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第1章 「私が初めて殺されるまでの話」

29(402歳)「蜘蛛さん相手にお裁縫対決!」

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 今日も今日とて魔の森だ。

「今日は蜘蛛を捕まえるよ!」

「わふん!」

 そう、蜘蛛糸で洋服を作ってもらうのだ!
 セーラー服とかナース服とかを流行らせるんだよ!

 ブルーバードやデスキラービーは特定の生息地があったけど、蜘蛛は基本、群れを作らない。
 なので適当に、魔の森最深部で広く【探査】して強そうな個体を探す。

「……お? あれは『ジャイアント・プレデター・スパイダー』」

 全長数十メートルの、歩く捕食者。あれに服は作れそうにないなぁ……。

「次だ次! 【探査】――今度は『グレート・デーモン・スパイダー』かぁ」

 全長数メートルで、どの辺がデーモンなのかは分からないけど、Aランクの強敵。やつの巣にかかった者は、人間だろうが高ランクの魔物だろうが死を覚悟しなければならない。
 でもパワータイプで私が欲しいのとはちょっと違うな。

「次! 【探査】――『リーパー・タランチュラ』見っけ」

【隠密】に長けた怖いやつだ。死神のごとくふらりと獲物の背後に現れ、強烈な毒をぶすりと注入して相手を無力化する。
 でも毒が欲しいわけじゃないんだよなー……。

「次……【探査】! ……おや?」

 この数百年、見たことがないのがヒットした。

「あっちの方か……【瞬間移動】からのぉ【遠見】!」

 蜘蛛魔物の上空まで転移し、空間魔法【遠見】で視認する。【遠見】は望遠鏡みたいな魔法だね。障害物があるところまでは覗けない。

 全長1メートルほどでカラフルな色合いの体――いや違う、あれは服だ!

 なんてこったい、服を着た蜘蛛がいた!!
 こ、これは確保したい!

 蜘蛛はのんびり歩いてるところだった。
【闘気】を身にをまとい、若干の【隠密】も発動させてるな……【闘気】使いはすべからく達人。やり手かもしれない。

 せっかく見つけた変わり者だし、【闘気】持ちに敵対心を抱かれるのも怖い。
 まずはいつものようにエサで釣ろう。

「というわけで蜘蛛の進行方向前方へ行くよ! 【隠密】は全開ね!」

「わふっ!」

「では【瞬間移動】!」


    ◇  ◆  ◇  ◆


 その蜘蛛は、目の前に置いてあるドラゴン肉の刺盛りを警戒しているようだった。
 私とチビは、その様子を草むらから観察する。もちろん【隠密】は全開。

 蜘蛛は刺盛りには手をつけず、じっとしている……いや、ゆらりと顔を上げた。

 ……え? 目が合った?

 次の瞬間、蜘蛛の姿が消える!

 いかん! 【思考加速】100倍! 【闘気】全開!
 チビを連れて砦の自室まで【瞬間移動】!

「ち、チビ、今日はもう非番でいいよ」

 いったん【思考加速】を切り、チビに告げる。

「わふっ」

 私単身で再び先ほどのポイント上空へ【瞬間移動】。
 眼下を【探査】してみると……

「うわマジか!」

 さっきの蜘蛛が、私たちが潜んでいた草むらに佇んでいた……ちょうど背後を取る形で!

 うひー……マジもんの達人やないかい!
 どうしようかなーでも服着た蜘蛛なんて二度と会えないかもしれないし……。

「……ん?」

 何か足に絡みついているような……って、蜘蛛糸ぉ!?

「ぅわぁぁあああああ!?」

 物凄いスピードで地面へ引き寄せられる!

【思考加速】100倍からの、さらに上空へ【瞬間移動】!

「はぁはぁはぁ……」

【瞬間移動】の効果で足から糸を外すことができたけど……【探査】。あーやっぱり、足引っぱってきたのはさっきの蜘蛛だ……。
 あれかー、【闘気】を薄く広げてこちらの存在を把握したな? ネ○ェルピトーかなんかかよ! オレのエンは半径4メートルで十分なんじゃなかったのかよォ!

 でも、ますます欲しくなってきたなー……。
 遠距離からコソコソ様子を伺ってても仕方ないし、吶喊とっかんしてみますか!

