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第五十八話 推し活の終わり

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 王都は阿鼻叫喚の渦にありました。
 恐ろしい炎と氷が舞い、吹き荒れる破壊の風が家屋を壊しまわります。

 もちろん庶民の家も例外ではありません。
 元大聖女が第八魔王として暴れ回った事実を、多くの人に知ってもらう必要がありました。何の罪もない民が住む家を壊されてわたしの姿を目の当たりにします。

「あ、あれは……!? ローズ様!? なんで!?」
「先代大聖女様が……魔族!? 私たちを騙していたというの!?」

 いいですね。いい感じですよ。
 もっとわたしを責めたてなさい。その目で第八魔王の降臨を焼きつけるのです。

 どうせお前たちは真偽も分からずに喚くだけの衆愚。
 その愛しいほどの愚かさを以て、太陽教会を滅ぼしなさい。
 そう、一度目のわたしを殺した時のように!

「助けてくりゃぶじぇ」

 さすがに完全無実な一般人は殺しませんけど、過去に聖女に乱暴を働いたことがある者や神官と懇意にしている奴らは許しません。一度目の時に機会があれば復讐しようと思っていたんですよ。出来る限り顔をぐちゃぐちゃにして残酷な方法で殺してやります。

 ──憎イ。痛イ。憎イ。

「お願いだぁああああ! みのがし」
【どいつもこいつも同じことを囀りますね】

 ──憎イ、憎イ、憎イ、憎イ、憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ!!

「助けて、助けてくれッ! 儂は教会に従っていただけなんだ!」
【嘘ですね。さよなら】

 くるくる、くるくると、生首が宙に踊ります。
 わたしはそれを掴んで、踊るように舞いながら笑います。

【裏切り者には死を。あなた達の得意分野ですよね♪】

 ──憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ!

 神官たちと悪い貴族には容赦しません。
 わたしは下町で十分に力を見せ付けたあと、裏切り者たちを殺して回りました。

 それからどれくらい経ったでしょう。
 狂いそうな怒りと憎しみを振りまいて周りは火の海になっていました。
 ごうごうと燃えさかる火花がパチッと爆ぜて、わたしを呑み込もうとしています。

 こうしていると、生まれたばかりに出た戦場のことを思い出します。
 しばし目を閉じて記憶の中に浸っていると、



「ローズッ!!」



 愛しい推しの声が、聞こえました。
 わたしは記憶の旅路を終え、胸に沸いた感情を封じ込めてから、推しに振り返ります。

「ハァ、ハァ……見つけた、ぞ」
【遅かったですね、ギル様】

 推しは汗だくです。ここまで走ってきたのでしょう。
 第八魔王の魔力が転移除けの結界を張っていたようです。
 転移封じ、というやつですね。

「ローズ」

 切なげな声に、わたしはぎゅっと胸を締め付けられました。

 ──そんな、泣きそうな顔をしないで。

 あなたに笑って欲しくてわたしはこう成り果てたのに。
 そういう優しいところは本当に好きです。

【その顔を見るに、すべて聞いてしまったようですね】
「……あぁ」
【では、何も悩むことはありません】

 わたしは両手を広げて言いました。

【あなたが目の前にしているのは培養槽で育てられた初代聖女の残骸でしかありません。人類のために造られた命であり、人類の役に立つためなら潔く死ぬ──そう宿命づけられた存在なんです。だからギル様、どうかわたしを、殺してください】

 わたしの中の第八魔王は刻一刻と大きくなっていきます。
 裏切り者たちを始末している時も民間人を殺したくて溜まりませんでした。

 もっと怒れ。もっと殺せ。もっと、もっと、もっと──とね。

「これが──君のやりたかったことなのか」
Siシー。もちろんですよ。幻滅しました?】

 わたしは笑います。
 ちゃんと笑えて──いるでしょうか?

【だったあいつらはわたしたちを大量に消費しました。人類存続のためという大義を名分に勝手に生んで勝手に期待し勝手に殺し勝手に絶望しました。ねぇ、ギル様。なぜわたしたちがこんな目に合わないといけないんですか? なぜわたしだけ自我が芽生えてしまったんですか? なぜわたしは──】

 あなたを、好きになってしまったんですか?

【お願いですから殺してください。あなたの手で死にたいんです】

 あなたを救えて死ねたなら、せめてこの命に意味を見出せるから。
 限界まで使い倒されたあとに見る儚き夢を尊く抱いて死ねるから。

 でも、やっぱりギル様はギル様でした。
 天上天下唯我独尊。この男はわたし以上に我慢を知りません。


「断る」


 むすっと、仏頂面で彼はそう言いました。


「俺は絶対に君を殺さない」


 あぁ、やっぱり。

「必ず君を──救って見せる」

 やっぱりこの人は、こう言ってしまうんですね。

 一度目の時のように、彼はわたしを見捨てないのでしょう。
 わたしの痛みを理解し、共感し、抱きしめてくれるのでしょう。

 わたしの中で、ふつふつと怒りが湧いてきました。
 だってそうでしょう?

