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第一章
第一話 岩塩を探せ
しおりを挟む──アドアステラ帝国、国境。
──カイゼル大森林北端部。
「さてさて、塩を探すって言ってもどこを探すかなー」
間違いなく塩があるのは海辺の街だろうが、そこに行くまでに吐き気すら覚える食べ物を食べ続けるのは我慢できない。前世の記憶なんて思い出さなければ、野宿の男料理なんてお手のものだったのに。
「だとすると……岩塩、だよな?」
岩塩は海水から精製されるのとは別種の塩だ。
確か、海底が地殻変動か何かで地上に出て来て、水が蒸発して塩分が固まったものだとか。
前世の世界ではヒマラヤ山脈だかどこかが岩塩の名産地だったはず。
つまり、険しい山岳地帯にそれらしきものを探せばいいわけだ。
「それならちょうど、この森がいいんじゃないか?」
カイゼル大森林は険しい山岳地帯にある。
元々の環境が厳しい北の大地との境目であり、森の中には岩地もある。
海底が隆起してできた土地なのかは分からないが、可能性としては充分だろう。
(最悪、南に進んでいけば塩にはありつけるはず)
前世の曖昧な知識を元に、オリバーは呑気にそう考えていた。
「岩塩って言ったら、やっぱ白い岩だよな? たぶん。白いのは塩だから、それを見つければ勝ちか」
こういう、生死に関係のない冒険をするのは久しぶりだとオリバーは思った。
塩があるかないか。傍から見ればくだらない価値観のなかで生きられる。
それがどれだけ幸せなことか。
かれこれ五時間以上歩いているが、疲れはまったく感じなかった。
「塩が取れたら、肉が食べたいな」
前世を思い出した今、焼肉には塩が一番だとオリバーは思う。
じゅわじゅわと焚火で滴る肉の脂……。
そこに塩をかけて、肉の味が口のなかいっぱいに広がって……
「あー、腹減って来たなぁ」
そんな想像をしていた時のことだった。
「う、ぅう……」
「!?」
森の中で銀髪の少女が倒れていた。
見れば、五匹の魔狼たちがそいつを取り囲んでいる。
そうと気付いた時、オリバーは樹の上に登って奇襲をかけた。
「「「「「!?」」」」」」
まずは一匹目。
奇襲と同時に脳天を勝ち割り、その死体を蹴り上げて二体目の動きを封じる。
三体目、ようやく動き始めた魔狼を顎の下から殴り、足を掴んで後ろから襲い掛かって来た四体目に投げ飛ばす。
最後に五体目。
他二匹の攻撃を隠れ蓑に頭上から飛んできた魔狼に、オリバーは息を吸い込み。
「わっ!!!」
と叫んだ。
カイゼル大森林に響きわたるほどの大音量。
生来、耳が良いとされる魔狼にはとんでもない苦痛に感じたことだろう。
魔狼たちは一匹目の死体を残し、脱兎のごとく駆け去って行った。
一息つき、オリバーは倒れている少女の下へ。
「大丈夫か?」
「う……」
よく見れば、少女の頭には狼の耳が生えていた。
腰の後ろからはふさふさの尻尾が伸びている。
至るところから血を流している少女の首には首輪とちぎれた鎖があった。
心眼が自動的に発動し、少女の正体を暴きだす。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
名前:シェスタ・ファルム・ドゥリケ
種族:銀狼族
レベル:24
天職:なし
体力:S
魔力:D
敏捷:SS
幸運:F
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(銀狼の一族か……なるほどな)
オリバーは少女──シェスタの事情を概ね察し、持っていた包帯で治療していく。身体を触られたシェスタが「うう……」と身じろぎした。
そして、
「……っ!?」
ハッ、と目を開けたシェスタが飛び跳ねた。
シェスタはすぐさま現状を認識。
「起きたか? 痛むところはないか?」
そう心配するオリバーの首筋を。
「……っ」
迷うことなく、鋭利な爪で切り裂きにかかった。
ひょい。と首を傾け、シェスタの手首を掴んだオリバーは呆れ交じりに言う。
「おいおい、あぶねぇだろ」
「ふーっ、ふーっ、気軽に触るな、人族! その首かっきってくれる!」
「物騒だなぁ。怪我人なんだから大人しくしろよ」
「黙れっ!」
面倒なので好きにさせることにした。
殴ったり蹴ったりと忙しない少女を接触の瞬間に治療を施していく。
とりあえず手持ちの塗り薬を施したところで、シェスタが倒れた。
「ほら言わんこっちゃない。お前、血を流しすぎなんだよ」
「ぐ、う……なぜ当たらない……こんな、弱そうなやつに……」
