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玉生ホームで朝食を
玉生ホームで朝食を 4
しおりを挟むここに来るのに地下という事で懐中電灯やペンライトを持っている者もいたが、この地下の空間は床と同じ質感に見える壁の四面と天井からそれ自体が発光している様で、象牙の柔らかい色調の白一色に照らされ明かりを必要としてはいなかった。
均一の明るさを保ってハッキリとした光源が分からないのに視界に不自由がなく、妙な物が放置されている事もおかしな仕掛けがされている様にも見えず、当初心配していた荒廃の危険も見当たらないむしろ整然とした場所なのである。
この広い空間でこの光源の造りは不可思議ではあるが、自然に発光する石が存在してこの場所に使用されているという可能性や、実は石に見えるデザインの大きなシーリングカバーですぐ裏には照明を仕込んでいるという可能性も皆無ではないだろう。
「ん~、こちらに対する悪意は感じないから、ちょっと謎の物質でできている地下のスペース位に思ってていいと思うぞ。壁も丈夫そうで多少暴れても問題なさそうだし、なんなら雨の日には有効利用できるんじゃないか?」
時々ペタペタと壁に触れながら、駆がグルリと一周してきて首の後ろに手をやりながらそう言った。
中心の黒い部分に足を向けようとすると、どうしても視覚的に沈んでいきそうに見えてしまう玉生が『ひっ』という顔をするので、今回は空気を読んだのだ。
みんな顔を見合わせてしばらく互いを窺う様な間ができたが、「特に悪い気配はしないので、意見は保留」という詠の発言もあり、傍野に尋ねるにしても今は深く追及せずに、とりあえず地下には大きな倉庫があったという見解で納得する事にした。
「ただ、丈夫そうに見えて天井部分の耐久性も不明だし、安全性がハッキリと確認できるまでは万が一を考えて、ここに下りる時はメモ位――いや、いっそ伝言用の白板でも壁に掛けておくべきだね」
「行き違いを防ぐには確かに有効。在宅外出が分かる工夫があれば、なお良し」
「あ、そりゃ自分も賛成す。食事のいるいらないの確認も、できたら事前に分かるといいと思うんすよ」
「残しておけば後から、っと。いや、マオマオが食べないで待つとかありそうだな」
言われてみれば確かに、自分でも不在の同居人より先に食事をするという事に躊躇いを感じそうな気はする玉生である。
実際に彼は「もう帰ってくるかも」「やっぱりもう少し」と延々と待ってしまうタイプである。
それというのも本来の性格以上に玉生の育った孤児院の、班員は揃って食事を取るという規則の様なものが身に付いている影響が大きい。
倫理道徳教育の成功というより、決まった時間を守らない事で後の片付けに響くという物理的な問題が起こると、連帯責任で大量の食器の片付けを手伝わせるという罰則体験による成果である。
つまりその結果、集団ではより効率よく情報を共有するという流れが働いていたのだ。
もとは判断力を育て、ある程度の年齢に達したら班ごとに自主性を持たせ、大人からの独立心を育てるという方針ゆえのものであったらしい。
それが玉生の本来の性格と幼児体験に合わさって苦痛も感じず“待つ”という、ある意味で放置される行為に耐性ができてしまっているのだ。
実際に当日風邪をひいていたせいで集団の予防接種が受けられなかった玉生ともう一人の院生が、孤児院の職員に連れられ近所の診療所で改めてその注射を受けた帰り道で、そのもう一人の具合が悪くなりまだ新人だった職員がパニックを起こした結果「ちょっとそこで待ってて」と言ってしまったばかりに、夜遅くまでそこで待っていたという事がある。
その時はその院生が入院の必要があるという診断を受けたが診療所に入院の施設は無く、大きな医院に行って改めて診察入院の手続きといっぱいいっぱいの職員が、すっかり玉生の事を忘れてしまっていたのだ。
孤児院の方では玉生がいないと同じ班の院生から報告はされていたが、戻っていないという事は彼も一緒に行動しているのだと思い込まれていた。
職員が戻って来てから玉生が一緒ではないと判明して、慌てて診療所への道を辿りようやくぼ~っと待ちぼうけ状態の玉生を連れ帰ったそうだ。
どうやら「“そこ”で待ってて」と言われたので、いつ来るか分からない“そこ”から動くに動けなかったらしい。
後にコミュニケーション能力が高い顔見知りの院生が、よくバイト先に玉生を訪ねるついでに客になる寿尚にこの話をして「院長とかに、そんな待たないでいいとか言われても、イマイチあいつピンときてなかったぞ」と注意を促されたので、仲間内でもその辺は要注意とされているのだ。
「留守に気付かない問題もある。表の玄関ホールに外出の際、裏返す名札を人数分設置し、広い敷地内を無駄に探して回るのを防ぐの推奨」
「ああ、確かに。それでホワイトボードを電話機の近くに置いて……ついでに伝言板が二階の突き当たりにもあれば、部屋に上がってから思い出した時に利用すると重宝するだろうね」
「玄関ホールの壁はフックが名札用のボードに使えそうだし、ホワイトボードはキャスター付きのヤツか手頃なサイズが無いなら適当にイーゼル使えば壁に細工して傷付けなくてもいいか。ま、近いうちにサイズ測ってみてからな」
地下から階段を戻りながら話がどんどん進んでいき、玉生が遠慮する間もなく色々と決まっていく。
彼らにしたら引っ越し祝いも兼ねているので、玉生が家を相続したと聞いた時点で必要な物を贈るスポンサー組と後日のメンテナンス込みの労働組とに役割を分担して――と家のスケールは予想外だったが、話しがついていた通りに進めるだけであった。
しかも自分たちも直接利用する物であれば、余計にこちらが先に手を回すのに躊躇がない。
ちなみに玉生相手に上手く付き合うコツは、必要以上に気を使う間を与えない事だ。
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