31 / 44
第三十話 アルフォンスの気持ち
しおりを挟む「分かっています。すべては王妃様に立ち向かうためでしょう?」
「……気付いていたのか」
「もちろん」
アルがジェレミーの恥部を握ることで、その背後にいる王妃様を牽制するのが狙いだ。こうして大勢の人間がいる以上は証言には困らないが、身内からの証言は信用されにくい。こうして録音水晶を使っておけば客観的証拠になり、社交界や裁判でも有利に働く。
(ジェレミー殿下を寄越したのは間違いなく王妃様よ。今から対策を取ろうとしたアルの判断は正しいわ)
わたしはそう思ったのだけど、
「さすがだね、ベティ。でも……それだけじゃないんだ」
アルは何やら、思いつめたように俯いた。
「怖かったんだ」
ぽつりと、彼は言う。
「ずっと怖かった。こんな体型の僕を君が受けいれてくれるのか不安だった。元々、何度も婚約者に逃げられていたからね……君から見た僕は軽薄だったように思うけど、結構いっぱいいっぱいだったんだ。傷つくのが嫌で、怖くて……女たらしみたいな口調をしていれば、真剣に受け止められなければ、傷つくのが少なくて済む」
「アル……」
確かにアルは何度も軽薄ともとれる言葉でわたしを褒めて、恥ずかしがらせてきた。
わたし自身、アルを女たらしだと思ったことは何度もある。
「だけど……君と接すれば接するほど、僕は君に惹かれた」
「……っ」
「成金令嬢なんてとんでもない。誰もが嫌がるお金に対してまっすぐに向き合って、領民たちを思い、生き生きと仕事に励むその姿に……誰にでも優しく、亜人にも手を差し伸べ、凛としたその姿に……僕は、どうしようもなく惹かれた。君のことが、日に日に好きになった」
わたしは息を呑んだ。
こちらを見上げるアルの瞳はこれまでにない熱を孕んでいる。
「拒絶されるのが怖かった。僕は自分が君に相応しいと思えなかった」
それでも、と。
「もう自分の気持ちに嘘はつけない。ベティ、僕は君を愛している」
「アル……」
「優しくて気遣いが出来る君が……成金令嬢と呼ばれる、ありのままの君が、大好きだ」
心臓が、跳ねる。
わたしの熱という熱が顔に集まって火が噴き出してきそう。
甘く蕩けるような言葉に頭がクラクラして、倒れそうな身体をぐっと堪える。
アルはわたしに手を差し伸べて、頭を垂れた。
「ベアトリーチェ・ラプラス令嬢、僕と結婚してください」
──所詮、人と人との縁は金で終わる。
冤罪を掛けられ、婚約破棄された時にわたしはそう思った。
誰もがわたしの能力や努力を羨み、軽蔑し、突き放した。
わたしはただ一生懸命だっただけなのに『成金令嬢』だなんて呼ばれた。
でもアルは……一言も、領地のことに触れなかった。
わたしの実績やわたしの能力なんかじゃない。
お金が死ぬほど大好きで、もふもふが好きで、どうしようもないわたしを。
わたしの性格を、ありのままのわたしを、受け入れてくれる。そして、勇気を出して自分の気持ちをさらけ出し、震えながら、手を差し伸べてくれる……。
(あぁ、好きだなぁ)
一体、いつからだろう?
きっとずっと前からこの気持ちは胸の奥にあって、でも触れないようにしていた。だってわたしも怖かったから。拒絶されるのが怖かったから。
もしもこの関係が壊れた時に彼と一緒に過ごせなくなると思うと、怖くてたまらなかった。その気持ちこそが『恋心』だと知っていたはずなのに。
「……はい」
おかしいわ。彼の顔が見たいのにぼやけちゃう。
温かいものが頬を滴り落ちて、わたしはゆっくりと彼の手を取った。
「わたしで良ければ、末永くよろしくお願いします」
「あぁ、こちらこそ」
優しく抱きしめられたわたしは分厚い胸板に顔を預ける。
ジェレミーに触れられた時は怖くて気持ち悪いだけだったのに……。
彼に触れられると、身体の芯が熱くなるような心地よさがあった。
わぁぁああああ、と。歓声が響いている。
イヴァールさんや、シェン、公爵城の面々が祝福の拍手を送ってくれる。
……みんなに祝福されるってここまで嬉しいのね。
すごく恥ずかしいけれど、周りが背中を押してくれてるみたいで嬉しい。
──なんて思っていたのだけど。
ぼとり、と。アルの懐から録音水晶が落ちた。
アルがそれを拾おうとして……再生が始まる。
【アルフォンス様は、あなたよりもよっぽど心が美しくて、とても格好良い方だわ!】
「ぴっ!?」
わたしは慌てて録音水晶を回収しようとする。
だけどアルは拾ったものを高く掲げて、わたしの手から逃がした。
【そもそもわたしは既に公爵と婚約を交わした身です】
ひ~~~~~~~! やめて~~~~~~!
それ以上は、だめ! 恥ずかしくて死ねるから!!
【わたしが隣に望むのは、殿下じゃない。アルフォンス・オルロー様です!】
しぃん、とその場が静まり返る。
顔が真っ赤に茹で上がったわたしは俯き、ドレスの裾を握った。
周りからの生温かい、ニヤニヤ視線がうるさすぎる。
「け、消してください。恥部です」
「嫌だ。これは我が家の家宝にする」
「~~~~~~~~~~っ!?」
(そんなものを家宝にされたら堪ったものじゃないわ!)
