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第二十六話 私の『家』

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「奥様、奥様、昨夜はずいぶんお楽しみだったようですね!」
「えぇ、そうね。ありがとう、リーチェ」
「いぃえ~~~♪ 奥様の侍女ですのでこれくらいはっ! 別に、ご褒美なんて期待していませんけどもっ」

 ずいずい、と頭を差し出してくるリーチェである。
 帰り支度をしていた私はついついその頭を撫でてしまう。
 上目遣いでこちらを見上げながら、リーチェが言った。

「奥様、ちょっとだけいいですか?」

 少し間を置いて、私は頷いた。

「ちょっとだけよ?」

 はいっ、とリーチェが膝に頭を乗せてくる。
 侍女にあるまじき態度ではあるが、こうして甘えられると妹と接しているようで嬉しい。あの子も小さい頃はよく膝の上に乗ってきたっけ……。

「きゅがっ」
「あら、シィちゃん」

 昔を懐かしんでいると、リーチェに対抗したシィちゃんが頭をこすり付けてきた。もふもふの毛がくすぐったいけれど、甘える仕草がどちらも可愛らしくて困ってしまう。

 結果、私は右手でリーチェを、左手でシィちゃんを撫でることになった。
 二人は何やら目を合わせて対抗しているようだけど、仲良くして欲しいと思う。

 でも、困ったわ。
 いちおう今、帰り支度をしていたのだけど……。
 膝の上を一人と一匹に乗られると、どうしても動けない。

 こんこん、とノックの音が響いた。
 扉の向こうから旦那様の声が聞こえる。

「アイリ。そろそろ出立だ。支度は終わったか?」
「あ、はい。ただ少し手間取っていまして」
「ふむ。では手伝おう」

 がちゃ、と扉を開けて旦那様が入ってきた。
 旦那様は私に甘えているリーチェとシィちゃんを順にみて、それから私を見た。

「なにをしている?」
「妹……じゃない、侍女と家族ペットに甘えられています」
「ふむ」

 帰り支度の邪魔にはなってるけど、嫌な気はしないのが困りものだ。
 よくよく考えれば、リーチェは私から見ても整った顔立ちをしているし、シィちゃんの銀色の毛並みは至高のもふもふ。つまるところ、かなり幸運な状況ではないだろうか。両手に花とはこのことである。まぁシィちゃんがオスなのかメスなのかは議論の必要があるけど。

「……旦那様。これがモテ期でしょうか?」
「違うと思うぞ」

 その後、リーチェは旦那様に叱られた。
 なぜかリーチェが嬉しそうにしていたのだけど……。
 私の侍女が変な方向に目覚めないか、ちょっぴり心配である。


 ◆



 がたんごとん、
 がたんごとん、がたんごとん……。

 揺れる馬車の中で二人きり。
 夫婦の振りをする必要はないため、甘ったるい雰囲気は微塵もなく。
 ただただ二人が窓の外を眺めている時間が過ぎている。

 ふと、私は言った。

「旦那様、ありがとうございました」
「ん?」
「昨日のことです。あの人のことを懲らしめてもらって」
「懲らしめるというレベルではないがな」

 アレはもう社会復帰は無理だぞ、と旦那様は笑う。
 確かに全裸で王都を徘徊するような王族は世界中の笑い者だ。
 王都の権威も失墜しかねないし、近いうちに廃嫡が決まるかもしれない。

 まさしく、旦那様はリチャード王子を社会的に殺してくれたのだ。

「嬉しかったです。こんな私のために」
「言っただろう。夫として当然のことをしたまでだ」

 夫……か。でも、それは偽物の関係だ。
 その言葉を口に出されるたびに、なんとなく空虚なものを感じてしまう。

 所詮、私は偽の妻としてしか求められていないんだなぁって。
 これは、私のわがままなのかな。

「それに」

 顔を上げると、旦那様は私をまっすぐ見つめて頬を緩める。

「泣いている君を放っておけなかったからな」
「え……?」

 どき、と心臓が跳ねて。

「君は笑っているほうがいい」
「それって……」

 かぁぁぁぁ、と顔が熱くなった。

 そ、そんな恥ずかしいことよく言えますね。
 別に深い意味はないと分かっているけど。だって旦那様だし。

「照れている顔も可愛いしな」
「~~~~っ」

 ほらぁ! すぐこうやって揶揄う!
 人が照れているのを見て楽しんでるんだ。やっぱりこの人は意地悪だわ!

「……ごほん。まぁ、旦那様の主観は横に置いておきます」
「置いてしまうのか」

 だって全部お世辞か揶揄うための言葉だもの。
 私のことが可愛い? そんなの信じられないわ。

「……あの時は、ちょっとカッコよかったです」
「社会的に殺したのに?」
「こういっては何ですが……私、ああいう殺し方ならいいと思います」
「なに?」

 旦那様は驚いたように目を見開いた。

 だってそうでしょう?
 悪いことをしたら、相応の報いがあってしかるべきだわ。
 別にみんながみんな死んでしまえばいいなんて絶対に思わないけれど、権力や法の抜け道を通って罪を償わない人は絶対にいる。

 ──エミリアや王子みたいにね。

 人の命を奪うことは、私には絶対出来ないけど。
 ああいう人たちを懲らしめることで、私みたいに苦しんでいる人を、救ってしまえるのなら……。

「こういう暗殺なら、私でもお手伝いできそうですね」
「……」
「旦那様?」

 一拍の間を置いて。

「……合理的ではないな」
「?」

 ゴーリさんは私の言葉に何か思うところがあったらしい。
 ぽつりと呟くと、窓の外を見つめて何も言わなくなってしまった。

 ……まぁ、そうよね。私と話していても楽しくないわよね。

 特に暗殺についてはどうしても暗い話になりそうだし。
 ていうかお手伝いってちょっと傲慢じゃないかしら。

 暗殺なんてよっぽど技術がなければ出来ないでしょうに。
 今回のだって、旦那様が魔術に長けているから出来たことだ。

(……失敗しちゃった)

 急に恥ずかしくなって、私はシィちゃんの毛に顔を埋めた。
 ちらりと上目遣いで旦那様を見ると、やっぱり彼は外を見ていた。

 そんなこんなで馬車の旅は終わり。
 アッシュロード邸に着くと、先に降りた旦那様が手を差し出してくれた。
 何時間ぶりかに、彼は口を開く。

「ずっと考えていたんだが」
「はい。どうしました?」
「アイリ。本当の妻になる気はないか?」
「え?」

 ほ、本当の妻?
 それってどういうこと?
 旦那様は私のこと……? え? えぇ?

「あ、あの。いえ、あの、ですね」

 訳がわからなくて、言葉が出ない。
 何を言っても変なことを口走ってしまいそう。
 私はただあわあわと手を動かして誤魔化すことしか出来なくて。

「アイリ」

 旦那様は、私のことを真剣な目で見つめている。
 ボンッ、と顔から火が出るかと思った。

「む、無理です!」

 私は叫び、家の中に逃げ込んだ。
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