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6 従姉妹アンネリー

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 エステルは現在、屋敷の屋根裏にあるメイド部屋の一つを使っている。

 叔父一家が移り住んできた時にメイドの人員を減らしたので、人手は足りないが部屋は余っており、エステルは二人用の部屋を一人で使えていた。



 もちろん、かつて伯爵令嬢として使っていた時の部屋とは比べ物にならないほど狭く、隙間風だって吹く。

 それでも多額の借金を抱えた身であることを思えば、屋根のあるところで眠れるだけでも幸運だとエステルは思っていたし、隣室で暮らすサリーと時おり夜のお喋りをするのも楽しい。



 叔父から、城の使いが来る前に着替えるようにと言われて部屋に戻るとまもなく、従姉妹のアンネリーがサリーを従えてやってきた。



「おめでとう、エステル。私の従妹が王太子殿下の運命の相手だったなんて、鼻が高いわ」



 ぷっくりした愛らしい口元に、花が綻ぶような笑みを浮かべてアンネリーが言った。

 彼女も居間でチラリと見かけた後、王家の訪問に備えて急いで身支度を整えたのだろう。

 蜂蜜色の髪は綺麗に結われて宝石が煌めき、温かみのある色合いで華やかな装飾の正装ドレスを身にまとっている。



「お父様に言われなくたって、私のドレスの中から一番エステルに似合うものを持ってくるつもりだったわ。はい、これ」



 アンネリーがサリーに合図をして、持って来たものを見せる。



「これ……まだ仕立てたばかりでアンネリーも着て外出していないのではなかった?」



 サリーの腕の中にあるのは、冬の舞踏会に合わせて着るのだとアンネリーが張り切って仕立てさせたドレスだった。

 薄水色の絹に透明なビーズと宝石をちりばめたそれは、まるで氷の王女様の衣装のような豪華な美しさである。



「ええ。私も来月の舞踏会でこれを着るのを楽しみにしていたけれど、エステルの晴れ舞台だもの。喜んで贈るわ。お父様もそうしなさいと仰ったもの」



 アンネリーは少し悲しそうに眉を下げ、ドレスを名残惜しそうに撫でる。



「そ、そんな! 悪いわ。叔父様だってアンネリーが楽しみにしていたと知れば、無理に私へ寄越させたりしないはずよ」



 慌ててエステルは手を振り、部屋の隅にある衣装箱を指した。



「私は去年、アンネリーに貰ったおさがりの冬用ドレスがあるもの。少し破けてしまっていた所は綺麗に繕ったし、まだ十分着れるわ」



 叔父はきっと、王宮からの使いが来るということで興奮しているのだろうが、アンネリーに悲しい思いをさせてまでエステルが着飾る必要はない。



「エステル……貴女って本当に優しいのね」



 アンネリーが感極まった様子で目を潤ませながら、エステルの手をギュッと握りしめた。



「そうよね。貴女のその美しい心があれば、ドレスの質なんて構わないはずだわ」



「いえ……そんなに言われるほどのものではないと思うけれど……」



「謙遜しなくてもいいの。ああ、こんなに素晴らしい従姉妹を持てて、私は本当に幸運だわ。エステル、王宮に行ってもずっと仲良くしてくれるわよね?」



 エステルの手を握るアンネリーの力が、痛いほどに強くなる。



「ええ、もちろんよ」



 痛みに顔を顰めそうになるのを堪えて頷くと、やっと手が離された。



「それでは、私はもう戻るわ。サリーを貸してあげるから着替えを手伝ってもらってね」



「ありがとう」



 サリーはかつて、両親が健在だったころはエステル付きのメイドだったけれど、今はアンネリー付きの専属メイドを勤めている。

 パタン、と扉がしまると、それまでお面でもつけていたかのように無表情だったサリーが、一気に苦々しい表情になった。



「エステルお嬢様はお人が良すぎます。アンネリー様は、御自分が悲しそうに振る舞えばきっとお気に入りのドレスをエステル様が辞退すると察したうえで、あのように振舞っていたのですよ」



「え……」



「旦那様より、王宮の使いが来るのに備えてあのドレスをエステル様に譲るよう言われた際、アンネリー様は非常に嫌がっていましたから」



「う~ん……でも、それも仕方のないことではないかしら? アンネリーはとてもあのドレスを気に入っていたもの」



 ドレスが届いた時、とても嬉しそうに見せて来たアンネリーの姿を思い出すと、やはり譲ってもらわなくて良かったと思う。

 あのドレスは確かに息を呑むほど美しいけれど、誰かの不幸せの上でまで着飾りたいとは思えない。



「それだけじゃありません! そもそも、元の旦那様方がお亡くなりになってからのことだって……!」

 つい、声を荒げかけたサリーがハッとしたように口を押える。



『元の旦那様』とは、亡くなったエステルの両親のことだ。



「何度も申し上げましたが、私は未だにエステル様が背負わされている借金に疑問を抱いております。家令のヨハンさんや出納係のダレルさんが証言したと言いますけれど……私はあの二人が胡散臭いとずっと思っていました」



 声を潜めてサリーは囁いた。



「サリー……」



 エステルの両親が生前親しくしていた貴族の中にも、二人が亡くなった後で多額の借金が娘に残されていたことを聞くと、不思議がっていた人もいた。

 しかし、他所の家庭の内情に首を突っ込むわけもいかないのだろう。

 アンネリーについて社交場で顔を合わせると、気の毒そうな何とも言えない顔を向けられてサッと距離をとられてしまうだけだ。



「私には怪しく思うだけで何もできなかったのが悔しいのですが、神様はやはり見ていらっしゃるのです。エステル様が王太子殿下の妃となってこの屋敷を離れられて、嬉しゅうございます」



 クスンと鼻を啜り、サリーは手早くエステルにドレスを着せ始める。



「……」



 大人しく身支度をさせられながら、エステルは黙って考えていた。

 どうしても思い浮かぶのは、今朝の嫌悪感丸出しだったアルベルト王子の言動だ。

 一瞬だけ、エステルの膝の上でくつろいでくれたようだったが、あれは猫の習性がつい出てしまったとか、そんな所なのではないのだろうか?



(喜んでくれる皆には申し訳ないのだけれど、私はどう考えても殿下に歓迎されていないような気がするのよね)



 エステルがそう考えた時、サリーが櫛を終えて満面の笑みを浮かべた。



「さ、これでご準備ができました!」

「ありがとう」



 鏡を見ると、サリーの化粧の腕前で五割増しは盛れている自分が写っていた。でも、化粧をしない自分の顔を殿下は見ているのだから、今さら見栄を張っても無駄だろう。

 そうこう考えていると、屋敷の外から大型馬車の走る音が近づいてきた。

 急いで屋根裏の窓から眺め降ろせば、王宮の紋章入りの馬車がちょうど門をくぐってくるところだった。
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