「ダブル【防護結界】で体を保護して、【瞬間移動】!」

 蜘蛛の目の前数メートル先に転移した。
 
 目が合うや否や蜘蛛が跳躍し、木の上に逃げた。と同時にこちらへ蜘蛛糸を投げつけてくる!
 蜘蛛糸は【物理防護結界】にべちゃりと張りつく。
 信じられないほどの力で蜘蛛が引っ張ってくるが、私も【テレキネシス】で【物理防護結界】を押さえつけているから動かない。

「ねぇキミ! キミに危害を加えるつもりはないの! ちょっとお話できないかな!?」

 結界にはメッシュ状の穴を開けているから、相手には聞こえるはず。

「さっきのお肉は私からの贈り物! 毒なんて入ってないよ? なんなら私が毒見するよ!」

 言葉が通じるかどうかはわからないけど……戦うつもりがないことが伝わってくれれば僥倖ぎょうこうだ。

「…………」

「…………」

 私と蜘蛛との間に、無言の空間。そして、

 するするするする……

 はたして蜘蛛は、木から降りてきてくれた!
 同時に、結界に張りついていた糸がずるずると落ちる。どういう原理なんだろう?

「ほら、お肉食べない?」

【アースボール】で蜘蛛の前方数メートル先に皿を作り、【アイテムボックス】からドラゴン生肉を落とす。【ウィンドカッター】で一部切り取り、【テレキネシス】で私の方へ運び、結界に少しだけ開けた隙間から結界内に入れ、そのまま口へ運ぶ。

「美味しい! ほら、毒はないよ?」

 本音を言うと、味つけなしの生肉はあまり美味しくなかった……。
 でも相手に差し出すものをわざわざけなすことはない。『つまらないものですが……』なんて言われて喜ぶのは日本人くらいなもんなのだから。

「…………」

 ――ぱくっ

 お、蜘蛛さんが肉に口をつけてくれた!
 よしよし、懐柔作戦第1段階はクリアだ。餌付けこそ交渉の基本にして奥義!

【闘気】を張りつつ、ダブル【防護結界】は解除。

「ねぇ蜘蛛さん、あなたのお洋服、素敵だね。こういう服とか、どう思う?」

【アースウォール】で作った台の上に、城塞都市で買った中古服を並べていく。

 肉を平らげた蜘蛛さんは、針のように鋭い前足で女性用の上着を持ち上げ、じろじろ……ギョロギョロ?……と見つめたあと、

「…………フッ」

 ――え、なに? 今、鼻で笑った!?

 そして次の瞬間、信じられない光景が。
 蜘蛛さんの尻からふわりと糸が出て、針のような前足が目にも止まらぬ速度で動き、そしてみるみるうちに出来上がる、先ほど見ていた女性用上着と同じような服。
 しかも【アイテムボックス】から取り出した色とりどりの染料――って【アイテムボックス】持ちの魔物!? いやいやそこに驚くのはあとにしよう――で染め上げられたリボンやフリルが縫いつけられ、まさしく『目の前にある女性服の完全上位互換』が出来上がった。
 染められた部分がべっちゃりしてることもない。染めるそばから魔法で乾燥・定着させていたから。

「な、ななな……」

 こ、この子は凄い。間違いなく凄い! 欲しい! 何がなんでも欲しい!!

「ど、どどどドラゴン肉追加であげるよ」

「…………」

 むしゃむしゃ。

 あ、今気がついた。
 この子、肉を食う時は一番前の針みたいな2本の足は使わない。この2本は裁縫のための足なんだ。

 ふぉぉぉおおおおお! なんだこの子、なんだこの子!?
 異世界転生者の魂でも入ってんじゃないの!? ……いやまぁ現実の話としては、異世界転生者は先代勇者と私の2人だけってのは女神様からも言われた通りなんだけれども。

 つまりこの子は、純粋にめちゃくちゃ器用で賢い個体ってことだ!

「ね、ねぇキミ、私と一緒に来ない? ご飯ならいくらでもあげるよ? 毎日ドラゴン肉を食べさせてあげる。キミのその、素晴らしい裁縫の腕が欲しいんだ」

「――――……」

 蜘蛛さんは私の目をしばし見つめたあと、おもむろに尻から糸を出し、それはそれは滑らかな手触りのハンカチを作った。

「……え?」

 差し出される。

「え、ま、まさか……私に同じものを作れと?」

「…………」

 じっと見つめてくる蜘蛛さん。

「いや、私はそういうのは専門外というか、やったことないっていうか……」

「…………フッ」

 !?

