獣神娘と山の民

蒼穹月

文字の大きさ
上 下
232 / 358
本編

台風が来たよ

しおりを挟む
 夏もピークを過ぎるとやってくるものがあります。

 「およ?どしたんロウ村長。道作り終わったん?」

 山から戻って来た一団に、たまたま散歩をしていて居合わせた三巳が問い掛けています。
 ロウ村長達はお客さんの為の道作りで朝早くから山に行っていたのです。

 「いや。そろそろ台風が来そうだからな。飛びそうな材料だけ片付けてきたのだ」

 見れば成る程です。皆一様に小脇に木材などを抱えています。

 「そーかー。ごくろー様なんだよ」
 「何の何の。良い鍛錬になるわい。がっはっは!」

 人一倍の物を軽々しく持ち笑うロウ村長です。
 三巳も一緒に笑って、そしてピタリと止まりました。

 「ぬ。台風か」

 我に帰ったのです。

 「三巳は雨が降ろうが槍が降ろうがヘイチャラだからな。ついうっかり忘れちゃうんだよ」
 「三巳はそれで良かろう。しかしワシ等は備えねばならんからな。今日はこれで失礼するぞ」
 「うぬ。気を付けるんだよ」

 という訳で台風に備える山の民達を見送り、三巳は自宅に帰って来ました。
 家に入ると座って母獣のお腹に背中を預けたクロがいました。クロは台風が近付いている影響か、ピリピリする髭のお手入れをしています。
 母獣はそんなクロの垂れた耳を愛おしそうにグルーミングしています。
そしてそれ以外にも誰かが居ました。

 「ただいまー。お客さん?母ちゃんのお友達か?」
 『知り合いではある』
 「こんにちは子獣ちゃん。わっちは気圧の神でありんす。お初にお目に掛かりんす。噂の銀狼の親バカ振りを見に来たでありんすよ。ではお暇しんす」
 「へ?は?」

 その誰かは言うだけ言うと開いていた玄関からビュウという突風と共に去って行きました。
 あまりの速さにさしもの三巳もポカンと開いた口が塞がらない状態で、キイキイ言う玄関扉から目が離せなくなっています。

 「な、なんだったんだよ……」
 『気にするでない。あやつらはそういう性質故、気にした方が負けよ』
 「???」

 取り敢えずきっと母獣に会いに来て用事は済んだから帰ったんだろうと思い、腑に落ちない頭をポリポリ掻きながら玄関扉を閉めました。

 「見た目は品の良いお嬢様っぽかったのに忙しない人だなぁ」

 三巳はそう言いながら今しがた出て行った気圧の神を思い出します。
 長くてサラサラで薄い緋色の髪を自身に纏う熱気で揺らめかせた線の細い美人さん。服装は着物と砂漠の踊り子を足して涼し気にした感じでした。

 「世界が変わればファッションも色々で楽しいんだよ。今度ゆっくりお話したいな」
 『まあ……。あれで一応ファッション界で名を馳せてはいる様だしの』
 「おお、ファッションリーダーとかいうやつ」

 三巳は沸いていたお湯でハーブティーを淹れながら、

 (確かにとっても綺麗だった)

 と思い、そして今の自分の格好を見ました。

 (タンクトップに半ズボン)

 何処からどう見ても田舎の子供です。
 三巳は何となく気持ちを凹ませました。

 (南の国で貰った服は一張羅だから普段着にはしたくないしなー)

 などと考えていたらクロからクスリとした笑みが聞こえました。
 そちらを見ればクロが愛おしそうに三巳を見ています。

 「私はね、私の故郷の服なら作れるんだ。作ったら着てくれるかい?」
 「!」

 三巳はクロの思いもよらないお願いに耳も尻尾もピーン!と立てて目を見開きました。
 そして次の瞬間には高速で尻尾を振り続けます。

 「父ちゃんの!父ちゃんの手作りの!着る!絶対着るんだよ!」

 三巳は興奮気味に言いながら、クロと母獣の周りをピョンコピョンコと跳ね駆け回ります。
 その様子があまりにも可愛らしかったのでクロは相好を崩し、そんなクロの様子を愛おしく感じた母獣も相好を崩すのでした。

