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第五章:眷属たちとの本格的な戦いが始まる
第52話「ルカとようじょ」
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りんちゃんと僕らが合流できたのはそれから半日後。
城塞都市ポルデローネのクリスティアーノ邸でのことだった。
ルカが手配してくれた伝書鳩のおかげで状況と、皆が無事であることは事前に知っていたので、僕は少し余裕をもって庭で馬車を出迎える。
僕が大きく手を振っていると、まだ3メートル以上の高さのある馬車からりんちゃんが僕の胸に飛び込んできた。
あわててなんとか受け止め、危ない事をしちゃいけないと叱ろうとした僕が見ている前で、大輪の花が咲いたようなりんちゃんの笑顔は瞬く間に曇る。
「ふぇ……」
ぶるっと大きく体を震わせたりんちゃんは、ぼろぼろと大粒の涙を流す。
「ふぇぇ……うあああ~~ん! あああ~~ん!」
今まで聞いたことも無いような大声で、りんちゃんは僕の胸に顔をうずめて泣きじゃくり始めた。
まだ叱ってもいないのに、どうしてこうなったのか。
僕は驚いて、りんちゃんを抱っこしたまま馬車に乗っている仲間たちを確認した。
庭に降りた馬車からエドアルドが飛び出す。
ついでルカが、そしてルーチェとマリアステラが姿を現した。
良かった。とりあえず誰かが大怪我をしたとかそういう事ではないらしい。
いや、ルカの手紙通り、マリアステラはひどい怪我をしたようだけど、ルーチェの治癒魔法でほとんど問題ないところまで回復している。
僕はほっとして、まだ泣き続けているりんちゃんの背中をゆっくりぽんぽんと叩きながら、りんちゃんが落ち着くのを待った。
僕のローブを両手でしっかりと掴み、顔を押し付けてりんちゃんは泣きじゃくる。
今までりんちゃんがこんなに泣いたことは無かったし、さっきまではいつも通りの笑顔を見せていた。僕の胸に飛び込んでから一気に泣き出したのは、それまでじっと我慢していたのだと気づくと、僕は何だかうれしくなって、じんわりと涙が頬を伝うのを止められなかった。
「あはは……どうしてあっくんまで泣いてるのよー」
治療は終わったとは言え、まだあちこち痛そうなマリアステラが、笑いながら僕の背中にこつんと頭を乗せる。
その背中にルカが背伸びをしてショールを掛け、到着を告げるためにクリスティアーノの家の奥へと、ファンテと2人で歩いて行った。
少しずつ、りんちゃんの泣き声が嗚咽に変わり、それも震える様に息を吸う音で途切れがちになる。
落ち着いたのかな? と、りんちゃんの顔を確認すると、彼女はいつの間にか僕のローブを握る自分の親指をしゃぶりながら、時折体を震わせて眠っていた。
「……りんちゃん寝ちゃった」
「あぁん? んなの当たり前だろうが。りんは俺様と同じくらいの数アリ野郎をブッ殺したからな。ガキにはキツかっただろうよ。……流石の俺様も少し疲れたから休むぜ。ルーチェ、俺様の部屋に案内しろ」
「なんで私に言うんですか。クリスティアーノ様の家の使用人に聞いてください」
相変わらず取りつく島も無いルーチェと、全くめげないエドアルドは、部屋の奥から現れたファンテに連れられてクリスティアーノの用意してくれた客室へとそれぞれ案内されてゆく。
残された僕らもルカに案内されて、この世界の貴族の部屋として申し分なく豪華な、それでいて和のテイストがちりばめられた個室へと向かった。
大きなベッドに寝かせようとするけど、りんちゃんはなかなか僕のローブを離そうとしない。
