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集合霊(前編)

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 田舎にひっそりと佇むようなチェーンホテルは、宿泊客が勿論少なく、いつ撤退してもおかしくない程、無人であった。窓口には、埃が少し被った絵画と花瓶が飾られている。客観的に見ると、ホラーマンションと豪語しても過言ではない。そんな如何にもなホテルに、長身の狼みたいな女と、チャラそうな若い男が連泊予約をしていた。言わずもがな、戀川と田城である。2人仲良く同じ部屋に泊まる……筈はなく、隣に連なるように部屋を予約した。



 
 田城はホテルのドアの鍵を開け、まずはじめに電気を付けた。電球がチカチカと音をしながらも、何とか点いたのを確認すると、無造作にジャケットとネクタイを外しベッドにダイブした。なんせ、田城が刑事部殺人犯捜査第8係に所属してからの初事件である。緊張の糸が一気に解け、眠気が襲ってきた、もうこのまま、寝てしまおうか、明日のことは明日の自分に任せてしまおう、なんて考えていると、ピコン、とSNSが鳴った。田城は面倒くさそうに半目で、ゆっくりと目線をスマホにやると、そこには由羅からの返信が写されていた。〈お疲れさまです、田城様。水仙ちゃんとは上手くやっていますか?また、ゆっくりとお話ししたいです。今夜は空いていますよ?♡〉と記載されてあった。




 そこからの行動は早かった。光のスピードで由羅へ今夜話したいと返信し、ネクタイとジャケットを再び装着して鏡チェック、髪型を整えたら、机にスマホを置き、更にメモ帳とボールペンを配備、由羅とビデオ通話ができるよう、万全の準備を整えた。



 
 すると、着信音が鳴った。田城は素早く通話ボタンをタッチし、由羅とのビデオ通話を開始する。



 
『田城様、お疲れさまです』
「お疲れさまです!」
『ふふ、疲れてなさそうですね』
「たった今!全回復しました!!」



 
 田城は見事に有頂天へとなっていた。何故なら、画面いっぱいに少しはだけたバスローブ姿の由羅が見えたからだ。分かりやすい男、それが田城である。



 
『水仙ちゃんはどうですか?少しツンデレなところがあるから、中々、人と仲良く出来なくて……』


 

 ……ツンデレ?と一瞬スペースキャットのような顔になったが、すぐに、人の良さそうな笑みを浮かべ「今のところ、蹴られたりはしてないっすよ!」と、やや無難な返事をする。


 

『ふふ、水仙ちゃんは人を蹴ったりしませんよ。少し、脅したい時とか、イライラしちゃった時に蹴ってしまうだけで』
「はは、確かにイライラしたら物に当たりたくなりますよねー!」



 
 けど、それを我慢するのが社会人だろうが、と田城は心の中で吐き捨てながらも、由羅の話に合わせる。全てはご褒美の為、この事件を解決し由羅を頂く為である。



 
「あの、由羅さん。忙しいところ申し訳ないんすけど、折いって頼みがありまして……」
『わたくしに出来ることなら、なんなりと』


 

 髪を耳に掛けながら、妖艶に微笑う由羅に「なら今晩空いてますか?」と言いたくなる衝動をぐっと堪えて、田城は本題に入る。


 

「霊について教えて欲しいです。出来たら詳しく」
『あら、あの資料は、参考になりませんでしたか?』
「いやいやいや、お恥ずかしいことに、コーヒーを溢してしまって……」


 

 嘘である。《5さいでも分かる!人じゃないモノについて》と書かれた資料は、現在、車の中で眠っており息をしていない。



 
『まあ、それだと捜査に支障をきたすでしょう。お可哀想に……』
「いえ!戀川さんのおかげで捜査は順調に進んでるっす!だから……俺も、頑張らなきゃって思って!!」



 
 嘘である。戀川と連携は全く取れておらず、途方に暮れている最中である。なんなら、田城は刑事部殺人犯捜査第8係に所属してから、まだ1週間である。その1週間も、残念ながら戀川のパーソナルスペース、距離感測定に尽力している。資料もつい先程見て諦めたところ、つまり、第8係の為すべきことを、ぼんやりとしか分かっていない状況だった。



 
『田城様は向上心の強い方ですね、流石ですわ。霊について、ですね。えーっと……』



 
 そう言って由羅は、自分のパソコンを立ち上げた。そして、カタカタと軽快な音を立てた後、スマホをケーブルに繋げ、田城へメッセージを送信した。
 もしや、またあの資料を渡す気か?と内心、ヒヤヒヤしながら、スマホに送られたメッセージを見る。しかし、送られてきたのは全く別の資料だった。



