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いらっしゃいませジャングルへ
いらっしゃいませジャングルへ 8
しおりを挟むいい加減に遅いと目を座らせた寿尚が「そろそろ奴ら、戻って来ないと教育的指導」と呟いたのがフラグになったのか、下草を踏む足音が聞こえてきた。
それと同時に不満そうに低く「ぅるるるっ……」と唸る声がする。
「おーい、スナさん。そこで拾ったヤツが、弱ってるのにオレの手に負えないくらいには元気なんだがどうするー?」
駆が先を歩いてその後を翠星が、何かほとんどオレンジ色に近い茶色の物体を抱えて着いて来る。
「くらタマの叔父さんの飼ってた、ペットとかなんすかね? わ、コラ暴れるな」
「ペットって言われて怒ったんじゃないのか? スナさんの家にも”飼われてやってる”とかいうタイプいたよな」
ハハハとノンキに笑って駆が言った。
「え? 猫がいたのかい? それなら早く俺によこしなさい」
寿尚が「さあ!」とばかりに両手を向けると、「そう余力もないみたいっすけど、一応気を付けて――」と駆に対して一噛みくらいはしてやる、という態度だったので『スナ先輩なら大丈夫だろ』とは思っても一言注意だけはした。
「うん、茶トラか。歴戦の猛者って感じの子だね」
不満そうではあっても、まあ許してやるか、という雰囲気が伝わってくる態度で寿尚の手に渡ったその茶トラは、「ほら、あの子はちいたま。君が仲良くしてくれるなら、一緒に飼う事になるけどどうかな?」と示されたタオルの波に埋もれた子猫を目にした途端、ピタリと動きを止めた。
「ちいたまはここの庭で拾ったんだけど、まさかお母さん?」
玉生が「勝手に連れて行っちゃった……?」とわたわたするのに「逆ならともかく庭にいたのはちいたまで、一週間前に目も開いてない状態だったなら可能性低いだろう」と詠が言うと「ここと外と出入りできるなら、この茶トラもここの中で弱ってなかったと思うぞ」と駆も続ける。
「ちいたまがうちに来たのは、生まれた日かその翌日だろうと思う。それにこの子は雄だよ、たま」
そう言う寿尚は明らかに迷惑そうな茶トラを物ともせず、毛の様子を確認していたが「よし、ノミとかはいないようだね。ちいたまには優しくするんだよ?」と縁側にそっと下ろした。
茶トラの方も理解したのかちいたまにそ~っと近付き、鼻先が触れるほどの距離に座り込んでじっと様子を見ている。
「その茶トラは怪我してるわけでもないようだし、単純に燃料切れだと思うんすけど実際どうなんすかね?」
救助してきた当人としては気になるらしく、翠星が訪ねると「僕の残したサンドならあるけど……」と玉生がまだ中身が半分残った箱をチラリと見て気不味そうに言う。
カツサンドを残すといつもの「肉を食え」と怒られるパターンになるのが予想できたので、あえてカツサンドから手を付けたら思った以上に重量感があり、スープの力でどうにか食べ切れはした。
するとどう頑張ってもお腹に入るのはあと一つが限界という状況になって、常温では生クリームが一番危険だという理由はあったにせよ、正直デザートが食べたくてついハムチーズを半分かじったところでフルーツサンドを美味しく食べてしまったのだ。
その結果、ハムチーズと卵というむしろいつもの昼食で食べている物が残り、玉生に罪悪感も残したのであった。
「クリームチーズを少し上げるくらいはいいけど、猫に人の食事は重いらしいよ。それに、猫用のご飯ならこの通り」
猫缶と小分けにされたキャットフードを、リュックとは別に肩に掛けていたトートバッグから取り出した寿尚は「いつ出会いがあるかわからないからね」と澄ました顔でニヤリと笑った。
猫缶を開けてサンドの空き箱に入れると、茶トラの前にそっと静かに押し出して「どうぞ」と勧める。
少しだけ考えたように見えた茶トラは、鮪風味のフレークをまずはペロリと舐めてみて気に入ったのか、あっという間にハグハグと食べ切ったその尻尾は、やや立ち気味にユラっと揺れている。
それを見た寿尚が「おや、尻尾が……」と呟くと、縁側に腰を下ろして温室をあちこち眺めていた翠星はチラリとだけ視線を向け、「たしか犬は振って猫は立てるんすよね?」と途中だったらしい食事を再開して食べ掛けのハムチーズサンドを手に玉生に貰ったスープを口にしている。
