鋼将軍の銀色花嫁

小桜けい

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番外編

鍋将軍の銀たら花嫁

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意見を寄せられました「鋼将軍」→「鍋将軍」と、タイトル読み違えから…。
偽和風で、色々とやりたい放題ふざけておりますので、本編の雰囲気などを壊したくない方は、申し訳ございませんが避けてくださるようお願いたします。


 
 むかしむかし さる勇猛な武将がいたそうな。
 その者、剣術もさることながら、鍋を調理させれば右に出る者はおらぬとの評判。
 調理専用の愛刀しらたきを携え、あらゆる者の舌をうならせた武将を、いつしか人々は「鍋将軍」と呼ぶようになった。

 ***

 ―― どちらさまですか?

 土間に立ち尽くし、鍋将軍ハロルドは硬直していた。

「うっ……うぅ……ごめんなさい……」

 水の張られた大きなタライの中には、銀色の髪をした美しい娘(全裸)が座り込んで泣きじゃくっている。
 ここには確かに、一匹の銀たらが入っていたはずだ。間違ってもこのような娘(しかも全裸)のはずはない。
 宿の娘や宿泊客のようにも見えないし、一体どうしてこのタライで行水宜しく鎮座しているのかも、魚はどこに消えたのかも、まるでわからない。
 ハロルドは混乱する思考を少しでも整理しようと、今までの経緯を振り返る。


 数日前、南の海鮮問屋が見事な銀たらを飼っていると聞きつけ、はるばる仕入れに来たのだ。
 噂にたがわぬどころか、それ以上の見事さだった。全身の銀鱗は艶々と輝き、身のはり具合もすこぶる良し。なにより、信じられぬほどの大きさ。ちょうどこの少女の背丈ほどもあった。
 この銀たらは特別だと、主人は大層な金額を提示してきたが、主君の開く大切な宴の料理用だ。そして目の前の銀たらには、それだけの価値も十分にあった。
 その場で代金を支払い、銀たらを購入した。

 食材……しかも魚介類は特に鮮度が命だ。生きたまま慎重に運ぶことにしたが、北の都までは遠い。
 途中の宿に泊まり、浴衣に着替えて眠ろうとしたところ、ふと銀たらの様子が心配になったのだ。
 魚というのは環境の変化に過敏だ。興奮してむやみに跳ね、浅いタライから飛び出してしまう可能性もある。それで夜中に一人、土間へやってきたのだ。


「鍋将軍さま、ごめんなさい……私は、貴方をだましていたのです……」

 魔法行灯の光に照らされ、震える泣き声で訴える少女(しつこいようだが全裸)は、全身が銀に光輝いているようだった。
 しっとり濡れた銀髪も、若々しい真っ白な肌で球になっている水滴も、キラキラと輝き美しい。
 そして流れる涙を擦る手の甲には、銀の鱗がさんぜんと輝いていた。

「騙す? そ、それより……貴女は……」

 困りきったハロルドが、何とか宥めようとしゃがみこんだ時、背後で唐突にふすまが開いた。

「……ハロルド兄? その人は?」

 やはり宿の浴衣を着た赤毛の少年が、驚愕の表情で二人を交互に見くらべる。故あって奉公に来ているチェスター少年だが、ハロルドとは兄弟も同然の間柄だ。
 助かったと、ハロルドは息を吐いた。

 鍋食材の扱いならいざしらず、女の扱いは大の苦手だ。
 特に好いた女の前では、ろくに喋れもしない。
 突然現れた謎の少女は、息を飲むほど美しかった。率直に言えば、一目惚れしてしまったほど好みの顔立ちだ。
 緊張が混乱と驚愕に拍車をかけ、ろくに事情を聞きだすこともできない。
 しかし、愛嬌の塊のようなチェスターなら、彼女を落ち着かせることもできるだろう。

「ああ。名は知らないが、ちょうど……」

 良かった。お前が来てくれて……というより早く、大声で怒鳴られた。

「はぁ!? いくら女を口説くのが苦手だからって、まさか見知らぬ相手を、いきなり全裸に剥いて泣かせたのか!? もっと手順を踏めよ!」

「ぜ……っ!?」

 とっさに少女を見やり、腰巻きもつけていない裸身と向き合っていた事態に、今さらながら気づく。
 いや、裸なのは気づいていたが、他の驚愕要素で、頭がいっぱいいっぱいだったのだ。
 たゆんと揺れる重たげな乳房やくびれた腰、水の中でぴったり揃えて正座している足の付け根とか、惜しくも……いや、幸いにも、見とれる余裕などなかった!