その小さな手をそっと抱きしめて外し、チコラは僕らに手を振った。
「あっくんの部屋はこちらで、マリアの部屋はこっちだそうです。ぼくはその間の部屋に居ますので、何かあれば声をかけてください」
部屋は客間と前室、そして従者の部屋と言う組み合わせになっている。
ルカはその従者の部屋に泊まると言うので、僕はちょっと驚いて立ち去りかけるルカの手を引きとめた。
「それはクリスティアーノが決めたの? ……僕の家族を、ルカを従者の部屋に泊めるって?」
「あ、いいえ」
あわててルカは首を振る。
今日はみんな眷属と戦い、自分だけが何もしていないので、せめて夜の見張りくらいは役に立ちたいと思い、自分からお願いしてここに泊まらせてもらったのだと、彼は言った。
それを聞いて、僕はとりあえず掴んでいたルカの手を放す。
分かってもらえたと喜んだ表情を見せる6歳の少年に、僕は厳しい目を向けた。
ルカが100%良かれと思ってやっているのは分かる。それに、この世界の常識として6歳にもなれば「働かざる者食うべからず」を厳しいレベルで身に染みて理解していると言うのも分かる。
でも、ルカは僕の家族。僕の子供だ。
この世界、ジオニア・カルミナーティの常識がどうあれ、僕は日本人の常識として6歳の子供に「昼間戦わなかったから夜番」なんて絶対に言わないし、言われたくも無い。
子供はたくさん寝て、たくさん笑うものだ。
それはもちろん、りんちゃんだけに向けられる気持じゃない。ルカも、僕の子供なんだ。
最近は子供らしい行動も増えてきて、いい傾向だと思っていたのに、三つ子の魂百までってやつか、なかなか人は変われないものらしい。
でも、そこはどうしても分かってほしかった。
とくとくと説明する僕から視線を外すように、ルカはずっと目を伏せて話を聞いている。
その間、一度たりとも言い訳も反論もしなかった。
ルカは賢い。頭では僕の言っていることを理解できているだろう。
それでも彼なりの言い分はあるはずだ。
それを僕に言ってもらえないのは、やっぱり僕の愛情が足りてないのだろうと、僕の気持ちはずっしりと重くなった。
これ以上言葉で言っても仕方がない。
僕は小さくため息をついた。
「ルカ。今夜はもう遅いし、今から部屋を用意してもらうのもクリスティアーノに迷惑をかけるから仕方がない……」
「あ、はい!」
ぱっと顔を輝かせて、従者の部屋へちらっと目を向けたルカは、ちょっとだけ勝ち誇ったような表情を見せる。
でも僕はそれ以上に勝ち誇った顔で彼を見た。
「……仕方がないから、今日は僕の部屋で一緒に泊まろう。いいね?」
「はい、ぼくがしっかり見張りま……ええ?」
「ええ? じゃないよ。僕の家族を従者の部屋に寝せるわけには行かない。部屋を用意してもらう訳にもいかない。だったらそれしかないじゃないか」
「え?」とか「でも」とか、なんとか僕の決定を覆そうとしてルカが困っている。
最初は我慢してたっぽいマリアステラが「ぷくすー」と吹き出し、ぎゅっとルカを抱きしめた。
「ルカくん、あっくんと一緒に寝るのが嫌なら私と寝ようか?」
「え? いえ、ダメです!」
「あはは、即答かー」
ふと寂しそうな顔をしたマリアステラを見て、僕は思い出す。
今日は同じ屋根の下にクリスティアーノとエドアルドと言うチート持ちの転移者が2人も居るのだ。
たぶん、チート持ちの男にトラウマを持つ彼女の心中は穏やかではないはずだった。
いろいろありすぎて、すっかり頭から抜けてた。
こんな大事なことを忘れるなんて、僕はやっぱりバカなんだろうか?