 「「たのもー!!」」
 「にゃに!?」

 しかしそんな家族団欒は激しく開かれた玄関扉と現れた2人の人物によって破られました。
 2人の人物の背景は暴風域に達しています。ビュウビュウと吹く風に煽られて、2人の人物は左右対称に立って不敵に笑っています。

 『矢張り来たの』
 「この人達も母ちゃん知り合いか?」

 母獣は相変わらずクロをグルーミングしながらなんて事ない顔をしています。初めから来るとわかっていた態度です。

 「おお!嬢ちゃんが銀狼の子ぉでありんすな!」
 「わっち等は爆風の神でありんすよ!」

 左右対称にビシッ!ビシッ!とポーズを決めながら言う2人組こと、爆風の神はとってもそっくりな青年です。着ている服も左右対称にそっくりです。
 三巳はそのあまりにパリピーなノリに目がパチパチ瞬きが止まりません。

 「ぬ。うぬ。母ちゃんと父ちゃんの子で三巳と言うでありんすよ」

 何とか自己紹介をしますが勢いに圧倒されたのか口調が移ってしまいました。

 「「おう!宜しゅうお頼もうすでありんす!ではさらば!」」

 言いたい事を言うだけ言った爆風の神は、来た時と同様に突然突風と共に帰って行きました。
 後に残された玄関扉が風に揺られてキイキイ言っています。

 「な……何だったんだよ……」

 三巳は開きっ放しの扉を閉めて茫然として言いました。
 外では台風の暴風域に入ったのでしょう。風に煽られた三巳の毛という毛がボサボサのモワモワになってしまっています。

 「大丈夫かい?三巳」
 「うぬ。あ、父ちゃん外は大雨洪水警報発令なんだよ」

 直ぐに駆け付けたクロに毛を整えられ、三巳は体を預けて甘えたモードです。喉をゴロゴロさせながらも注意喚起は忘れません。命だいじにです。

 「凄い雨だねぇ。山に来て一番大きいんじゃないかい?」
 『そうさの。何せあ奴らが来おったからのう』
 「あ奴らって今の3人の神?」
 『そうじゃ。あ奴らが来たならこれで終わりはせんぞ』
 「まだ来るの!?」
 「大丈夫だよ三巳。次に来る方はとても穏やかな方だから」
 「父ちゃんも知ってる人?」
 「ははは。僕も愛しいひとと共になって長いからねぇ。色んな神様とお会いしたよ」
 「長い!そいえば父ちゃんと母ちゃんの馴れ初め聞いたことなかったんだよっ!聞いたら教えてくれる?」
 「勿論だとも。でも愛しい人とのひと時は穏やかな時に話たいな。台風が過ぎてからでも良いかい?」
 「いーともー!やったぁ!楽しみが出来たんだよ!」

 三巳は喜びを両拳を天に掲げ現し、クロに整えて貰った尻尾も元気に横振りしちゃいます。
 そんな愛娘の姿にクロも嬉しそうです。
 クロとの馴れ初めを大切な思い出にしている母獣もまんざらでも無い顔でクツクツと笑うのでした。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

地上最強ヤンキーの転生先は底辺魔力の下級貴族だった件

フランジュ
ファンタジー
地区最強のヤンキー・北条慎吾は死後、不思議な力で転生する。 だが転生先は底辺魔力の下級貴族だった!? 体も弱く、魔力も低いアルフィス・ハートルとして生まれ変わった北条慎吾は気合と根性で魔力差をひっくり返し、この世界で最強と言われる"火の王"に挑むため成長を遂げていく。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される

マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...