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反則
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この季節になると朝方は気温が下がりとても寒い。
なので、起床して1番初めにやる事はガスヒーターを付ける事が日課になっていた。
水を入れた電気ケトルのスイッチを入れ、お湯が沸くのを待つ。
その間に学校に行く準備をする。
朝の寒さと気怠げな気分で、思うように動かない身体にムチを打って制服へと着替える。
朝は、ホットココアを飲む事が習慣になりつつある。
今まで飲んでいたミルクティーは、何故か飲む気にはなれず、その結果がホットココアにたどり着いた。
夜のスーパーで買っておいた、値引きシールの貼られたパンを1人黙々と食べ進める。
パッケージにはチョコレート味と書かれていたが、特に味はしなかった。
歯磨きをしながら、鏡に写る自分をただぼんやりと見つめていた。
寝癖は直したはずだが、側面がまた跳ねていた。
開かれている目は赤く充血していた。
だが、そりゃそうだろうな、と自分の中で納得して理解しているので、特に気には留めなかった。
諸々の準備を済ませ、いつもとは違い少し早めだが、俺はリュックを背負い学校へと向かう為に家を出ることにした。
「行ってきます」
俺の呼びかけの返事は返ってくるはずがないが、そんな事を呟いてしまう。
「誰に言ってるの、それ」
すると、俺の横から落ち着きのある聞き慣れた声が聞こえてきた。
ゆっくりと声のする方を向くと、そこには相変わらずの水無月がいた。
「・・・独り言」
「そっか」
すると、水無月はそのまま俺の横を通り過ぎて歩いていく。
数歩進んだ所で振り返り、俺を不思議なものを見るような表情をしながら見てくる。
「行かないの、学校」
「ん、行くよ」
そう言って俺はようやく歩き始めた。
一緒に行こうとは言わない。
かと言って一緒に行こうよなんて、言葉を言ってくるわけでもない。
俺と水無月は2人して自然に並んで歩いていた。
当然、俺たちの間に会話はなかった。
何かを話さなきゃいけないなんて気持ちはなかった。
ただ、こうしている事が当たり前かの様に黙り込んでいた。
水無月も水無月で俺に話しかけてはこない。
元々、こういった心情に敏感な水無月の事だから、気を使ってくれているのだろう。
いつものことだが、その気遣いに申し訳無く感じてしまうが、かと言って何かしらのアクションを起こす訳でもない。
ただ、その気遣いに甘えるだけしかできなかった。
「・・・寒いな」
「そうだね」
隣にいる水無月に対してなのか、ただの独り言なのか自分でも分からないまま、その言葉を発した。
その言葉を自分に対しての事だと受け取った水無月は、素っ気なく返してくる。
まあ、今の俺の言葉の返答にはどう花をのせたって意味がないだろう。
「てか、なんで水無月がいるんだよ」
「特に理由はないけど。いたらダメだった?」
「別にダメってことはないけどさ」
「ならいいじゃん。何だって」
そして、俺と水無月の間にはまた暫しの沈黙が続いた。
それを今度は、水無月が言葉を発して破ってきた。
「転んだらあんた、ケガするよ」
「ん?」
「手、ポケットに入れてるから」
そう言って水無月は、顎を使って俺のズボンを差してきた。
それは、両方のポケットにつっこまれている俺の手のことだった。
今日は手袋を探すという思考が働いていなかった為、忘れてしまっていた。
なので、この寒さを凌ぐ為にはこうするしかなかった。
「手袋忘れたんだよ」
「おっちょこちょこちょいなんだね」
「・・・1つ多くないか?」
「知ってる。わざとだから」
そして、また迎える沈黙の時間。
お互い不器用なのか、気分が乗らないだけなのか、気を遣っているのかは分からないが、さっきからこんな具合だった。
