上 下
18 / 143
第1章 「私が初めて殺されるまでの話」

16(401歳)「図らずも競売ごっこ。あと活版印刷チート発動!」

しおりを挟む
「ギルドマスター殿、話が違いますぞ!」

 アポを取っていたという商人さんがぶち切れる。

 ……まぁ、気持ちは分かる。
 意気揚々とやって来たら、部屋には4歳の先客がいて、土地を賭けてこの4歳児と競売しろと言われたんだから。

「そうは言われましても……アルフォート様からは本件に関する商談のアポを頂いただけの段階であり、まだ契約は結んでおりませんので」

「ぐぬぬ……」

 商人さん改めアルフォートさん――って菓子か!――が、私をまるで商売がたきを見るような目で睨んでくる。
 あ、まさしく商売敵だったわ私。

 いやん、いたいけな(数百)4歳児をそんなに睨まないでよね。
【威圧耐性】LV8がなけりゃ泣いてたよ。

「……仕方ありませんな。時間が惜しい。さっそく始めてもらいましょうか」

 切り替え早いなアルフォートさん! 優秀な商人さんなのかも。

「では中央通り沿いの一等地200平方メートルに対しまして、競りを開始します。まずは最低価格の5,000万ゼニスから」

 5,000万!?
 いい値段してんねぇ!

「5,500万!」

 お、いきなり500万円上げてきた。
 威勢がいいね! でも威勢のよさならこっちだって負けちゃいない。

「6,000万!」

「なっ!? 6,500万!」

 一気に引き離してやろう。

「8,000万!」

「な、なんだと!? お嬢ちゃん、遊びじゃないんだ。本当に払えるんだろうな!?」

「払えますよ? ――【アイテムボックス】」

 言って私は小金貨がじゃらじゃら入った革袋をいくつも取り出して見せる。

「な、ななな……くそっ、折角の店舗立上げのチャンスなんだ! 諦めるわけには……8,500万!」

「9,000万!」

「…………………………………………おやぁ?」

 脂汗をかいていたアルフォートさんが、思いついたように顔を上げた。

「なぜ、500万ゼニスしか上げなかったのかな?」

 ――ぎくぅッ!

 実は私の現金だんやくには限りがある。

 2億あったお金も、大人買いで2,000万ほど散財し、教会兼孤児院へは調子に乗って3,600万あげちゃった……まぁ一気に孤児が100人以上増えるんだから、あげすぎとは思わない。先々のことを考えれば、むしろ少ないくらいだろう。
 で、孤児院増設の建築費に5,000万くらい残しておきたいんだよね。ちょっと考えてることがあるから、念のため多めに。

 ってことで弾いた上限が9,900万ゼニス!
 もちろん商人ギルドマスターに砂糖やらを500万で売った分も入れてるよ。

 その懐事情から、一気に上げるのを躊躇ためらってしまった。

「あ、上げれますよ! なんなら今から9,500万にしましょうか?」

「1億ゼニス!!」

「ぎゃぁあああああああっ!!」

 やられた! ここでまさかの現金だんやく切れ!!

「おやおや、ここまでのようだね?」

 にやりと微笑むアルフォートさん。

 ……まだだ! まだ終わらんよ!

「【アイテムボックス】!」

 ――ことん

 テーブルの上に、1匹の折り鶴を置いた。――『紙』製の。

「……これ、なんだと思います?」

「……え? 羊皮紙を折ったもの……? いやしかし、羊皮紙ではここまで繊細な折り目をつけることは……それに、なんだこの美しい白さは!?」

 折り鶴を手に取り、目の前にかざして凝視するアルフォートさん。

「なっ……しわも毛穴もない! それに、この薄さは……もしやこれは、動物の皮が原料ではない?」

「ご名答」

 そう、羊皮紙でもパピルスでもない。『紙』だ。
 パピルスは折ると割れてしまうし、分厚い羊皮紙ではここまで精巧な折り紙はできない。

 魔の森で試作してたんだよね、紙。

 テンサイ砂糖にベヒーモス・バターにベヒーモス・チーズ、デスキラーホーネットの蜂蜜から作った蜂蜜酒ミードに蜂蜜漬け、蒸留酒や黒色火薬、コンクリートに方位磁石に顕微鏡にゴム製品……様々なものを試作したもんだけど、中でも一番ヤバイ発明品が、この『紙』。

 活版かっぱん印刷技術と組み合わせることで、時代を変えるほどのポテンシャルを持つ。

 何せ羊皮紙に比べて圧倒的に安く作れる!
 だって羊皮紙って、現代日本ですら1枚数千円からするんだよ!? 高すぎィ!