両手で自分の頬を張り飛ばし、そんな僕のことをぽかんと見ているルカとマリアステラの手首を握った。
「ほえ?」
「え?」
両方の手で家族の手を引きながら、僕はずんずんと自分の部屋に入る。
前もって火が入っていた暖炉の前に、僕らの家の物より大きくて寝心地の良さそうなソファを引き出して、僕は勝手にそこに寝転がった。
「今日は3人でこの部屋に泊まろう。2人はそこの大きなベッドを使って。議論は無しだ。いいね?」
「ぼくとマリアがですか? そんな……」
小豆色のジャージ姿に着替えたマリアステラを見て、ルカは「あっくんと……いや、マリアが……」と何度も頭をひねっている。
たぶん、ルカがソファに寝ると言いかけて、そうすると僕とマリアステラが1つのベッドに寝ることになると気づいたのだろう。
次に僕とルカが寝ると言いかけ、それでは女性のマリアをソファに追いやることになると思い至って、言葉が出なくなったと言った所か。
「あはは、大丈夫だよー、とって食いやしないからさー」
ベッドにごろんと横になり、マリアステラが布団を開けておいでおいでをする。散々迷った末に結局ルカが折れ、マリアステラと一緒にベッドに入ったのを見届けると、僕はテーブルの上のランタンのシャッターを下ろした。
しばらくして、ルカの規則正しい寝息と、その中に混じった「……かあさん」と言う小さなつぶやきが聞こえる。
暖炉の炎の明かりにぼんやりと映し出された2人へちらりと目を向けると、ルカの小さな体を、マリアステラがぎゅっと抱きしめたのが見えた。
僕は寝返りを打ち、暖炉の方を向いてローブをかき集める。
真冬に毛布なしはちょっと寒いけど、今は心がとても温かい。
僕は満足してローブのフードで顔を覆った。
◇ ◇ ◇ ◇
「起きたまえアクナレート!」
「……やぁクリスティアーノ。……どうしたの?」
思った以上に寝心地の良かったソファの上で、僕は車いすに乗ったクリスティアーノにたたき起こされた。
彼の表情は怒りと失望、そして悲しみに溢れていて、僕は一気に夢の中から現実に引き戻された。
クリスティアーノの車いすは女性執事のファンテ・ボストーネが押していて、その横には、まだ起きたばかりのルカが所在無さげに立っている。
ちらりと横を見たルカの視線を追うと、そこにはベッドの上で布団をかぶって、わずかに見える隙間から小さく手を振るマリアステラの姿があった。
「あ! 違うよ?!」
クリスティアーノの怒りと悲しみの原因に思い至って、僕は慌てて立ち上がる。
たぶん数個のチートを一度につかった反動で満足に動くこともできないはずのクリスティアーノは、わなわなと手を震わせ、それでも「言い訳は聞いてやろう」と歯を食いしばった。
彼が紳士で本当に良かった。それ以上に彼が今満足に動けない状態で、本当に……本当に良かった。
僕はマリアステラのトラウマの部分は隠して、ルカの部屋が手違いで従者の間になってしまった事、夜遅いので僕の部屋で一緒に寝る様にした事、その時恥ずかしがったルカのために、一緒に眠ってくれるようにマリアステラにお願いした事。
そして何より、僕は1人でソファに眠っており、マリアステラには指一本触れていないことを何度も説明した。
「……私はねアクナレート、君を信用している。しかし、妙齢の女性を部屋に連れ込むと言うのはいかがなものかと思うがね」
「あはは、私とあっくんは家族だもん。一緒の部屋で寝るくらいなんでも無いよー」
マリアステラは少し自嘲気味な笑顔でそう言うと、布団の中でメニューを開き、いつものマリアステラの姿に着替えた。
布団をばっと剥がして、彼女はベッドから降りる。
その姿をまぶしそうに目を細めて眺め、クリスティアーノは困った顔をした。
「……しかしだね、女神マリアステラ……」
「クリスティアーノくんは私がそんなふしだらな女だと思ってるのかなー?」
