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第二十五話 薬草採取(前編)

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「そろそろ薬草が切れて来たわね」

 休日の朝、薬草棚を点検する。昨日はなぜか大量に客が来たから薬が飛ぶように売れたし、サシャが接客をしている間に薬を作らないと販売が追いつかない状況だった。ほんと、サシャを雇って良かったわ。いい子だし、読み書きできるし、信用できるし、居なかった時のことを思うとぞっとしちゃう。

(というかなんであんなに客が来たのかしら。昨日までそこそこだったのに……謎だわ……)

 ジャックがキッチンから顔を出した。

「在庫ねぇなら買って来てやろうか」
「愚かね。薬草なんてその辺に売ってるわけないでしょ」
「そうなのか。どこで買うんだ?」
「専門の販売業者があるからそこに頼んだり、探索者に頼むんだけど……」

 いかんせん、その業者はツァーリ家と繋がっている。
 絶対に実家には頼りたくないから、同じ業者を使うわけにはいかなかった。
 ──お父様の耳に入ったら嫌だしね。

「探索者か」
「でも、私が使う薬草は特殊だから……摘み方を間違えたり保存方法や運び方を間違えると、すぐにダメになるのよね」

 だから、その辺の探索者に頼むわけにもいかない。
 探索者には護衛としてついてもらって、私が自分で摘まなきゃ。

「というわけで、出かけてくるわ。お前はサシャと店をお願い」
「あ? 探索者はどうすんだよ」
「雇うに決まってるでしょ。お金はかかるけど高位の探索者を見繕ってもらうわ」

 ドン、と私の目の前でジャックが壁に手を突いた。
 この下僕、私の道を塞ぐなんていい度胸ね。調教が足りなかったかしら。

「何のつもり?」
「探索者雇うなら、男か」
「そうなるでしょうね。むさくるしいけど仕方ないわ」

 私よりも上背のあるジャックに道を塞がれると結構な威圧感がある。
 これはあれね。喧嘩を売ってるのね?
 よし買うわ。幸い、護身用の毒薬なら十セットほど用意してあるもの。

 私は身構えた。

「十秒数える間に退きなさい。さもないと……」
「雇う必要なんかねぇ。探索者ならここに居るだろうが」
「…………はぁ?」

 今日のこいつ、何か変じゃない?
 どこに探索者がいるってのよ。どこにも居ないじゃない。

「何言ってんの。頭おかしくなったの?」

 怪訝に見ると、ジャックは懐から首飾りを差し出してきた。
 硬貨のようにまるいそれはプラチナ色で文字が刻まれている。

「ん」
「なにこれ。探索者資格証……は?」

『以下の者を絶級探索者であることを証明する』
『ジャック・バラン』

 絶級。絶級ってなんだっけ。
 確か最高位が幻級だから……一個下じゃなかった?

「お前、高位探索者だったの……?」
「本職じゃねぇけどな。ちっと用があって利用させてもらった」

 ちょっと驚きすぎて頭がついて行かなかった。

 こいつが探索者? 
 じゃあ初めて会った日、なんで店の前で倒れてたの?

 そもそもなんで探索者なのに私の店に?
 バラン公爵家の令息が、なんで探索者に?

 目まぐるしく浮かび上がる疑問の数々。
 泡のように弾けては消えるそれに手を伸ばしていると、違和感を覚えた。

(あれ?)

 それはこいつと出会った最初の日。
 実家に頼れないと言って、金がないと断言したこいつの言葉。

(治療費を払うお金がないって……探索者なら稼げるわよね?)

 治療費が払えない故にこいつは私の下僕になったんだから。
 そうじゃなかったらここには居ないはずで、居る必要もないはずで。
 それなのに、どうして……

「──ラピス様? お出かけですか?」

 我に返った私はジャックの向こうにいるサシャに頷いた。

「え、えぇ。ちょっと薬草を切らしたから買ってくるわ」
「えぇー! わ、わたしも行きたい……」
「私が出した課題は終わった?」
「あう……まだです……」
「なら留守番ね。というかリリも居るんだから無理でしょ」

 そのリリは今、二階で遊んでいる最中だ。
 本当なら妹の相手をしているサシャは私の助手として薬草学の勉強をしている……あ、そうだ、サシャの勉強用の薬草も摘んでおかなきゃ。

「また今度、一緒に行きましょう。いいわね?」
「うう……約束ですよ?」
「ん」

 頷くと、ジャックが蒼氷色アイスブルーの瞳をぎらつかせた。

「んでどうすんだ。俺を連れて行くのか?」
「……そうね。依頼料はいくら?」
「この前小遣いもらったからな。要らねぇよ」
「……そう」

 色々聞きたいことはあるし、疑問もあるけど。
 こいつがここに居るのは、こいつが自分で選んだことだろうし。

「じゃ、行くわよ。ちゃんと私を守りなさい」
「おう」

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