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第一章

第十話 五大竜、来たる

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 ざわざわと、小屋の前にある広場には人だかりが出来ている。
 所狭しと並び、不安そうに顔を見合わせているのは小人族たちだ。

「話があんだと」

「もしかしてまた配給減量の話だべか」

「勘弁してくれ。これ以上削られたら生きていけねぇべよ」

「なんか新人ぽい奴らだべな。今度は暴力振るわれなきゃいいけんど」

 彼らは口々に囁いては、小屋の前に立つ人族のほうを見る。
 広場の中央に立ったオリバーは「ほぉー」と感心したように言った。

「全員集めてみるとけっこういるもんだな」

 のべ数百人くらいだろうか。
 むしろこれくらいの人数で広大なぶどう畑を管理してたのは驚嘆すら覚える。
 それだけ小人族が酷使されてきたのだと思うとやりきれない思いにもなるが。

 さて。

「あー、小人族の諸君」

 シェスタに急かされたオリバーはごほんと咳払いする。
 ささやきの波が嘘のように静まり返った。
 オリバーは慎重に口を開く。

「君たちを使役していた『鷹の紋章』だが、諸事情あって君たちを解雇することにした」

「「「!?」」」

 もちろん嘘である。
 ただ、雇い主を殺した物騒な奴だと思われるのも何なのであえてぼかした。
 ざわざわと、小人族たちが顔を見合わせている。

「君たちはもう奴隷じゃない……シェスタ」

「はい」

 シェスタは小人族を縛り付けていた首輪を次々と外していく。
 解放された小人族たちは夢を見ているように呆然としていて、現実を受け入れていないようだ。
 小人族の少女が、不安そうにオリバーを見上げた。

「あの。あなたは私たちをどうするつもりですか?」

 オリバーは肩を竦めた。

「どうもしない。ぶどう畑は一部だけ残して後は焼くから、好きにするといい。もう自由なんだし」

「好きにするといったって……」

 発言した小人族が顔を伏せた。
 きれいな金髪で隠れた目は虚ろのようだった。

「……わたしたちは故郷を焼き払われて奴隷になりました。どこにも行く当てがありません。ここを出ても、また奴隷として使役されるだけです」

「ん……そうか」

「はい」

 そういえばと、オリバーは思い出す。
 小人族は昔から人族に奴隷として使役されてきた歴史があった。
 屋敷妖精ビーグルなどと呼ばれており、主人に首輪を切ってもらうことが解放の証となる。
 屋敷妖精はどの国でも高く売られるため、森で暮らしてもすぐに捕まってしまうのだ。

「……そうだったな。配慮が足りなかった。えー、君、名前は?」

「イリナと申します。亡き長老の娘です」

 長老を引き合いに出したということは、この場の代表と考えていいだろう。
 彼女の発言は小人族の総意だと受け取ってもいいかもしれない。

(話が早くて助かるな)

 イリナの言葉に感化されたのか、小人族たちが次々と口を開き始めた。

「イリナの言う通りだべ。どうせあいつも人族だし……うちらを使い倒すに決まってる」

「腹のなかじゃ何を考えてるか分かんねぇべな」

「実は俺たちを売り飛ばすために罠を張ってるのかもしんね」

 ──重症だな。

 オリバーは内心で嘆息した。

 小人族の中で人族への憎悪と嫌悪が積み上がっている。
 にも関わらず、彼らの中にあるのは『どうやって自由になるか』ではなく『どうやって生き延びるか』になっている。人族を嫌悪しながら人族を主と仰いで生きるしかない矛盾を抱えているのだ。生き方は人それぞれだから文句を言うつもりはないが、それでは『死んではいないだけで生きてはいない』とオリバーは思う。

 ──剣聖として剣を振るっていた俺も、そうだったな。

 自嘲気な笑みをこぼし、オリバーは言った。

「なぁお前ら、それでいいのか?」

「──え?」

 くだけた口調で語りかけるオリバーにイリナが目を瞬かせる。
 温厚な飾りをかなぐり捨てた元剣聖は告げるのだ。

「奴隷根性が染みついたままでいいのかと言っている」

「……っ」

 小人族が動揺し、イリナが奥歯を噛みしめた。

「あ、あなたに何が分かるんですか! 小人族はどこまで行っても奴隷階級です! たとえ人族の手から逃れても他の種族に使役される存在……戦利品のように扱われてきたわたしたちの気持ちが、あなたに分かりますか!?」

