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ぼくは帰って来た男 5
六歳児とストレス勇者
しおりを挟む美玖が随分と式と札の考察に集中していたので、待っている間の暇を潰そうと勇も本を手にしていた。
研究時のクルミは休憩すら不要とする没頭型だったので、あの様子からして美玖もそう変わるまいという判断である。
それに魔法陣の製作に役立ちそうな資料を、あれだけ集めて積んでおいたのだ。
つい調子に乗ってしまったが、全部に目を通すだけでも結構な時間が掛かるだろう。
そういうわけで、実際の実験段階まで勇にはもう手伝う事が無いと思われる。
何かあれば美玖の方から呼ぶだろうと、それでもそう離れていない絵本コーナーに腰を据えていたのだ。
もっと対象年齢が高い本でも文章としての理解はできたのだが、六歳児はそれに興味を引かれなかった。
勇者は勇者で読書に全く興味が無いとは言わないが、六歳児を押し退けてまで活字を追う程の熱意は無い。
むしろストレス世界から戻って再開した自分の人生を、眺めているだけで癒されているのだ。
あの世界で何がストレスだったかというと、戦闘は当然の事としてその合間に、高貴な若者たちが勇者である彼を訪ねて来る事だった。
彼らなりの好意で「戦いだけに青春を費やすのは寂しい」という思いから押し掛け、それがかえって休息の邪魔になっていたのだ。
ただでさえ勇者などをやらされて、いつか帰るという思いだけで戦っていたというのに、友好を求められるのが正直面倒で仕方なかった。
本人たちは感謝を込めてと人の輪の中に誘おうとするのだが、それは口実で帰還を阻止したいのだろうと余計に勇者の内面を拗れさせた。
とにかく勇者側からしたら、戦闘以外に自分がやらなければならない事を増やすな、という心境だったのである。
幸いにも彼の後見人が賢者だったので、そのテリトリーに居れば彼らは無理に接触して来れなかったのが救いだった。
賢者の爺様は勇がこの世界と馴れ合って、帰還を希望している事を有耶無耶にされたくないと承知して、その思いを無下にしなかった。
だから余計に賢者の家が気楽で、勇者はすっかりそこに居着いたのだ。
あくまでも彼は自分の世界へ帰りたかったので、別れの日を祝える程度の交流に留めてくれた人にこそ親しみを持ったのは当然である。
本来ならば、油断ならなくて避けていただろう兄弟子と友誼らしきものを結べたのも、賢者からの繋がりであった事が大きかったに違いない。
などと迂闊にも懐かしく彼の人物を思い出してしまった瞬間、美玖の席の方に僅かに乱れた気配を感じた。
ハッとした勇は、勇者に感情が釣られたせいで難しい顔になり、パタンと絵本を閉じて呟いた。
「これはフラグが立ったんじゃなくて、きっと虫のお知らせのほうなんだね」
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