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第四十七話 哀れな操り人形
しおりを挟む「それにしても真夜中の訪問とは」
やれやれ、とわたしは肩を竦めます。
普通と違うことを自負するわたしでも真夜中に人の家は訪ねませんよ。
まぁ、リネット様を勧誘する時は彼女の家に忍び込みましたが。
わたしは悪しざまに笑みを向けます。
「うふふ。さすがは大聖女様。庶民の暮らしなど意にも介さない無軌道っぷり、素敵です!」
「思ってもいないことを並べ立てるのはやめなさいっ! 何が大聖女よ!」
ユースティアが金切り声で叫びます。
「どうせあんたも自分のほうが大聖女に相応しいって思ってるんでしょ! わたしみたいな貧民街出身の卑しい女より天才である自分のほうがいいと思ってるんでしょ!? そうはいかないんだから。私は、もう二度とあんなところには戻らない!」
……そういえば、この子は妹たちの中でも特別でしたね。
だから歴代大聖女の中でもひときわ私欲が強いのでしょう。
「元気そうで何よりです。その様子だと、わたしからの贈り物は受け取ってもらえたようですね」
ユースティアの顔色が変わりました。
「やっぱり……アレは、あんたが……!」
「気付くのが遅かったですねぇ。目論見通り動いてくれてありがとうございます♪」
「…………っ!」
ユースティアがすごい形相になりました。
これはもうアレですよ、乙女としてどうなんですかって感じですよ。
「あんたは、いつもそう……!」
なんか鼻水とか涙とかでぐちゃぐちゃになってますけど大丈夫でしょうか。
その辺に雑巾とかありますかね。出来れば鴉の糞がついたやつ。
「いつも分かった風に先のことを口にして、私のことを見下して哀れんでる! そんなあんたが憎くて邪魔で仕方ないから雑用をやらせて! やっと追放出来て死んでくれると思ったのに……! 貧民で何が悪いの? 今まで辛い思いをした分、誰かに苦しいことを押し付けて何が悪いっていうのよ!?」
「はぁ。そうですか?」
なんだか涙ながらに語られましたけども。
わたしは白けた気持ちで聞いてました。
「で、それとこれと何の関係があるんですか?」
「あんたのせいで私の人生は滅茶苦茶よ!」
あ、これこっちの話は聞いてないやつですね。
いつものこと、といえばそれまでですが。まったく……。
「枢機卿猊下には怒られるし、神官たちは冷たい目で私を見て来るし、フランだっていなくなった! あんたを連れ戻さなきゃ、私は神殿から追い出されちゃうんだから! だから戻ってきなさいよ。そして私を助けなさいよ! お姉ちゃんでしょ!?」
──結局、この子は自分のことばっかりなんですよね。
確かにユースティアは貧民街出身の極めて珍しい聖女ですけど。
それ自体が問題じゃなくて、この子の性根の悪さがどうしようもないっていうか。
やはり『パペット計画』は失敗だったと言わざるを得ません。
「……哀れですねぇ」
つい声に出してしまいました。
まぁいいです。もう色々とぶっちゃけでもいい頃合いですし。
「本当に何も知らないんですね……いえ、何も知ろうとしなかったんでしょうか」
「なによ……どういう意味よ!」
「ねぇユースティア。今ここで、神聖術を使ってみてくださいよ」
わたしは挑発するように言います。
「そしたら、全部分かりますから」
「は……? また私を馬鹿にしてるの。そうなんでしょ。いいわ、使ってあげるわよ。あんたの手足を拘束して、私の人形にするためにね!」
ユースティアは手を組んで祝詞を奏上します。
「《いと尊き太陽神よ。畏くも気高き慈悲の心を我が手に──》」
ユースティアは詠唱の途中で口を閉じます。
その顔が蒼白になるのに時間はかかりませんでした。
「嘘……なんで……神聖術が……」
「使えないでしょう?」
出来るだけ平坦な口調で言ったつもりですが……。
うん、こういうのがユースティアの癪に障るやつなんでしょうね。
だって仕方ありません。この子は本当に何も知らないんですから。
「ど、ど、どういうことよ。私、神聖術、なんで」
ハッ、とユースティアがわたしを見ました。
「あ、あんた! 何かしたの!?」
「何もしていませんよ。分かっているでしょう?」
いい加減、現実から目を逸らすのはやめましょうよ。
「あなたは元から神聖術を使えません。だってあなたは哀れな操り人形なのですから」
「でも! わ、私は大聖女よ!? 今まで祭儀や儀式で神聖術を使って……!」
「あなたの詠唱に会わせて他の聖女が神聖術を使っていた、それだけです」
ユースティアは何度も首を横に振りました。
「あなたは大聖女ですらない、ただの人間なんです」
「嘘……嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だっ!!」
「考えてもみてくださいよ、ユースティア」
どれだけ虐められたとしても、
どれだけ雑用を押し付けられても。
わたしがこの子に感じているのは、やはり哀れみなんでしょうね。
「太陽教会はあなたに護衛もつけずに一人で此処に来させた、その事実がすべてでしょう」
「ぁ…………」
そう、ユースティアは一人なのです。
静まり返った真夜中のガルガンティアには人っ子一人歩いていません。
城壁に行けば兵士がいるでしょうけれど、そういう話ではありませんよね。
大聖女。世界から祝福を得た聖女の中の聖女。
そんな重要人物を護衛もつけていない、神殿の杜撰さが露呈しています。
もはや神殿にとって、彼女は大聖女だと思っていないのでしょう。
もう少し世間の目を気にすればいいのにと思いますが……。
神殿の馬車を使ってガルガンティアまで送れば、それでいいと考えたようですね。
「そん、な……じゃあ、私は……本当に……?」
愕然と地面に膝をつくユースティアに私は視線を合わせます。
「あなたにはすべてを話します。太陽教会がひた隠しにする真実を──」
そうしてわたしは色々と語りました。
まぁさすがにわたしがやり直していることは言いませんでしたけどね。
「そんな……じゃあ私たちは……あんたも、みんな……!」
「そう。わたしも、彼女らと同じ──ごほッ、げほッ、げほッ」
つい咳き込んでしまいました。
口元に当てた手は真っ赤に染まっています。
前回の魔族戦が効いているようですね。やはりアレは無茶でした。
「あんた、それ……」
ユースティアが驚いたように目を見開きます。
「……もうこんな時間ですか。話過ぎましたね」
わたしは天を見上げながら言います。
そろそろ夜明けになってしまいます。誰も起きてこなくて僥倖でした。
「……もう、時間がありません」
目を瞑ると、ギル様やリネット様、ついでにサーシャと過ごした日々がよぎります。短すぎるほど短い日々でしたが、一度目とは違うかけがえのない時間でした。だけど──
「ユースティア。あなたとわたしは既に一蓮托生です。分かりますね?」
「あんたが無理やり……」
「わたしの話がなくてもあなたは追放寸前だったじゃないですか」
ユースティアは歯噛みしました。
悪いですけど、この子の心の整理がつく時間なんて待ってられないんですよね。
「生き残りたければわたしの指示に従いなさい。いいですね」
「……分かったわよ。何すればいいの?」
わたしはユースティアを計画に加えることにしました。
ギル様、ごめんなさい。
ここからはもう、なりふり構っていられません。
◆
──一方。ハークレイ小隊の隊舎裏では。
「………………嘘、じゃあローズさんは」
そばかす顔の少女は頭を抱えて呟いた。
「どうしよう……助けなきゃ……でも、どうしよう……?」
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