 彼は英雄です。英雄は、人を助けるものです。
 きっとギル様は、

【どうしてもわたしを殺さないんですか?】
「あぁ、殺さない」
【ギル様が殺さないなら、わたしは王都を滅ぼしますよ】
「させない。君を本物の魔王になどさせてたまるか」

 プチッと来ました。
 寛容なわたしの堪忍袋も切れるってなもんですよ。

【この分からず屋っ! なんでわたしを殺さないんですか!】
「それはこっちの台詞だ。いつもいつも勝手に突っ走りやがって。俺がどれだけ尻ぬぐいに奔走したと思ってる」
【全部必要だからですよ! あなたを助けるために! あなたを助けたくてやったことです!】
「馬鹿者。君が死んで俺が助かるだと? それで喜ぶと思ってるのか」
【なんでですか!? わたしはあなたの大嫌いな聖女で! あなたが迷惑がってる部下ですよ!? 代わりなんていくらでもいるでしょう!?】
「君の代わりなど、どこにもいない!!」
【いっぱいいますよ! わたしはわたしじゃない、初代聖女の成れの果てだから! わたしの細胞を培養したたくさんのわたしが──!!】
「あぁ、分かってる。それでも!・・・・・・

 ギル様は一歩進み出ました。
 そしてわたしの顔を見つめて、彼は言います。


「俺が愛したローズは、君一人だけだ」


 …………。

 ……………………。

 ……………………………………え?


「君は以前、言ったな。俺が君を『星火祭』に誘うのは、どういう意味かと」

 ……やめて。

 わたしは首を横に振りながら後ずさりました。
 ギル様はわたしに構わず、一歩前に出ます。

「もっと早く、言葉にしていれば良かった」

 ……だめ。言わないで。

 わたしはまた一歩後ずさります。
 でも、ギル様との距離は離れません。
 一歩また一歩と近づいて、ギル様は言うのです。

「ローズ・スノウ。俺は君を愛している」

 ……だめ。そんなの、だめですよ。

 わたしに生きる希望を見せないでください。
 悪役として死ぬのが最善なわたしに、手を差し伸べないでください。

 あなたを助けたいから、ここまで成り果てたのに。

【わたしは……魔王にならなくても、どうせ長く生きていけません】
「そうだな」
【造られた命として死ぬより、あなたの心に残って死にたかった】
「もう残ってるさ。君は消そうとしても消えてくれないから」

 いつの間にかギル様は触れようと思えば触れられる距離に居ました。
 逃げようとするわたしの肩を掴み、さらに一歩詰めて。

「ローズ。君の本音を聞かせてくれ」
【わた、しの……?】

 ギル様はわたしを、抱きしめてくれました。
 ぎゅっと、もう離してなるものかと、伝えてくるように。

「ホムンクルスがどうだとか、魔王がどうだとか、そんなのどうでもいい」
【……】
「君の望みを、聞かせてくれ」

 そしてギル様は、言うのです。

「俺はそれを──全力で叶えて見せる!!」


 ──あぁ、もう限界でした。


 わたしがどうしたいのかって?


 そんなの決まってるじゃないですか。


 わたしは。
 わたしは。
 わたしは。





【あなたと、生きたい】





 堰き止めていた想いの水が濁流となって押し寄せます。
 一言漏らしてしまえば、もう止まりませんでした。

 視界が濡れます。ギル様の顔が良く見えません。
 それでも、彼はここに居るのだと。
 全身から伝わってくる温もりが証明してくれていて。


【わたしは、あなたと生きたいっ!】



 涙でぐちゃぐちゃの顔で、わたしは言いました。
 もう止まりません。止めようとしたって無理ですよ。

 この胸から、心から、魂から。
 ギル様のことが好きで好きで好きでたまらないって気持ちが溢れてきます。

【造られた命でも長く生きていたい。あなたの側であなたを支えていきたい。もっとお友達とおしゃべりしたい。もっと色んなところに行ってみたい。あなたと、死ぬまでずっと一緒に居たい!! だって、わたしはとっくの昔から──あなたが大好きだから!!!】
「分かった」

 ギル様は頷きました。
 頷いて、くれました。

「その望み、叶えてやる」

 その瞬間でした。

【許サナイ】

 わたしの手が、勝手に動いて。

【死ネ】

 ギル様の胸を貫こうとしたのです。
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