「いや、まさか! しかし女神マリアステラ、あなたほどの美しい女性と同室になって、変な気を起こさないと言い切れる男など居ないのだ」
「あっくんだけは言い切れるんだよー」
言い放って、マリアステラはルカの頭をなでる。
確かに昨日の夜は全くそんな気は起きなかったけど、その前に一緒に夜を明かした時には、少しだけドキドキしたことを思い出し、僕はちょっとだけ心にダメージを受けた。
家族なんだ、絶対にそんな変な気持になんかなっちゃだめだ。マリアステラの言うとおりだ。
「クリスティアーノ、マリアの言うとおりだよ。僕は君との友情に誓う」
「そ、そうか。うん……信じよう」
僕が強く誓うと、クリスティアーノは分かってくれたようだった。
そんな僕を見て、マリアステラは半笑いでため息をつく。
「はは……じゃ、お腹すいたから……ごはん……食べよー」
本当にお腹がすいてるんだろう。力なくルカと連れ立って歩くマリアステラにいつもの元気は無かった。
僕はファンテ・ボストーネに替わってクリスティアーノの車いすを押し、皆も集まりつつある食堂へと向かうのだった。
城塞都市ポルデローネのクリスティアーノ邸でのことだった。
ルカが手配してくれた伝書鳩のおかげで状況と、皆が無事であることは事前に知っていたので、僕は少し余裕をもって庭で馬車を出迎える。
僕が大きく手を振っていると、まだ3メートル以上の高さのある馬車からりんちゃんが僕の胸に飛び込んできた。
あわててなんとか受け止め、危ない事をしちゃいけないと叱ろうとした僕が見ている前で、大輪の花が咲いたようなりんちゃんの笑顔は瞬く間に曇る。
「ふぇ……」
ぶるっと大きく体を震わせたりんちゃんは、ぼろぼろと大粒の涙を流す。
「ふぇぇ……うあああ~~ん! あああ~~ん!」
今まで聞いたことも無いような大声で、りんちゃんは僕の胸に顔をうずめて泣きじゃくり始めた。
まだ叱ってもいないのに、どうしてこうなったのか。
僕は驚いて、りんちゃんを抱っこしたまま馬車に乗っている仲間たちを確認した。
庭に降りた馬車からエドアルドが飛び出す。
ついでルカが、そしてルーチェとマリアステラが姿を現した。
良かった。とりあえず誰かが大怪我をしたとかそういう事ではないらしい。
いや、ルカの手紙通り、マリアステラはひどい怪我をしたようだけど、ルーチェの治癒魔法でほとんど問題ないところまで回復している。
僕はほっとして、まだ泣き続けているりんちゃんの背中をゆっくりぽんぽんと叩きながら、りんちゃんが落ち着くのを待った。
僕のローブを両手でしっかりと掴み、顔を押し付けてりんちゃんは泣きじゃくる。
今までりんちゃんがこんなに泣いたことは無かったし、さっきまではいつも通りの笑顔を見せていた。僕の胸に飛び込んでから一気に泣き出したのは、それまでじっと我慢していたのだと気づくと、僕は何だかうれしくなって、じんわりと涙が頬を伝うのを止められなかった。
「あはは……どうしてあっくんまで泣いてるのよー」
治療は終わったとは言え、まだあちこち痛そうなマリアステラが、笑いながら僕の背中にこつんと頭を乗せる。
その背中にルカが背伸びをしてショールを掛け、到着を告げるためにクリスティアーノの家の奥へと、ファンテと2人で歩いて行った。
少しずつ、りんちゃんの泣き声が嗚咽に変わり、それも震える様に息を吸う音で途切れがちになる。
落ち着いたのかな? と、りんちゃんの顔を確認すると、彼女はいつの間にか僕のローブを握る自分の親指をしゃぶりながら、時折体を震わせて眠っていた。
「……りんちゃん寝ちゃった」
「あぁん? んなの当たり前だろうが。りんは俺様と同じくらいの数アリ野郎をブッ殺したからな。ガキにはキツかっただろうよ。……流石の俺様も少し疲れたから休むぜ。ルーチェ、俺様の部屋に案内しろ」
「なんで私に言うんですか。クリスティアーノ様の家の使用人に聞いてください」
