鹿翅島‐しかばねじま‐

寝る犬

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伴場 理太郎(はんば りたろう)の場合(◇ヒューマンドラマ◇コメディ◇ホラー)

伴場 理太郎(はんば りたろう)の場合(2/2)

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「まいごの、まいごの、こねこたんー♪ あなたのおうちは、どこですかー♪」

 歩きながら、心優みゆちゃんは機嫌良さそうに歌を歌う。
 両親がゾンビになってしまったと言うのに、こんなに平然としていられるものなんだろうか?
 それとも、人って言うのはどうしようもない悲しみに出会うとリミッターみたいなものがかかってしまうのだろうか?

「おうちーをきいても、。なまえーをきいても、ー♪」

 少ししんみりしながら心優みゆちゃんの歌を聞いていた僕は、不意を突かれて思わず噴き出した。

「にゃんにゃんにゃにゃーん♪ にゃんにゃんにゃにゃーん♪ なーいてばるーこねこたんー♪」

 そんな僕を気にした素振りも無く、心優みゆちゃんの歌は絶好調だ。
 サビの部分に入り、僕とつないだ手はぶんぶんと大きく振り回される。

「いっぬっのー、♪ こまってしまってわんわんわわーん♪ わんわんわわーん♪」

 ついに、僕の腹筋は崩壊した。

 ずるい、おさわりマンはずるすぎる。
 犬よりも僕の方が困ってしまう。

「ヴぁははヴぉふぁ」

 のどの調子が悪くてうまく笑えてないけど、僕は呼吸困難になるほど爆笑する。
 急にお腹を抱えてしゃがみ込んだ僕を心配して、心優みゆちゃんは顔を覗き込んだ。
 ほんと可愛い。なんだこの可愛らしい生き物は。

「おにいちゃん、ぽんぽんいたい?」

「ヴぁ……ヴぁいジょうヴ」(だ……大丈夫)

 呼吸を整えて、緩みまくる頬を引き締め、僕らは歩く。
 住宅街に近い、昔からある喫茶店が開いているようだったので、とりあえず僕らは「カランカラン」とドアベルを鳴らして店に入った。

「ずぅヴぃヴぁァぁぜぇぇん」(すみませーん)

「はーい、なんですか? 今はちょっと……ひっ?!」

「なニガ……だヴぇるヴぉのォ、ヴだズぁぁヴぉねがヴぁぁいじヴぁァァず」(なにか食べるものを2つ、お願いします)

心優みゆはタコさんソーセージのすぱげっちがいいです!」

「ヴぁドォ、ごぉォヴィーもぉぉ」(あとコーヒーも)

 店の人らしきおばさんは返事もせずに奥へと走ってゆく。
 愛想のない店員だなぁ。
 とりあえず僕らは、店の端っこにあったテーブルゲームの席に座って、一息ついた。

 外はゾンビだらけだ。警察もゾンビになってたし、救援は難しいだろう。
 たぶん鹿翅島しかばねじまはもうヤバそうだし、アパートを引き払って本島の方にでも脱出しないと。

 まぁそれはいい。僕はどうせ親とも絶縁してる気楽な独り身だ。
 ただ問題は心優みゆちゃんだ。
 身寄りもなさそうだし、本島に行ってもたぶん施設とかに入ることになるんだろうなぁ。
 僕が引き取るってのも考えたけど、たぶんそんな簡単に許可も出ないだろうし。
 それに、子供を育てたことも無い僕に彼女をきちんと育てられるとも思えない。

 ……いやいや、何を考えてるんだ。
 犬や猫じゃないんだ。いや、犬や猫だってそうだ。命なんだ。
 そんな簡単な気持ちで、家族になろうとか考えちゃいけない。

 僕がそんな物思いにふけっていると、写真付きのメニューを一生懸命見ていた心優みゆちゃんが、なんだかもじもじしているのに気付いた。

「ヴぉおシヴぁァァのぉ?」(どうしたの?)