でも、不思議と嫌でも退屈でもなかった。
むしろ、どこか安心するような、上手く言葉では言いあらわせないが、そんな感じだった。
「右手、空いてるけど」
「そうなんだ」
「・・・釣れないんだね」
「やかましい」
手を繋ごうとは直接は言ってはこないが、そういうことなんだろう。
それでも、俺の反応が気に食わなかったのか、水無月は少し頬を膨らませて拗ねているようにも見えた。
しばらく歩いていると、どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえてきた。
俺はその声につい反応して、後ろを振り向いてしまう。
そこには、四月がいた。
そして、その隣には例の先輩もいた。
四月の好きな人で、四月の彼氏で、四月の恋人。
手を繋ぎながら仲良く歩いてくる2人も、程なくして俺たちに気がついたようだ。
俺たちを見て、四月は先輩と手を繋ぐのをやめた。
そして、先輩は爽やかな笑顔で俺たちに挨拶をしてきた。
先輩とは対象的に、四月は少し伏せ目がちに挨拶をしてきた。
俺も水無月も、当たり障りないように挨拶を返した。
その後は談笑で花を咲かすって訳でもなく、挨拶を済ませると、2人は俺たちの前を歩いて行った。
「なんで手、離したの?」
「す、すみません。2人の前だと恥ずかしくて・・・」
「あははっ! 七は可愛いな~!」
「か、可愛い・・・っ!? もぉ、先輩はずるいですっ!」
2人のそんなやり取りが聞こえてくる。
でも不思議と、気持ちは荒れていなかった。
これは痩せ我慢で言っているわけではなく、本当にそうだったのだ。
2人の後ろ姿を、ただ見つめて歩く俺。
平気なはずなのに、歩くスピードは少しずつ遅くなっていく。
俺より若干後ろ気味にいた水無月が、今では俺の斜め前を歩いていた。
吹く風がやたら寒く感じ、2人の姿はもうほとんど見えなくなっていた。
普段より早く家を出たおかげで、こんなにゆっくりでもまだ時間には余裕があった。
ふと空を見上げると、明るい太陽が眩いばかりに俺を照らしてくれていた。
その輝きを見ていられなくて、ポケットにつっこんでいた左手を空にかざして光を遮る。
「・・・寒いな」
外気に触れさせた手の事なのか、俺の心情の事なのか、言っている自分でもよく分からなかった。
光を遮っていた手を再び下ろして、ポケットにつっこもうとする。
そして、寒かったはずの左手が優しい温もりに包まれる感覚を覚えた。
ポケットに入れるはずだった俺の手を、水無月が握っていた。
優しくも、力強く握ってくる水無月。
優しい温もりが部分的に熱を帯びて、少し湿っぽくなってくる。
汗と汗が触れ合うような、そんな感触の悪さを味わいながらも、俺は強く、その力に負けないくらいに強く水無月の手を握り返した。
正直、気持ちの整理はまだ完全にできていない。
だけど、差し伸べられた手に、素直に応えてしまう自分が情けなく感じた。
本来、俺は水無月の手を取ることすら許されないはずなのに。
「無理しなくていいから」
彼女がそっと紡いだ言葉に魅せられる。
その言葉につい、しがみついてしまう。
甘えてしまう。
「・・・悪い。まだ整理できてなくて中途半端なのに」
「気にしてないよ。時間はかかるよ」
「・・・悪い」
「いいって。それに、理屈じゃないでしょ? こういうのって」
やはり、水無月は俺に優しかった。
優しいのか甘いだけなのかは分からないが、そんな事を俺が判断するのもおかしい話だろう。
「・・・優しいな、水無月は」
「優しくないよ、ズルいだけ」
「それは違うと思うけど」
「ズルいよ。七と先輩がいなかったら・・・繋げてないから」
「・・・・・・」
そう言って水無月は、どこか悲しそうな表情を浮かべる。
助けて貰って励まして貰ったのに、彼女に悲しい表情をさせてしまっている自分。
恩を仇で返してる気持ちになる。
『水無月はズルくない』
はたして、そう言えば彼女は救われるのだろうか?