「失礼な奴だなお前」
呻き声をあげるシェスタを前に、オリバーはぽりぽりと頭を掻いた。
このまま放置していれば先ほどのように魔獣に襲われることは想像に難くない。
「こうしてあったのも何かの縁、か」
とりあえず応急処置は済んだのだから、安静にしていれば問題ない。
オリバーはシェスタを抱きかかえて移動する。
「離せ、人族、め。私、は──」
「はいはい。けが人は大人しく介抱されとけー?」
「くっ、殺せ!」
とりあえず縛り上げ、身動きが出来ないようにする。
せっかく治りかけている傷が開いては元も子もない。
縛り上げたシェスタを抱きかかえて移動していると、視界が開けてきた。
「お」
仄かにピンク色が混ざった白い岩山が連なっている。
しゃがみ込んで舐めてみると、かなりしょっぱい。
「見つけた! これ岩塩だろ!」
オリバーは小さくガッツポーズ。
背中におぶっていたシェスタを地面に寝かせ、焚き火を準備する。
近くの街で買っておいた生肉を鍋の上で焼き、削った岩塩をかけてみた。
「おぉ……」
立ちのぼる香りは食欲をさそうのに充分だった。
じゅわ、じゅわ、と脂身が滴り、肉の表面がこんがり焼きあがる。
「いただきます……うわっ!」
噛んだ瞬間、オリバーの口元は自然と緩んだ。
「~~~~~~~っ、美味い! 最高!」
それほど高い肉ではない。
しかし、塩をかけただけで肉の質がこんなにも変わるとは。
塩が肉本来の味を強化し、さらに臭みもとってくれているのだろう。
「うめぇー……ん?」
《ステータスが上昇しました》
《スキルを取得しました》
オリバーは懐の中から名刺じみたカードを取り出した。
神官から鑑定を受けることなくステータスをチェックできる代物だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
レベル:1
名前:オリバー・ハロック
天職:美食家
種族:人族
体力:F+→E-
魔力:E+
敏捷:F
幸運:F
《技能》
林檎連弾:魔力で林檎の種を生成し、矢のように飛ばして敵を攻撃する。
塩の導き:塩を舐めると一定時間、方角が分かるようになる。
《転職者特典》
大いなる心眼:あらゆる欺瞞を見破り、対象のステータスを看破する。
不可視の拒絶:日に一度、不意打ちによるダメージを無効化する。
イルディスの加護:ステータスの成長速度が上昇する。
在りし日の剣聖:月に一度だけ聖剣を呼び出し、剣聖の力を使うことが出来る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おー、使えそうなスキルじゃん」
迷子になった時に有用なスキルだった。
探索をするときは常に塩を持ち歩いていれば何かと使えるだろう。
それにしても、とオリバーは呼吸を整えるように胸を押さえた。
「ちょっと、さすがに疲れたな……やっぱステータスの違いってやつか」
剣聖時代はこんなことで汗をかくことなんてなかったが、転職してからはステータスが大幅に下がっている。魔狼との戦いに加えて少女との無駄な格闘、今のオリバーからすれば彼女らのステータスは自分より遥かに上だ。知識と経験があれば対処は出来るものの、攻撃をいなすのも疲れてしまう。
「……しょうがない、ステータス上げるか」
幸いにも食べることは好きだし、塩も手に入った。
カイゼル大森林の中には野生の獣も多いし、なんとかなるだろう。
そう考えていたら、早速見つけた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
名前:野兎
種族:動物
レベル:5
体力:E
魔力:F
敏捷:E
幸運:F
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
現在地は岩塩の岩場。
野兎がいるのはそこから離れた樹の上だった。
(せっかくだし、アレ試してみるか)
オリバーは手のひらを掲げ、スキルを発動する。
「『林檎連弾』!」
その瞬間、手の先に魔法陣が浮かび、林檎が放たれた。
弾丸のごとく放たれた林檎の数は数十に及び、イナゴの群れのようにも見える。
しかし、野兎は気配を察知したのか、一瞬で樹の上から飛び降りていた。
「ま、牽制には充分だな。元剣聖だけに」
その着地地点で、オリバーはナイフを振り上げている。
「悪いな。大事に食わせてもらうから」
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