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第三十話 アルフォンスの気持ち

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「分かっています。すべては王妃様に立ち向かうためでしょう?」
「……気付いていたのか」
「もちろん」

 アルがジェレミーの恥部を握ることで、その背後にいる王妃様を牽制するのが狙いだ。こうして大勢の人間がいる以上は証言には困らないが、身内からの証言は信用されにくい。こうして録音水晶レコーダーを使っておけば客観的証拠になり、社交界や裁判でも有利に働く。

(ジェレミー殿下を寄越したのは間違いなく王妃様よ。今から対策を取ろうとしたアルの判断は正しいわ)

 わたしはそう思ったのだけど、

「さすがだね、ベティ。でも……それだけじゃないんだ」

 アルは何やら、思いつめたように俯いた。

「怖かったんだ」

 ぽつりと、彼は言う。

「ずっと怖かった。こんな体型の僕を君が受けいれてくれるのか不安だった。元々、何度も婚約者に逃げられていたからね……君から見た僕は軽薄だったように思うけど、結構いっぱいいっぱいだったんだ。傷つくのが嫌で、怖くて……女たらしみたいな口調をしていれば、真剣に受け止められなければ、傷つくのが少なくて済む」
「アル……」

 確かにアルは何度も軽薄ともとれる言葉でわたしを褒めて、恥ずかしがらせてきた。
 わたし自身、アルを女たらしだと思ったことは何度もある。

「だけど……君と接すれば接するほど、僕は君に惹かれた」
「……っ」
「成金令嬢なんてとんでもない。誰もが嫌がるお金に対してまっすぐに向き合って、領民たちを思い、生き生きと仕事に励むその姿に……誰にでも優しく、亜人にも手を差し伸べ、凛としたその姿に……僕は、どうしようもなく惹かれた。君のことが、日に日に好きになった」

 わたしは息を呑んだ。
 こちらを見上げるアルの瞳はこれまでにない熱を孕んでいる。

「拒絶されるのが怖かった。僕は自分が君に相応しいと思えなかった」

 それでも・・・・、と。

「もう自分の気持ちに嘘はつけない。ベティ、僕は君を愛している」
「アル……」
「優しくて気遣いが出来る君が……成金令嬢と呼ばれる、ありのままの君が、大好きだ」

 心臓が、跳ねる。

 わたしの熱という熱が顔に集まって火が噴き出してきそう。
 甘く蕩けるような言葉に頭がクラクラして、倒れそうな身体をぐっと堪える。
 アルはわたしに手を差し伸べて、こうべを垂れた。


「ベアトリーチェ・ラプラス令嬢、僕と結婚してください」


 ──所詮、人と人との縁は金で終わる。

 冤罪を掛けられ、婚約破棄された時にわたしはそう思った。
 誰もがわたしの能力や努力を羨み、軽蔑し、突き放した。
 わたしはただ一生懸命だっただけなのに『成金令嬢』だなんて呼ばれた。

 でもアルは……一言も、領地のことに触れなかった。
 わたしの実績やわたしの能力なんかじゃない。

 お金が死ぬほど大好きで、もふもふが好きで、どうしようもないわたしを。
 わたしの性格を、ありのままのわたしを、受け入れてくれる。そして、勇気を出して自分の気持ちをさらけ出し、震えながら、手を差し伸べてくれる……。

(あぁ、好きだなぁ)

 一体、いつからだろう?
 きっとずっと前からこの気持ちは胸の奥にあって、でも触れないようにしていた。だってわたしも怖かったから。拒絶されるのが怖かったから。

 もしもこの関係が壊れた時に彼と一緒に過ごせなくなると思うと、怖くてたまらなかった。その気持ちこそが『恋心』だと知っていたはずなのに。

「……はい」

 おかしいわ。彼の顔が見たいのにぼやけちゃう。
 温かいものが頬を滴り落ちて、わたしはゆっくりと彼の手を取った。

「わたしで良ければ、末永くよろしくお願いします」
「あぁ、こちらこそ」

 優しく抱きしめられたわたしは分厚い胸板に顔を預ける。
 ジェレミーに触れられた時は怖くて気持ち悪いだけだったのに……。
 彼に触れられると、身体の芯が熱くなるような心地よさがあった。

 わぁぁああああ、と。歓声が響いている。
 イヴァールさんや、シェン、公爵城の面々が祝福の拍手を送ってくれる。

 ……みんなに祝福されるってここまで嬉しいのね。

 すごく恥ずかしいけれど、周りが背中を押してくれてるみたいで嬉しい。

 ──なんて思っていたのだけど。

 ぼとり、と。アルの懐から録音水晶レコーダーが落ちた。
 アルがそれを拾おうとして……再生が始まる。

【アルフォンス様は、あなたよりもよっぽど心が美しくて、とても格好良い方だわ!】
「ぴっ!?」

 わたしは慌てて録音水晶レコーダーを回収しようとする。
 だけどアルは拾ったものを高く掲げて、わたしの手から逃がした。

【そもそもわたしは既に公爵と婚約を交わした身です】

 ひ~~~~~~~! やめて~~~~~~!
 それ以上は、だめ! 恥ずかしくて死ねるから!!

【わたしが隣に望むのは、殿下じゃない。アルフォンス・オルロー様です!】

 しぃん、とその場が静まり返る。
 顔が真っ赤に茹で上がったわたしは俯き、ドレスの裾を握った。
 周りからの生温かい、ニヤニヤ視線がうるさすぎる。

「け、消してください。恥部です」
「嫌だ。これは我が家の家宝にする」
「~~~~~~~~~~っ!?」
(そんなものを家宝にされたら堪ったものじゃないわ!)

 ぴょん、ぴょんとわたしは録音水晶レコーダーに手を伸ばした。

「か、え、し、て、もう、アルの、いじわる!」
「照れてる君も可愛いね。そういうところも好きだよ」

 微笑み、アルはわたしの額に口づけを落とす。

「~~~~~~~~~~~~~~!?」
「これから末永くよろしくね、僕のお嫁さん」

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