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14 結婚式1
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幼い頃は、エステルも自分の花嫁姿を夢に見たことがある。
絵本に出てくるような素敵な王子様が現れて、お互いに大好きになり、素敵な結婚式を挙げてそれからは幸せに暮らしました。めでたし、めでたし……というものだ。
もう少し大きくなってからは、自分はリスラッキ家の一人娘としていずれ、両親の眼鏡に叶う婿を取って家を守るのだと、現実が見えて来た。
そして全てが崩れ落ちてしまった二年前からは、未来にだいそれた夢も見ることはなく、ただ少しでもマシな希望を持てますようにとひたすら神に祈るだけだったのだが……。
――アルベルトの結婚式については、呪いをいち早く解くべく、既に入念な準備がなされていたようだ。
エステルが案内された衣裳部屋には、様々な体形に合わせた白の婚礼衣装が何十着と用意されており、その中でドレスを選ぶやいな、控えていた針子がすぐさま微調整を行う。
アルベルトの運命の相手が見つかったら、即座に結婚式を挙げるという御触れは聞いていたが、まさか本当にここまですぐ挙式になるとは思っていなかった。
一秒でも惜しいとばかりに動き回る針子の間に、髪結いや化粧師が寄ってきてエステルの身支度を完成させていく。
それでも国王やアルベルトが気を遣ってくれたのか、皆はできる限り、エステルの意向を尊重しようとしてくれた。
「髪型はこの二種類から選ぶのが宜しいと思うのですが、どちらがお好みでしょうか?」と、髪結いはカタログの画を見せてくれるし、化粧師も口紅や目元を彩る化粧の色の好みなども聞いてくれる。
夫婦になる事が呪いを解く条件なら、いっそ結婚式など極限まで簡略化する手もあるだろう。
たとえば、アルベルトとエステルで教会に駆け込んで、司祭に大急ぎで結婚の誓いの進行をしてもらえば、おそらくはものの十分で済む。
しかし先ほどの会話から、どうもアルベルトはエステルを本格的な王太子妃に鍛え上げるつもりのようだ。
それに、ロヴァエミニ王国では昔から催しごとを大事にする。
お祭り好きな国民気質というのか、楽しそうならば諸外国の宗教から発生したお祭りもどんどん取り入れ、季節の催しから誕生祝いに結婚式まで、どの催しも全力で楽しむのが常だ。
そんな状況で、国の王太子の結婚式をぞんざいにするわけにはいくまいとはいえ、気遣ってもらえたのは純粋に嬉しい。
今や王宮内は結婚式の準備で、上へ下への大騒ぎのようだ。
「飾りつけの花が届きました!」
「大変! 大司教様がここに来る途中でギックリ腰になってしまわれて!」
「早く医療魔法士をお連れしろ! 何としても式を進行して頂かなくては!」
「宴会用の食材が足りないそうです!」
「できる物から作り始めろ! 後は俺が近くの農村まで直接買い付けにいってくる!」
……そんな会話が切れ切れに部屋の外から聞こえてくる。
衣装合わせの途中で短い休憩と簡単な昼食をとり、夕陽が沈みかける頃にエステルはようやく身支度を終えて部屋を出た。
「――こちらです」
先導してくれる侍女に従い、エステルは王宮内の式堂に続く回廊を歩きだす。
最上級の緞子でしつらえられた花嫁衣裳が、エステルの歩みに合わせて揺れ、回廊に差し込む光を反射する。
首元に飾られたダイヤのネックレスも、これ一つで城が買えるのではと思うような豪華さだ。
(き、緊張するわ……)
控室で衣装を手直しする間に、結婚式の流れについては一通りの説明を受けた。
本日の急な結婚式には、可能な限りの招待客が参列するそうだ。
可能な限りといっても、今朝から既に御触れが回っているそうで、王都に滞在中の貴族は殆どが参加すると聞いている。
エステルも一通りの淑女教育は習っており、公の場での立ち居振る舞いもそう悪くはないと思う。
だが、急に大勢の前で王太子と結婚式をするなんて重役をこなさなければいけないのだ。緊張するなという方が無理だろう。
「そう硬くならなくても大丈夫ですよ。殿下が上手くエスコートしてくださいますでしょうし、エステル様は式堂で誓いの言葉を述べるだけで良いのですから」
エステルの強張った顔を見兼ねたのか、先導していた侍女が足を止めて振り返り、柔らかな微笑を浮かべた。
王宮の侍女だけあって、彼女も貴族の令嬢なのだろう。
立ち居振る舞いも言葉遣いも、普通のメイドとはくらべものにならないほど上品ではあるが、親切心が滲み出ているような雰囲気はリスラッキ家のメイドのサリーを思い起こさせる。
「そ、そうですね。ありがとうございます……ええと……」
「アウラと申します。そして、エステル様は王太子妃になられるのですから、侍女へ過分に丁重なお言葉遣いは不要でございますわ。どうぞお心に留めてくださいませ」
後半は、声を潜めてアウラはヒソヒソとエステルに忠告してくれた。
なるほど。こういう所も、国王の私室でアルベルトに言われた『王太子妃としての振る舞いが求められる』というところか。
「はい……ではなくて、ええと……ありがとう。貴女のおかげで気が楽になったわ」
ニコリと笑ってエステルは親切な侍女に感謝を表す。
「光栄にございます。それでは参りましょう」
アウラは優雅に腰を折り、また居住まいを正して回廊を歩きだす。
エステルもドキドキと緊張に鳴る胸を精一杯に抑えつつその後を歩き、ついに式堂の前にたどり着いた。
絵本に出てくるような素敵な王子様が現れて、お互いに大好きになり、素敵な結婚式を挙げてそれからは幸せに暮らしました。めでたし、めでたし……というものだ。
もう少し大きくなってからは、自分はリスラッキ家の一人娘としていずれ、両親の眼鏡に叶う婿を取って家を守るのだと、現実が見えて来た。
そして全てが崩れ落ちてしまった二年前からは、未来にだいそれた夢も見ることはなく、ただ少しでもマシな希望を持てますようにとひたすら神に祈るだけだったのだが……。
――アルベルトの結婚式については、呪いをいち早く解くべく、既に入念な準備がなされていたようだ。
エステルが案内された衣裳部屋には、様々な体形に合わせた白の婚礼衣装が何十着と用意されており、その中でドレスを選ぶやいな、控えていた針子がすぐさま微調整を行う。
アルベルトの運命の相手が見つかったら、即座に結婚式を挙げるという御触れは聞いていたが、まさか本当にここまですぐ挙式になるとは思っていなかった。
一秒でも惜しいとばかりに動き回る針子の間に、髪結いや化粧師が寄ってきてエステルの身支度を完成させていく。
それでも国王やアルベルトが気を遣ってくれたのか、皆はできる限り、エステルの意向を尊重しようとしてくれた。
「髪型はこの二種類から選ぶのが宜しいと思うのですが、どちらがお好みでしょうか?」と、髪結いはカタログの画を見せてくれるし、化粧師も口紅や目元を彩る化粧の色の好みなども聞いてくれる。
夫婦になる事が呪いを解く条件なら、いっそ結婚式など極限まで簡略化する手もあるだろう。
たとえば、アルベルトとエステルで教会に駆け込んで、司祭に大急ぎで結婚の誓いの進行をしてもらえば、おそらくはものの十分で済む。
しかし先ほどの会話から、どうもアルベルトはエステルを本格的な王太子妃に鍛え上げるつもりのようだ。
それに、ロヴァエミニ王国では昔から催しごとを大事にする。
お祭り好きな国民気質というのか、楽しそうならば諸外国の宗教から発生したお祭りもどんどん取り入れ、季節の催しから誕生祝いに結婚式まで、どの催しも全力で楽しむのが常だ。
そんな状況で、国の王太子の結婚式をぞんざいにするわけにはいくまいとはいえ、気遣ってもらえたのは純粋に嬉しい。
今や王宮内は結婚式の準備で、上へ下への大騒ぎのようだ。
「飾りつけの花が届きました!」
「大変! 大司教様がここに来る途中でギックリ腰になってしまわれて!」
「早く医療魔法士をお連れしろ! 何としても式を進行して頂かなくては!」
「宴会用の食材が足りないそうです!」
「できる物から作り始めろ! 後は俺が近くの農村まで直接買い付けにいってくる!」
……そんな会話が切れ切れに部屋の外から聞こえてくる。
衣装合わせの途中で短い休憩と簡単な昼食をとり、夕陽が沈みかける頃にエステルはようやく身支度を終えて部屋を出た。
「――こちらです」
先導してくれる侍女に従い、エステルは王宮内の式堂に続く回廊を歩きだす。
最上級の緞子でしつらえられた花嫁衣裳が、エステルの歩みに合わせて揺れ、回廊に差し込む光を反射する。
首元に飾られたダイヤのネックレスも、これ一つで城が買えるのではと思うような豪華さだ。
(き、緊張するわ……)
控室で衣装を手直しする間に、結婚式の流れについては一通りの説明を受けた。
本日の急な結婚式には、可能な限りの招待客が参列するそうだ。
可能な限りといっても、今朝から既に御触れが回っているそうで、王都に滞在中の貴族は殆どが参加すると聞いている。
エステルも一通りの淑女教育は習っており、公の場での立ち居振る舞いもそう悪くはないと思う。
だが、急に大勢の前で王太子と結婚式をするなんて重役をこなさなければいけないのだ。緊張するなという方が無理だろう。
「そう硬くならなくても大丈夫ですよ。殿下が上手くエスコートしてくださいますでしょうし、エステル様は式堂で誓いの言葉を述べるだけで良いのですから」
エステルの強張った顔を見兼ねたのか、先導していた侍女が足を止めて振り返り、柔らかな微笑を浮かべた。
王宮の侍女だけあって、彼女も貴族の令嬢なのだろう。
立ち居振る舞いも言葉遣いも、普通のメイドとはくらべものにならないほど上品ではあるが、親切心が滲み出ているような雰囲気はリスラッキ家のメイドのサリーを思い起こさせる。
「そ、そうですね。ありがとうございます……ええと……」
「アウラと申します。そして、エステル様は王太子妃になられるのですから、侍女へ過分に丁重なお言葉遣いは不要でございますわ。どうぞお心に留めてくださいませ」
後半は、声を潜めてアウラはヒソヒソとエステルに忠告してくれた。
なるほど。こういう所も、国王の私室でアルベルトに言われた『王太子妃としての振る舞いが求められる』というところか。
「はい……ではなくて、ええと……ありがとう。貴女のおかげで気が楽になったわ」
ニコリと笑ってエステルは親切な侍女に感謝を表す。
「光栄にございます。それでは参りましょう」
アウラは優雅に腰を折り、また居住まいを正して回廊を歩きだす。
エステルもドキドキと緊張に鳴る胸を精一杯に抑えつつその後を歩き、ついに式堂の前にたどり着いた。
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