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第二十八話 夢が広がる
しおりを挟む──グランデ子爵領。
──グランデ家のリビングにて。
【激震! 『魔法師』アリルの正体に迫る!】
ばさり、と私は魔法新聞の記事を閉じる。
そのまましばらく、呆然として何も出来なかった。
「嘘でしょ……」
稀代の天才、時代の革命者、魔法界の風雲児。
そこに並べられた美辞麗句は、とてもではないけど私のこととは思えない。
ぎぎぎ、と軋むように首を動かしてルネさんを見る。
「あの……この魔法師アリルって誰のことですか?」
「ライラ様でございます」
「いやいや、嘘ですよね」
「嘘ということが嘘でございます。そう見せかけて嘘ではない本当のことです」
「結局どっちっ?」
ルネさんのよく分からない冗談に突っ込みつつ、私は咳払い。そっと新聞を持ち上げると、うちの倉庫に眠っていたランプがでかでかと載っていた。確かこれ、人の魔力を感知して勝手に灯りがつくようにしたやつ……仕事でランプをつける体力すら残っていなかったから手間を省くために開発しただけなのに……。
「……実は私、夢の中に居たりして」
「こんなの序の口だよ、ライラ」
リュカ様が澄ました顔で言った。
「まだ一ヶ月だからね。これから魔法師アリルの名は大陸中に轟くはずさ」
「た、大陸って……いくらお世辞でもそんな冗談要らないですよ」
「……本当なんだけどね」
いやいや、さすがにそれはない。
そりゃあ私だってちょっとは夢を見たりするよ?
今までの努力が叶って、誰かに必要とされてさ、有名になっちゃったり。
でもさすがに、国の外まで有名になったりしないでしょ。
私がそう言うと、リュカ様もルネさんもお父さんも肩を竦めていた。
「まぁ良かったじゃないか。ライラの望み通り名前は伏せてるし」
「そうなんだけど……そうなんだけどさぁ」
「カトレアも向こうで喜んでると思うぞ」
……そうかな。
お母さん、喜んでくれてるかな?
「俺も娘が認められて嬉しい。まぁ、偽名じゃなければもっと嬉しかったが」
「いや、実名でやるとか怖すぎるでしょ……変な人に追いかけられたりしたらどうするの……」
「そうか。そうだな。じゃあ父さんは仕事に行ってくるから」
「あ、うん。いってらっしゃい」
お父さんがリビングから居なくなったのでリュカ様とルネさんと三人になる。
ルネさんが淹れてくれたお茶を飲むと、ちょっとだけ落ち着いて来た。
……そうだよね、偽名なんだもんね。
たまたま、何らかの間違いで私の作ったものが認められてるのは嬉しいし。
私自身が賞賛されてるわけでもないし。
うん、そう思うと気が楽になって来た。
「あ、そういえば君に見てもらわないといけないのがあったんだった」
「え?」
リュカ様が唐突にそんなことを言った。
あれかな。魔道具の権利書とかかな?
別に権利とか要らないから好きにしてくれていいんだけど。
「はいこれ」
リュカ様が気軽に手渡してきたのは銀行の通帳だった。
ルドヴィア国際銀行発行の通帳……え? 私、そんな通帳作ってないけど。
でも名義は私になってるよね。どういうこと?
「あ、名義は義父上に協力してもらったんだ」
「さらっと義父上って言わないでください。結婚してないですからね」
「まぁまぁ。そこに魔道具の売り上げが全額入ってるから、確認して見て」
「はぁ」
魔導具の売り上げといっても、まだニ十個くらいしか売ってないでしょ?
