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第三章:神に恩を売るための冒険をしてみる

第23話「空中庭園とようじょ」

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「めっ! でしょ~!」

――ゴッ

 何もない空中をダダダッと駆け上がり、その頂上から美しい弧を描いて空中で半回転したりんちゃん……じゃなかった、ヒール・ブレイズの拳が、回転の勢いそのままにグリュプスの頭部に落ちる。
 たぶん今までに体験したことのない衝撃を受けたのだろう、グリュプスは白目をむいて一瞬気を失ったかのように宙を漂い、数秒の後、身を震わせると何とか体勢を立て直した。

 上半身は黄金の鷲、下半身はライオンと言う、翼を含めれば馬車よりも大きなキメラは、怒気をみなぎらせて翼を開き、ブレイズの上空まで矢のように上昇する。
 それは鋭い鳴き声を上げるや否や、ブレイズよろしく空中で体をひねり、彼女に向かって急襲を仕掛けた。

 触れただけでも体が千切れ飛びそうな勢いの嘴を、ブレイズは跳び箱のように頭に手をついて両足を大きく開くとぴょんと飛び越す。

「ん~しょぉ!」

 空中で急制動をかけようとしたグリュプスの背中に、くるんと縦に回ったブレイズのかかとが襲い掛かった。
 めきっと言う嫌な音とともにかかとは背中にめり込み、そのままかかとを軸にして左足が側頭部を襲う。

「よっ……いっ……しょ~っと!」

 空中を蹴り、トントンと空に飛びあがったりんちゃんは、両膝をそろえてぐぐっと顎の下まで引き、そのまま真っ直ぐ体を伸ばして矢のように襲い掛かる。
 そこまでの間、グリュプスは反撃の一つもできない。まさしく、息つく間もない連撃だった。

 ……それは「ぎょえ」だったろうか「ぎゅぺ」だったろうか。
 どこか滑稽にも聞こえる叫び声をあげ、ライオンの体を持つグリュプスは猫族特有のを弓なりに反らせて僕らの目の前、びしょびしょに濡れた花園の中に、轟音と共に突き刺さる。
 その背中から立ち上がったヒール・ブレイズことりんちゃんは、両足をそろえてぴょんと地面に降り立つと、ほこりを払うように両手をぽんぽんと打ち合わせた。

「はい、ちゃんと『ごめんね』ってしてね。そしたらあっくんたちは『いいよ~』って許してあげるの! そしたらもうみんな仲良しなのです!」

 にっこりと、何の悪意もなく、キメラを素手で打ち倒したりんちゃ……ブレイズは、大輪の花が咲き乱れたかのような笑顔でそう言った。


  ◇  ◇  ◇  ◇


「……ねぇチコラ、ほんとに大丈夫?」

「大丈夫やっちゅうねん。精霊界の頂点たるワイが保証したる」

 情けないことに、足をすくませた僕はその場から一歩も動けずにいた。
 黄金色の鷲とライオンのキメラ、グリュプスがまるで太古の彫像のように鎮座するそのすぐ後ろに、僕らの貧相な幌馬車がある。
 馬車にはなぜか馬がいて、本来馬につながれるはずの長い棒は、真っ直ぐグリュプスの腰に取り付けられていた。

「あっくん! はやく~!」

「せや! はよせんと置いて行ってまうで!」

 既に馬と一緒に馬車に乗り込んでいたりんちゃんとチコラが僕たちを手招く。
 それでも僕は不安げにグリュプスを見るばかりで足を踏み出すことはできなかった。

 ここで一応断っておきたいんだけど、僕が特別に憶病なわけじゃない。
 その証拠にオルコもポーター二人も、グリュプスとの間に僕を挟むようにして、後ろに隠れているのだ。
 渡り切れる保証もない谷へと向かう馬車へと、迷いなく乗り込んでいった勇敢な人たちが、だ。
 これを見れば僕が憶病なわけじゃなく、チコラとりんちゃんが怖いもの知らずなだけだと理解できるだろう。

「ほれ、あっくんが乗らんかったらオルコたちも乗り込めんやろ。ぎゅうぎゅうなんや。詰めなあかんのやで」

「え? 僕待ち?」

 あわてて振り返った僕へ、オルコが頷く。
 聞いてみれば、彼らはただぎゅうぎゅうになる馬車の中、僕がりんちゃんの隣に座りたいだろうと気をまわして待っていてくれただけのようだった。

 なぜか裏切られたような気持になった僕は、意を決してそろそろと馬車へ近づく。
 へりに手をかけて馬車に上ろうとしたタイミングで、グリュプスが「けぇぇ!」と一言鳴いて僕をびっくりさせたけど、りんちゃんに「めっ」とされると、澄ました顔でおとなしくなった。

