獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

ホロホロ採集

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 ホロホロの群生地を見つけてから半月後の満月の日。この日は街中が俄かにザワついていました。何故ならホロホロの匂いが強く香っていたからです。
 鼻の良いモンスター達がムズムズする鼻を擦っては苦笑いで話しています。

 『あー、この時期が来たかー』
 『っくしゅ!俺、ホロホっくし!の花粉しょっくしょ!だから苦手なんだよなっくしっ!あ~~~……』
 『うわまぢか!大変だな~』

 どうやら薬を作らないモンスターにとって、ホロホロは季節の風物詩らしいです。そこらかしこで『ぐしぐし』と葉っぱで鼻をかんでいます。月明かりが照らす夜の街。
 いつもは仕事終わりに一杯引っ掛けて行くモンスター達も、この日はそそくさと帰って行くので閑散としていました。
 そんな街中の一幕を知らず、三巳達は準備万端で森に来ていました。

 「木々の隙間から青い光が漏れています……!」

 初めましてなハンナが興奮しています。それもそうでしょう。夜闇の中、生い茂る草木の隙間から伸びる放射線状の光が、幻想的に彩っているのですから。

 「懐かしいわ。あの日、ロキ医師に連れて行って貰った時もこんな風に素敵な光景だった」

 サクサクと葉を揺らし、踏み締め進めば光源は強く確かなものになっていきます。そしてその様子は一年前の記憶と重なり、思い出を呼び覚ましました。

 ―――「そぉれご覧。ホロホロの花が青く咲き誇って綺麗じゃろう」―――

 孤児みなしごになってしまったリリに、優しく手を差し伸べ家族に迎え入れてくれた人。好々爺としたその温かな笑みが冷えた心の芯を包み込んでくれた。そして沢山の事を教え導いてくれたその最高峰を今でも鮮明に思い出せます。

 「ロキ医師……ううん、お義祖父じい様。私、頑張るわ」

 光に導かれ、辿り着いたその空間。森の中程にポッカリと空いた一面が、頂点に差し掛かろうかという丸い月の光に応えるように、天まで届かんばかりに青く光り輝いていました。
 そう、一年前のあの日の様に。



 ~リリの回想~

 「……」

 言葉も出ない。
 本当にそんな事が自分の身に起こるとは思わなかったわ。

 「ほっほっ、どうやら気に入って貰えた様じゃのう」

 目を細めて皺を深く笑うロキ医師。けれどもいつもの落ち着かせてくれるその笑みも、目の前の光景を前に振り返り見る事は出来なかった。
 空の月明かりと、地上のホロホロの花の光が交差して、まるで光の精霊が舞い降り踊っている様。

 「さて、時間は有限じゃよ」

 口をぱかりと開けたまま惚けていたなんて、はしたなかったわ。ロキ医師に声を掛けて貰えなければきっとそのままだった。だってそれ位素敵なんだもの。

 「おいで、リリや」

 呼ばれて、腰を落としたロキ医師の横に私も腰を落とす。そうするとホロホロの花がより近く花開いていて、また惚けてしまう。

 「ホロホロは繊細じゃ。特に光る夜はのう。じゃから傷は最小限に、採取した後も切り口を保護してやらねばならん」

 言われた言葉は一つも残さず頭に残す。その勢いでロキ医師の手元を見逃さない様に凝視した。

 「ほれ、ここに触れてご覧」

 言われた箇所にそっと触れてみると、指先に返る確かな熱量。

 「あたたかい……?」

 茎の中程、枝葉が生える付け根、少し膨らんだその場所が仄かに熱を帯びていた。これが夏の盛りからあるのだとしたら、きっと暑さで辛くなりそうね。

 「うむ、夜風が冷え始めた今頃じゃと少し心地良い暖かさじゃろう」

 思うと同じ位に言われ、目を瞬かせる。ロキ医師には私の考えがお見通しね。患者さんとのやり取りも、相手の行動の先を読んで牽制するから凄いわ。

 「今触れた場所は花を光らせる大事な部分じゃ。傷付けん様にして、その下を斜めに切り取るんじゃ。決して毟り採ってはならんぞい。その瞬間、花は光るのを止めて効能はマイナスに働くからのぅ」

 言いながら採取用のナイフで手本を見せてくれる。
 その様子を一つも逃さない様に留意してコクコクと頷いた。

 「どれ、やってご覧」
 「はいっ」

 何度か失敗を繰り返して、それでも何度も優しく教えてくれた私の大切なロキ医師お養祖父様
 大丈夫、不安は無いわ。いっぱい教わったもの。

 今はもう、一人でも出来る……!

 誇らしい思い出を抱いたリリは、ロキ医師に旅路の選別に貰ったナイフを胸の前で握り締め、燦然と輝く花々にキリッとした目を向けるのでした。
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