 今バカにされた!?

「――じゅっ!」

 蜘蛛さん相手に宣言する。
 言葉が通じてるかどうかなんて関係ねぇ。てめぇ、誰をバカにしたか思い知らせてやるからなぁ!

「10分後にもう一度ここに来てください! 本物のハンカチを見せてあげますよ!」

 追加のドラゴン肉を残し、【1日が100年になるワンハンドレット・部屋ルーム】へ【瞬間移動】!


    ◇  ◆  ◇  ◆


 というわけで、内部時間で1年間程がっつり修行してきた。
 来る日も来る日もタンパク質から糸を生成し、それを編んで布にし、ハンカチを作り、腹が減ったらメシを食い、集中力が切れたら気絶する日々。

「さぁお待たせしました!」

 はたして外部時間で10分後、蜘蛛さんはちゃんとその場にいてくれた。

「見ててください!」

【アイテムボックス】内部には、この1年で溜め込んできたタンパク質――魔物肉から抽出したもの――が、がっつり入っている。

 蜘蛛糸の原料はタンパク質。
 これを【水魔法】で粘らせながら【テレキネシス】で寄り合わせて糸を作り、【火魔法】で望みの硬さ・粘度まで固まらせる。

 なんちゃって蜘蛛糸の完成だ。
 伊達に1年修行してきてないよ!
 タンパク質をシームレスに糸に変えるのはお手の物。

 ……まぁ【思考加速】100倍かつ指先にがっつり【闘気】をまとわせて、器用さを最大限引き上げてるんだけど。

 続いてこの糸を、手織りの要領で縦横と編んでいき、数分をかけてハンカチの完成!

 どやさ!

 ハンカチを【テレキネシス】で差し出すと、

「…………フッ」

 !?

 やれやれ……って感じの蜘蛛さんのジェスチャー。
 続いて蜘蛛さんは、先ほど自身が作った女性服の方を前足で指し示す。

「いや、それはさすがに無理だよ……っていうか自分で作れるならキミを頼る意味がないじゃん」

「…………フッ」

 !?

「……や、や、や、やってやろうじゃねえかよこの野郎!」


    ◇  ◆  ◇  ◆


 というわけで、追加で10年ほど。
 外時間で2時間半くらいになるんだけど、蜘蛛さんは律義に待ってくれてたよ。

「み、み、見ててくださいよ!?」

 糸を寄り、布を織り、服を作る!
【闘気】全開の目にも止まらぬ速さで手を動かし、服を作ること小一時間。

「はぁっはぁっはぁっ……ど、どうですか!?」

 まぁ若干ヨレたり歪んだり、染め方にムラはあるけどさ、許してよもう……。

「…………」

 蜘蛛さん、私の渾身の作品をギョロギョロ眺めたあと、

「…………フッ」

 !?

 しかして、蜘蛛さんは私の前まで歩み寄り、その前足で私の頭をぽんっと叩いた。

「ぉ、ぉ、ぉおお……もしかして、認めてくれた?」

 試しに【従魔テイム】の首輪を出して見せても、距離を取る素振りを見せない。

「や、や、や、やったー! ありがとう! これからよろしくね!」

 こうして苦節11年。
 私は念願の仕立屋さんを手に入れた!


    ◇  ◆  ◇  ◆


 ステータスを見せてもらったんだけど、蜘蛛さんのレベルは132だった! マジか、まさかの英雄・賢者超えレベル!
 そしてスキル【裁縫】がカンストのLV10!

 ちなみに11年間育てた私の【裁縫】はLV3止まり……。

 そして気になる種族名が【アラクネ】。
 上半身が女性ってわけではないんだけど、案外、機織りの腕を女神相手に自慢したやんちゃ娘の魂でも入ってるのかもしれない。

 あ、もちろんアラクネさんにも、レベル200になるまでレベリングしてもらったよ。





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追記回数:4,649回  通算年数:413年  レベル:600

いつもお読み頂きありがとうございます!
次回は主人公アリスではなく主人公の母ママンが暴れ回るお話です。
お楽しみに!
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