獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

チョコあげたいひと

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 三巳は今悩んでいます。
 キッチンに立って両手に乗せたラッピングを見て「うーにゅ」「うーみゅ」と小さな唸り声を漏らしています。

 「愛しい人。何故止めるのだい?可愛い私の愛娘が悩んでいるのだから力になりたいよ」

 キッチンの外ではクロと母獣が攻防を繰り広げています。
 三巳の元に駆け付けたいクロと、それをもふもふ毛皮で通せんぼする母獣という図です。

 『三巳ももう大人よ。我等は助けあるまで控えねば成長せぬであろう』
 「そうだけど……。けれども、あぁ三巳は一体何をそんなに熱心にチョコを見ているのだろう」

 クロにグルーミングを施しあやしながらも母獣は「やれやれ」と思います。

 (心配は心配なのだろうがの。いかんせんそれは娘を持つ父としての心配であろうに。まったくクロは本に可愛いのう)

 クロにとっても母獣にとっても三巳が他所の雄の匂いを付けて帰って来たことは記憶に新しいです。つまり三巳が何に悩んでいるかなんてとっくにお見通しという訳です。
 そんな両親の心子知らずな三巳は落ち着きなく尻尾を彷徨わせ、深呼吸をし、そして手に持つラッピングを壊さないように両手に力を入れました。

 「よし!決めたんだよ!バレンタインは大好きな人にチョコあげる日だもんな。うにゅ。大好きなのにあげないのは違うもんな。だからあげるのが正解だもん」

 珍しく早口で言っています。まるで自分に言い聞かせている様です。
 決めたが早いか、三巳は即行動に移しました。

 「先ずは母ちゃんと父ちゃんと山の皆にチョコとナッツを配るんだよ」

 そして三巳は朝の内に両親と山の皆に大好きの気持ちを伝え終えました。
 皆はいつもと違う三巳の素早さ振りに目を開きます。けれども皆も三巳の恋バナは覚えていました。ええ、三巳本人は否定をしていますが、山の民達にとっては応援したい萌え要素なのです。
 なので三巳は皆の生暖かい目に見送られて山を降りて行くのでした。

 「うーにゅ。何だか皆の目が誤解してる気がしてならないんだよ」

 むず痒い思いをしつつも三巳の足は最速で山を駆けています。何せ向かう先は遠い南の地なのです。頑張らないと今日中に帰って来れません。
 篩の森を出ると本来の姿に戻り、全速前進で走り抜けて、あっという間にジャングルの入り口に辿り着けました。

 『おおっ。頑張ったら夕方より前に着いたんだよ』

 お陰で通って来た道々では予報にない突風が吹き荒れていましたが、勿論三巳は気付いていません。それより今は早く会いたいと気が急いています。

 『ラオ君。ラオ君は何処だ?』

 鼻をフンカフンカ言わせて風に乗ってやってくる匂いを敏感に感じとります。
 するとそれは直ぐに見つける事が出来ました。
 何故なら……。

 『どうした三巳。カカオの時期にゃ早ぇぜ』
 『ラオ君!』

 レオは三巳の神気を感じてジャングルの外まで来てくれていたからです。
 直ぐに会えた嬉しさが無限大に広がった三巳の尻尾は、竜巻を起こす勢いでブンブカ振られています。

 『落ち着け』
 『あぶ』

 流石に周囲に対する災害を懸念したレオが前脚で三巳の額を押して落ち着かせます。それでも三巳の興奮は冷めやらず、勢いは落ちても振るのは止まりません。

 『あと、俺の名前は何だっけか』
 『あぐ』

 レオの質問は三巳を落ち着かせるのに一番効力を発揮しました。
 視線を彷徨わせた三巳ですが、一度は名前を呼べています。奥歯をキュッと噛み締めて気合いを入れれば、

 『レオ』

 と、ちゃんと呼べました。

 『ふ、毛並みが赤いぜ』
 『うにゅぐぅ~』

 クツクツと笑うレオに揶揄われ、更に赤みを増した毛並みがボフリと爆発しそうです。

 『ふぐぬっ』

 照れと恥ずかしさで気持ちが落ち着かない三巳は回る目で近くのものを噛み噛みしました。

 『あー。わかった。俺が悪かった。だから落ち着けって』

 噛み噛みしていたのはレオの首筋です。
 たてがみに顔を埋めて甘噛みをする三巳に、さしものレオもくすぐったかった様です。器用にひっしとレオに捕まる三巳の前脚をポンポン叩いてあやします。

 『うぐ。うにゅ。うにゅ?にゅお!?ご、ごめんなんだよ……』

 あやされて徐々正気を取り戻した三巳は、現状を理解すると羞恥の湯気を吹き出させて後退しました。そして尻尾を丸めて伏せをします。気分は土下座です。

 『いや、今のは俺が悪かったからな。ま、気を取り直していこうぜ。
 で?三巳は今日は何しに来たんだ?』

 レオの言葉に三巳も用事を思い出しました。ハッと顔を上げるとパァッと花が咲き誇る笑顔になります。

 『今日な!大好きな人とチョコ食べる日なんだよ!』
 『へえ、そっちにゃ面白い日があるんだな』
 『うぬ!だからレオとチョコ食べに来たんだよ!』

 まさか自分ととは思っていなかったレオはきょをつかれました。軽く目を見張って三巳の眩い笑顔を見つめます。

 『……俺とか』
 『うぬ!あのな、甘いのも甘さ控えめなのもあるからレオの好きなの知れたら来年はそれ作るから教えて欲しいんだよ』

 三巳はキラキラ笑顔でフンスフンスと前のめりになってぐいぐいと言います。

 『あー……。そりゃ、どうも』

 レオは大好きを隠さない三巳の勢いに飲まれて目を眇めます。ピンと伸びる髭をソヨリと揺らして照れが見え隠れしています。
 三巳は「いらない」と言われなくて嬉しくなり、ニコーッと口をだらしなく開いた笑顔になりました。
 こうして三巳は大好きなレオと大好きなチョコを食べて幸せな一日を過ごすのでした。
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