 そうだそうだ、と小人族から声が上がった。
 生まれながらにひ弱で魔力も少なく、神魔大戦でも大した活躍をしなかった小人族。
 亜人の仲間からも蔑まれる自分たちの痛みが、分かるわけがないのだと。

 力が欲しくても手に入らない。
 自由を手に入れても裏切られ殺され捨てられる。
 人としての生き方すら許されない痛みが、分かるわけがないのだと。

 だが。

「──知るか、そんなもん」

 オリバー・ハロックは吐き捨てた。

「な……」

 不遜に、彼は告げる。

「俺はお前らじゃないんだ。お前らが紡いできた歴史も、お前らが積み重ねた経験も分かるはずがない。お前らが俺のことを何も知らないようにな」

「それは、確かにそうかもしれませんが」

 しかしそれでは、自分たちは一生このままではないのか。
 誰にも理解されず、奪われ、他者に仕えて生きていく生き方しかできないのではないか。
 そんな暗い絶望が小人族のなかに広がって。

「でも──たとえ痛みが分からなくても、手を差し伸べることは出来る」

「え」

 光ある言葉が彼らの頭上を照らし出す。
 オリバーは言った。

俺に雇われろ・・・・・・。小人族」

「「「……!」」」

「奪われる側でもなく、奪う側でもない。自分の手で自由を掴みとれ」

 次々と、小人族たちは顔を上げた。
 盲目に他者に従うのではない。それは自由を夢見た人の眼だ。

「そのための道は作ってやる。生きるための術は教えてやる。だが、掴みとるのはお前らだ」

「あなたは……何を、」

「このままでいいのか? 首輪に繋がれ、奴隷として生き、ゴミのように捨てられる死を望むのか?」

「「「……っ」」」

 この問いは卑怯だ。答えなんて決まっている。
 そう自覚しながらもオリバーは言った。

「最後にもう一度聞くぞ──このままでいいのか?」

「「「嫌だ!!」」」

「ならどうする。俺の言葉を疑い、剣を取り、俺を殺すか? それとも、この手を取り、共に故郷を築く未来を選ぶのか?」

「みんな」

 イリナは小人族に振り返り、そして満足げに口元を緩めた。
 武器を取るものはなく、小人族の意思は統一されていた。

「そう、ですよね。たとえ得体が知れなくても……こんなチャンス、二度とない」

 呟き、イリナはオリバーのほうを見た。

「ラヤール氏族、スヒラム老が娘、イリナ・スヒラムが問います。あなたの言葉に偽りはありませんか?」

「光の女神イルディスに誓おう」

「再度問います。あなたは誰ですか?」

「我が名は、オリバー・ハロック」

「「「え!?」」」

「元は『剣聖』の二つ名で通ってた。今は美食家だ。よろしく」

「「「「ええええええええええええええええええええええええ!?」」」」

 小人族が絶叫を上げた。
『剣聖』は別名、『亜人族の英雄』と呼ばれている。
 当然、彼らにもその噂は通っているだろう。

「あ、あなたが噂の!? 不屈の英雄、女神の愛し子、数多の亜人を救い、魔族との戦いを勝利に導いた人族の天敵にして人族の剣! オリバー・ハロックというのですか!? 死んだと聞きましたが!?」

「あれは嘘だ。実は生きてた。面倒だから内緒で頼む」

「え──……!?」

「というわけでだ」

「どういうわけですか!?」

「俺に雇われるのか?嫌なのか? そろそろ決めてもらえると助かる」

「……」

 イリナは呆れたように息を吐いて、オリバーの手を取った。

「もちろん、よろしくお願いします。オリバー・ハロック様」

「ありがとう」

「ところで、私たちは何をすればよいのでしょう? 雇うとは、奴隷とはどう違うのですか?」

「奴隷に対価はないけど、労働者にはある。具体的には、そうだな。これは考えている最中だが──」

 オリバーはぶどう園を見回して言った。

「せっかくこんなに美味いぶどう畑があるんだ。これを収入源にしよう。俺の名義で商会を作るから、お前たちには農園の収穫の手伝いとか、物資、流通の管理、資金のやりくり、あとはいろいろ任せたいと思っている。好きに運用してくれ」