 そんなに高価な羊皮紙と、本といえば全て手書きの時代。
 1冊数十万ゼニスとか数百万ゼニスなんて当たり前。
 魔法を学びたくても教本が買えない。薬師を目指したくても辞典が買えない。情報伝達といえば公示人による口頭での布告。技術の伝承は口伝。

 そこに、安価で量産可能な書籍が大量に出回ったらどうなると思う?

 識字率爆上がり!
 知識人大量発生で新発明連発のルネッサーンス!

 ……まぁ同時に、下手に知恵をつけたり思想にかぶれて自由だー革命だーなんて言い出す層もいるかもしれないし、そういった層を恐れて焚書したり知識人を殺して回る支配者もいるかもしれない。
 とはいえ識字率上昇で国家転覆なんてのは眉唾だし、ナチ○もポ○ポトも中世ヨーロッパ世界からすれば遠い未来の話だ。あまり神経質にならないで行こう。

 もし、私が生きている間に変な方向に行きそうだったら、最悪ロードすればいいしね!

「これは、羊皮紙よりも圧倒的に安く作れる、『紙』と言うものです」

「な、ななな……」

「あとこれ、なんだと思います?」

 言って今度はA4サイズの紙と、インク、試作型なんちゃって活版印刷機A4用を取り出し、『こ・ん・に・ち・は・ホ・フ・マ・ン・さ・ん』という文字の活字――ハンコみたいなやつだね――をめる。
【テレキネシス】で活字にちょちょいとインクを塗り、紙へ力強くスターンプ!

 A4の紙に突如として現れたあいさつ文に、アルフォートさんとギルマスさん、完全にフリーズ。

「お、お、おぉぉ…………」

 たっぷり1分程固まってから、アルフォートさんが再起動した。

「なんてことだ……どうして今まで誰も思いつかなかった!? 印鑑は古くから存在するのにも関わらず、だ! この方法なら、本を量産できる!!
 お嬢ちゃん――いえ、アリス様と仰いましたかな!? この『かみ』! 羊皮紙よりも安く作れると仰いましたが、どこまで安くできますか!?」

 おっ、紙と活版印刷を見て、私を小娘扱いするのをやめたらしい。
 いいね! 4歳児相手でも有能と見れば丁寧に対応できる。頭の柔らかさは商人の美徳だ。

「そうですねぇ……量産体制が整えば、羊皮紙の軽く100分の1いけるでしょうね」

 現代日本人の感覚からすれば、A4用紙1枚1円まである。まぁさすがに現代地球ばりの機械設備と製造ラインを用意するのは無理だけど。

「ひゃくぅ!?」

 頓狂とんきょうな声を上げたアルフォートさん。テーブル越しに私の肩を掴み、

「実は私、製本業を営んでいるのです。だから、この『かみ』と『文字を打つ道具』の素晴らしさはよぉ~~~~っく分かります! なにとぞ製法を! 製法を教えてくだされぇ!!」

 アルフォートさん、お菓子屋さんじゃなくて本屋さんだった。

「タダで教えるわけないじゃないですかぁ……あと顔が近いです」

「……し、失礼。取り乱しました」

 座り直すアルフォートさん。

「でも、私のお願いを5つほど聞いて頂ければ、お教えしますよ……?」

「……な、内容を聞かせて頂いても?」

 期待と不安の入り混じったアルフォートさんの顔。額は汗でびっしょりだ。
 それだけ、紙と活版印刷技術のチートっぷりを認めてくれているということなんだろう。

「1つ、今競売しているこの土地を、私に譲ってください」

「くっ……仕方ないですね。承知しました」

「2つ、土地の代金を支払ってください」

「……ぷっ、あっはっはっ! 肝っ玉の据わったお嬢さんだ。いいでしょう、支払いますとも。この『紙』と『道具』があれば、私の勝利は約束されたも同じなのですから!」

 約束された勝利の本! エクスカリブック!

「3つ、この新技術で製本業を営むにあたり、まず現在羊皮紙制作・販売業と写本業を営んでいる人を雇ってください――彼らはこの新技術により、確実に職を失いますから。
 そして、私が斡旋する人を必ず雇ってください。その上でさらに人手が足りない場合は、未亡人や怪我で引退した元冒険者など、職に就きにくい人を優先して雇ってください。
 これを広める目的の1つに、街の治安維持・改善がありますので」

 4歳児とはいえ中身は数百30歳。従士長パパンの娘として仕事するよ!

