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第一話 毒殺疑惑
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「僕に毒を盛ったようだな、ラピス」
「──……は?」
一ヶ月ぶりに婚約者が目覚めた。
そう聞いた私が急いで駆け付けたら、婚約者から罵声を浴びた。
皇族の私室である。
豪華な部屋の中、婚約者はベッドの上にいた。
(何言ってるの。何のこと?)
痩せ細った身体は骨と皮のようで、眩しかった金色の髪は色褪せている。
だけどその目は私を鋭く睨んでいた。
婚約者の周りにはたくさんの医者や看護師、あと関係ない女もいる。
「ラディン殿下、ご無理をなさらずに」
「シルル。いいんだ。これは僕がやるべきことだ」
いかにも頭が緩くて私可愛いんですと全身で主張する女だ。
清楚な白いドレスに花柄のレース、まあるいサファイア色の瞳は涙を浮かべている。
第一皇子の私室に居るにしてはあまりにもそぐわない。
…………なるほど?
誰だっけ。確か、えっと……アレだわ。
シルル・バース子爵令嬢だわ。
最近殿下に近付いていたと耳には聞いていたけど……。
ふぅん。そう。こいつがね。
私は肘を組んで仲睦まじい二人に相対する。
「一ヶ月ぶりの挨拶にしては品がないわね。何のことか教えていただけるかしら」
「とぼけるな。お前が僕に毒を盛ったんだろう。だから僕は倒れたんだ」
ラディンが倒れたのは約一ヶ月前のことだった。
いつものようにお茶会をしていたら突然意識を失い、大わらわになった。
当然、私が毒を盛ったことも疑われたけど、帝城のお抱え医師と現場の侍女の証言により毒の線は消え、診断の結果、アルフォンスは『神秘病』という不治の病だと判明した。
神秘病。
一度かかったが最後、徐々に身体が魔力粒子へと変化し、最後には死に至る病。
その消えた粒子が空に消える様が神の身元に還っているようだとしてつけられた。
──お母様が死んだ病と、同じ。
ぎゅっと拳を握る私に殿下は語る。
「聞けば君は僕が倒れている間、研究室にこもり切りだったようじゃないか。ここに居るシルルは僕のために毎日聖水を浴びて神に祈りを捧げてくれたというのに、毒を盛った犯人じゃないとそこまで冷たい態度は取らないぞ」
「お言葉ですが殿下、ラピス様は──」
「キーラ。いい」
王子に差し出口を挟もうとした侍女を止める。
私が研究室に籠っていたのは事実だ。侍女が王子に抗議したら何をされるか。
これ以上、私の身内を傷つけさせるものですか。
「第一皇子ともあろうお方が、真実を見抜く眼も持っていないの?」
「なっ──少しは反省の態度を見せたらどうなんだ!」
「私が犯人なら悔しがりこそすれ、反省なんてしないでしょう」
「やはり貴様が──っ!」
「愚かね」
夏の日にミンミン鳴き続ける油蝉よりも耳障りだった。
うんざりした私は淡々と事実を突きつけてみる。
「もしも本当に私がお前を殺したいならもっとやりようはあるわよ。大体、誰が殺す相手のために毎日薬草を摘みに行って調合のために夜遅くまで研究室に籠らなきゃいけないの。お前を消したいなら遅効性の毒を盛って誰にもバレないように殺してるわ。ツァーリの女はバレるような悪事を働くほど愚かじゃない」
ツァーリ―公爵家は王家と同等の力を持ちながら王家に忠誠を誓う、王侯派の貴族。
共和制なんて謳っている革命派の貴族と違って殿下を傷つける理由はない。
そもそも、私が研究室に籠っていたのはラディンの病を治すだった。
お母様と同じ病──神秘病。
あの忌ま忌ましい病に二度と私の身内を奪わせないために奮闘していたのだ。
まぁこいつを身内と呼んでいいかは分からないけど。
それこそ寝る間を惜しむくらいに頑張ったんだし、身内に入れてもいい。
それなのに……
私はラディンの隣でこちらを窺う自称清楚女を見つめた。
「お前ね、私の婚約者をたぶらかしたのは」
シルル子爵令嬢は涙目を浮かべている。
しまいにはふるふると首を振って顔を覆って見せた。
「そんな、わたし、ただ殿下に良くなってもらいたくて」