 もしかしたら、死神の鎌デスサイズで足に怪我をさせた僕をちょっと恨んでいるのかもしれない。
 それは分からないでもないけど、パンチとキックでコテンパンにしたりんちゃんには、まるでペットの猫のように懐いているのに、その対応の差はなんなんだろう。
 良く犬や猫は家庭内での序列を決めると言うけれど、もしかすると僕は下の方に序列されてしまったのかもしれない。
 これは早いうちにその認識を改めさせる必要があるな、と僕は思った。

 ……実際どうすればいいのかは全く思いつかなかったけど。

 最後のポーターが馬車に乗り込み、チコラがりんちゃんにグッと親指を立ててみせる。
 りんちゃんはにぱっと笑って大きく息を吸うと、「しゅっぱ~つ! しんこ~!」と右手を伸ばした。

 その声に反応して、グリュプスの翼が広げられる。
 翼からキラキラと周囲に漂った黄金色こがねいろの粒子が、まるでチコラが馬車を運んでいた時のピラミッドのように馬車を支えて、その羽ばたきに引き上げられるようにきしみもせず空へ浮かび上がった。

「おお!」

「ぐりりんすご~い!」

「ほんま、ワイの飛翔能力と同じくらいすごいな!」

「……え? ぐりりん? ……ってなに?」

「ごーごー! ぐりりん!」

「くけぇぇぇ!!」

 僕の素朴な疑問は無視され、グリュプス――たぶんぐりりんと言う名前の――に曳かれた馬車は螺旋らせんを描くように旋回しながらぐんぐん上昇する。
 あっという間に霧の海を突き抜けた馬車は、さんさんと照りつける太陽を反射する白亜の宮殿に向かって一直線に飛び始めた。

 水晶に映し出された地図の位置からすれば間違いない。
 美しく手入れされているように見える、花と緑に囲まれた広大な庭園とその中央にそびえる宮殿。

 古代語で「竜の巣」と言う意味を持つ空中庭園、ディオ・ドラーゴへと。


  ◇  ◇  ◇  ◇


 真っ白な雲海に浮かぶ常緑の島。

 中央に白亜の宮殿を備え、周囲には清浄な小川が流れている。

 適度に起伏のある庭園に敷き詰められた大理石の踏み石が、フラクタル図形のような美しい歩道を描いていた。

 この島の中で唯一の直線である中央の広い道へとグリュプスは馬車を下ろす。

 薔薇ばらのゲートをくぐって宮殿へと向かう僕たちは、その馬車の貧相さだけでなく、自分自身がこの場にふさわしくない矮小な存在であるかのような小さな罪悪感を感じた。

「え……ええんかこれ? いきなり真ん中から入ってまうで」

「うん……でも馬車はここからしか……あ、歩いて入った方がいいかな?」

「アクナレート、少なくとも武器は下ろした方が良くはないか?」

「あ、そか。うん武器は外して……あ、でも敵が居るかも……ああ、オルコ、罠とかない? 大丈夫?」

「ここに?」

「そ……そうだよね。あぁ、どうしよう」

 水晶に表示されていた「遺跡」と言う言葉から想像していたのとは全く違う空中庭園の姿に、僕らは――特に僕は混乱していた。
 綺麗に手入れされた庭園、枯葉一つ落ちていない道。
 生活感と言うようなものは感じられないけど、誰かが手間暇を惜しまずにここを管理していることは明らかだ。
 廃墟を調査するようなつもりでずかずかと入り込んできた僕たちは、まるで神様の住居に不法侵入する盗賊みたいだった。

 そうこうしているうちに、グリュプスは馬車を車止めに横付けする。
 顔を見合わせて躊躇している僕たちの中、一人そわそわしだしたりんちゃんが両手を僕に伸ばして、「だっこ」と馬車から下ろすように促した。

 まぁここでずっとこうしていたって何にもならない。
 僕は縁を飛び越えて大理石の踏み石に着地すると、りんちゃんを抱っこして横に下ろした。

 ここまで僅か10分ほど。
 馬車で半日、徒歩では丸一日以上かかると予想された道のりをグリュプスの翼では僅か10分。
 つまりは、まだ午前の早い時間だ。

 神様の流儀がどういうものだか知らないけど、少なくともこの世界「ジオリア・カルミナーティ」の貴族の常識で言えば、この時間帯の訪問は失礼にあたるはずだった。
 まぁ日の出とともに祈りをささげられる神様なのだから、問題ないのかもしれないけど。

 考えを巡らせる僕らの前で、宮殿の大きな扉が軋むこともなくゆっくりと、まるで僕らを招き入れるように開かれた。

「……入れってことやんな」

「……うん、そうだろうね」

 もうこうなったら行くしかない。なるようになる。
 呼吸を整えて気持ちを落ち着かせようとした僕の手に、小さくて暖かい手が重ねられた。

「あっくん! こっち!」

 りんちゃんは楽しそうに僕の手を引き、扉へと走りだす。
 バランスをくずして、転びそうになりながら、僕は総大理石の階段を駆け上がり、今や大きく開かれた扉の中へと駆け込むことになったのだった。
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