 
『申し訳ございません。手元に簡単な資料がなくって…』
「そんなことないです!」



 
 むしろこれを求めてた!と田城は心の中で歓喜した。そして、由羅のことなど、お構いなしに意気揚々と資料を読み込む。



 
・霊とは人が死した後、成仏出来ず此の世に居座っている存在とされている。しかし、そもそも成仏という概念があるかどうかは不明。なぜなら、此の世に留まった霊は、あの世について何も知らないからである。
一部の人間からは、そもそも魂とは残留思念であり、自然と消えていく。という説もある。



 
「とっても分かりやすいっすね!」



 
 オカルトサイトみたいな文面だが、と余計な一言は言わずに、田城は要点だけメモしながら読み続ける。



 
・霊は生者に危害を加えることは出来ない
そのため、人ならざるモノの分類には入るが、危険度予測はしなくても良い。
・霊と人ならざるモノの判別は、基本、無能力者には不可能である。そのため、危険度予測には必ず先天性能力者を手配することが必須条件である。


 

 ……ここら辺は、また余裕がある時に読めば良いだろう。問題は、扇が言っていた集合体についてだ。田城は目次に戻り、関連しそうな単語を模索する。



 
「集合霊……?」


 

 あまり聞き慣れない単語、しかし、これが手掛かりになるのではないか、とページを進める。



 
・集合霊とは2体以上の霊が融合した、霊の集合体である。しかし、霊とは本来、感覚、感情、恐怖などは生前と同じであり、集合体になること、交わること、自分という個が消失することに対し、酷く怯える傾向にある。そのため、集合霊になった、ではなく集合霊に成らざるを得なかった理由が必ずある。
・その理由として、以下の通りが考えられる。
 


【伊藤一家心中事件】
日時:2015/06/06
場所: A県××市▲▲町住宅街
被害者:伊藤純二 伊藤麻乃 伊藤和人 伊藤綺羅 遠藤 勝
死因:一酸化炭素中毒
第一発見者:佐藤美子(隣人)
捜査結果:「隣家が燃えている」という第一発見者の通報。家中のリビングにて、伊藤一家と思われる5つの死体が発見される。家中にいたことや、この事件以降、伊藤一家の消息が絶たれたこと、また、伊藤純二は1週間前に会社を懲戒解雇されていたことなどの状況証拠により、被疑者死亡の一家心中事件として処理された。しかし、事件から数日後、全焼した家屋から男か女かも分からないが泣き叫ぶような声が聞こえる、異臭が強くなっている、家屋付近で遊んでいた子どもが熱傷を負った、などと何十件もの通報があり、通信司令課から刑事部殺人犯捜査第8係に応援要請



 

 田城が真剣に読み進めていると、スマホから小鳥が囀るような笑い声が聞こえた。




 
『ふふ、申し訳ございません。いつも、わたくしに見せて下さる表情と、あまりにも違うから……』



 
『少し、面白くなってしまって』と、由羅は笑いながら話す。……いつもの自分らしくない、そう、いつもなら、こんな美しい女性を放っておいて資料を読み漁る、なんて愚行はしない筈なのに、と田城は唇を噛み締めた。



 
 けれど、本当は分かっていた。自分が何故、ここまで必死になっているのか、刑事のプライドだとか、生命の危機にあるからだとか、そんなのではない。


 

 あの、足癖最悪クソ女帝の鼻を明かしたい。



 
 そう、表面では取り繕っていたが、田城は内心、戀川に対して腸が煮えくり返っていた。塵も積もれば山となる、
雨垂れ石をも穿つ、心に溜まりゆくイライラを発散しようにも、此処は田舎、あさなわ町、とても仲の良い女友達(sex friends)を呼ぶ事も出来やしない。




 
 だからこそ、人ならざるモノが視えるらしい女上司よりも早く先に事件の全容を明らかにし、解決へと導く。そして、あの女のエベレストよりも高そうなプライドをへし折り、美しい顔を歪ませる、もしくは赤面させる。
 その優越感と背徳感に包まれる瞬間のためだけに、田城は燃えていた。


 

 しかし、そんなことを由羅に言える訳がない。話を変えるように、必死に頭を回転させる。すると資料の端にある、人ならざるもの、という単語が目に映った。



 
「人ならざるものって、言いにくいっすよね~!」
『……そうですわね、わたくしも常々思っています』
「あ、やっぱそうですよね!いっそのこと、化物、とか怪物、とかで良いと思うんすよ~」



 
「そっちの方が分かりやすいし」と田城が付け加えると、目の前にいる美しい女は、困ったように眉を顰めて苦笑いをする。



 
『水仙ちゃんなりの配慮ですわ。先天性能力者の中には、化物、怪物、悪魔などと、今の今まで迫害されてきた方々がいらっしゃいます』
「あー……それは、俺が浅はかでしたね、すいません」