あざとい。
大抵の男はこれでコロっと騙されるんだろうけど、そうはいかない。
「何が目的? 王太子妃の座? 二番目じゃ満足できない?」
「……っ、そ、そんな」
「どうでもいいけど、その愚かな頭で国の王妃が務まると思わないでね」
「さっきから聞いていれば!」
ラディン殿下が声を荒立てる。
「私のために力を尽くしてきたシルルになんて言い草だ!」
「神に祈れば病は治るの? 馬鹿馬鹿しい。あいつらは私たちがどれだけ祈っても助けてくれたことなんてないでしょうに。あなた、自分がなぜ目覚めたか気付いてないの?」
「シルルが祈ってくれたからだろう! 祈祷を馬鹿にするな。少なくとも、貴様のように毎日薬を作ってるイカレた女よりマシだ。僕のことを大切にしてくれる彼女を貶めることは許さんぞ」
「あっそ。ならその彼女と仲良く暮らせば?」
「そうさせてもらう。婚約破棄の書類は後ほど送る。牢屋の中で待ってろ」
ラディンが手を鳴らす。
すかさず私の後ろからやってくる近衛隊騎士たち。
そこに見慣れた顔を見つけて私はギロりと睨んだ。
「ルアン。お前まで何をしているの」
「お姉様、既に証拠は出ているんですよ」
私の実の弟──ルアン・ツァーリ。
ツァーリ家の証である、わたしと黒髪赤瞳。生意気にも髪を伸ばしてる。
殿下の腰巾着になっていたと聞いていたけど、まさかグルになって私を貶めるとは。
ルアンは私の前にガラス瓶を突き出した。
「あなたの部屋から毒瓶が見つかりました。姉上。以前からあなたの王子に対する不遜な態度はどうかと思っていましたが……まさか毒殺までしようとするなんて。あなたと血が繋がっていることが恥ずかしい。あなたはツァーリ家の恥晒しです」
「……ふぅん」
その場にいる者達にも異論はないようだった。
婚約者の気分が楽になるようにと作った薬がゴミ箱に捨てられている。
じりじりと、兵士たちが迫る。このままじゃ私は牢獄行きだ。
──冗談じゃない。
「よし、逃げましょう」
「は?」
「ツァーリの女は悪に屈しないのよ!」
ドレスのポケットから毒煙玉を取り出す。
振り上げ、地面に投げつけた。
『!?』
──……ぼんっ!
と、毒々しい紫色の煙が部屋中にもくもくと広がり、その場にいる者達を覆い尽くす。
病み上がりとか医者とかいるけど、犠牲になってもらおう。
どうせ死にはしないんだし。
「行くわよキーラ!」
「お、お嬢様」
「に、逃がすな! 追……おぇええええ」
吐き気を催した騎士たちの間を通り抜けて包囲網を脱出する。それでも追いかけようとしてきたから、足を引っかけて仲間の吐瀉物に顔を突っ込ませた。これで良し。
「相変わらずえげつない……」
キーラの頬が走りながら引き攣った。
「というか、逃げ出してどうするんですか!」
「どうするも何も、逃げるしかないでしょう。お前、大人しく私に虜囚になれというの?」
「逃げ出したら罪を認めたようなものです! しかも皇族に攻撃までして……せめて公爵家に援助を要請するべきでした!」
「愚かね。そんな悠長な真似、私を貶めたい彼らが許すわけないでしょう」
追手に追いつかれる前に走る。
驚く使用人たちの間を通り抜け、兵士たちが何事かと声をかけてくる。
幸いにもラディンの戯言はまだ伝わっていないようだ。相変わらず詰めが甘い。
「皇子の部屋に侵入者よ! 捕まえなさい!」
「……っ、は!」
通りすぎる兵士たちを哀れむように見ながら、
「……お嬢様、あっちには毒煙が蔓延してるんじゃ」
「大丈夫よ。お腹の中が空っぽになるまで吐き続けるだけだから」
「あの人たちに罪はありませんよね」
「これも兵士の仕事よ」
「嫌な仕事ですねぇ」
「兵士なんてそんなものでしょ」
キーラと二人で馬車に乗り込む。
徐々に騒がしくなる王宮を脱出し、私たちは公爵領へ向かった。
「まずはお父様に相談しましょう。私を虚仮にした代償を払ってもらわないとね」
「──……は?」
一ヶ月ぶりに婚約者が目覚めた。
そう聞いた私が急いで駆け付けたら、婚約者から罵声を浴びた。
皇族の私室である。
豪華な部屋の中、婚約者はベッドの上にいた。
(何言ってるの。何のこと?)