ぴょん、ぴょんとわたしは録音水晶に手を伸ばした。
「か、え、し、て、もう、アルの、いじわる!」
「照れてる君も可愛いね。そういうところも好きだよ」
微笑み、アルはわたしの額に口づけを落とす。
「~~~~~~~~~~~~~~!?」
「これから末永くよろしくね、僕のお嫁さん」
2
お気に入りに追加
1,361
あなたにおすすめの小説
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
瞬殺された婚約破棄のその後の物語
ハチ助
恋愛
★アルファポリス様主催の『第17回恋愛小説大賞』にて奨励賞を頂きました!★
【あらすじ】第三王子フィオルドの婚約者である伯爵令嬢のローゼリアは、留学中に功績を上げ5年ぶりに帰国した第二王子の祝賀パーティーで婚約破棄を告げられ始めた。近い将来、その未来がやって来るとある程度覚悟していたローゼリアは、それを受け入れようとしたのだが……そのフィオルドの婚約破棄は最後まで達成される事はなかった。
※ざまぁは微量。一瞬(二話目)で終了な上に制裁激甘なのでスッキリ爽快感は期待しないでください。
尚、本作品はざまぁ描写よりも恋愛展開重視で作者は書いたつもりです。
全28話で完結済。
だって愛してませんもの!
風見ゆうみ
恋愛
ナラシール公爵家の次女である私、レイティアは国王陛下の命により悪評高いタワオ公爵の元へ嫁ぐことになる。
タワオ公爵家の当主であるリュージ様はメイドのフェアララと恋仲で、フェアララと仲良くすることにより甘い汁を吸っている使用人たちは彼女と一緒になって私に辛く当たってくる。
リュージ様は、暴言と暴力が趣味なのかと思うくらいに酷い男だった。
使用人が私を馬鹿にしていても止めるどころか、一緒になって私をいたぶろうとする。
残念ながら、私はそんなことで挫けたりするような人間ではないの。
好きでもない相手に嫌なことをされても腹が立つだけなのよ?
※異世界であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
虐げられ令嬢、辺境の色ボケ老人の後妻になるはずが、美貌の辺境伯さまに溺愛されるなんて聞いていません!
葵 すみれ
恋愛
成り上がりの男爵家に生まれた姉妹、ヘスティアとデボラ。
美しく貴族らしい金髪の妹デボラは愛されたが、姉のヘスティアはみっともない赤毛の上に火傷の痕があり、使用人のような扱いを受けていた。
デボラは自己中心的で傲慢な性格であり、ヘスティアに対して嫌味や攻撃を繰り返す。
火傷も、デボラが負わせたものだった。
ある日、父親と元婚約者が、ヘスティアに結婚の話を持ちかける。
辺境伯家の老人が、おぼつかないくせに色ボケで、後妻を探しているのだという。
こうしてヘスティアは本人の意思など関係なく、辺境の老人の慰み者として差し出されることになった。
ところが、出荷先でヘスティアを迎えた若き美貌の辺境伯レイモンドは、後妻など必要ないと言い出す。
そう言われても、ヘスティアにもう帰る場所などない。
泣きつくと、レイモンドの叔母の提案で、侍女として働かせてもらえることになる。
いじめられるのには慣れている。
それでもしっかり働けば追い出されないだろうと、役に立とうと決意するヘスティア。
しかし、辺境伯家の人たちは親切で優しく、ヘスティアを大切にしてくれた。
戸惑うヘスティアに、さらに辺境伯レイモンドまでが、甘い言葉をかけてくる。
信じられない思いながらも、ヘスティアは少しずつレイモンドに惹かれていく。
そして、元家族には、破滅の足音が近づいていた――。
※小説家になろうにも掲載しています
辺境伯令嬢の私に、君のためなら死ねると言った魔法騎士様は婚約破棄をしたいそうです
茜カナコ
恋愛
辺境伯令嬢の私に、君のためなら死ねると言った魔法騎士様は婚約破棄をしたいそうです
シェリーは新しい恋をみつけたが……
入り婿予定の婚約者はハーレムを作りたいらしい
音爽(ネソウ)
恋愛
「お前の家は公爵だ、金なんて腐るほどあるだろ使ってやるよ。将来は家を継いでやるんだ文句は言わせない!」
「何を言ってるの……呆れたわ」
夢を見るのは勝手だがそんなこと許されるわけがないと席をたった。
背を向けて去る私に向かって「絶対叶えてやる!愛人100人作ってやるからな!」そう宣った。
愚かなルーファの行為はエスカレートしていき、ある事件を起こす。
婚約破棄された令嬢は男爵家のチート三男に拾われて這い上がる~旦那様は転生チート持ち。溺愛されて困っちゃう~
manji
恋愛
私はアリス・クレイン(18歳)
クレイン侯爵家の令嬢であり、これまでの人生は誰もがうらやむ順風の物だった。
同じ侯爵家であるベルマン家の子息との婚姻も決まり、私の未来はバラ色に包まれていた。
だがある日屋敷が炎に包まれ、私は大火傷を負ってしまう。
しかも、出の際に3階から飛び降りと言う無茶をしたため歩く事すらできなくなってしまった。
そんなボロボロの私に、許嫁は婚約破棄を突き付け。
醜く変わったお荷物の私を、父はある男爵家に売り飛ばしてしまう。
私にとってどん底の人生。
死のうとすら思っていた私に彼は言う。
「僕は転生者なんだ。二人で君を切り捨てた奴らを見返してやろう」
その言葉を信じ、私は彼と共に生きていく。
この物語は男爵家のチート能力を持った3男坊が私を溺愛し。
私の為に成り上がって行く物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる