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第8話 みんなで力を合わせましょう(2)

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大地を喰らえ、轟を呼び醒ませ


楽園から追放され、我らは地を蹂躙する


小さき者たちよ 巨人の足音に怯えて眠れ



 
 ーーー

 


 メラニーとサフィーが訪れたボウとダイランの家は、直径50mは優に超える建物だった。どれだけ見上げても、屋根の色すら見えず、サフィーは宝石のような身体を左右に揺らしながら興奮していた。

 


「とても大きい建物ですね!これがお城というものですか!?」
「残念ながら一軒家なんだわ」
「なるほど!いっけんやと言うお城なのですね」
「異文化交流ってムズいよな…」

 


 メラニーの呟きは残念ながら聞こえなかった。サフィーは驚きのあまり、小さな身体を身震いさせ再度、ボウとダイランの家を見ている。赤い装飾のドアも直径30m程はあり、どうやって、この家に入れば良いのか想像できない。しかし、メラニーはさも当たり前のように、隣にあった蟻の通り穴のようなドアに行き、ノックもなしに思いっきり開いた。

 


「メラニー様はボウとダイラン様のお知り合いなのですか?」
「知り合いじゃねーよ、まあ、ボウとダイランは有名だからな」

 


 ボウとダイランは巨人族の仕立て屋としても有名ではあったが、国で唯一の孤児院を経営している夫婦でもあったのだ。ある程度、大人になり食い扶持が決まれば出ていくという、何とも大雑把な方針ではあったが、孤児院出身の者たちは皆、ボウとダイランに感謝していた。……だからこそ、孤児院が閉業するかもしれないという噂は、瞬く間に広がった。

 


 ドアはダイニングと直通だった。見上げると、ボウとダイランが使用しているのであろうダイニングテーブルと椅子が2脚あり、その斜め下には長机と椅子が1脚だけある。こうしてみると、俺たちはドールハウスの人形だなとメラニーは失笑しながら、寝室に向かっていく。



 
「メラニー様!あそこに乗り物らしきものがありますよ!」
「乗り物ぉ?」

 


 サフィーの視線の先を見つめると、どうみても子どもが乗るであろう魔導自転車が1台あった。大方、この広大な家で過ごしている孤児の移動手段なんだろう。このウミウシは魔導自転車を見たことがないのか、そりゃそうか、と思いながら歩こうとすると「あ、乗らないのですか…?」と寂しげな声が金魚鉢の中から聞こえてきた。

 



 いや、俺が乗ったところでだろ、とメラニーは口元をひくつかせ、丁重に断ろうとしたが、サフィーの触覚が切なげに、か弱く揺れている姿を見てしまった。





 キコキコと、長い脚を動かしにくそうにペダルを漕ぐ。
魔導自転車は残念ながら、ほぼ魔力が残っていなかった。いつもならペダルを少し漕げば、一定のスピードで走るのだが……と体力のないメラニーはブツブツと悪態を吐く。更にコート1枚では防御力が低く、サドルが尻に食い込みとても痛い。何で俺、こんなことしているんだろ…と思いながらも、メラニーはペダルを漕ぎ続けた。



 
「凄いです!これが世界で1番早い乗り物ですか!?」
「あー……そうそう。てか話しかけるのやめて、今、尻から火が出そうなんだよ」
「なんと!?メラニー様はお尻から火が出るのですか!?あ!シグマ様が炎龍だからですか?」
「あー……うん、そうそうそう」
「なんと!」




 サフィーは嬉しそうに触覚をピコピコと左右に揺らしながら「いやあ!また1つ知見を得ました!いやあ、深海から出てきて良かった!実は私、ブルウェラ様に無理を言って、この役目を……」と、何処かで聞いたような話をしている。メラニーはそれを聞き流しながら、寝室へと向かった。



 
 辿り着いた寝室で、ボウとダイランは鼾をかきながら眠っていた。そう、ただ眠っているだけなのに、それだけで、大地が揺れるのではないかという程の轟。サフィーは慎重に行動しなくては、と気を引き締め、メラニーは周りをキョロキョロと忙しなく見渡している。




 暗くてよく見えないが、辺りはカレンダーや食器、写真立てが散乱していた。壁には穴あきボードが一面に貼られ何かが飾られている。天井を見ると、フライパンが一列に並んでいた。




 さて、どうやって起こすか、と思索するメラニーだったが、考えても埒があかないと直ぐに諦めた。
 そして、サドルから降り、尻を摩りながら、金魚鉢を片手にベッドに繋がった梯子へ向かおうとする。




