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第四十話 事後処理

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「俺は報告があるから先に基地へ戻る。君は小隊宿舎へ戻ってくれ」
「了解です」

 無事にガルガンティアへ帰還するとギル様はそう言って歩いていきます。

「それから君は治療院へ行くように。絶対だぞ。いいな」
「はーい」
「返事は短く」
「はい!」
「よろしい」

 ギル様はなぜか満足そうです。
 心配してくれるなら転移門まで付いて来てくれてよかったのに。
 ぶっちゃけ治しようがないから治療院に行っても意味ないんですけどね……。

「で、あなたは行かないんですか、縦ロールさん」
「誰が縦ロールですの」

 あなたですが?

「ま、まぁまぁローズさん、あの、サーシャ様もほら、疲れてるし……」

 リネット様が気を遣ってそう言ってくれてるのに悔しそうな縦ロールです。わりと憔悴しているようですね。まぁ仲間が二人、目の前で殺されたのですから無理もないことですが。

 むしろリネット様が元気なのがちょっとだけ意外です。
 見た目の割に逞しいんですよね。この方。

「戦争なので、兵士はいつか死にます。遅いか早いかでしょう」
「ローズさんっ!」

 一度死んでるわたしの一家言ある言葉にリネット様は眉を怒らせました。
 これは本気で怒ってるときの顔です。

「そんな言い方は、ダメだと思う」
「なぜですか?」
「ローズさんも、ギルティア様が死んだら悲しいでしょ? それと同じことだよ」
「……なるほど」

 そういうことですか。
 また間違えてしまいましたね。人を慰めるのは苦手です。
 こんな体たらくだから妹に冤罪を着せられたのかもしれません。

「失礼しました」
「いえ……あなたの、言う通りですわ」

 わたしに言い返してこないあたり、本当に弱っているようですね。
 今のわたしが何を言っても、きっと彼女の耳には毒でしょう。
 リネット様も元仲間として何か言おうとしていますが、結局何も出て来ません。

 なぜだか、処刑される直前のことを思い出しました。
 本当に辛くて涙が出そうだったあの時、誰も助けてくれなかったことを。
 あの時とは似て非なる状況ですし、彼女の場合は自業自得です。

 …………でも、こんなに元気がないと調子が狂います。

「これは経験談ですが」

 わたしは注意深くこちらを見るリネット様に目配せして口を開きました。
 大丈夫です。もうおかしなことは言いませんから。たぶん。

「失った人間が前に進むには……好きなことをするしかないと思いますよ」
「……好きなこと」
「つまり推し活で「ローズさん?」すみません」

 おかしなことだったようです。
 もうわたしは口を閉ざすことにしました。

 これ以上リネット様に怒られたくありませんし。
 ちょっと目が怖いですし。

「……好きなこと、ですか」

 縦ロールさんは納得したように立ち上がりました。
 何が琴線に触れたのか、彼女の瞳には光があります。

「つまり、わたくしが落ち込んでいても状況は改善しないからさっさと立ち直れと言いたいのですね。ローズ・スノウ」
「いえ別にどうでもいいですけど」

 がくり、と二人がずっこけます。

「あ、あなたねぇ……!」
「ローズさんっ、もうちょっと言い方考えて……」
「わたしはただ、失敗を糧に出来ないようではグレンデル家の令嬢失格ではないかと思っただけです。グレンデルといえば、魔術の名門でしょう」
「……!」
「悲しんでる暇があったら遺族に詫びてその分だけ魔族を殺せばいいのです」

 死んだ人間は帰ってきませんしね。
 わたしだって前の時間に戻っただけで、生き返ったというわけではありません。
 もしかしたらあれは全部夢で……なんて、考えることもありますよ。

 ともあれ、今は戦時下です。
 ぶっちゃけ仲間の死ごときで嘆いている暇はないのです。

 あと二年も経たずに最強の魔王が攻めてくるのですから。
 準備が間に合わなかったら、どのみちすべて滅びます。

「──わかりました。礼を言いますわ」
「お礼を言われるようなことは何も」

 わたしは何もしていませんが、立ち直ったならよかったです。
 これ以上メソメソされて死なれたらリネット様が悲しみますしね。
 まだ目の縁に涙が溜まっていますが、見えないことにしてあげましょう。

「話は済んだか」

 報告が終わったギル様が帰ってきました。
 どことなくスッキリしたお顔なのは気のせいでしょうか。

「おかりなさいませ、ギルさ」
「ギルティア・ハークレイ閣下!」

 ちょ、この縦ロール、わたしの言葉を遮ったんですけど。
 せっかく推しのご尊顔がこちらを向いているところに!