 

 焦っていたとはいえ、話題が最悪だった。田城、痛恨のミスである。

 


『仕方がありませんわ。けれど、名前を決めなければ、と扇様と考えてはいますのよ?』



 
『後は、危険レベルの細分化や能力者育成などにも尽力しているところです。また、優秀な人材のピックアップなども』と、スラスラ説明する由羅の話を、話半分で聞きつつも、気になる単語がいくつか出てきた。



 
「由羅さん、その、先天性能力者って、」



 
 ブツっと、音が途切れた。突如、調子の悪い機器のように、ブレーカーが落ちたように切れた通話に、田城は思わず目を見開く。由羅が切ったとは思えない、スマホの画面を見ようとすると、電話が鳴った。画面には由羅の名前がある。あっちの電波が悪かったのか?と訝しげに通話ボタンを押す。


 

『もしもし、田城様?申し訳ございません。一度切れてしまって……』
「あ、全然!大丈夫っすよ~」
『ふふ、良かった。そう言って頂けると助かります。ところで田城様、』
「……?」
『田城様?』



 
 何故だ、違和感を感じる。声は由羅さんの筈なのに、この言い様のない、何かがおかしいと、自分の第六感が告げている。なんて、調子の良いことを考えていた田城だが、本当は分かっていた。自分には何の能力もない、あるのは、刑事として鍛えられた身体と、少しの違和感も見逃さない感覚、無意識のうちに、神経を張り巡らしてしまう悪癖。スマホから聞こえる、いや、由羅の後ろから聞こえている、微かな、砂嵐のような雑音。



 
 そう、それは、警察署で聞いた無線式盗聴器から聞こえた音だった。



 
「あんた、誰?」



 
 震える声で問いただす。不気味な沈黙が部屋を包み、田城は乾き切った喉に唾を流し込んだ。すると、砂嵐がざーっと流れる音と共に、女たちの泣き叫ぶような悲鳴が聞こえてきた。


 

 
【たすけて】



 
 【たすけて】【たすけて】【たすけて】
【たすけて】【たすけて】【たすけて】
 【たすけて】【たすけて】【たすけて】
【たすけて】【たすけて】【たすけて】




 
「……っ!」


 

 田城はスマホを切ろうとするが、スマホのボタンは反応しない。無能な機械に舌打ちしながら、この状況を打破するため、必死に頭を回転させる。すると、あの資料に記されてあった文章を思い出した。

 


・霊は生者に危害を加えることは出来ない



 
 そうだ、あの資料が本当なら、俺に対して何も出来ない筈だ。……むしろ、これはチャンスなんじゃないか?震える手を抑えながら、田城は叫び続ける女たちに話しかける。



 
「あんたらを、助ける方法は?」


 

 震えた、けれども抑揚のない声で質問する。叫びで掻き消されるような小さな声だったが、女たちの耳には聞こえたらしい。統率も取れていない、喚き声のような不快な声で絶叫した。




 
【きって】【きって】【なわをきって】
【きれ】【はやくきれ】【きって】【たすけて】
【きってはだめ】【あみなおして】【きれてしまう】
【きらないで】【きってはだめ】【あいつが】
【くるしい】【うるさい】【はやくきれ】
【きれ】【はやくしろ】【はやく】




 
 泣き叫ぶ声は止まらない。あまりにも真っ二つな2つの意見に、田城は思わず頭を抱える。とりあえず、手元にあったメモに女たちの叫んでいる内容を、出来る限り殴り書きしていく。




「なわって、何すか?」



 
【あさなわ】【あさなわ】【けいやく】
【やくそく】【だして】【だして】【はやく】



 

「……それは」



 
 次の言葉を言う前に、冷たい、背筋が凍る感覚がした。
違う、部屋の温度が徐々に下がっていたんだ。この真夏に、クーラーも付けていない状況で……違う、そもそも、それ自体がおかしかったんだ。真夏は夜でも蒸し暑い、それなのに、この部屋はあまりにも涼しすぎた。


 

 
 田城の額からじんわりと冷や汗が落ちた。確実に言えることは、ただ一つ、自分は、何かを間違えた。選択肢を、間違えたのだ。

 


 
【なあに】【なあに】【いいよ】
【なあに】【こたえる】【なあに】
【おしえて】【なあに】





 

【なああああああああぁぁにいいいいいぃぃいい?】






 
 まるで、歓喜に溢れているような叫びが、スマホから聞こえてくる。心臓が、これでもかと言うほど、鼓動を強めているのに対し、田城の頭は酷く冷静だった。思い出したのは、警察署で話していた、扇との会話。霊は、人に危害を加えることはない。それは、一個体の霊は、か弱い存在だから






 
 
……なら、集合霊は?
 


 
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