痩せ細った身体は骨と皮のようで、眩しかった金色の髪は色褪せている。
だけどその目は私を鋭く睨んでいた。
婚約者の周りにはたくさんの医者や看護師、あと関係ない女もいる。
「ラディン殿下、ご無理をなさらずに」
「シルル。いいんだ。これは僕がやるべきことだ」
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清楚な白いドレスに花柄のレース、まあるいサファイア色の瞳は涙を浮かべている。
第一皇子の私室に居るにしてはあまりにもそぐわない。
…………なるほど?
誰だっけ。確か、えっと……アレだわ。
シルル・バース子爵令嬢だわ。
最近殿下に近付いていたと耳には聞いていたけど……。
ふぅん。そう。こいつがね。
私は肘を組んで仲睦まじい二人に相対する。
「一ヶ月ぶりの挨拶にしては品がないわね。何のことか教えていただけるかしら」
「とぼけるな。お前が僕に毒を盛ったんだろう。だから僕は倒れたんだ」
ラディンが倒れたのは約一ヶ月前のことだった。
いつものようにお茶会をしていたら突然意識を失い、大わらわになった。
当然、私が毒を盛ったことも疑われたけど、帝城のお抱え医師と現場の侍女の証言により毒の線は消え、診断の結果、アルフォンスは『神秘病』という不治の病だと判明した。
神秘病。
一度かかったが最後、徐々に身体が魔力粒子へと変化し、最後には死に至る病。
その消えた粒子が空に消える様が神の身元に還っているようだとしてつけられた。
──お母様が死んだ病と、同じ。
ぎゅっと拳を握る私に殿下は語る。
「聞けば君は僕が倒れている間、研究室にこもり切りだったようじゃないか。ここに居るシルルは僕のために毎日聖水を浴びて神に祈りを捧げてくれたというのに、毒を盛った犯人じゃないとそこまで冷たい態度は取らないぞ」
「お言葉ですが殿下、ラピス様は──」
「キーラ。いい」
王子に差し出口を挟もうとした侍女を止める。
私が研究室に籠っていたのは事実だ。侍女が王子に抗議したら何をされるか。
これ以上、私の身内を傷つけさせるものですか。
「第一皇子ともあろうお方が、真実を見抜く眼も持っていないの?」
「なっ──少しは反省の態度を見せたらどうなんだ!」
「私が犯人なら悔しがりこそすれ、反省なんてしないでしょう」
「やはり貴様が──っ!」
「愚かね」
夏の日にミンミン鳴き続ける油蝉よりも耳障りだった。
うんざりした私は淡々と事実を突きつけてみる。
「もしも本当に私がお前を殺したいならもっとやりようはあるわよ。大体、誰が殺す相手のために毎日薬草を摘みに行って調合のために夜遅くまで研究室に籠らなきゃいけないの。お前を消したいなら遅効性の毒を盛って誰にもバレないように殺してるわ。ツァーリの女はバレるような悪事を働くほど愚かじゃない」
ツァーリ―公爵家は王家と同等の力を持ちながら王家に忠誠を誓う、王侯派の貴族。
共和制なんて謳っている革命派の貴族と違って殿下を傷つける理由はない。
そもそも、私が研究室に籠っていたのはラディンの病を治すだった。
お母様と同じ病──神秘病。
あの忌ま忌ましい病に二度と私の身内を奪わせないために奮闘していたのだ。
まぁこいつを身内と呼んでいいかは分からないけど。
それこそ寝る間を惜しむくらいに頑張ったんだし、身内に入れてもいい。
それなのに……
私はラディンの隣でこちらを窺う自称清楚女を見つめた。
「お前ね、私の婚約者をたぶらかしたのは」
シルル子爵令嬢は涙目を浮かべている。
しまいにはふるふると首を振って顔を覆って見せた。
「そんな、わたし、ただ殿下に良くなってもらいたくて」
あざとい。
大抵の男はこれでコロっと騙されるんだろうけど、そうはいかない。
「何が目的? 王太子妃の座? 二番目じゃ満足できない?」
「……っ、そ、そんな」
