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第三十二話 ゴルディアスの秘宝

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「ゴルディアスの秘宝っていうのはね」

 とんとん、かたかた、厨房で忙しない音を立てながらシェラが語る。
 側にはルゥルゥとガルファンが居るだけで、他に誰もいない。
 ゴルディアスの秘宝を再現するにあたりシェラが人払いを願ったからだ。

「元々はアナトリアに伝わる薬膳料理なの。極限まで健康を追求した理想的な料理形態」
「……情報によれば、アナトリア人の平均寿命は各国よりニ十歳上でしたね」
「アナトリア人はみんな若々しいしなぁ」
「それを知ったどっかの誰かが『不老不死の料理』だなんて言い始めて……」

 噂をもみ消すでもなく、アナトリア政府はむしろこれを利用することにした。
 ゴルディアスの秘宝の残滓を使ったという料理レシピの販売、観光地開発、食材輸出……ゴルディアスの秘宝は実体がないままにアナトリアを巨大な貿易国家へと押し上げた。

「で、当時の姫巫女……ここでいう食聖官だけど。彼女は不老不死に至らずとも、それに近い料理を作ろうと考えた。そのレシピは代々の姫巫女が改良を重ね、料理に対する考え方を国中に広めた。それが平均寿命が伸びていた正体。実際、かなり国は潤ったらしいわよ」

 だが、そういった利権を求めてしまったがために、狂ったイシュタリアの皇帝に目を付けられ、滅びることになった。不老不死の料理を探求するあまりに短命国家になってしまったのは、なんという皮肉だろうか。

「でも、そのおかげでリヒムを救える」
「遅効性の猛毒だぜ? 薬師じゃあるまいし、なんとかなるものかよ?」
「薬師も料理官もやっていることの本質は同じ。身体を助けること。身体を生かすために食材の成分・効能によって人体の機能に働きかける……アプローチの仕方が違うだけでしょ」

 実際は人間の三大欲求に紐づいていたりするし、食べることと薬を飲むことは違うという者もいるだろうが、シェラの言いたいことは伝わったようだ。シェラが言いたいことは伝わったのか、ガルファンは納得したように頷いた。

「まー、ゴルディアスの秘宝が実在することは分かった」

 一拍の間を置き、彼は眉を顰める。

「だがシェラ。なんでオメェがそんなこと知ってんだ。これ、普通の奴が知っちゃいけねぇ情報だよな?」
「私は『予備』だったから」

 姉に万が一の時があった時の代用品。
 あるいは代用品にすらなれなかった成り損ない。

「古代アナトリア語は一通り教えてもらってる。レシピはさっき覚えた」
「さっきというと、あの裏切り者に連れていかれたところで?」

 そう、ラークは正しかった。
 あの場所には確かにゴルディアスの秘宝のレシピが書かれていて。
 現在では唯一、シェラだけがそれを受け継ぐ正当な後継者なのだ。

「おいおいおい、オメェ、なんでそれをラークに言わなかった?」
「まったく同意見です。殺されるところだったんですよ」

 ガルファンの呆れたような目とルゥルゥの叱りつける言葉。
 心配してくれる二人の気持ちは受け取りつつ、シェラは肩を竦める。

「お姉ちゃんに絶対に言わないって言ったからね」

 泣きわめくシェラに古代文字を教えてくれた姉との約束がある。
 きっと何度時間が巻き戻っても、自分は同じ選択をするだろう。

「お姉ちゃんとの約束を破るなら、死んだほうがマシ」

 ガルファンとルゥルゥは絶句しているようだった。
 ラーク・オルトクのたった一つの誤算。

 それは、シェラとアリシアを結ぶ唯一無二の絆。
 どんなに苦しい目にあっても、シェラが約束を破ることはない。

「……とんでもねぇ嬢ちゃんだな、まったく」

 イシュタリアの頂点に立つ料理官は戦慄したように呟いた。

「では、オルトクは正解を引き当てていたとも知らず捕まったのですね。滑稽な」
「笑っちまいそうになるよな」

 その間にもシェラの調理は淡々と進み、やがて仄かな香りが厨房を満たしていく。

「無駄口叩いてないで手伝って。そのために呼んだの」
「おうよ。ははっ、こりゃ腕が鳴るぜ」

 食聖官に至ったとはいえ、ガルファンも料理官の一人だ。
 老人の顔に好奇心に満ちた子供のような笑みが浮かぶ。

「指示をくれ、シェラ」
「じゃあまずは──」


 ◆



 リヒムの病状は加速的に悪化していた。
 全身に氷嚢を置いて発熱を抑えているが、呼吸は浅く肌は土気色だ。
 今にも死んでしまいそうな状況でサキーナは必死に看病していた。

「……閣下、しっかり。今にシェラが料理を持ってきますから」
「あぁ……」

 声は弱々しく、いつもの張りがない。
 サキーナは泣きそうな表情で彼の両手を包み込んだ。

「死なないで……お願い……」

 その時、病室の扉が開かれた。
 木製のドームカバーに包まれた皿を持ち、シェラが病室に入っていく。

「シェラ、出来たの?」
「うん」
「じゃあ早く」
「分かってる」

 シェラは頷き、料理を机に置いてリヒムの額に手を当てた。

「生きてる?」
「なんとか、な」
「サキーナ、身体を起こさせてあげて」

 サキーナの補助を受けたリヒムはベッドの縁にもたれかかる。
 シェラは彼の手元に皿を置いて、ドームカバーを開いた。

「お待たせ、リヒム」
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