 そう聞いても、彼女はまだもじもじしている。
 何か食べたいものがあったのかな?
 僕がもう一度促すと、彼女はおずおずとメニューの写真を指さした。

心優みゆ食べたいの」

 彼女の指は「ナタデココ」を指さしていた。
 僕はまた頬が緩むのを感じ、ご飯を食べ終わったら注文しようと約束する。

「やったー!」

 足をぶらぶらさせながら両手をあげて喜ぶ心優みゆちゃんと僕の前に、ウィンナーの乗ったナポリタンと……ローストビーフ? 生肉? の山が恐る恐る置かれた。
 喫茶店のおばさんは、引きつった笑顔で僕から離れる。
 確かに「何か食べるもの」なんて曖昧な注文をしたのも悪かったけど、それはこの島がゾンビだらけになっている状況だから、何か出来る料理をお願いしただけであって、食材をくださいと言う意味で言ったわけでは無いんだけど。
 さらにその横にコーヒーをコトリと置くと、おばさんは全速力で店の奥へと走って行った。

「いたーだきます!」

 心優みゆちゃんは元気よく挨拶すると、ナポリタンを食べ始める。
 仕方なく僕はコーヒーをすすって、試しにその肉の山から一切れ取り上げ、口に入れてみた。

 ……思ったより悪くない。
 って言うか、朝に食べたソーセージと白米より全然うまい。

 2~3切れ口に入れて、でもさすがに胸やけがした僕はフォークを置いた。

「おにいちゃんも、すぱげっち食べる?」

 言うより先に、上手にくるくると巻いたナポリタンを僕の方へ向ける。
 真剣な表情でナポリタンが落ちないようにバランスを取りながら「あ~ん」と言う心優みゆちゃんに、僕はまた少しニヤニヤしながら「ヴぁぁァ」(あ~ん)と、大きく口を開けた。

――ガン!

 その瞬間、目の前に火花が散る。
 一瞬意識が飛び、テーブルに突っ伏しそうになった僕は、それでもなんとか意識を保ち、頭をあげた。

 目の前に見えるのは、フォークを持った手に、怪我をした心優みゆちゃんの顔。
 衝撃のあった後頭部の方へ目を向けると、そこにはフライパンを持ったおっさんと、包丁を持ったおばさんが居た。

 僕の頭を思いっきりぶん殴ったらしいおっさんは、振り向いた僕を見て驚いた顔をしている。
 おばさんが僕の胸を包丁で突き、「おじょうちゃん! 早くこっちへお逃げ!」と心優みゆちゃんに手を伸ばすのが見えた。

 自分の胸から包丁が生えている映像を見ながら、僕は頭が混乱する。

 なんだ?
 なんで?
 なに?

 しかしその混乱も、心優みゆちゃんがむりやりおばさんたちに連れ去られそうになり「やー! おにいちゃん! たすけて!」と叫ぶまでの事だった。

 生まれてから20数年、ここまで怒ったことは無いと言うほどの怒りが心に渦巻く。

「ヴぁああぁァァ!!!」

 なんだかわからない雄叫びをあげ、僕は自分でも驚くほどの力でおばさんたちを吹き飛ばした。




 それからどれくらい経ったのだろう。
 僕らは手をつないで僕の家へと向かっている。

 周囲はメガネをかけていても何も見えないほど真っ暗になっていて、僕ははぐれないように心優みゆちゃんの手をしっかりと握った。
 ぎゅっと握り返す彼女の手の感触に安心して、僕らはゆっくりと歩く。

 なぜだか知らないけれど、目が見えない分、匂いや音に敏感になった気がした。
 心優みゆちゃんの足音も、ミルクのような彼女の香りもハッキリと分かり、僕はそのことに安心を覚えていた。

「……ヴぁァァあぁぁ……」(心優みゆちゃん、もうすぐだよ)

「ヴぁあァァあぁぁ」(うん! おにいちゃん!)

 可愛らしい心優みゆちゃんの返事に、僕は満足して頬を緩ませる。いや、今はもう頬がないんだった。さっき思わず食べてしまったのだ。
 まぁそんな些細なことはどうでも良い。

 僕らはよりそって生きよう。
 僕は心にそう決めた。

 真っ暗な道を歩く僕たち。
 心優みゆちゃんの歌が、太陽の光のようにそこを照らした。

「ヴぁああぁぁぁぁアァぁぁ……」(まいごの、まいごの……♪)


――伴場 理太郎(はんば りたろう)の場合(完)
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