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第16話

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零斗に『少し寄り道してから帰る』とメールを送り、私はコンビニでプリンとスポーツ飲料を買った後、翔平の家へと向かった。

……しかし、何度同じ場所を歩いても、何度地図を見ても、そこには辿りつかない。
あるのは簡素な住宅街ばかりで、桜川学園の生徒が住んでいそうな家はどこにもなかった。

このまま自力で探しても埒があかない。
年季の入った民家の前で落ち葉を掃いていたおじいさんに、地図を見せて場所を訪ねることにした。

「あぁ、これなら隣のアパートだよ、202号室だね。」
なんとも優しいおじいさんは親切にアパートの前まで連れて来てくれた。

ー嘘でしょ。
そのアパートは明らかに古びた外見に下水の匂いまで漂っていて、決して裕福な者が住む場所には見えなかった。

噂では、翔平の親は極秘国家機関で働く超エリートだと聞いたこともある。
…まさか先生、嘘教えたとか?
疑いを抱きつつも、ミシミシと音を立てる階段を登り、ドアの前に立つ。

ーうん、違ったら謝ろう。
意を決して呼び鈴を鳴らす。

………反応がない。

もう一度鳴らす。

……………やっぱり反応なし。

やはりここは違うのだろうか。熱があるなら、きっと家にいるはずだ。
仕方がないからメールだけしておこう。

私がドアに背を向け、立ち去ろうとしたその時。

ッガチャ。
ドアが鈍い音を立ててゆっくりと開いた。

「……ど、どちら様ですか?」

そこから顔をのぞかせたのは、真っ赤な顔をして壁に寄りかかっている翔平だった。

「っちょっ、ちょっと、っ大丈夫なの!?」
慌てて彼に駆け寄って、ずり落ちていく体を支える。

「……え?……みな?」
か細い声で翔平が私の名前を読んだ。

部屋の奥の方を見ると、布団とパソコンしかない殺風景な空間が広がっている。

「…ちょっとごめんね。」
流石にこのままさようならするわけにもいかない。
私はズカズカと家に入り込むと、力を振り絞って翔平を布団に引きずり、冷えた体の上に家中から勝手に探し出した大量のタオルをドカドカのせた。
…この家には掛け布団すら見当たらなかった。

タオルを1枚濡らして額にのせる。
そして近くに落ちていた体温計を脇に差し込み、熱を測った。
ーー39.2度。

「…ちょっと!薬とか飲んだ?水分とってる?!」
「……あれは飲んだ…」

うわ言のように呟いて、彼は近くに置かれたコップを指差す。
そこには半分以上残った水が放置されていた。
いやいや、あれじゃ足りるわけないでしょう。
買ってきたスポーツ飲料を開け、翔平に飲まそうと口元に近づける。
ゆっくりと、少しだけ飲んでくれた。
そしてバックに携帯している熱冷ましの薬を取り出す。
狭い台所を見ると、チンして食べられる白米が大量に買い置きしてあった。
…これしかないか。
私は鍋をつかい、塩味オンリーのお粥をつくり、翔平の元へと持っていった。
彼は疲れ切ったようにベットに横たわっている。

「翔平、お粥食べれる?」

すると彼がゆっくりと体を起こしたので、私はその口元にスプーンでお粥を運んだ。
とろんとした目で、お粥が近づいてくるのをじっと待っている姿は子供っぽく見えて可愛い。
数口食べさせた後に薬を飲ませた。

もう一度布団に寝かせると、寝づらいのか何度も何度も寝返りをうつ。
彼の服には汗がじんわりと滲んでいた。

「ね、翔平、着替えよっか。」
そういうと、そうしたいと訴えるようにコクコクと首を動かした。

ベランダに干してあったスウェットを取り込み、タオルを濡らす。

「……服、脱げる?」

彼はゆっくりと壁に体を預け、服を脱ごうとボタンに手をかけるが熱で手先がうまく動かないのか中々上手くいかない。

私は彼の手を下に置き、一つずつボタンを外していった。
ひとつボタンを外す度に、普段隠されているその健康的な肌が露わになる。
最後のボタンを外す時には、彼の硬い腹筋に指先が触れた。

……初めてこんな近くでマジマジと男の人の身体を見た。
全てをはだけきると、熱で赤い顔の彼は苦しそうな呼吸をしながら、いそいそとタオルを持ち、体を自分で拭こうとしている。
でも、それでさえもままならないのか、次第に手は止まりただ荒く苦しそうな呼吸をするのみとなった。

私は止まっている彼の手からタオルを奪うと、彼の体を拭い始めた。
腕から胸、そしてお腹の方へ汗を丁寧に拭っていく。
人に触れられるのはくすぐったいのか、時よりピクリと翔平の体が動いた。

前面はある程度終わり、背中の方へ手を動かそうとして気づく。
ー背中が壁に触れているから拭けない。
私の手が止まると、彼は体重を私の方にかけてきた。

「ねぇ、…せなかもふいて?」
熱にうなされたような掠れた声が耳元で囁く。
導かれるように私の手は背中に伸びていった。

どちらの鼓動かわからないが、彼と触れ合う面全てがバクバクと音を立てる。
完全に抱き合っているような体勢に焦り、さっさと背中を拭き終えて身体を離そうとすると、彼の手が行く手を阻んだ。

「…、みなのからだ、つめたくてきもちぃ……」

耳元で聞こえてきた声に、体温が一気に跳ね上がる。


あ、そうか。つまり。

さっきまで聞こえてきた音は。



急に体が離れると、彼は虚ろな目で私をみた。

「……みな。…………俺に、しとけよ、……」

彼の唇からぽそりと言葉が漏れると次の瞬間。

時が止まった。


私の唇に熱っぽい、柔らかいものがそっと触れた。

どれほどの時間が経ったかわからない。


ふと気がつくとそれは離れ、翔平は自分でスウェットを着ようとしていた。
慌てて私もそれを手伝う。
お互い向かい合って座り込むと、妙な沈黙が続いた。


…今、何が起きた?
ようやく出来事に頭が追いついていく。

次の瞬間、私は「お大事に!」と叫びながら、荷物を掴んで飛び出した。





       ♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢翔平side♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎





ドタバタと駆け出していく彼女の遠ざかる足音を聞きながら、布団に潜り直し、唇に手を伸ばす。
熱でぼんやりとした心の中は、不思議と幸せな感覚に包まれていた。


あぁ、そうか。俺は。



あの子が欲しかったのか。

そう認めるだけで、一瞬だけでも、誰かに許されるような気がして。

ー俺があの子の1番大事なモノを奪うのに。

そっと耳につけたピアスに手を伸ばす。
艶やかな赤色に光り輝いている。

…大丈夫。任務に邪魔なこの想いは封じ込める。

ただ、今だけは。
俺が絶対に好きになる資格のない女の子のぬくもりをここに感じさせてくれ



鳴り響く電話音を遠くで聴きながら、翔平は深い深い眠りについた。
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