獣神娘と山の民

蒼穹月

文字の大きさ
上 下
139 / 361
本編

山の民、楽しいを作る。

しおりを挟む
 さてはて。歩き出したら止まらない。それがロウ村長です。何をするかとニマニマ考えを巡らせます。
 楽しい事を探してキョロキョロしながら歩いていると、コロコロ転がって来る物が見えました。目で追っているとデコボコ道にフラフラしながらも止まる事なく足に当たります。

 「お?これは何時ぞやの三巳犬のボールだな」

 ヒョイと手に取り見れば、それは「とってこーい!」をして遊んだボールでした。

 「やあすまないロウ村長」

 声を掛けられたので顔を上げれば、そこにはボールを作った青年、ロナがいました。

 「どうしたのだ?」
 「いやあ、ボールを弄ってると三巳を思い出してな。壁に投げては拾うを繰り返してたらついうっかり飛んでいってしまったんだ」
 「ああ、成る程な」

 ロウ村長もボールであの時の三巳を思い出した所です。直ぐに得心がいってボールを返そうとし、ロナの手に乗せる前にふと思い付いて止まりました。

 「ロウ村長?」
 「うむ。良い事を思い付いた。ロナよ、このボールを借りても良いか?」
 「勿論。楽しい事なら一枚噛ませてくれ」

 ロウ村長が良い事と言えば、それはきっとみんながワクワクする事に違いありません。ロナはロウ村長同様のキラキラした目で即座に頷きました。

 「みんなでこのボールを投げて、キャッチして、投げ返す遊びをしたらきっと楽しいと思わんか?」
 「な、なんて事を思いつくんだロウ村長!
 そんなの絶対楽しいに決まってる!特に子供達が喜びそうじゃないか!直ぐにみんなを広場に集めよう!」

 ロウ村長が思い付いたのは、いわゆるキャッチボールというものでした。
 山には今までボールが無かったので球技というものが存在しませんでした。そこにきてのキャッチボールです。このワクワク。止まりません。
 思い付いたら即行動の山の民です。広場には老若男女が「なんだなんだ」とザワザワしながら集まりました。
 ロウ村長はいつもの如く一段高い所から周囲を見回し、うむうむと満足そうに頷きます。

 「うむ。みな良く集まってくれた。
 という訳で第一回ボール投げ取り大会を開始する!」

 そして説明なんていらない。楽しいが全てだと言わんばかりにボールを掲げて意気揚々と宣言しました。
 集まった山の民達はそのボールを見てハッとします。あの楽しかった日はつい昨年の新しい記憶です。直ぐにみんなの心がひとつになりました。頭の中は元気な三巳犬で埋め尽くされています。

 「「「うおおおおおおおお!!」」」

 何をするのかはいまいちわかりませんでしたが、楽しい事だけは理解して、地面を揺らす勢いで雄叫びを上げました。

 「はっはっは!これでこそ山の民だ!さあ!ワシの投げる第一球、見事キャッチするのは誰かな!?」

 見事な盛り上がりに気を良くしたロウ村長は、豆まきの要領で「そーい!」とボールを投げました。
 山の民達はボールを目指して動き出します。
 先にボールを見事にキャッチしたのは竹の子狩りのリーダーロジンでした。なんとロジンはロウ村長のフォームを見て、予め軌道を予測して待っていたのです。
 ロジンはドヤ顔でボールを掲げます。そして子供達がいる方に向かって投げました。

 「きゃー!ボールきたー!」
 「おれっ、おれとる!」

 子供達はボールを取ろうとおしくらまんじゅう状態で目一杯両腕を上げました。
 接戦の末見事受け取ったのはミオラです。

 「きゃーっ!とれた!とれたー!」

 ピョンピョン飛んで大はしゃぎです。ミオラは両手で「えいっ」と投げました。
 流石に子供の力なのでそんなに高くも遠くにも飛びません。近くにいたロハスが落ちる寸前でキャッチして直ぐに高く投げました。
 さっきよりも高く遠くに飛んだボールは、放物線を描いて落ちて行きます。
 今度はたまたまそこにいたミナミが受け取ります。そしてさあどこに向かって投げようかとキョロキョロすれば、興奮した沢山の視線に気付いてヒクリと喉を鳴らしました。

 「うわぁ……。これ、近くに投げたらごった返し決定だよね」

 独りごちたミナミは、フッと悟りを開いた顔をすると、渾身の力で思いっきりぶん投げました。

 「あ。強すぎたかな?」

 ミナミは年長組みの中でもロダの次に強いと言わしめる女の子です。そんな子が投げれば、ボールはキラーン!と流れ星の如く早く遠くへ飛んでしまいました。
 ボールの行き着く先にはまだ誰もいません。あわや民家の窓にぶつかりそうになります。

 『こ、怖いモー!』

 すんでのところで鍬を持ったタウろんが通り掛りました。新しい畑を作る場所を求めて彷徨っていたのです。
 タウろんは迫りくるボールに思わずギュッと目を瞑り、持っていた鍬を思いっきりフルスイングしました。

 カッキ―――ン!

 ボールは見事に木の棒の真ん中に当たります。良い当たりをしたボールは今度は更に高く遠くに飛んでいきました。
 けれども山の民達はボールを追いかけません。

 「な、何……今の」
 「か、かきーん……」
 「このドキドキする良い音は何……?」

 山の民達は誰も彼もが今の流れに胸を打たれていました。

 「ロウ村長!」
 「ああ!」

 ボールを投げたり取ったりするよりも、もっと楽しい事が始まる予感がしました。
 直ぐに円陣を組むと、どうやったら今のがもっと楽しめるようになるのか話し合いを始めます。色んな意見がバンバンと出て、ロウ村長はそれをウンウンと聞いて纏めていきます。
 纏めた結果、チームを作り、攻守を分けて遊ぶやり方を思いついたのです。

 こうして第一回ボール投げ取り大会は終わりを迎え、代わりに山の村に野球に似たスポーツが出来るのでした。

 三巳がそれを知って「野球じゃん!」というのはまだ先の事。
しおりを挟む
感想 111

あなたにおすすめの小説

貴方の隣で私は異世界を謳歌する

紅子
ファンタジー
あれ?わたし、こんなに小さかった?ここどこ?わたしは誰? あああああ、どうやらわたしはトラックに跳ねられて異世界に来てしまったみたい。なんて、テンプレ。なんで森の中なのよ。せめて、街の近くに送ってよ!こんな幼女じゃ、すぐ死んじゃうよ。言わんこっちゃない。 わたし、どうなるの? 不定期更新 00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います

ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」 公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。 本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか? 義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。 不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます! この作品は小説家になろうでも掲載しています

婚約破棄ですね。これでざまぁが出来るのね

いくみ
ファンタジー
パトリシアは卒業パーティーで婚約者の王子から婚約破棄を言い渡される。 しかし、これは、本人が待ちに待った結果である。さぁこれからどうやって私の13年を返して貰いましょうか。 覚悟して下さいませ王子様! 転生者嘗めないで下さいね。 追記 すみません短編予定でしたが、長くなりそうなので長編に変更させて頂きます。 モフモフも、追加させて頂きます。 よろしくお願いいたします。 カクヨム様でも連載を始めました。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。 ※第二章は全体的に説明回が多いです。 <<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

処理中です...