ズルいのは、俺の弱い所につけこんでくる水無月なんかじゃなくて、彼女の優しさに甘えてしまう俺の方なのに。
そんな事を感じても、そう思っても、今の俺はその言葉を上手く紡げる自信がなかった。
中途半端な優しさでは、却って彼女をより傷つけてしまうと感じた。
俺は握っている手を一度離し、もう一度にぎる。
指と指を絡めながらにぎる、恋人繋ぎってやつだ。
俺の行動が予想外でびっくりしたのか、驚きの表情を浮かべると共に、俺の手をにぎる力が弱くなる。
だが、その力はすぐに俺に負けないとばかりに強くにぎりしめてきた。
「・・・反則」
俺の隣を歩く彼女は、ポツリと弱々しくそんな言葉を零す。
それでも、浮かべてる表情はどこか楽しげな印象を受けた。
「俺もズルい男だからさ」
「何それ・・・嫌味?」
「俺にそんな度胸があると思うか?」
「無いね。察した」
「即答かよ」
「言い出したのはあんたでしょ?」
「そりゃそーだけどよ・・・」
「ふふっ」
そう言って彼女は笑う。
そうだな、やっぱり女の子には笑っていて欲しいな。
どこぞのポエマー野郎だと、自分でもついツッコミを入れてしまう。
「ありがとね」
にぎる力をまた少し強めて、彼女は俺にそう言ってきた。
それを言うのはこっちのセリフなんだよな。
だから俺はこう言葉を返す。
「こちらこそ」
不思議と、俺たちの間には不自然な笑いが生まれた。
何に対してなのか、そんなことは分からない。
けど、すごく楽しくて嬉しかった。
この瞬間が、たまらなく心地よかった。
「今度さ、2人でどっか行かない?」
「別にいいけど。どこか行きたい所でもあるのか?」
「特にないよ」
「ないのかよ・・・」
「んー、どこでもいいかな」
「自分から誘っといて無責任だな」
「だってしょうがないじゃん」
「あんたと一緒なら、どこだっていいから」
俺はその言葉につい反応してしまい、思わず水無月の方を見た。
その事を予め予測していたのか、水無月と目が合った。
「完全に照れたよね。さっきのお返しだよ」
イタズラな笑みを浮かべて、俺にそう言ってくる水無月。
これは一発かまされた感が否めないな。
そんなことを思いながら俺は、片手で頭をくしゃくしゃにかき乱す。
すると、水無月は俺と繋いでいた手を離し、小走りで俺よりも先に走っていく。
そして振り返った水無月は、相変わらず優しい笑みを浮かべていた。
「急がないとさすがに遅刻するよ」
その言葉を残して水無月は、そのまま1人小走りで進み出した。
そんな彼女の背中がどんどん遠くなる。
遠くなっていく程に、切なくなって悲しくなって苦しくなる。
だから、俺は彼女の背中に追いつこうと走り出した。
きっと、走り出せばまだ間に合うはずだから。
学校と————。
なので、起床して1番初めにやる事はガスヒーターを付ける事が日課になっていた。
水を入れた電気ケトルのスイッチを入れ、お湯が沸くのを待つ。
その間に学校に行く準備をする。
朝の寒さと気怠げな気分で、思うように動かない身体にムチを打って制服へと着替える。
朝は、ホットココアを飲む事が習慣になりつつある。
今まで飲んでいたミルクティーは、何故か飲む気にはなれず、その結果がホットココアにたどり着いた。
夜のスーパーで買っておいた、値引きシールの貼られたパンを1人黙々と食べ進める。
パッケージにはチョコレート味と書かれていたが、特に味はしなかった。
歯磨きをしながら、鏡に写る自分をただぼんやりと見つめていた。
寝癖は直したはずだが、側面がまた跳ねていた。
開かれている目は赤く充血していた。
だが、そりゃそうだろうな、と自分の中で納得して理解しているので、特に気には留めなかった。
諸々の準備を済ませ、いつもとは違い少し早めだが、俺はリュックを背負い学校へと向かう為に家を出ることにした。
「行ってきます」
俺の呼びかけの返事は返ってくるはずがないが、そんな事を呟いてしまう。
「誰に言ってるの、それ」
すると、俺の横から落ち着きのある聞き慣れた声が聞こえてきた。
ゆっくりと声のする方を向くと、そこには相変わらずの水無月がいた。
「・・・独り言」
「そっか」
すると、水無月はそのまま俺の横を通り過ぎて歩いていく。
数歩進んだ所で振り返り、俺を不思議なものを見るような表情をしながら見てくる。
「行かないの、学校」
「ん、行くよ」
そう言って俺はようやく歩き始めた。