相変わらず取りつく島も無いルーチェと、全くめげないエドアルドは、部屋の奥から現れたファンテに連れられてクリスティアーノの用意してくれた客室へとそれぞれ案内されてゆく。
残された僕らもルカに案内されて、この世界の貴族の部屋として申し分なく豪華な、それでいて和のテイストがちりばめられた個室へと向かった。
大きなベッドに寝かせようとするけど、りんちゃんはなかなか僕のローブを離そうとしない。
その小さな手をそっと抱きしめて外し、チコラは僕らに手を振った。
「あっくんの部屋はこちらで、マリアの部屋はこっちだそうです。ぼくはその間の部屋に居ますので、何かあれば声をかけてください」
部屋は客間と前室、そして従者の部屋と言う組み合わせになっている。
ルカはその従者の部屋に泊まると言うので、僕はちょっと驚いて立ち去りかけるルカの手を引きとめた。
「それはクリスティアーノが決めたの? ……僕の家族を、ルカを従者の部屋に泊めるって?」
「あ、いいえ」
あわててルカは首を振る。
今日はみんな眷属と戦い、自分だけが何もしていないので、せめて夜の見張りくらいは役に立ちたいと思い、自分からお願いしてここに泊まらせてもらったのだと、彼は言った。
それを聞いて、僕はとりあえず掴んでいたルカの手を放す。
分かってもらえたと喜んだ表情を見せる6歳の少年に、僕は厳しい目を向けた。
ルカが100%良かれと思ってやっているのは分かる。それに、この世界の常識として6歳にもなれば「働かざる者食うべからず」を厳しいレベルで身に染みて理解していると言うのも分かる。
でも、ルカは僕の家族。僕の子供だ。
この世界、ジオニア・カルミナーティの常識がどうあれ、僕は日本人の常識として6歳の子供に「昼間戦わなかったから夜番」なんて絶対に言わないし、言われたくも無い。
子供はたくさん寝て、たくさん笑うものだ。
それはもちろん、りんちゃんだけに向けられる気持じゃない。ルカも、僕の子供なんだ。
最近は子供らしい行動も増えてきて、いい傾向だと思っていたのに、三つ子の魂百までってやつか、なかなか人は変われないものらしい。
でも、そこはどうしても分かってほしかった。
とくとくと説明する僕から視線を外すように、ルカはずっと目を伏せて話を聞いている。
その間、一度たりとも言い訳も反論もしなかった。
ルカは賢い。頭では僕の言っていることを理解できているだろう。
それでも彼なりの言い分はあるはずだ。
それを僕に言ってもらえないのは、やっぱり僕の愛情が足りてないのだろうと、僕の気持ちはずっしりと重くなった。
これ以上言葉で言っても仕方がない。
僕は小さくため息をついた。
「ルカ。今夜はもう遅いし、今から部屋を用意してもらうのもクリスティアーノに迷惑をかけるから仕方がない……」
「あ、はい!」
ぱっと顔を輝かせて、従者の部屋へちらっと目を向けたルカは、ちょっとだけ勝ち誇ったような表情を見せる。
でも僕はそれ以上に勝ち誇った顔で彼を見た。
「……仕方がないから、今日は僕の部屋で一緒に泊まろう。いいね?」
「はい、ぼくがしっかり見張りま……ええ?」
「ええ? じゃないよ。僕の家族を従者の部屋に寝せるわけには行かない。部屋を用意してもらう訳にもいかない。だったらそれしかないじゃないか」
「え?」とか「でも」とか、なんとか僕の決定を覆そうとしてルカが困っている。
最初は我慢してたっぽいマリアステラが「ぷくすー」と吹き出し、ぎゅっとルカを抱きしめた。
「ルカくん、あっくんと一緒に寝るのが嫌なら私と寝ようか?」
「え? いえ、ダメです!」
「あはは、即答かー」
ふと寂しそうな顔をしたマリアステラを見て、僕は思い出す。
今日は同じ屋根の下にクリスティアーノとエドアルドと言うチート持ちの転移者が2人も居るのだ。
たぶん、チート持ちの男にトラウマを持つ彼女の心中は穏やかではないはずだった。
いろいろありすぎて、すっかり頭から抜けてた。
こんな大事なことを忘れるなんて、僕はやっぱりバカなんだろうか?