「素晴らしいお心がけですな。その条件も飲みましょう」

「4つ、刷る本は聖書と、【アイテムボックス】!――この魔法教本を優先してください」

「構いませんが、理由をお聞かせ頂いても?」

「ここはとにかく魔物が多い上に、枯れた厳しい土地です。自衛や生活向上のために、簡単な魔法は使えた方が良いでしょう。そして、下手に力をつけた人が良からぬ行為に走らぬよう、女神様の教えをしっかり学ぶ必要があります。
 いっそ、聖書と教本をセット販売して頂けるとありがたいです」

「なるほど、承知しました」

「5つ、この新技術は、遠からずロンダキルア領領主や他領の貴族、国王陛下のお耳に届くでしょう。もし技術を開示・販売するように求められた時は、まず私にご相談ください。
 そして、相手方の目的が技術の独占による利益ではなく、製本業の拡大にあると判断した場合は、全面的に知識を開示します」

「なっ……そんなことをされてしまっては、私の利益がなくなってしまう!」

「どこかから声がかかるまでに少なくとも1年はあるでしょう。工房を完成させるまで徹底的に秘匿し、稼働と同時に大々的に販売すれば、1億ゼニスくらいすぐ回収できますよ。
 特にこの街は冒険者が多い。魔力を覚えたくとも本を買うお金はないって層は結構いるはず。それでなくとも、私の父が軍の強化のために大量に購入するでしょうし、そうするように進言しておきます。砦に数千人詰めている軍人さん。そんな軍人さん1人に魔法教本1冊の時代……ふふふ、胸が躍りませんか?」

「お、おぉぉ……」

「格安で本を出せるとなれば、今まで、知識はあってもお金がなくて出版を諦めていた層が、自身の知識を本にするでしょう。ありきたりな神話や英雄伝だけでなく、様々な人たちが思い描いた空想物語が本になって出回るでしょう……ワクワクしませんか?」

「素晴らしい! 新時代の幕開けですな!」

「そしてあなたの名は、新時代の開拓者として未来永劫語り継がれるでしょう!」

「うぉぉおおおおお!!」

 ――ヨシ!(指差呼称しさこしょう

 上手くアルフォートさんを誘導できたっぽい。
 まぁ一介いっかいの本好きとしては、本の種類が増えるのはきっと嬉しいことに違いない。

「私の目的は、この国の国民全員の地力向上です。いつ魔の森で魔物の暴走スタンピードが発生しても、魔王国軍が攻めてきても、対抗できるような民になってもらいたいのです」

「ははっ、怖いことを仰いますな」

「笑い事じゃないんですねぇ、それが。魔の森の深部って、地竜アースドラゴンとかベヒーモスとかがうじゃうじゃいるんですよ?」

「な、ななな……あっ! 昨日、冒険者ギルドに伝説級の魔物100体が納入されたという話を聞きましたが、まさか……」

 にこっ

 4歳児のあどけない微笑みに、引きつり笑いをするアルフォートさんとギルマスさん。

「まぁそんなわけで。いかがでしょう、この話。受けて頂けますか?」

「喜んで! と言いたいところですが……この土地、我が製本所で作った本の販売店舗として買うつもりだったのです。今の話を聞くと、製本速度が一気に向上するのは間違いない。少しでもいいので、この土地の片隅に店舗を開かせてはもらえませんでしょうか? それさえ飲んで頂ければ、この話をお受け致しましょう」

「うむむ……」

 この土地は、あのつつましやかな工房兼店舗の約1.5倍の土地。

「端っこに細長い店舗でもよければ……」

「構いませんとも! ではさっそく、契約書を作りましょう!」

 そんなわけで、私はタダで土地と働き口を手に入れた――数百年先の技術と引き換えに。





*******************************************
追記回数:4,649回  通算年数:401年  レベル:600

回、中世ヨーロッパ世界に鉄筋コンクリートが現出!
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

嘘つき師匠と弟子

聖 みいけ
ファンタジー
見事な満月の晩。その魔術師は幼い少年をひろった 驚くほど鮮やかな青の瞳をした少年は、魔術師と会った晩のことを何も覚えていなかった 少年の心を守るため、魔術師は小さな嘘をつく 「お前を俺の弟子にすることにした」 精霊と共に、世界を気ままに旅する強面の魔術師が、人形のような幼い少年を子守りする話

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

転移術士の成り上がり

名無し
ファンタジー
 ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

幼女と執事が異世界で

天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。 当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった! 謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!? おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。 オレの人生はまだ始まったばかりだ!

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...