一緒に行こうとは言わない。
かと言って一緒に行こうよなんて、言葉を言ってくるわけでもない。
俺と水無月は2人して自然に並んで歩いていた。
当然、俺たちの間に会話はなかった。
何かを話さなきゃいけないなんて気持ちはなかった。
ただ、こうしている事が当たり前かの様に黙り込んでいた。
水無月も水無月で俺に話しかけてはこない。
元々、こういった心情に敏感な水無月の事だから、気を使ってくれているのだろう。
いつものことだが、その気遣いに申し訳無く感じてしまうが、かと言って何かしらのアクションを起こす訳でもない。
ただ、その気遣いに甘えるだけしかできなかった。
「・・・寒いな」
「そうだね」
隣にいる水無月に対してなのか、ただの独り言なのか自分でも分からないまま、その言葉を発した。
その言葉を自分に対しての事だと受け取った水無月は、素っ気なく返してくる。
まあ、今の俺の言葉の返答にはどう花をのせたって意味がないだろう。
「てか、なんで水無月がいるんだよ」
「特に理由はないけど。いたらダメだった?」
「別にダメってことはないけどさ」
「ならいいじゃん。何だって」
そして、俺と水無月の間にはまた暫しの沈黙が続いた。
それを今度は、水無月が言葉を発して破ってきた。
「転んだらあんた、ケガするよ」
「ん?」
「手、ポケットに入れてるから」
そう言って水無月は、顎を使って俺のズボンを差してきた。
それは、両方のポケットにつっこまれている俺の手のことだった。
今日は手袋を探すという思考が働いていなかった為、忘れてしまっていた。
なので、この寒さを凌ぐ為にはこうするしかなかった。
「手袋忘れたんだよ」
「おっちょこちょこちょいなんだね」
「・・・1つ多くないか?」
「知ってる。わざとだから」
そして、また迎える沈黙の時間。
お互い不器用なのか、気分が乗らないだけなのか、気を遣っているのかは分からないが、さっきからこんな具合だった。
でも、不思議と嫌でも退屈でもなかった。
むしろ、どこか安心するような、上手く言葉では言いあらわせないが、そんな感じだった。
「右手、空いてるけど」
「そうなんだ」
「・・・釣れないんだね」
「やかましい」
手を繋ごうとは直接は言ってはこないが、そういうことなんだろう。
それでも、俺の反応が気に食わなかったのか、水無月は少し頬を膨らませて拗ねているようにも見えた。
しばらく歩いていると、どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえてきた。
俺はその声につい反応して、後ろを振り向いてしまう。
そこには、四月がいた。
そして、その隣には例の先輩もいた。
四月の好きな人で、四月の彼氏で、四月の恋人。
手を繋ぎながら仲良く歩いてくる2人も、程なくして俺たちに気がついたようだ。
俺たちを見て、四月は先輩と手を繋ぐのをやめた。
そして、先輩は爽やかな笑顔で俺たちに挨拶をしてきた。
先輩とは対象的に、四月は少し伏せ目がちに挨拶をしてきた。
俺も水無月も、当たり障りないように挨拶を返した。
その後は談笑で花を咲かすって訳でもなく、挨拶を済ませると、2人は俺たちの前を歩いて行った。
「なんで手、離したの?」
「す、すみません。2人の前だと恥ずかしくて・・・」
「あははっ! 七は可愛いな~!」
「か、可愛い・・・っ!? もぉ、先輩はずるいですっ!」
2人のそんなやり取りが聞こえてくる。
でも不思議と、気持ちは荒れていなかった。
これは痩せ我慢で言っているわけではなく、本当にそうだったのだ。
2人の後ろ姿を、ただ見つめて歩く俺。
平気なはずなのに、歩くスピードは少しずつ遅くなっていく。
俺より若干後ろ気味にいた水無月が、今では俺の斜め前を歩いていた。
吹く風がやたら寒く感じ、2人の姿はもうほとんど見えなくなっていた。
普段より早く家を出たおかげで、こんなにゆっくりでもまだ時間には余裕があった。
ふと空を見上げると、明るい太陽が眩いばかりに俺を照らしてくれていた。
その輝きを見ていられなくて、ポケットにつっこんでいた左手を空にかざして光を遮る。
「・・・寒いな」
外気に触れさせた手の事なのか、俺の心情の事なのか、言っている自分でもよく分からなかった。
光を遮っていた手を再び下ろして、ポケットにつっこもうとする。
そして、寒かったはずの左手が優しい温もりに包まれる感覚を覚えた。