「あの、それ、私たちがダンジョンの管理をするということですか? それは、今とどう違うのでしょう……?」

「だから報酬があるんだってば。そうだな……お前らが収穫したものの99パーセントを君たちにあげよう」

「「「は!?」」」

「お金とかも必要か? 必要なら、貿易売上の9割を分け前としてあげる。あとは綺麗に分配してくれ」

 残りの一割を必要としているのは護衛代のようなものだ。
 本当は必要ないのだが、剣聖に守って貰って当たり前という認識でいてもらっては困る。
 金があるから責任が伴い、そこに信用が生まれることをオリバーは知っていた。

「ま、待ってください!」

 イリナが震える声で言った。

「は、話がうますぎて怖いです……わ、私たちに何をさせるつもりですか?」

「さっき言った通りだけど?」

 イリナは困惑したように周りを見渡し、小人族が自分と同意見なのを確認する。
 それから俺に視線を戻して、悲鳴みたいに叫んだ。

「じゃ、じゃあ。あなたは、私たちに故郷をくれるだけじゃなく、衣食住も、自由も、資金力も与えて! それなのに、自分は何も求めないということですか!?」

「そうだなぁ。このぶどう園のぶどうを食べさせてくれたら、それで満足かな。俺は美味しいものが食べたいだけだし」

 オリバーは首をかしげた。
 何か間違ったことを言っているのかと思い返すけど、特に変じゃないはずだ。
 シェスタを見る。なぜか彼女は満足そうにうなずいていた。

「さすがは我がご主人様です。海よりも広く寛大な心をお持ちですね」

「いやいや、それは褒めすぎ……」

 とオリバーが苦笑した時だった。
 突如、シェスタが顔色を変えて上を見上げた。

「どうした、シェスタ?」

「なにか……来ます」

 低くしゃがんでいつでも飛び出せる戦闘態勢をとったシェスタ。
 そのただならぬ様子に気付いた小人族の代表は顔面を蒼白にした。

「あ、あの。オリバー様、先ほど『鷹の紋章』がわたしたちを解雇することにしたとおっしゃいましたが、その、グレンという方はどうなっていますか?」

 偽りを許さない、縋るような目だった。
 オリバーは正直に答えた。

「グレンは死んだよ」

 イリナは悲鳴を上げた。

「じゃ、じゃあやっぱり! あの魔道具の効果も切れてるってことです! まずい、まずい……みんな、今すぐこの場から離れて……いやでも、それじゃ間に合わない、あぁどうしたらっ!」

「おいおい、いきなりどうし──」

「ご主人様、来ます!!」

【グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!】

 咆哮が、響き渡った。
 何か大きな影がオリバーたちを覆い、彼らは頭上を見上げる。

「最悪の災厄、滅びの火焔。神の怒り……その名を表す言葉は星の数ほどありますが」

 がたがたと膝を鳴らして、イリナはへたり込んだ。

「は、はは。わたしたち、もう終わりです……」

 それは赤き翼をはためかせ、黄金色の瞳が世界を睥睨していた。
 不機嫌そうに揺れる尻尾が風を起こし、大地に亀裂を走らせる。

【風がかぐわしい香りを運んだ。よもやと思い来てみれば、かような楽園が隠されていようとは。まこと人の業というものは底が知れぬ】

 グルル、とそれは牙をむき出しにした。

【この焔王竜をたばかった罪、万死に値しようぞ】

 五大竜が一翼。
『焔王竜』サラマンディアが、そこにいた。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 名前:サラマンディア
 種族:焔王竜
 レベル;5392
 天職:なし
 技能スキル:なし                               

 体力:判定不能
 魔力:判定不能
 敏捷:判定不能
 幸運:判定不能
 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー     