「サーシャ・グレンデル。魔族出現の件は俺から報告しておいたが、仲間の死とその状況については自分で報告しろ」
「心得ておりますわ」
「……まだ話があるのか?」
「はい」

 縦ロールさんは胸に手を当てて言いました。

「わたくしを閣下の小隊に入れてもらえないでしょうか?」
「は?」

 えーっと。いやいやちょっと待ってくださいよ。
 縦ロールさんが仲間? どうしてそうなるのですか?

「わたくしは今回、二人の仲間を死なせました。小隊長失格ですし、どこかの小隊に配属されるでしょう……そうなるくらいなら自分で選びたいのです」
「仲間が死んだばかりだろう。悲しみに暮れても誰も責めないぞ」
「悲しんでも、二人は帰ってきません。そうでしょう?」
「……まぁな」

 縦ロールさん、どうやら本気のようですね
 わたしは止めようとしましたけど、すぐにやめました。
 別に、言いたいことを我慢したわけではありません。

 だってあのギル様ですよ? 断るに決まってます。
 わたしのときなんて考慮すらしませんでしたからね、この人。

 ふふん。さぁ我が推し! 
 冷血なる豪傑ギル様! 今こそ縦ロールさんに推しの洗礼を!

「……いいだろう」
「残念でしたね縦ロールさん、ギル様はこういう……え!?」
「ありがとうございます」

 わたしは思わず二度見しました。

「は!? ちょ、待ってください。ギル様なんで!?」
「ただし条件がある」

 推しが話を聞いてくれません!

「ギル様ひどいです、なんで縦ロールさんの時はすぐに許可するんむぐぅ!」
「こいつの面倒を見ることだ。監視と言い換えてもいい」

 わたしは口を鷲掴みにされて二人の前に出されました。

「君たちは既に知っての通り、これは馬鹿だ。隊長の命令はすぐに無視するし自分の身体を省みず仲間を助けようとして無茶をする。今回だって一歩間違えれば全滅していたんだ。この無鉄砲バカの世話は俺だけの手には余る。彼女と同性の君たちが居てくれたら色々心強い」
「えぇ、心得ましたわ」
「分かります。ローズさんは放っておけませんよね」
「むぐー! むぐー!」

 三人でわたしを置いて話を進めないでもらえますか!?
 謎の連帯感を出すのやめてほしいです。寂しいじゃないですか!

「では俺は行く。あとは頼んだ」
「ぷはぁ! もう、ギル様のお馬鹿! あほ! 薄情者ーー!」

 最後のはなんか違う気がしましたが気にしたら負けです。

「そういうわけで、これからよろしくお願いしますわ。ローズ・スノウ。それから……リネットさん」
「はい、こちらこそまたよろしくお願いします。サーシャ様」
「納得いきませんがギル様が言うなら仕方ありませんね……」

 ぶっちゃけギル様に仲間が増えることは狙い通りではありますし。
 縦ロールさんが強いか弱いかでいえば、強いですから。
 そんなわたしの見解に反し、新入りさんはジト目で言いました。

「あなた本気で言ってますの? 全部あなたのためでしょうに」
「はい?」
「隊長命令を無視する隊員なんて邪魔なだけでしょう。にも関わらず彼があなたを小隊に残す意味を、少しは考えてはどうかしら?」
「それは……教会派の手先である元聖女わたしを監視するためじゃないですか?」

 だってギル様ですよ?
 入隊を拒絶するために決闘すら応じた方ですよ?
 仲間と認めてもらえたことは分かりますが、それ以上は……ねぇ?

「……色んな意味で心配になってきましたね。この部隊」
「ギルティア様も大変だね……」

 なぜだかギル様に同情したような二人です。
 わたしは最後まで言っている意味がわかりませんでした。


 ミッション2:『ギル様の仲間を増やそう!』完了。
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