ぼくは帰って来た男

東坂臨里

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ぼくは帰って来た男 9

クルミさん(他人事)に聞いた女の負けられない戦いの話

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 その夜、クルミは『一晩で終わるといいな』と思いながら天蓋ベッドの陰で待機していたが、ふと部屋の中に力の流れを感じた。
それはどうやら目の前の布に遮られたベッドの上に留まっている様で、クルミは侯爵令嬢の眠る真っ暗な寝台をそっと覗き込んだ。
 夜目を術で付加していたクルミの目に飛び込んできたのは、集まった靄が人型の影になり令嬢に圧し掛かる場面で、その女性らしく嫋やかな影の曲線がボンヤリと発光している様に浮かび上がって見えたのだった。
 そして影は眠る彼女の耳元に「消えて、邪魔なの」と押し潰した声で囁き始めたが、普段の囀るような響きとは違ってもクルミはその声の主に心当たりがあった。
横顔のラインにもサインと一緒の時に見掛けるその人の面影があったので、クルミにはその影が彼女の生霊だと検討が付いたのだった。
クルミがあえて「妃殿下?」と声を上げて彼女を呼ぶと、影は慌てた様に靄に戻って、その形を崩し逃亡して行く。
すかさず八方に控えていた術者たちがその靄の痕跡を術で辿り追跡した先は、やはり彼女が亡夫の健在だった頃から住み続けている王家所有の宮殿の方角で、そこで気配が消えたと意見も一致したのだった。
念のために宮殿を出入りする者も含め呪いの残滓の有無を確認すると、王弟の未亡人のみに“それ”があると判明したのが確定であった。

 翌日、呪われている令嬢本人に今後の対応を尋ねてみると、「彼女、物静かで理想的な淑女だというファンがいらっしゃって、呪いの犯人としてもむしろその呪術の才能を持ち上げて、何かの教祖にでもなられては問題ありますわ」との意見だった。
それで後日、改めて呪い事件の聞き取り調査と称し取り調べをしようと、関係者一同で同意してその日は解散したのである。
ちなみに呪いに関しては「まさかこの人が」という話は珍しくないそうで、術者たちは「そう意外でもなかった」と苦笑いだったそうだ。

 そんな典型的な「まさか」のタイプだという彼女は、表に出ない心の中でその時々に自分の一番の邪魔になる者を常に恨んでいたと、対話で解析する取り調べ用の術で判明した。
結局、心の中の出来事で罪には問わない代わり本人にも秘匿のまま、その呪術の才能は厳重に封印してしまうという方法が取られた。
――と言えば聞こえはいいが、憎むでも恨むでもない相手を邪魔なので呪うという危険人物から、無自覚に振り回す凶器を取り上げただけだ。
実際にこれまでにも、彼女のライバルたちが王弟に嫁ぐプレッシャーでノイローゼになり、残ったのが彼女だったので家格は低いが王族に嫁いだという事例があり、奇しくも今回の事でそれが呪いだったとほぼ確定してしまった。
それ以外にも一点物の購入に関する噂など、「望む物を手にする強運がある。子爵令嬢とは争うな」と聞かされているという女性たちの公然の秘密も、カモフラージュのために聞き込みを行った先の令嬢や侍女が言葉を濁しながら話してくれた。
彼女とその取り巻きはそれを「神に愛されている」と称したが、何の事はない嫌がらせで立ち退きを迫るヤクザ者の手口と変わらない。
なので誰からもその才能を知らせずに葬る事に反対意見は出なかったそうだ。
 そして今回の聞き込みに対して「彼のご令嬢にも確かに問題はありますけども、呪われる程の事をなさったのかしら?」と実に慈悲深い表情でそう口にした彼女なので、今後は都合よく物事が運ばないだろうが誰も同情はしなかった。

 ちなみに運悪く王城に定期報告に参上していた勇者が、彼女の呪い事件の聞き込みという口実での能力の封印に駆り出されたのは、クルミから事情を聞いていたせいもあったりする。
未来の王妃候補の事でもあり機密的に人選が難しいなどと言われ「せめて女性の術者がよくないか?」と一応の抵抗はしたが、「彼女って自立した女性相手には被害妄想の気がありますの。スムーズにはいかないと思われますわ」と呪われている当の令嬢に説得された。
 普段からそういうマウントの取り合いが当たり前の女の争いがあり、表立っては王妃候補と悪態令嬢が対立派閥の頂点であるらしい。
しかし例の未亡人が令嬢二人とは十歳近くの差があり世代が違うが、王太子が丁度中間の年齢で未亡人の方とも年が近い事から、「彼女こそ次期王妃に相応しいのでは?」と軽口半分で話題になる事もあるのだとか。
王弟が亡くなった事で若い未亡人になった元子爵令嬢は、言葉は悪いが男好きのするタイプで、妃殿下という身分の未亡人である事から発言者は深く考えずに提案したのだろうが……


「ほんとうに王さまのおよめさんになりたかったから、じゃまーって思ったってことなんだあ?」

と勇者のかつての推測を勇はズバリと口にしたのだった。

 勇者としては『条件が合えば無意識にでも呪いが発動する事があるので、油断すると悪く作用するという話のつもりだったのだが……』
隣を歩いてる同級生にすら命を脅かされかねない“本当は怖いパワースポット”という怖い考えになってしまった。


++++++
今回は流れがうまくまとまらなくて、脱線しているうちに消して延ばしてとしているうちに、どうにか戻ってきたんですけど、見返すとどつぼにはまりそうなのでそのままアップしておきますので、細かい所はスルーしていただけると幸いです。うう
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