 見上げたオリバーは呑気な口調で、

「あぁ、なんだ。サラじゃねぇか」


 と言った。



 ◆



【んん……? お主、オリバーか?】

「サラ、久しぶりだな!」

 気さくに手を上げたオリバーの一言に、サラマンディアは翼をはためかせた。
 喜ぶように空を滑空し、口元を吊り上げる。

【なんじゃお主、生きてたのか!】

「あぁ、まぁな」

【なんじゃなんじゃ、こんなところにおったのか! 会えてうれしいぞ!】

 竜が発した一言に、一瞬だけ周囲の空気が緩んだ。
 小人族は、シェスタは安堵したのだ。

 ──あぁ、この竜は剣聖の知り合いなのだ。

 ──剣聖の存在ならば、自分たちを滅ぼすこともないだろう……。

【これで心置きなく決着をつけられるというものじゃ!!】

「「「!?」」」

 甘い幻想は一秒で砕かれた。
 空中を滑空した竜の爪が閃き、地上に衝撃を走らせる。
 地割れが起きたような衝撃が大地を揺らし、オリバーの足元に亀裂が出来た。

「………………」

 周りが身体を振るわせて縮こまるしかないなかで。

 どすん、と。
 赤き竜はオリバーの眼前に着地する。

【滅びの山での決闘、凍てつき高原での邂逅、そして神と魔神の戦い……三度みたびの決闘を経ても決着はつかず……貴様が死んだと聞いた時、妾は喪失感に駆られたものよ。永遠に決着をつけられぬとな】

 サラマンディアは喉を唸らせた。

【だがいかな偶然か、神々は再び我らを引き合わせた】

 その声音は歓喜に満ち溢れている。
 どすん、と。軍靴の音がごとく、竜は地面を踏み鳴らした。

【さぁ武器を取れ、我が宿命の敵よ! 其方の剣と我が焔、どちらが優っているか、今こそ命を以て証明しようぞ!】

「いや、無理」

【貴様の聖剣デュランダルであれば我が爪も………………なんじゃと?】

 ぱちぱち、と竜は目をしばたかせる。
 オリバーは肩を竦めた。

「だから無理なんだって。俺、もう剣聖じゃないし」

【は?】

「美食家に転職したんだ。今の俺は聖剣を使えない」

 正確に言えば月に一度だけ使えるが、先ほどグレンに使ったばかりだ。
 どの道、今の自分が聖剣の力を使ったところでサラマンディアには勝てないのだろう。

(あー、めんどうなのが来たなー。たぶんこのままじゃ納得しねぇんだろうなー)

 そんなオリバーの内心は的中していた。

【なんだそれはっ!?】

 竜は激怒した。
 怒りのあまり鱗という鱗から焔が噴き出すような怒りようだった。

【貴様っ! 妾との決着の前に転職なんぞに手を出しおったのか!?】

「そこだけ聞くと俺、妻が妊娠している間に浮気した男みたいだな……」

【大した違いはなかろう! 妾がこんなにも待ち焦がれておったのに……貴様は、貴様というやつはっ!!】

 怒りがサラマンディアを支配する。
 元々赤かった鱗は深紅の輝きに満ち、大地が、空気が燃え始める。

「う、くる、しい……!」

「息が……!」

「なんて、魔力濃度……五大竜の名は伊達じゃないということですかっ」

 小人族が苦しげに蹲り、シェスタは尻尾を逆立てて震えている。
 ぽりぽりと、オリバーは頭を掻いた。

「まぁ待て、サラ」

【待つわけあるかぁっ! 貴様を焼き尽くし、この未練ごと消し炭にしてくれる!】

「だから待て。お望み通り勝負をしよう。但し、別の方法でだ」

 ぴたりと、サラマンディアは動きを止め、

【別の方法、じゃとぉ?】

 グルル、と胡乱げに唸る。
 オリバーは頷き、

「そうだよ。どの道、俺が剣聖だった頃もお前とは引き分けが関の山だったじゃねぇか。つまり実力は伯仲してるんだよ。だったら、暴力以外で勝負したほうがいいとは思わねぇか?」

【思わぬな】

 サラマンディアはばさりと翼を広げる。

【我が誇りは爪と牙、そしてこの身を滾る焔よ! 我が身に迫る人の子に感嘆を覚えこそすれ、勝負から逃げるなど我が誇りが許さぬ!】

「へぇ、まさか怖いのか?」

【なに……?】

 オリバーは鼻で笑った。

「まさか誇り高き五大竜が人間ごときの提案する勝負に乗らないってこたぁあるまい?」

【……ふん。安い挑発だ】

 サラマンディアは笑った。
 翼をたたみ、オリバーに鼻先を近づける。

【だが真理でもある。よかろう! そなたの挑発に乗り、勝負と行こうではないか! じゃが、いかに勝負をする? 言っておくが、どちらかが不利になる勝負を仕掛けようというならば──】

「いいや、ある意味お前が得意で、大好きなやつだぜ」

 オリバーは懐から酒瓶を取り出し、

ワイン対決・・・・・。どちらが多く飲めるか、勝負といこうじゃねぇか」

 ダンジョンの存亡をかけた戦いが、今始まろうとしていた。



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