獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

貴族令嬢を助けよう③

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 ウィンブルドン伯爵に連れられて、やって来たのは街一番の大きなお屋敷でした。
 ロダは初めて見る三階建ての大きなお屋敷に、目をいっぱいに見開いて興奮しています。

 「さあ、来たばかりで申し訳ないのだがね。早速娘を診て欲しい」

 馬車を降りると直ぐにウィンブルドン伯爵の娘の部屋に通されました。
 部屋は中にも外にも厳重な警戒態勢で保護されています。
 そして大きな天蓋付きのベットには、リリと同年代位の女の子が青い顔でうなされていました。

 「っ!直ぐ診ます!」

 その余りにも苦しそうな姿に、リリの方が泣きそうな顔で駆け寄ります。そしてロキ医師の教わった通りに順を追って丁寧に診ていきます。
 その様子をウィンブルドン伯爵はハラハラしながら祈る様に見守っていました。

 「大丈夫だぞ。三巳の見た感じ、今のリリなら対処出来そうだ」

 子を持つ親の気持ちもわかる三巳がそっと寄り添い肩……は届かないのでポンと手を叩きました。
 その三巳の確信を持った声に、ウィンブルドン伯爵は励まされ、小さく頷きます。揺れる目をそっと閉じ、開いた時には希望を胸に見守りました。

 「……うん。これなら……。
 あの、ウィンブルドン伯爵様。今から薬を処方しようと思います。出来れば作業台をご用意頂きたいのですが」

 リリのお願いは直ぐに叶いました。
 使用人が数人やって来て、広くて大きな机を置いて行ってくれました。
 早速そこに持ってきた薬草達や、調薬用の道具を並べます。道具は旅仕様にコンパクトで、ロキ医師がリリの為にプレゼントしたものでした。
 リリは道具を人撫でし、心の中でロキ医師に感謝の気持ちを捧げました。

 「よしっ」

 気合も新たに調薬開始です。

 ゴリゴリ。パラパラ。ゴリゴリ。トロトロ。ネリネリ。

 丁寧な手順で薬剤が合わさっていきます。その中には勿論ホロホロも含まれています。
 ウィンブルドン伯爵はホロホロを目にし、フード越しにリリの顔を、そしてピンと立った耳がフードを押し上げていた三巳を見ました。その意志の強い目は、どちらも絶対に助かると物語っています。
 ウィンブルドン伯爵は静かにそっと、安堵の涙を流すのでした。



 ウィンブルドン伯爵の娘が落ち着いた寝息を立てています。
 リリの処方した薬を飲んで容態が落ち着いたのです。

 「すまない……。有難う。本当に、何と感謝をすれば良いのか……」

 顔色も幾分良くなった愛娘を見て、ウィンブルドン伯爵は嗚咽を噛み殺して静かに涙を流しています。

 「いいえ、当然の事をしただけです。困った時はお互い様です」

 そう言ってリリは慈愛の微笑みを浮かべます。

 「いいや、当然では無い。当然では有りません。
 私共は貴女がお辛い時に手を差し伸べる事が出来ませんでした」

 ウィンブルドン伯爵は胸に手を当てリリに対して膝を付きました。
 これにはリリはビックリです。
 背後で「良かった良かった」と見守っていた三巳もロダもビックリです。

 「貴方は……」

 リリは悲しみにくれた顔で半歩下がりました。
 その顔にロダはいち早く駆け付けリリの前に守る様に立ちます。
 三巳とネルビーも警戒は見せましたが、ウィンブルドン伯爵から嫌な感じがしなかったので注意深く見詰めるだけに留めています。

 「私は貴国のパーティーに参加した事があるのです」

 ウィンブルドン伯爵のその言葉だけで、リリが理解するには充分でした。
 リリは目を潤ませて、それでも毅然と前を向いて微笑んでみせます。

 「いいえ。いいえ、ウィンブルドン伯爵様。
 あの事はこの国に直接的に関係する事では御座いません。今、その様に心を向けて下さるだけで充分です。
 ですから、その様にお辛そうな顔をなさらないで下さい」

 リリは近寄りウィンブルドン伯爵の手を取りました。そして立つ様に促します。

 「その想いは、今はお嬢様へ向けてあげてください」

 ギュっと握り締める小さな手の暖かさ。ウィンブルドン伯爵はその暖かさに両目を見開き、

 「……はい。有難う御座います」

 と震える目蓋で瞑目しました。
 何だか良い話しで終わりそうな空気に、三巳もロダも訳もわからず警戒を解きます。

 「ええっと?結局大丈夫なの?」

 後ろを振り向き小声で尋ねるロダに、リリはクスリと気の抜けた笑みを返します。

 「うん。この方は私のお父様の知り合いみたい」

 リリが穏やかに嬉し気に頷きます。
 それならばと、三巳はウィンブルドン伯爵に近寄り見上げました。尻尾をパタパタ振ってコートの裾がはためいています。

 「そうか、それじゃあリリの国が今どうなってるか詳しいのか?」
 「もしかして、旅の目的はそれですか?」

 三巳の問い掛けに、ウィンブルドン伯爵は意味あり気にリリを見ました。

 「……ええ」

 リリは震える手を握り締め、悼みを堪えて目を伏せて肯定します。
 その様子にウィンブルドン伯爵の方が痛みを堪える様に、眉尻を下げて眉間に皺を寄せました。

 「わかりました。私の知る限りの事をお話し致します」

 恭しく礼を取ったウィンブルドン伯爵は、三巳達を応接間へ案内するのでした。
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