その間に玉生にスープの入った紙コップと残りの卵サンドを貰っていた駆は、あっという間にそれを食べてからふとスープを飲んだカップを見て、鞄のポケットからミネラルウォーターのボトルを取り出し空いた猫缶に「水も一緒に上げるものなんだよな!?」と注いでやった。
「うん、気が利くね。水分無しでドライフードはどうかと思ったけど、これならこっちも上げてよさそうだ」
箱の空いた部分に小袋から餌を足すと、今度は躊躇いもせずに茶トラが豪快にカリポリと口にする。
「たしかに食べ足りなさそうだけど、弱ってる時はあんまり一遍に食べさせるのってよくないんじゃなかったか?」
もっともな駆の言葉に、「うーん……」と少し悩まし気に寿尚が唸った。
「なんだか普通の猫ではなさそうでね。問題があれば自己判断できそうっていうか……」
その言葉は聞こえて内容も理解していそうなのに、茶トラは気にもとめないようでまだ物足りないといった態度だ。
猫の健康には慎重な寿尚が、そんな普通ではないと言い切ってしまうのはハッキリとした根拠があったからだ。
「尻尾がね、三編みでごまかしてるけど三又だから。時々こちら側に、常世から妖のモノが狭間を越えて渡って来るっていうから、そういうモノなのかと」
伝説のような話を当たり前のように話す寿尚に詠が「時々、噂にはなるな」と頷くのに、「スナさんは、常世って信じる派だったか?」と駆が意外そうな声を上げた。
「なんか現実主義者というか……オレとしては、見えない物は信じづらいんだが」
それに対して詠が「ああ、それで一部は都市伝説だという事になっているな」と反応を返したので、駆と玉生までがキョトンとした。
「え? ヨーミンも信じる派とは意外だなあ。夢は寝て見ろとか言いそうなのに」
心底驚いた顔の駆に、ニコリともせずに「それは見えない者からの認識として認める」と詠は平然と返して、「うちの両親の研究主題は“常世”だし、僕は見えているので疑い様がない」と言い切ったのだった。
「ん? 見えないモノが見える?」
心理学的な何かの比喩なのかとも考えどう受け取るべきか首をひねっている駆はともかく、玉生の方に中途半端なオカルトとしての微妙な知識を与えてしまうより、この際にハッキリと理解させてしまうべきかと寿尚は決断した。
「例えばそうだね、アルバイト先のミルクホールの生け垣の脇を通る時、たまは必ずそこを見て行くだろう?」
いきなりそんな話しをされて驚いたが、「うん。店長の飼っているジョンが、尻尾を振って見送ってくれるから」と玉生は答えた。
店主の自宅は店のすぐ隣で、腰高の生け垣を挟んだ場所の庭で犬が飼われているのだ。
「え? あそこの犬はマオマオ待ちの時に会った店主に、最近見なくなったって話をして老衰で亡くなったって聞いてるんだが?」
その話に納得したように「老衰まで大事に飼われていたんだろう」と当たり前の事としてそう言った詠に、「でもジョンは昨日もいたんだよ?」と玉生は困惑した。
そこで今まで黙っていた翠星が「くらタマはハッキリ見えすぎて、その手のモノに違和感とかまったくないみたいだから仕方ない」とそれこそ仕方なさそうに口にする。
「スナ先輩は見えてないけど分かってて、ミミ先輩はまったく見えてないし気のせいで終わる。とみヨは見えてるし分かってる」
「普通に暮らして問題ないなら、特に気にしなくてもどうという事もない」
やはりよく理解できなくて首を傾げる玉生に、詠がそう言って「問題があれば日尾野が何か言う」と付け足した。
「知らなきゃ知らないでいい話なら、まあいいのか」
そう駆が結論付けたので、玉生もそういうものだと思う事にしたのだった。
「あ、お前……まあ、毒ではないけど、ちいたまが真似したら困るから、そこのところは分かっておくんだよ?」
そして日尾野の声の先を見た者たちは、茶トラが玉生の残したハムチーズサンドの最後の一口を平らげてしまう場面を目撃してしまったのであった。
「とにかく一度、玄関の方にもどろう」
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