「どうでもいいけど、その愚かな頭で国の王妃が務まると思わないでね」
「さっきから聞いていれば!」
ラディン殿下が声を荒立てる。
「私のために力を尽くしてきたシルルになんて言い草だ!」
「神に祈れば病は治るの? 馬鹿馬鹿しい。あいつらは私たちがどれだけ祈っても助けてくれたことなんてないでしょうに。あなた、自分がなぜ目覚めたか気付いてないの?」
「シルルが祈ってくれたからだろう! 祈祷を馬鹿にするな。少なくとも、貴様のように毎日薬を作ってるイカレた女よりマシだ。僕のことを大切にしてくれる彼女を貶めることは許さんぞ」
「あっそ。ならその彼女と仲良く暮らせば?」
「そうさせてもらう。婚約破棄の書類は後ほど送る。牢屋の中で待ってろ」
ラディンが手を鳴らす。
すかさず私の後ろからやってくる近衛隊騎士たち。
そこに見慣れた顔を見つけて私はギロりと睨んだ。
「ルアン。お前まで何をしているの」
「お姉様、既に証拠は出ているんですよ」
私の実の弟──ルアン・ツァーリ。
ツァーリ家の証である、わたしと黒髪赤瞳。生意気にも髪を伸ばしてる。
殿下の腰巾着になっていたと聞いていたけど、まさかグルになって私を貶めるとは。
ルアンは私の前にガラス瓶を突き出した。
「あなたの部屋から毒瓶が見つかりました。姉上。以前からあなたの王子に対する不遜な態度はどうかと思っていましたが……まさか毒殺までしようとするなんて。あなたと血が繋がっていることが恥ずかしい。あなたはツァーリ家の恥晒しです」
「……ふぅん」
その場にいる者達にも異論はないようだった。
婚約者の気分が楽になるようにと作った薬がゴミ箱に捨てられている。
じりじりと、兵士たちが迫る。このままじゃ私は牢獄行きだ。
──冗談じゃない。
「よし、逃げましょう」
「は?」
「ツァーリの女は悪に屈しないのよ!」
ドレスのポケットから毒煙玉を取り出す。
振り上げ、地面に投げつけた。
『!?』
──……ぼんっ!
と、毒々しい紫色の煙が部屋中にもくもくと広がり、その場にいる者達を覆い尽くす。
病み上がりとか医者とかいるけど、犠牲になってもらおう。
どうせ死にはしないんだし。
「行くわよキーラ!」
「お、お嬢様」
「に、逃がすな! 追……おぇええええ」
吐き気を催した騎士たちの間を通り抜けて包囲網を脱出する。それでも追いかけようとしてきたから、足を引っかけて仲間の吐瀉物に顔を突っ込ませた。これで良し。
「相変わらずえげつない……」
キーラの頬が走りながら引き攣った。
「というか、逃げ出してどうするんですか!」
「どうするも何も、逃げるしかないでしょう。お前、大人しく私に虜囚になれというの?」
「逃げ出したら罪を認めたようなものです! しかも皇族に攻撃までして……せめて公爵家に援助を要請するべきでした!」
「愚かね。そんな悠長な真似、私を貶めたい彼らが許すわけないでしょう」
追手に追いつかれる前に走る。
驚く使用人たちの間を通り抜け、兵士たちが何事かと声をかけてくる。
幸いにもラディンの戯言はまだ伝わっていないようだ。相変わらず詰めが甘い。
「皇子の部屋に侵入者よ! 捕まえなさい!」
「……っ、は!」
通りすぎる兵士たちを哀れむように見ながら、
「……お嬢様、あっちには毒煙が蔓延してるんじゃ」
「大丈夫よ。お腹の中が空っぽになるまで吐き続けるだけだから」
「あの人たちに罪はありませんよね」
「これも兵士の仕事よ」
「嫌な仕事ですねぇ」
「兵士なんてそんなものでしょ」
キーラと二人で馬車に乗り込む。
徐々に騒がしくなる王宮を脱出し、私たちは公爵領へ向かった。
「まずはお父様に相談しましょう。私を虚仮にした代償を払ってもらわないとね」
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