の人たちにも使われる可能性がある。
 それはミレナリオの支配から逸脱しているこの組織の人たちにとっては、結構致命的な問題のように思えた。

「あたくしは、ミレナリオの転移者を信用すると決めたのですわ。信用するのならば、情報を分け合うのは道理ではなくて?」

「ですが……」

「あはは、さすがアンジェリカは人を見る目があるねー! うん、クリスティアーノはちょっと頑固だけど信用できる人間だよー」

「そうですね。クリスティアーノ閣下は信用に足る方です」

 マリアステラとルーチェの言葉に、ジョゼフはそれ以上何も言えなくなる。まだまだ納得したわけでは無いようだったが、それでもこの場は口を出すのをやめ、半歩後ろへ下がった。
 アンジェリカはファンテの用意してくれたお茶を優雅に口へ運ぶと、のどを潤して「美味しゅうございますわ」と微笑んだ。

「じゃあよ、これで敵を見つけて、片っ端から眷属を叩こうって話だな?」

 居ても立っても居られない様子で、立ち上がったエドアルドは手のひらに自分の拳を打ち付ける。
 アンジェリカは頷いたが、それでも釘をさすように言葉をつづけた。

「先ほども説明したように、このタブレットは転移者が一緒に居ると役に立たないのですわ。ですから、まず転移者ではない冒険者が、世界中を地道に調査し、情報を集める必要があるのですわ」

 もちろん、その先遣隊は敵と戦う必要はないし、だいたいの場所さえ分かれば、本隊へ連絡をすることで仕事は終わる。
 それでもやはりタブレットの性質上、その中に転移者は入ることは出来ないし、モンスターの多い地域を移動しなければならないと言う危険は付きまとう。
 タブレットの希少性と、任務の重要度を考えれば、おいそれとその辺の冒険者に頼めるような性質の任務でもなく、その人選は難しかった。

 僕もチコラも頭を抱える。
 チートが邪魔になるなんて、この世界は何でこうチート能力者に甘くないんだろう。

「あっくん。私、うってつけの人たちを知っています」

 一瞬、シンと静まった応接室で、ルーチェが手をあげる。
 うん、僕もその選択肢は考えた。

「でも、ルーチェ……」

「もともとは冒険者ですよ! こういう仕事はお手の物です」

「……せやな、それが一番ええ選択肢かもしれへんな」

「なんだ? お前らだけで分かったみたいに話を進めんな! ルーチェ、その冒険者って誰だよ。俺様にも教えろ」

 エドアルドはあまり学問に明るくは無いけど、基本的に頭は良い。
 僕たちとルーチェの間に流れる不穏な空気を嗅ぎ取って、彼は詰め寄った。

 彼女は困ったように笑い、「冒険者って言うのは……」と口を開く。
 ルカとりんちゃんが見つめる中、ルーチェは遠い昔の話でもするように、冒険者だった自分と、懐かしいその仲間の話をしたのだった。
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