「……メラニー様、まさかとは思いますが、耳元で叫んで起こすかー……とか、思ってません?」
「惜しいな、正解は耳の中で叫んだら起きるだろー、だ」
「絶対駄目です!言語道断です!」
「あ?なんでだよ」
「ブルウェラ様のお側にいたから分かるのです!とても大きな方々にとって、我々はプランクトン!近付けば近付くほど死が迫ってくるのです!」



 
 よくそれで、姉貴と一緒にいれたものだな、と若干引いた目でサフィーを見たメラニーだったが、考えてみると、確かに羽虫みたいに片手で叩かれて、身体が四方八方に散らばる姿が容易に思い浮かぶな、とメラニーは口元に手を当て立ち止まる。メラニー自身、そうなっても死にはしないが、手元にある金魚鉢は、当たり前のように粉々になるだろう。
 



「…で?どうするんだよ、こいつら起きる気配もねぇぞ」
「うーむ……むむむむ……はっ!分かりました!」
「お!何か良い考えがあるか?!」
「天井にぶら下がっているフライパンを落とすというのは如何でしょうか!?」
「お前、血も涙もないな……」




「あんなどデカいフライパン落とすのか…?」とまともなことを言うコート1枚男に、サフィーは触覚をし折らせながらも、このお方に言われるの、なんだかなあ…と哀愁を漂わせていた。そんなサフィーの思いなど露知らず、メラニーは部屋を見渡しながら、とあることに気付いた。




「ボウとダイランは、孤児と住んでいる。この幼稚な自転車もその孤児が使っている……孤児が使っているものがヒントになる筈だ」




 そう言いながら、メラニーもう一度、部屋の中を見渡すカレンダー、食器、写真立て、どれも乱雑に扱われているとても大きな道具たち……違う、これは恐らく関係ない。壁には穴あきのボードが一面に貼られてある。わざわざ穴あきのボードを貼ってある意味は何だ?

 


 ブツブツと独り言を吐きながら歩き回るメラニーを、サフィーは自転車のカゴの中で観察していた。


 


【メラニーは、とっても賢い子なのよ】




 
 頭の中で声が聞こえた。玉を転がすような美しい声が。
それは、己の主人であるブルウェラの声だった。サフィーとメラニーの会話は全て、ブルウェラに届いていた。




 
【とっても賢い子、とっても優しい子、悪魔でありながら、命を救う道を選んだ子】




 
 まるで子守唄のように、ブルウェラは語り続ける。サフィーは身を揺らしながら「ええ、もちろん、分かっておりますよ」と呟いた。旅の途中、終始、不審者扱いを受けたメラニーだったが、危害を掛ける姿を一度も見たことはなかった。無意識なのだろうが、金魚鉢の中にある海水を溢さないように、細心の注意を払ってくれた。




 
【どうか、どうか味方でいてあげてね】
「勿論でございます!」





 サフィーが大きく頷くと、メラニーが「ごちゃごちゃ五月蝿えぞ!」と此方に向かって叫んだ。親指を噛みながら左右に彷徨く姿は、明らかに苛ついている。




「申し訳ございません!メラニー様!何か進捗は……なさそうですね!」
「いちいち言うな、ああ、イライラするイライラする、何だよ、どうやって生活してんだよ、ここの孤児は…!?」

 


 親指の爪が割れそうな程、噛み続けながら何度も周りを見渡すが、どれも巨人を目覚めさせるような代物はない。もしかして、本当にフライパンを落として目覚めさせるのか……?段々と、ウミウシが言った通りなのではないか、と思考を放棄しだすメラニーに、サフィーは無意識のうちにヒントを出した。



 
「この壁に飾られているものたちは、とても規則正しいですね!」

 


「海の中では、このようにはいきません!」と叫ぶサフィーに、メラニーは何のことだ?と、もう1度壁面を見る。規則正しい、とは一概に言えない飾り付け、等身大はあるガラス玉が、あちこちにある。それを見て、メラニーは思わず目を見開いた。違う、これは飾りではない。全て、ミリ単位で繋がっているのだ。




 
「………これは、絡繰だ」
「からくり?…からくりとは、何ですか?」
「魔法が主流になる前に使われていた時代の物、ようは遺物だ。今は詠唱1つで魔法が使えるが、昔は物に魔力を流して使ってたんだよ」
「よく分かりませんが、とても凄い物なのですね!」
「ああ、凄いぞ、これの存在を知ってる奴はごまんといるが、作り方を知ってる奴なんて、そういない……!」




 
「ボウとダイランだって、知らないはずだ…!」とメラニーは子どものように目をキラキラさせながら絡繰を見渡す。






 
「ところで、どうやって使うのですか?」
「いや、それは知らん」







 
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