「ちょ、まて……っ! 違……っ!」

「鬼畜陵辱タグも無しなのに! いくら番外だからって、キャラ崩壊にも程があるよ! 恋愛ヘタレ乙女の方がマシだ!」

「いや、だから……それに、タグにキャラ崩壊って、何の話だ!?」

 おまけに面と向かって、ヘタレ乙女とか言われた気がするが!?
 チェスターが怒り心頭の形相で拳を固めると、少女が悲痛な声で叫んだ。

「違いますっ! 鍋将軍さまは私を食べるため、きちんとお買いあげなさったのに……この身体では、どうしてもお応えできないのが心苦しかったのです!」

 ―― 一瞬、土間は水を打ったような静けさになった。

「兄ぃぃっ!!?? どんだけマニアックな要求したんだ!?」

 チェスターにいっそう詰め寄られ、慌てて両手を振る。

「違う! 違う! 買った覚えなどないし、特殊な性癖もないわ!」

「あ、あのっ! お二人とも……!!」

 不意に少女が、大きな水飛沫をたてた。
 すんなりした両足で立ち上った少女の裸体に、健全な男二人は鼻を抑えてとっさに顔を背けた。

「っ!!……着ろっ!!」

 ハロルドがとっさに着ていた紺色の羽織を放ると、少女は驚いたように寄越された衣服を眺めた。

「……宜しいのですか?」

「いいから早く着て、しゃがんでくれ!」

 同時に叫んだ二人の背後で、いそいそと少女が羽織を着込み、再びタライに座り込む水音が聞こえた。
 続いて、消え入りそうなおずおずした声が届く。

「驚かせてしまい、申し訳ございません……私は鍋将軍さまの購入なさった、あの銀たらです」

 ―――― は?

 ハロルドとチェスターは顔を見あわせ、同時に振り返る。
 タライに座り込んだ銀髪の少女は、ぽつぽつと身の上を語り出した。

 シルヴィアという彼女は、あの海鮮問屋の一人娘で、なぜか生まれつき熱い湯に浸かると、その部分から魚へ変化してしまう身体だった。
 そして熱湯で煮られようと直火であぶられようと、その魚体には一切火が通らない。
 ちなみに変化温度は40度で、魚に変わった部分は一定時間を過ぎれば元に戻るそうだ。
 彼女の父は魚の妖として娘を疎み、海鮮問屋の商売生命に関わると、座敷牢に押し込んでいた。
 店の経営が傾きだすと、父は娘の下半身だけを湯に浸けて、人魚として見世物小屋に売ろうとした。
 だが小屋の主が来る直前に、頭まで全て湯に浸かり、ただの大きな魚に見せかけてやり過ごした。
 その時に巨大な銀たらを見た者から噂が広まり、鍋将軍の耳まで届いたのだ。


「……私はきっと、魚の妖としても半成りなのです」

 銀たら娘は、悲しそうに目を伏せた。銀鱗の輝くほっそりした両手が、膝の上で震えている。

「父がよく申しておりました。魚でありながら、『煮ても焼いても食えない』など、無価値だと……」


 ―― 海鮮問屋ぁぁぁ!! うまいことを言ったつもりかぁっっっ!!!


「な……なるほど……そういうことだったか……」

 頬と腹筋を引きつらせながら、ハロルドはなんとか表情を引き締めて頷く。

「で、でもさぁ……食べられなくて済んで良かったじゃん。いくら火が平気でも、さばかれたら死んじゃうだろ?」

 やはりヒクヒクと頬を引きつらせたチェスターが、悲しげなシルヴィアを宥めた。

「ええ……しかし、やはり代金を騙しとったには違いありません」

 目を伏せ、長い睫毛を震わせる銀たら少女の表情を見て、ハロルドは溜め息をついた。
 しゃがみ込み、濡れた銀色の頭をよしよしと撫でる。

「貴女には一文も支払った覚えはない。だから貴女が気に病む筋合いもないわけだ」

「ですが……」

「店主に文句を言いたい所だが、とっくに夜逃げしているだろうな。代わりの魚を急いで探さなくてはならないし、戻っている無駄な時間はない」

 赤くなった頬をシルヴィアからできるだけ背けると、ニヤニヤしているチェスターに見られてしまった。

「うん。それがいいと思うね。ハロルド兄もそろそろ、鍋だけじゃなくて女の料理方も練習するべきだ」

「――――っ!!!!」

 ハロルドが顔をさらに赤くすると同時に、笑い声をあげてチェスターは飛び出していってしまった。

「鍋将軍さま……いまのはどういう意味でしょうか?」

 可愛らしく小首をかしげている銀たら娘は、今ひとつ理解していないようだ。
 さっきから妙に物知らずと思ったが、ずっと座敷牢に閉じ込められていたなら、それも当然だろう。
 しかし今は、それが幸いだった。
 鍋将軍は咳払いし、すでに惹かれてしまった無垢な銀たら娘へ、しどろもどろで告げる。

「あー、その……このまま一緒に、北へくればいいと……そういうことだ」


 ――そして数ヶ月後、北の都で鍋将軍の祝言が上げられた。
 銀たら花嫁は、彼女が思っていたのとは少し違う形で、無事に鍋将軍へ食べられたのだった。

 終


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