三十万ギルになってればいいほうかな。
うん、私なんかだと格別すぎるくらいだよ。
そんなことを思っていた時期が私にもありました。
「………………………………はい?」
寝ぼけ眼よろしく瞼をこする。
十回ほど瞬きをしてみたけれど、視界は変わらなかった。
えっと。0がひーふーみー、よー、いー、むー……なー……ここ……とー……
「……」
心臓の鼓動が早くなり、手がぷるぷると震えてしまう。
目を引ん剝いて通帳に近付けた私は、耐えきれずに叫んだ。
「ごごごごごごご、五十憶ギルぅ!?」
ハッとリュカ様を見る。
「あの、これ、私の口座……なんですよね?」
「そうだよ?」
「正確に言えば魔法師アリルの口座ですが」
「わー、アリルさんすごいなー……ってなるかぁ!」
私は激怒した。通帳を叩きつけてリュカ様に詰め寄った。
「どどど、どうすればあんなガラクタが単価2億5千万になるんですかぁ!」
「正確には一つ十億くらいじゃなかった? ルネ」
「そうですね。行政命令が来るまでは捨て値で売られていましたから」
「もうちょっと絞ってもよかったよねぇ」
まるで今日の天気でも話してるみたいな暢気さのリュカ様とルネさん。
いや、そんな軽いノリで言われましても……
五十億ですよ? うちの領地の年間予算の百倍くらいあるんだけど。
「わわわわ、私無理です! こんな大金要りません!」
「そう言うと思ってライラのお小遣い用の口座作っておいたよ」
「え」
もう一つの通帳を渡される。
開いてみると、残高は五十万ギルだった。
私の感覚からするとそれでも多すぎるんだけど、五十億を見たあとだと桁が少なすぎて実家に帰って来たみたいな安心感がある。
「こ、これならまぁ……想像してたよりちょっと多いくらいですし」
「まぁそれでもほぼ五十億まるまる残ってるんだけどね」
「現実を見せないでください。そんなの知りません」
「え? 結婚資金にしたいって?」
「耳が腐ってんですかっ?」
「安心して。結婚資金は僕が溜めるし、君にお金を出させるつもりはないから」
「まだ婚約もしてないんですけどね!」
「ふぅん?」
リュカ様が獲物を見つけたライオンみたいに目を細めた。
「『まだ』ってことは、そうなるかもしれないってこと?」
「あ、いや、ちがっ、そういうことじゃなくて!」
「そんなに照れなくてもいいのに。結婚する?」
「もうっ、リュカ様の馬鹿! あほ! 真面目な話してるのに!」
ほんとにもう!
「ていうか、あの、この値段ってぼったくりじゃないですか? その、確かにお金は欲しいですけど、あんまり貰っても気が引けるっていうか……どちらかというと貴族の人より平民の人に使ってほしい感じがあるんですが……」
「問題ないよ。魔法師アリルの作品はプレミア品だから」
リュカ様は悪い顔で笑った。
「高く売るのは貴族にだけさ。二ヶ月くらいしたらライラの魔法陣技術を組み込んだ新商品をアリステリス家から出品させる。既に特許は出願中だから、今後ライラには働かなくてもお金が入ってくるようになる」
「え。そ、それって詐欺では!?」
「どこが? 何も騙していないし、貴族たちが勝手にプレミア品にして鑑賞してるだけでしょ。そのためにサインも作ったんだし」
なんか魔道具にサインしてって言われたから従ってたけど……。
あれはそういう意味だったんだ。
まさかこんなことになるなんて……。
「でもそれなら……いい……のかな?」
とりあえず貧乏な人が損するようなことはなさそう。
貴族たちはまぁ、ねぇ。
貧乏な貴族はそもそも高い魔道具は買わないだろうし。
お金持ってる人が好きに使うならいい……か。
なんとか自分を納得させて、私はお小遣い用の通帳をもう一度見る。
五十万ギル。こんなお小遣いがあったら色んなあれこれを買えちゃう。
「えへへ……今日はケーキ買っちゃお」
それからガタが来てる家具類を買い替えて……。
本棚も買おうかな。本が多すぎて床が沈みそうだし、貯金して倉庫とか作ったり。
あぁ、夢が広がる……!
ちょっとずつ節約して研究三昧の日々を送ろう。そうしよう。
と、私が決意している横で、リュカ様たちは顔を見合わせていた。
「残りの魔道具であと百億は増えるんだけど、言わない方がいいかな?」
「はい。内緒にしておきましょう」
「あとでサプライズだね」
なお、そのサプライズで私が卒倒しかけたことは言うまでもない。
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