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9 傲慢2

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「知っての通り、私にかけられた魔女の呪いを解くには、定められた相手と結婚するしかない。そして私は……」



 アルベルトは言葉をきり、チラリとエステルの表情を窺った。

 伯爵家に迎えに行った時、さぞ彼女は嬉しそうにこちらを迎えるものだとばかり思っていたが、ずっと表情は緊張で硬く、態度もぎこちなかった。

 嬉しさよりも王族に対する緊張の方が大きいのか、それとも謙虚に見せかけているのか……。

 今も強張った表情でアルベルトを見ている彼女に、きっぱりと告げた。



「私は、この結婚は形だけのもので十分だと思っている」



 思った通り、エステルはそれを聞くと目を見開き、驚きの表情を浮かべた。



「形だけ……?」



「そうだ。私が魔女の望み通り、赤い糸で定められたそなたと結婚さえすれば呪いは解ける。そこに互いの気持ちは関係ない。……それこそ政略結婚と同じように」



 思わずつい、皮肉気に最後の一言を呟いてしまった。

 アルベルトは生まれ育ったこの国を愛している。

 そして呪いに巻き込まれた件はともかくとして、王太子に生まれた事に誇りと自覚を持ち、一生をこの国に捧げる覚悟だ。

 だからこそ、将来の国王として自分の使えるはずだった最高のカード――『政略結婚』を奪われたのは、何とも苛立たしく歯痒い思いだ。

 どのみち己の恋愛感情と無関係の結婚をするのなら、せめて国のために役立つ結婚をしたかった。

 それならばアルベルトとて、伴侶と仲睦まじく添い遂げられるよう、相手を愛するべく努力できたかもしれない。

 だが、魔女の呪いで強制的に決められただけの相手などにそこまでできるとは思えなかった。



「――というわけで、私はそなたを王太子妃に迎えるが、愛するつもりは一切ない」



 やるせない気持ちを振り払うように頭を一振りし、アルベルトはエステルに向けてきっぱりと言い放つ。

 こういうのは最初が肝心だ。

 努力すれば、健気に見せかければ愛されるかもだなんて、無駄な希望を持たせない方がいい。

 こんな冷たい対応をされれば、彼女はさぞ落胆するだろう。

 気の毒だが仕方ない。諦めてもらうしかないのだ……というアルベルトは予想は見事に外れた。

 エステルは驚いたように目を見開いたかと思うと、次の瞬間には落胆どころか心から安堵したように微笑み、粛々と一礼したのだ。



「承知いたしました。いつか殿下の愛する人ができましたら、私は精一杯に陰から応援させて頂きますので、どうぞご安心を!」



「……っ」



 予想外の反応に、間の抜けた声を発するのをかろうじて堪えた。



「そ、そうか……了承してくれるのなら結構だ」



 動揺を悟られぬよう、コホンと咳ばらいをしたその時だった。

 全身を無数の指でなぞられるような不快な感触が走り、次の瞬間アルベルトは子猫の姿になっていた。



「わっ、可愛……っ」



 思わずといった調子で声をあげたエステルが、慌てて口元を手で押さえる。

 そんな彼女を、反射的にアルベルトはジトリと睨んだ。

 先ほどまでガチガチに緊張していた癖に。

 好きでこんなか弱い姿になるわけじゃない。



(頬が緩んでいるのが丸わかりだ!)



 彼女が今の自分を心底から可愛いと思って眺めているのが癪に触り、怒りで毛並みがツンツンに逆立ってしまう。



「ず、頭が高い! どのような姿だろうが、王族には敬意を払うべきであろう!」



 自分でもよくわからないまま、咄嗟にそんな傲慢な台詞を叫んでしまうと、エステルがハッとしたように表情を改めた。



「申し訳ございません!」



 そして彼女は深く腰を折ってお辞儀をしようとしたが、子猫のアルベルトを見て、困ったように首を傾げた。



「あ……これではまだ……」



 ススス……と彼女は身体をさらに屈めたかと思うと、なんとそのまま床に腹ばいになってしまった。

 顔だけあげて、困ったようにアルベルトを眺めている。

 小さな子猫の前で、床にベッタリ這いつくばっている貴族令嬢……かなりシュールな光景である。



「これでよろしいでしょうか?」



「……もういい。私が悪かった。普通に立て」



 アルベルトは溜息をつき、エステルに起立を促す。



「はい」



 エステルが立ちあがり、ドレスの乱れを手で簡単に治すのをじっと眺めた。

 今の彼女の奇行には驚いたが、八つ当たりとしか言えないアルベルトの傲慢な台詞を真摯に受け止め、忠実に従おうとしてくれた結果なのだろう。



(それに引き換え、私は……)



 自分のことばかり考えているのでは……?

 そんな心の声に、胸がズキリと痛むのを感じた。

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