ぼくは帰って来た男

ぼくは帰って来た男 ２

帰って来た勇君の事情

『田舎の神隠し……多分、“ぼく”が召喚されたのと一緒の場所で消えたのかもしれない』

　勇者は両親の会話で、召喚前に通う様に立ち寄っていた無人の神社を思い出した。
　あの世界では、彼やその前に召喚されていたクルミだけでなく、何人かを儀式で召喚していると記録に残っていた。
それ以外にも贄を捧げる事で神を動かしたパターンもあった様だが、その場合は気象の変動などが目的だった様だ。
思い返すにあそこはおそらくパワースポットで、何某かの力を発動させやすい区域なのだろう。
今は無人で結界が閉じていないせいで、違う場所と繋がり易くなっているのだと思われる。
なお噂によると、気が付いたら隣町に居たとか、県を二つ三つ越えて発見されたとかいうパターンもあるらしい。

「おしょお月とかお盆とかで、行くときは気をつけなくちゃ」

　勇ゆうが小さく呟いて、そろそろ部屋へ戻ろうかと思っていると、カタッと軽くフローリングを擦る音がした。
多分、椅子から立ち上がった音だろうと気付いて、勇は少し慌てた。
勇者としての経験と内に秘めたポテンシャルから、子供の身体は力加減が難しくまだ上手く動けないのだ。
子供の軽い身体とはいえ、繋がった床の上では足音や床を動く振動は結構伝わり易く、つまり夜更かしがバレる。
そしたら怒られた上に、しばらくは監視のために親子三人川の字で眠ることになってしまうだろう。
正直それもイヤではないと六歳児の心は言っているが、夜中に実験をしたいので監視はご遠慮願いたいのだ。
授業中の仮眠で夜更かしが余裕なのは、勇者時代に野営で仮眠しながら敵地を横断した経験が身に付いているせいだろう。
つまりそういう勇者時代の遺産を、六歳児の身体でどれだけ使えるのかという実験をこっそりと行っているのだ。
また、現時点では身体が未熟で実行できないスキルが、成長によってどう変わっていくのかも検証していきたい。
　
『しかし』とやっとのんびりできると思っていた筈の、勇者の意識が溜め息を吐く。
せっかく平和な世界に戻って来たというのに、結局はこの有り様なのである。
理由を作って、のんびりできない姿をクルミたちが見たら「こちら側にようこそ」と笑われてしまうに違いない。
魔王討伐や環境改善の研究で私生活も削られ、それでも個人の研究を続ける彼らを「研究馬鹿」と呼んでいた勇だというのに。
この状況では、駆けずり回る生活に適応していたせいで、ちょっとした刺激を求めていると言われても否定し難い。

　とはいえ、勇には勇の言い分がある。
これでも帰還当初は普通に子供らしく、親に甘える小学生として生活を送ろうと考えていたのだから。
実験を始めたのにも切っ掛けというものがあったのだ。
　あれは入学して直ぐに行われた学校の行事、他学年も一緒のレクリエーションでの事だった。
その鬼ごっこで起こった巻き込まれの集団転倒である。