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第三話 異才の片鱗

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 アヴァロン帝国は群雄割拠の乱世を統一した覇権国家だ。
 百を超える国を併合した国とあって大陸中の人間が集まっている。
 その中で最も恐れられる家といえば、誰もが揃ってツァーリ―公爵家と言うだろう。

『命が惜しければツァーリに逆らうな。夜道を安全に歩きたいならば』

 ツァーリの偉業は畏怖と共に囁かれ、今や街談巷説の類まで飛躍している。
 それも無理はない。ツァーリ公爵家は建国戦争の折、一万の敵軍から奇襲を受けた帝国軍の殿を務め、逆に敵軍を潰走させしめた伝説の一族だ。それ以降も、アヴァロンの統一にはツァーリの活躍が大きかった。建国から二百年経った今もなお、ツァーリの伝説は人々の中で語り継がれているのだ。
 その伝説を相手に──

「絶対に逸るなよ。今回の任務はあくまで捕縛だ」

 夜闇に溶けるような黒衣で路地裏に潜む一団があった。
 気配を消した集団は注意して見なければそれと分からないほど景色に溶け込んでいる。そこはちょうど、ツァーリ公爵家の玄関口を見通せる場所だった。

「──来た」

 公爵邸の中から一台の竜車が現れ、真夜中の中央通りを走っていく。
 黒づくめの男たちは頷き合い、決して悟られぬように後を追った。

「……やはり西門に向かっているようだな」
「頭領。いつ手を出すんで?」
「ウルカナ荒野だ。彼女が公爵領へ向かっていることが確信出来ればな」

 直径数十キロルの面積を誇る広大な帝都の西門は、ツァーリ―公爵領へ続く最短ルートだ。今回の事件の大きさから見ても公爵は彼女を安全なところに隠そうとするはず。

 要は、逃亡しようとしていることが明確になればいい。
 黒ずくめの男たちの目論見通り、竜車は何度か休憩を経てウルカナ荒野に至った。

 双角馬パイルコーン夜狼ニュクスウルフ等、夜を生きる獣たちが徘徊している。
 街道を走る竜車を、夜の獣たちは注意深く見ていた。

「……間違いない」

 この先には公爵領しかない。
 駆け足で竜車を追い続けて来た男たちは頷き合った。

 偵察部隊が魔導映写機で決定的な瞬間を取る。
 頭領は岩陰に隠れながら手信号を振り、合図を出した。

 周囲に潜んでいた影たちが一斉に飛び出し、竜車を取り囲む。

「ツァーリ公爵令嬢。ご同行を──は?」

 空っぽ・・・だった。
 姿を悟られないために接近出来なかったことが仇になった。
 竜車は御者すらおらず、屋形のなかは何もなかったのだ。

「頭領。王都に残した手勢が東門から公爵家の馬車が走ったと連絡が」
「しまった──っ!」

 つまりは囮。
 まんまと一杯食わされた頭領は地面を蹴った。

「追手をつけさせろ! 決して見失うな!」



 ◆◇◆◇



「なーんて、今頃思ってるのかしら」

 日の出になって、公爵領の裏口からひっそりと街中に出る。
 周りを見渡してみるけど、いちおう気配はない。
 さすがにもう追手は居ないだろう。
 あいつらは私が放った囮を追いかけて右往左往しているはずだ。

「東門から出て行ったのも囮なんだけどね」

 本物の私は最初から帝都に残っていた。
 灯台下暗しだ。まんまと引っかかって馬鹿みたい。

「ま、おかげでだいぶ時間が稼げたわね。十分だわ」

 そのうち皇族に危害を加えた罪とやらで帝都の外に布告が出されるだろうけど……広すぎる帝都の街中からたった一人の女を見つけ出すなんて早々できることじゃない。

 その間にお父様が動く。
 あの人だって馬鹿じゃない。
 ツァーリ家の名に傷がつかないよう皇帝に事実確認くらいするはずだもの。

「さてと。行きますか」

 重たいトランクをがらがらと引いて帝都の下町に出る。
 貴族と違って朝から働く平民たちは賑やかで、既に活気に満ちている。普段、この時間に熟睡している私としてはちょっと珍しい景色だった。きょろきょろと周りを見渡すけど、平民の格好に扮した私に気付く者はいない。うん、いい感じ。

「確か、こっちの方向に……」

 私が向かったのはお母様と私で買い取った一軒家だった。
 貧民街寄りで正直あんまり治安はよろしくないけど、お母様が公爵家に嫁入りする前の侯爵家の名義になっているし、人口が一番多い区画でもあるから皇族の足が及ぶことはないはずだ。何万軒もの家の中から私に繋がる一軒家を見つけるほど官僚たちは暇じゃない。

「あった」

 二階建ての一軒家は他の平民の家と大差ない。
 お世辞にもツァーリ―公爵家の名に相応しいとは言えないけど、ツァーリも最近は名前だけ大きくなりすぎている気がするし、別にいいや。

 ツァーリの誇りは心に宿る。
 皇族なんかにひよったお父様たちに教えておけばよかった。
 それはともあれ。

「今日からここが私の城。薬屋ラピスの開業よ!」


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