ポケットに入れるはずだった俺の手を、水無月が握っていた。
優しくも、力強く握ってくる水無月。
優しい温もりが部分的に熱を帯びて、少し湿っぽくなってくる。
汗と汗が触れ合うような、そんな感触の悪さを味わいながらも、俺は強く、その力に負けないくらいに強く水無月の手を握り返した。
正直、気持ちの整理はまだ完全にできていない。
だけど、差し伸べられた手に、素直に応えてしまう自分が情けなく感じた。
本来、俺は水無月の手を取ることすら許されないはずなのに。
「無理しなくていいから」
彼女がそっと紡いだ言葉に魅せられる。
その言葉につい、しがみついてしまう。
甘えてしまう。
「・・・悪い。まだ整理できてなくて中途半端なのに」
「気にしてないよ。時間はかかるよ」
「・・・悪い」
「いいって。それに、理屈じゃないでしょ? こういうのって」
やはり、水無月は俺に優しかった。
優しいのか甘いだけなのかは分からないが、そんな事を俺が判断するのもおかしい話だろう。
「・・・優しいな、水無月は」
「優しくないよ、ズルいだけ」
「それは違うと思うけど」
「ズルいよ。七と先輩がいなかったら・・・繋げてないから」
「・・・・・・」
そう言って水無月は、どこか悲しそうな表情を浮かべる。
助けて貰って励まして貰ったのに、彼女に悲しい表情をさせてしまっている自分。
恩を仇で返してる気持ちになる。
『水無月はズルくない』
はたして、そう言えば彼女は救われるのだろうか?
ズルいのは、俺の弱い所につけこんでくる水無月なんかじゃなくて、彼女の優しさに甘えてしまう俺の方なのに。
そんな事を感じても、そう思っても、今の俺はその言葉を上手く紡げる自信がなかった。
中途半端な優しさでは、却って彼女をより傷つけてしまうと感じた。
俺は握っている手を一度離し、もう一度にぎる。
指と指を絡めながらにぎる、恋人繋ぎってやつだ。
俺の行動が予想外でびっくりしたのか、驚きの表情を浮かべると共に、俺の手をにぎる力が弱くなる。
だが、その力はすぐに俺に負けないとばかりに強くにぎりしめてきた。
「・・・反則」
俺の隣を歩く彼女は、ポツリと弱々しくそんな言葉を零す。
それでも、浮かべてる表情はどこか楽しげな印象を受けた。
「俺もズルい男だからさ」
「何それ・・・嫌味?」
「俺にそんな度胸があると思うか?」
「無いね。察した」
「即答かよ」
「言い出したのはあんたでしょ?」
「そりゃそーだけどよ・・・」
「ふふっ」
そう言って彼女は笑う。
そうだな、やっぱり女の子には笑っていて欲しいな。
どこぞのポエマー野郎だと、自分でもついツッコミを入れてしまう。
「ありがとね」
にぎる力をまた少し強めて、彼女は俺にそう言ってきた。
それを言うのはこっちのセリフなんだよな。
だから俺はこう言葉を返す。
「こちらこそ」
不思議と、俺たちの間には不自然な笑いが生まれた。
何に対してなのか、そんなことは分からない。
けど、すごく楽しくて嬉しかった。
この瞬間が、たまらなく心地よかった。
「今度さ、2人でどっか行かない?」
「別にいいけど。どこか行きたい所でもあるのか?」
「特にないよ」
「ないのかよ・・・」
「んー、どこでもいいかな」
「自分から誘っといて無責任だな」
「だってしょうがないじゃん」
「あんたと一緒なら、どこだっていいから」
俺はその言葉につい反応してしまい、思わず水無月の方を見た。
その事を予め予測していたのか、水無月と目が合った。
「完全に照れたよね。さっきのお返しだよ」
イタズラな笑みを浮かべて、俺にそう言ってくる水無月。
これは一発かまされた感が否めないな。
そんなことを思いながら俺は、片手で頭をくしゃくしゃにかき乱す。
すると、水無月は俺と繋いでいた手を離し、小走りで俺よりも先に走っていく。
そして振り返った水無月は、相変わらず優しい笑みを浮かべていた。
「急がないとさすがに遅刻するよ」
その言葉を残して水無月は、そのまま1人小走りで進み出した。
そんな彼女の背中がどんどん遠くなる。
遠くなっていく程に、切なくなって悲しくなって苦しくなる。
だから、俺は彼女の背中に追いつこうと走り出した。
きっと、走り出せばまだ間に合うはずだから。
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