両手で自分の頬を張り飛ばし、そんな僕のことをぽかんと見ているルカとマリアステラの手首を握った。
「ほえ?」
「え?」
両方の手で家族の手を引きながら、僕はずんずんと自分の部屋に入る。
前もって火が入っていた暖炉の前に、僕らの家の物より大きくて寝心地の良さそうなソファを引き出して、僕は勝手にそこに寝転がった。
「今日は3人でこの部屋に泊まろう。2人はそこの大きなベッドを使って。議論は無しだ。いいね?」
「ぼくとマリアがですか? そんな……」
小豆色のジャージ姿に着替えたマリアステラを見て、ルカは「あっくんと……いや、マリアが……」と何度も頭をひねっている。
たぶん、ルカがソファに寝ると言いかけて、そうすると僕とマリアステラが1つのベッドに寝ることになると気づいたのだろう。
次に僕とルカが寝ると言いかけ、それでは女性のマリアをソファに追いやることになると思い至って、言葉が出なくなったと言った所か。
「あはは、大丈夫だよー、とって食いやしないからさー」
ベッドにごろんと横になり、マリアステラが布団を開けておいでおいでをする。散々迷った末に結局ルカが折れ、マリアステラと一緒にベッドに入ったのを見届けると、僕はテーブルの上のランタンのシャッターを下ろした。
しばらくして、ルカの規則正しい寝息と、その中に混じった「……かあさん」と言う小さなつぶやきが聞こえる。
暖炉の炎の明かりにぼんやりと映し出された2人へちらりと目を向けると、ルカの小さな体を、マリアステラがぎゅっと抱きしめたのが見えた。
僕は寝返りを打ち、暖炉の方を向いてローブをかき集める。
真冬に毛布なしはちょっと寒いけど、今は心がとても温かい。
僕は満足してローブのフードで顔を覆った。
◇ ◇ ◇ ◇
「起きたまえアクナレート!」
「……やぁクリスティアーノ。……どうしたの?」
思った以上に寝心地の良かったソファの上で、僕は車いすに乗ったクリスティアーノにたたき起こされた。
彼の表情は怒りと失望、そして悲しみに溢れていて、僕は一気に夢の中から現実に引き戻された。
クリスティアーノの車いすは女性執事のファンテ・ボストーネが押していて、その横には、まだ起きたばかりのルカが所在無さげに立っている。
ちらりと横を見たルカの視線を追うと、そこにはベッドの上で布団をかぶって、わずかに見える隙間から小さく手を振るマリアステラの姿があった。
「あ! 違うよ?!」
クリスティアーノの怒りと悲しみの原因に思い至って、僕は慌てて立ち上がる。
たぶん数個のチートを一度につかった反動で満足に動くこともできないはずのクリスティアーノは、わなわなと手を震わせ、それでも「言い訳は聞いてやろう」と歯を食いしばった。
彼が紳士で本当に良かった。それ以上に彼が今満足に動けない状態で、本当に……本当に良かった。
僕はマリアステラのトラウマの部分は隠して、ルカの部屋が手違いで従者の間になってしまった事、夜遅いので僕の部屋で一緒に寝る様にした事、その時恥ずかしがったルカのために、一緒に眠ってくれるようにマリアステラにお願いした事。
そして何より、僕は1人でソファに眠っており、マリアステラには指一本触れていないことを何度も説明した。
「……私はねアクナレート、君を信用している。しかし、妙齢の女性を部屋に連れ込むと言うのはいかがなものかと思うがね」
「あはは、私とあっくんは家族だもん。一緒の部屋で寝るくらいなんでも無いよー」
マリアステラは少し自嘲気味な笑顔でそう言うと、布団の中でメニューを開き、いつものマリアステラの姿に着替えた。
布団をばっと剥がして、彼女はベッドから降りる。
その姿をまぶしそうに目を細めて眺め、クリスティアーノは困った顔をした。
「……しかしだね、女神マリアステラ……」
「クリスティアーノくんは私がそんなふしだらな女だと思ってるのかなー?」
「いや、まさか! しかし女神マリアステラ、あなたほどの美しい女性と同室になって、変な気を起こさないと言い切れる男など居ないのだ」
「あっくんだけは言い切れるんだよー」
言い放って、マリアステラはルカの頭をなでる。
確かに昨日の夜は全くそんな気は起きなかったけど、その前に一緒に夜を明かした時には、少しだけドキドキしたことを思い出し、僕はちょっとだけ心にダメージを受けた。
家族なんだ、絶対にそんな変な気持になんかなっちゃだめだ。マリアステラの言うとおりだ。
「クリスティアーノ、マリアの言うとおりだよ。僕は君との友情に誓う」
「そ、そうか。うん……信じよう」
僕が強く誓うと、クリスティアーノは分かってくれたようだった。
そんな僕を見て、マリアステラは半笑いでため息をつく。
「はは……じゃ、お腹すいたから……ごはん……食べよー」
本当にお腹がすいてるんだろう。力なくルカと連れ立って歩くマリアステラにいつもの元気は無かった。
僕はファンテ・ボストーネに替わってクリスティアーノの車いすを押し、皆も集まりつつある食堂へと向かうのだった。
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